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詩集『アジアの風』(抄)

アジアの風

アジアは褐色だった

貧しかった

そして猥雑だった

娼婦たち

マンホール・チルドレン

父母に棄てられた

逃げ出した

父母のいない子供達が冬

マンホールに住む

 

地下は暖かい

食べ物は盗むか

拾って来る

ストリート・チルドレン

色の黒い子供達が

手を出して

物品をせびる

学校に行かない子供

子供を殴る父母

レイプされて生まれた子供たち

もちろん 父親はとうの昔に逃走

夜 喧噪の音楽の中

裸で踊る少女たち

途中から ヒモのようなブラジャーと

これもかろうじて覆っている下ばきを取る

もちろん 初めからない場合もある

でも 彼女たちの踊りは見事

どれもすこぶる付きの美人

すらりとした身体

その後 一晩で五十ドルの収入

平均月収入百ドルのこの国で

大草原の中 ゲルに一人で住む女たち

遊牧民族 羊を育て

馬の乳を搾る

乳製品を作って食べる

家族の男は町に行ってしまった

彼女を棄てて

時々 通りがかりの男が

彼女をレイプして去る

出来た子供は 恐らくたった一人で生む

 

でも モンゴルの歌は甘く哀愁を帯びていた

馬頭琴のメロディ

琴 蛇皮線

若者たちの勇壮でリズミカルなモンゴルの踊り

その中の一人はなかなかの美男

太陽の下での モンゴル相撲

陽気で実にエネルギッシュ

笑いと拍手の渦

モンゴル服を着た目の細いおばさんと並んで

カメラでワン・ショット

 

アジアは褐色だった

でも とても広大だった

限りなく拡がるモンゴルの平原

想像を絶する

大空と大気と平原と太陽と

褐色の人々

彼ら今でも騎馬民族の子孫

馬に乗ると

王様のように威風堂々

背筋をしゃんと伸ばし

手綱を巧みに繰り

平原を意気揚々と馬で疾走

馬上のサーカス

馬を曳く少年の澄んだ目

モンゴルの青空が映る

彼らジンギス・カンの子孫

集団で馬を駆る 平原の彼方に

蘇る 今 彼ら騎馬民族の

世界征服の夢

 

私は十二歳のモンゴルの少女

これから競馬に参加する

ゼッケンを付け

大平原を馬で競争するレース

だいたい 早くても出発から二時間

ゴールまで

参加者多数 褐色の子供たち

私のゼッケンは六十九番

スタート!

 

行け! あぶみで馬の脇腹を思い切り蹴る

手綱を右手で掲げ

私は走る

私の馬と

ひたすら前へ

限りなく前へ

私は馬と一体となる

私は馬

馬は私

両足で馬の脇腹を蹴り続ける

手綱を握り締め掲げ

上半身は馬のスピードと平行線

限りない疾走とスピードの中

平原は限りなく後方へ飛び去る

私はスピード

私は疾走

私は平原

私は山々

私は太陽

私は地平線

私は自由

私は褐色

私は褐色のモンゴル平原の

褐色の娘

野性の娘

私は自由

疾走する馬のように自由

私は自然

飛び去る大地のように自然

遥か彼方のゴールを目指し

ひたすら前へと進むだけ

走ることだけしか考えない

私は野性のアジアの娘

褐色のアジア

 

私はアジアの風となる

 

 

沖縄

エメラルド色の五月の海

白い珊瑚礁

マングローブの森

強い日差し

深紅のハイビスカス

自転車で軽く一回り

星の砂の竹富島

那覇の街で食べた豆腐料理

華やかな琉球舞踊

二十五年前の沖縄 遠い

だが鮮やかな記憶

 

二年前 欲しかった琉球絣の着物をとうとう母から貰った

この間 近所の呉服屋で紅型の反物を見つけた

欲しい!

