BASIC & FUN
キッチングッズ、器から、文房具、バック、コスメまで
MIKI USUIの雑貨ライフ
はじめに
職業柄、モノはたくさん持っているほうだと思います。買い集めているというよりは、モノとの出会いが多いので、結局、手に入れる機会が多くなるのでしょう。この本を執筆するにあたって、何をとりあげようかとかなり迷いました。2008年6月末から、ここサンフランシスコで暮らしているのですが、東京の家に残してきたものを入れると、数えきれないほどの紹介するべきモノがあるのです。そこでふと思ったのが、ここに引っ越しをしたときに持って来たモノ、それから、今、外国人として海外で暮らしているミニマルな生活の中で必要だと思って手に入れたモノの中から選べばいいのではないか、ということ。そんなモノたちは、わざわざだったり、たまたまだったり、おそらく、より強い縁があって、今の生活をともにしているのだと思うからです。
ヒトと同じように、モノから教えてもらうこと、学ぶことは多いです。結局は、出会って、つき合って、別れていくわけですが、その中で、いろいろなことを考えさせられます。何か、モノを通して考えるときに、モノの場合はヒトと違って言葉を発しないので、より一層感覚を研ぎ澄まし、また、より自分の内面に問いかける作業を、無意識にしているような気がします。そして、その何気ない日々の作業は、結構、楽しかったりするわけです。
この本を通して、モノとのこんな付き合い方があるのだと、そのエッセンスを感じていただければ嬉しく思います。そして、自由に軽やかに、モノとの出会い、付き合いを楽しむヒントになれば、幸いです。
2010年春、サンフランシスコにて
碓井美樹
Vintage Sign Letters
ヴィンテージ・サインレターズ
アルファベットをかたどったパーツ(=サインレターズ)がずっと好きで、インテリアのアクセントによく取り入れています。窓辺にいくつか小ぶりのものを並べてみたり、大きなサイズのものを床置きしたり……。空間に動きを出す名傍役のような気がしています。手に入れるのは、「東急八ンズ」などのクラフトコーナーや、郊外のホームセンター、ガーデニングストアでも見つけることができます。それから、蚤の市や、アンティークショップ、古道具屋を覗けば、ひとつやふたつ、古い味わいのあるヴィンテージ・サインレターズを見つけることができるものです。
サンフランシスコに引っ越しをしてからすぐに、ヴィンテージ・サインレターズの専門店かと思う程の品揃えの店を見つけました。名前は、「Timeless Treasures」。店に入ると、壁にドアに、引き出しの中に、棚に、そして床置きされて……そこかしこに、アルファベットの文字が置かれています。女店主のジョーン・オコナーさんによると、全部で3000個はあるのだとか。クローズした映画館やレストランに行って看板で使っていたものを買い付けたり、アメリカやヨーロッパの蚤の市、オークションなどで仕入れたりしていると言います。AからZまで、イニシャルごとに引き出しや棚に分類されているパーツは、プラスチックから、アルミ、スチール、木製まで、いろいろな素材、そしてさまざまな大きさ。気に入ったものを見つける時間がとても楽しいのです。
ある日、ジョーンさんと少し話をしました。このお店を開いたいきさつ、それから、ヴィンテージ・サインレターズをこんなにたくさん集めた理由など。お店は13年前にオープン、好きなアンティーク収集が高じて、なのだと言います。ヴィンテージ・サインレターズに特別な思いがあるのは、昔、文章を書く仕事をしていたので、言葉や文字にこだわりがあるからだと思うとのこと。
彼女の思いがあふれた店内には、いたるところに、ヴィンテージ・サインレターズで作った言葉が飾られています。「ON SALE」というセールの表示だったり、お客さんからリクエストされたという「DREAM」だったり……。ご自身の家には「IMAGINE!」という大好きな言葉を飾っているそうです。「子供部屋の壁に子供の名前を貼付けたり、スマイルやハッピーなど響きのいい言葉をリビングにあしらったりするのもいいですね。それだけでも生活が潤うと思いませんか」。確かに、どんな言葉にしようか考えて、お店にあるたくさんの商品の中からお気に入りを探す時間はとても幸せ。そして、部屋にあしらったあとは、毎日が楽しい気分です。
私も早速、このお店で、ヴィンテージ・サインレターズをいくつか手に入れて、サンフランシスコの部屋に飾ってみました。
Chess
チェス
サンフランシスコのダウンタウンには、USCF(アメリカチェス連盟)のオフィスがあります。ここで日曜日に行われている無料レッスンに参加しようと誘われ、行ってみることに。子どもの頃、よく家族でチェスをして遊んでいたので、チェスというゲームに馴染みがあったこと、チェスの道具、駒やチェスボードから、チェス時計、スコアシートまで、非日常的なアイテムながら、どれもこれも趣があって、モノとして魅力的だと思うこと。そんなことから、チェスにはとてもいい印象を持っているのです。
