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献身のバラ

 あらゆる花の中で最も美しく、花の女王と讃えられるバラ。「あの人はバラのようだ」と言えば、美しさだけでなく華やかさを併せ持つ人という意味で最高の誉め言葉である。

 だが、同じバラに生まれても、そのような美も賞賛も死ぬまで無縁なバラがある。それは、ブドウ園のバラだ。日本のブドウは棚状に支柱を作り、横に拡げて栽培するが、ヨーロッパでは垣根状にして縦に栽培する。このブドウの両脇に寄り添うようにバラの樹が植えられる。が、それは花を愛でるためではない。ブドウに付くはずの害虫をバラに集中させ、ブドウを守るのである。そうしてバラが食い尽くされたら、ブドウに害虫が移動する前に殺虫剤をまくのである。バラのおかげで、ブドウに使用される殺虫剤は少なくてすむ。だが、バラは全身を害虫に蝕まれてボロボロになる。やがて雷をつけても、すでに害虫の餌食にされたその花びらは、これがバラの花かと思うほど、およそ美や華やかさとは程遠い姿になってしまう。

 私は、この話を新潟県上越市の「岩の原葡萄園」で初めて聞いた。そしてこの方式で栽培を行っているこの岩の原葡萄園こそが、実は日本の純国産ワインの発祥の地であるということも、この時初めて知った。

 今から115年も前のこと。越後高田の地は、冬場の積雪4mという世界有数の豪雪地帯であったため、栽培できる作物は限られ、米さえやっとの状態だった。人々の窮状を見かねた川上善兵衛氏は、この土地の気候風土でも作れる作物を研究。ブドウに辿り着き、岩の原葡萄園を創立する。棚状だと積雪の重みで棚が潰れてしまうが、縦型の垣根状栽培ならこの地でも栽培できる。生食用は無理だが、ワイン用なら可能だと知った彼は、私財を全て注ぎ込み、バラを伴うヨーロッパの栽培法を取り入れ、幾度も苗木の改良を試みる。裕福な家柄が仇となり「しょせんは金持ちの道楽」と中傷されながら、長く苦しい戦いの後、ついに最良の新品種「マスカット・ベーリーA」を誕生させたのである。しかし、その後川上家は破産。ブドウづくりに全てを捧げ尽くしたその人生は、あたかもブドウ園のバラのようであった。

 やがて、このマスカット・ベーリーAは、大手酒造メーカーにより、雪が少なく気候的にも有利な山梨県で栽培、多種と交配され、大量販売戦略で全国へ。以前から山梨県では棚状栽培による生食用ブドウ栽培が盛んだったので、秋のブドウ狩りの風景とともに、いつの間にか日本の純国産ワイン誕生の地は山梨県であるかのように思う人が多くなった。しかし、山梨県の〝ワインの丘〟には今でも「日本のワイン葡萄の父」として川上善兵衛氏の遺影が掲げられていることを知る人は少ない。

 現在、大手酒造メーカーのグループ企業となったものの、天皇家の人々にも愛され、御用達となった岩の原ワインは今も健在である。あの名ソムリエ田崎真也氏をして「世界でベスト5に入るワイン」とさえ言わしめたほどのその味は、県花の椿を名に頂く「深雪花(みゆきばな)」の銘柄で、あくまでも品質第一、大量生産を避け、「適正生産・地産地消」が原則で、安易に入手できない希少品としてワイン通の垂涎の的となっている。

 同じ花でありながら、誰からも愛でられることなく、賞賛を得ることもないまま他者のためにすべてを捧げ尽くすことを宿命づけられたブドウ園のバラ。その命の輝きは、上越の地を愛しぬいた先人の思いと共にワイングラスの中に生きている。

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2016/02/19

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村田 佳壽子

ムラタ カズコ
むらた かずこ 環境ジャーナリスト、フリーアナウンサー。主な著書に「つながるいのち~生物多様性からのメッセージ」日本環境ジャーナリストの会(2005年、山と渓谷社、共著)ほか。

掲載作は月刊『アース・ガーディアン』(2005年5月、日報アイ・ビー発行)に初出。

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