でもこれ以上着物はいらない

でも安い! 迷った末に決断し買った

買って来た思い出の珊瑚のイヤリング

その赤さ

あるパーティで沖縄舞踊を習う

大喜びでみんなと踊る

リズムに乗ると実に楽しい

ゴーヤを買ってきてもやしと一緒に炒める

この料理は沖縄出身の友人におそわった

いつか別の友人と食べた沖縄ソバ

ラーメンに似ているがショウガをのせて食べる

池袋の沖縄料理店

泡盛は強すぎた

なつかしい糸コンブの煮物

待ちかねた琉球舞踊

再び

 

沖縄は遠い 沖縄は近い

沖縄は逃げて行く

沖縄は近づいて来る

ある洞窟で見た 手榴弾の跡

ヴェトナム戦争 米軍艦は沖縄から出立

ある写真集で見た

若いアメリカ兵士の泥の沼へ潜る訓練

その兵士の白い顔

三年前テレビで見た

沖縄の人々のデモの映像

二日遅れて本土に届いた

レイプ

悲しみの屈辱

 

私は沖縄を摑もうとする

あなたは沖縄を摑もうとする

沖縄は遠い

沖縄は近い

 

 

沖縄の海

海辺で白い骨を

拾う

寄せては返す

砂浜に

一面の白い

捨てられている

たくさんの

名もない

死骸

波が運んで来た

コバルト・グレーの

海の

 

白い

珊瑚

無数の断片

ばらまかれている

砂浜に

ゴミと一緒に

宝物を

拾う

目を凝らして

私は

たくさんの

宝物を

拾う

 

 

西原教会の思い出

牧師様のお車で宿舎から三十分

西原教会に着く

車から降りると さわやかな風

広いお庭

濃い緑の南国の植物

鄙びた教会のたたずまい

でも屋根の上に十字架はある

きのう見た伝道所は

一部屋だけの教会

もちろん十字架などなかった

ここも鄙びている でも十字架はある

ほっとして十字架を見上げ 中に入る

古くなった 朽ちた 下駄箱

礼拝所の中央には 剥がれかけたベーク板

信徒の数は少ない

普段着の服装

礼拝が始まる

こどもさんびかとこども交読文の礼拝

風琴のようなオルガン伴奏

牧師様のお話「わたしたちって?」

 

礼拝の後 信徒の方々とお茶の会

沖縄産の大きな急須

南国的な植物のダイナミックな絵

いろいろなお話

「東京のどこに住んでいるのですか?」

「お仕事は?」

「僕も英語を教えています」

「この後、何をさせていただいたらいいですか?

どこを、御案内しましょうか?」

それから 牧師様はお庭の草木の名を一つ一つ教えて下さった

 

気どらない そして格式張らないとの印象

私の中で でも

初め感じた沖縄の自然さは

やがて素朴さと沖縄の人々の心温かな愛と化した

純真で素直で素朴な 愛

それだけ でもそこには

確かにキリストがいた

 

 

暗闇の中の祈り

  (二〇〇二年二月九日沖縄糸数壕にて)

 

ここはガマと呼ばれる地下洞窟

かつての住民の避難場所や野戦病院となった場所

その中 皆で懐中電灯を消す

立ちつくし

手を繋ぎ合い

祈りの時間を迎える

でもいつまで経っても

祈りの声は聞こえない

長い苦しい沈黙の時間

この握り合う手のぬくもりは本当か

かつて見知った世界の光の記憶は本当か

巨大な恐怖が私を浸食する

暗闇が私を貧り尽くす

私は暗闇となる

 

やがて静かな祈りの声

祈りは闇の中

空洞のようにこだまする

 

でも私はやはり祈れない!

私は祈りの言葉を必死に求めて足掻く

それは無力さと絶望の証

どんな言葉も暗闇の中むなしく消え果てる

私は祈れない でも祈りたい

 

ここは沖縄

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2015/10/07

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水崎 野里子

ミズサキ ノリコ
みずさき のりこ 詩人 1949年東京生まれ。著書に、詩集『イルカに乗った少年』(2001年、沖積舎刊)等。 Poet, translator and essayist. Born in Tokyo and lives in Chiba, Japan. Teaching English in Komazawa University in Tokyo. Joined many international anthologies and Poetry Congresses in English. A Member of the World Congress of Poets, The International Writers and Artists Association, The Cove/ Rincorn International and THE POEMS OF THE WORLD etc.

掲載作は、詩集『アジアの風』(2003年、土曜美術社出版販売刊)よりの抄録。

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