詩集『ノスタルジア』(抄)
祭りの夜
どんな村にも祭りがあった
雨も風も実りも火も花も人も
神を宿していないものはない
村のお調子者の醜男が
緋色の襦袢にほおかむり
紅おしろいで娘に化ける
ああ その切ないような祭りの匂いよ
私は遠くで祭りを聞いていた
あのどこか気恥しいような鐘や太鼓の近くには行かない
<春祭りの晩に山男が来ていたよ>
山男はビカビカの
山道をワシワシと下ってきたのだ
トビツキの実を背中にひっつかせ
ウルシの原を駆けおりてきた
<村の誰もが山男を見て見ぬふり>
山男も来た村の祭りは
なんだか嬉しさが湧いてくる
コブシの花がひらくように
ひらいたみんなの心に
祭りの神がふんわり乗せてくれる何かがある
喰わず女房
家人が全部出払ったあとで
髪の元結いをほどくと
そこにはぽっかりと暗い穴
火口のようなハングリーの口
大急ぎでカマドに火を焚きつける
釜には湯がグラグラと
その間に味噌倉へと走り
飯を炊いて味噌汁を煮て
茶碗にほんのひと口の粟飯と
茸汁をすこしだけ
ほんとに口のきれいな嫁だこと
そうっと天井裏から下を見ると
頭のてっぺんに開いた穴に
炊きたてごはんをドサリ投げ入れ
大杓子で味噌汁をザブリと流し込むと
たちまち釜は空っぽ
口のきれいな嫁女はまた大急ぎで
黒髪を元どおりに結ってすましていた
見たぞ
見たぞ
このごろ肥ってこまるわ
あなたの口ぐせ
そのお団子頭をほどいてごらん
何か隠しているものはないの
一声
テングダケ ツキヨタケ
オウギダケ アミガサダケ
タマゴダケ ホーキダケ
裏の桃の木の根かたに生えた
見たこともないキノコの大群に
孫左ヱ門の下女下男はザワめくのだ
喰べるベェか
いや アブネェ
当主の孫左ヱ門までわざわざ眺きに来て
喰わぬがよし
と一声奥へ消えた
その時ひとりの下男したり顔で
キノコはどんなもんでもひと晩水につけて
オンガラでまぜれば心配ねぇ
ほんとに大丈夫かと
思った者がひとりでもいなかったのは悲劇だった
その昼間遊び呆けていた長女だけを除いて
孫左ヱ門一族と使用人全部が死に絶えた
風が吹くといっせいに西を向く鳥のように
すんなりと従ってしまう刻がある
逢う魔が刻にどっぷりとのみこまれて
神隠し
栗拾いや隠れんぼ
そうして遊び呆けているうちに
陽はグラリと傾いて
木綿縞の袖口は
子供の匂いを強くした
彼は誰れ刻に
ひっそりと
人捕りは来て
隠れんぼのつづきを
ずっと引き受ける
皆に
会いたがりしとて
帰り来たれり
寒戸の婆の帰ってくるような大風の日には
早く帰れよ
神隠しがくるぞ
花巻で釜石線に乗りかえ
上郷村の谷あいを往きながら
向かいあった人の媚茶色の瞳をそっと見たのだ
紅毛碧眼の男空を飛び
村々の子女を隠すと
猫
猫っ子一匹
立派な寺建ててもらったんだと
愛してやってもやらなくてもフイに居なくなる
荒れ寺の居眠り坊さんのトラ猫が
恩返しをしたいという
野中の葬列が
チーンジャラジャラの鳴り物入りで
ゆっくりと山にさしかかれば
天が吊り上げた娘入りの箱が宙に浮いた
眠むかけ寺の坊さん
ナムトラヤァと唱えれば
箱は事もなげに地面に着いた
猫とわたし暗黙の了解
田の神
初夏の風
田に光る水
大勢の人手を頼んで今日中に田植えを終えようとする時
見慣れぬ小男が一人来て田植えの列に連なった
誰だんベェ
なみなみと水
青苗がそよぐ夕暮れ
どこにも小男の姿はない
家の内にも外にも神仏を祀って暮らす日本の純真
掌を合わせると同時に非情が同居する不可解さ
何処の誰かわからぬ者を許さないノーソン
解り合う者がイラクサのように
傷つけ合って続いてきたノーソン
オクナイサマの神棚に燈明をつけてよく見ると
その衣は田の泥にまみれていた
縁側から座敷を横切った小さい足あとをつけて
家の神は
その時に神棚をトンと降りて田んぼまで馳せ参じてくれるのだ
おのれも手伝い申さん と
雨風祭り
二百十日の雨風まつるよ
どちの方さ祭る
北の方さ祭る
あの世の方へ帰っていく人の
これからはずうっと帰ってきてはならないよ
その代わり盆の祭りには呼びかえすから
提灯のあかりに入ったかい
じゃあ行くよ
二丁ばかりをゆるゆると
我が家の仏壇までの道行きに
熟夏の夕日が重く落ちかかり
迎えてきたものを仏壇に移す仕草
ほっそりとした母の手が素早く提灯をたたむ
これから盆の間は
あの頃と同じように
ぼたもち 唐茄子汁 夜は花火や和楽踊りで
あなたが淋しくないように図らいましょう
八月はうっとりと過ぎる生命の草いきれと
あなたたちの祭りで更に重い
河 童
むがす あったずもな
松崎の
その家の裏に
大きな淵のある川あったずもな
あの まっさおな水面
岸に近づくと
しだいに青が緑に変わってゆく水のいろが
いつまでも目に残るようだった
くりの木淵は
八月の日盛りのにぎわいをのぞいては
いつもしいんと鎮まりかえっているから
なるべく淵から目をそらして
足早に通り過ぎたものだ
川とプールの違いは水の匂いにある
若鮎の青苦い浅黄いろの腹
いつかの夏に子供の一人や二人は採っているせいで
夏のにぎわいにも淵はきまり悪気だった
雨つぶがポツンと来て
急に水かさが増したころ
くりの木淵は異界の淵となって
子供の夢の中でも深みどり色を更に深くした
馬っこひっくり返して見てば
子供の手っこみてなもの見えたんだと
この河童ろくでね河童だから
殺してしまえ
いま くりの木淵に淵はない
青い栗の実がずんずん肥っている
天邪鬼
これから
町さ行ってくるさげ
だれが来ても戸を開けるなよ
戸を開けるなと言うとき
戸は知らぬ顔をして
空間を隔てる
そのとき
天邪鬼が アマン・ジャックがとんできて
密会の戸を叩いた
うりこ姫食べられて
うりこ姫食べられて
アマン・ジャックは知らぬ顔
出ていったものがそのまま戻ってくるとは限らない
待っているものがそのまま待っているとは限らない
アマン・ジャックはうりこ姫に早変わり
ぎっとんぎっとん機織りジャック
うりこ姫不明
いま帰ったじェ
うりこ姫はどこ
うりこ姫隠れ天邪鬼は舌出しジャック
うらの畑の瓜肥り
もういいかい
まあだだよ
もういいかい
もういいよぉ
鳥
昼の田でしきりに啄むものがいる
白兎のように点在しているが
兎ではない
北国の湖水の岸から
群れとなって田に向かうもの
あの白い点々はなんですか
あハハ 白鳥です
昼は田んぼで落穂を食べてるんですよ
採り残した野菜のように
すこし汚れた白菜のように
その秋 新花巻あたりカラスの大群を見た
一羽二羽鉄路に沿ってついてくる
人の暮らしに近く群れなすものの力
鳥の執念
ある時鉄砲撃ちが
一羽のカケスを撃ち落とすと
彼らはむらむらとその数を増して追いかけてきて
狩人の家の廻りをとり囲み騒ぎいつまでも去らなかった
蔵の軒にメジロの籠をさげておくと
朝には首なし鳥になったのが何羽となくあった
ホトトギスがメジロを啄みに来るのだ
北の田んぼで終日啄んでいるものは何
かやつり草
デンデラ野を密かに通うものがあった
デンデラ野のかやつり草
デンデラ野のみずすまし
デンデラ野の
道を開けろ道を開けろ
野道を分けて風が歌う
野の方へ風が走ると
峠に雲が湧いた
ある夜は
鳥のはばたくような音に見れば
緋の衣を着た坊さん
空を悠然と飛び去る影
その真昼は
岩棚で眠る大男 空を駆ける金髪の美女
ムラビトが腰を抜かしている隙に
デンデラ野は元の静けさ
デンデラ野は元の静けさ
かくれ里
川上から流れてきた赤い塗椀は
米びつに隠してつかいましょう
川で拾ったものだと知れたら
家の人に叱られる
あれは半月ほど前のこと
ワラビ採りに西の山へ入ったら
見たこともない美しい花がいっぱい咲いていて
一本また一本と摘むうちに
気がつくと
立派な屋敷の奥座敷に来ていた
これから祝宴でもはじまるような
お膳が並んでいる
庭のどこかで鹿おどしがターンと鳴り
誰もいない
背中がザワーッとして
一目散に山をおりた
<夢でもみたんでねェが
おらほの嫁はすこしおっとりだもんで>
赤い塗椀で計れば米びつはいつまでもいっぱい
花咲き山を探しにゆく人が絶えない
ヤマアジサイの一枝が
飛ぶ夢
空を飛ぶ夢は何度となく見たが
ここ十年ほどは見ていない
足に少し力を入れたるに
図らず空中に飛び上り
次第に前
夏の夕暮れの野を無邪気なひとだまとなって廻り遊び
ああ せいせいとした という話はいくらも聞いた
ほんのりと明るいランタンを提げ
心の火芯を揺らしながら
時空を掠めてゆきたいものだ
あるときは
木曽御岳の深みへ ひとだま様を捕りに入った文明の人
西丸震哉が好ましい
私は37Fのオフィスの窓から下界を見る
もっと暮れれば
クリスマスの夜の恋人たちのヘリが
花園のミツバチのように
飛び始める
天空に黄味色の月がいた
又少し力を入るれば
昇ること始めの如し
何とも言われず快し
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2016/01/08
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