日曜日のレッスンは、女性のみのクラスで若干6名。練習試合をしたのですが、なんなく1勝。勢いづいて、アメリカチェス連盟の会員に。それならばと、翌月のアマチュアのトーナメントに参加する流れに……。
今回のトーナメント名は「the 9th A.J.Fink Amateur Championship」。土日の2日間に渡って開催され、全部でひとり6試合、勝ち具合を見ながら、試合は放棄することもできます。登録料は40ドル。もし成績がよければ、最高で300ドルの賞金を手にすることができるというものです。参加者は約50人。アメリカ人はもちろん、ヨーロッパ系、インド、中国と人種もさまざま。年齢も子供(小学生が8人ぐらいいました)からおじいさんまでと、幅広いです。驚いたことに、女性、そして日本人は私ひとりでした。
想像していた以上にレベルが高く(私のレベルが低かったと言うほうが正しいのかもしれません……)、最終の順位は下から2番目。しかも、最下位の方は、試合を2回放棄しているので、正式な順位ではなさそうです。あっという間に終わってしまった試合もあり、散々な結果だったわけですが、このトーナメントに参加した意味は十分にありそうです。
今回、6人と対戦したのですが、それぞれ雰囲気も試合の進め方も異なっていて、どれも大変興味深いものでした。対戦者のひとりに、絶対に駒を捨てない、犠牲を出さないようにかなり徹底して駒を動かす人がいました。私はどちらかと言うと『(私が)強い(と思っている)駒をどう動かすか」ばかりを考え、気がつくと少人数で戦う羽目になることが多かったのですが、この全ての駒を大切に有効に使う“粘る”戦い方には、なるほど、と勉強させられました。4回目の試合で「できるだけ駒を残す」方針に変えたら、なかなかいい流れを作ることができたのです。それぞれの駒の役目を表面的にではなく深く理解し、活用していく、無駄な駒は何もない、すべてに意味があるという考え方、これはなかなか有意義な発見でした。
そんなわけで、これからひとつずつチェスの道具を買い集めて、チェス道を極めていければなと思っています。
Big Key Holder at Cafe
カフェの大きなキーホルダー
アメリカではカフェにトイレがなかったり、あっても使えなかったり、ということがたまにあります。だから、街を歩いていてトイレに行きたくなってカフェヘ入るときは、オーダーをする前にトイレが使えるかどうかを確認しなければいけません。最近は3~4割ぐらいでしょうか、「ここにはトイレはありません」との答えが返ってきます。また、運良くトイレがある場合は、鍵をレジで受け取ってから使用するスタイルが多いです。おそらくセキュリティー対策のひとつなのでしょう。
このカフェにあるトイレの鍵のホルダーの話を少し。数年前にニューヨークのソーホーにあるカフェで渡されたトイレの鍵に大きな泡立て器が付いていたことがありました。鍵はもちろん、普通のサイズです。でも、ホルダーが大きすぎるのです。このバランスはあり得ないでしょう。そして何より、これはキーホルダーではなくて、調理器具ですから……。でも悪くないです、この感覚。「なぜ、泡立て器に鍵が付いているの?」と聞いてみたところ「みんながなくさないように、大きいのを付けているのよ」とレジのお姉さんは答えてくれました。理由はいたってシンプルです。彼女たちにとっては、“nothing special(どうってことないこと)”なのでしょう。でも、私にとっては、この鍵とホルダーのありえないマッチング、バランス感覚が面白くてしかたがないのです。
先日、サンフランシスコでも、この“ありえないバランス感覚”に、出くわしました。グレンパーク駅の近くにあるカフェ「Bello Coffee & Tea」で、友人がピックアップしてくれるのを待っていたときのこと。初老の感じのいいおじいさんが、アイスドリンク用の透明プラスチックの空のカップを持って、店内をうろうろしているのです。そして、それを、若いフレンチ風の女性に渡しました。「あ、あれは、トイレの鍵に違いない」。案の定、カップのふちには、ゴールドの小さな鍵が。私もこのリレーに加わりたくなって、若いフレンチ風の女性から、カップを受け取って、トイレへ。別に行きたくはなかったんですけどね……。このお店の感心したところは、このビッグなキーホルダーの付いた鍵を置く、専用のホルダーがあること。アイアンで出来ていて、サイズがぴったり、かわいいです。私がトイレから出てきたら、例の初老の感じのいいおじいさんが、「鍵はそこのホルダーに戻すんだよ」と、目線で教えてくれました。
さて、次はどんなありえないビッグキーホルダーに出会えるのか……楽しみにしたいと思います。
the View from the Apartment
アパートメントの窓からの景色
部屋の窓からの景色は、正確に言うとモノではありませんが、私にとってはインテリアツールと同じ。部屋を決める際、家具や照明器具を選ぶように、窓からの景色を吟味しているような気がします。
今、私が住んでいるアパートメントの8階の窓から見えるのは、サンフランシスコの街のビルが重なる風景です。ノブヒルからマリーナのほうに向かって上り坂に連なる美しい建物郡。右にはトランスアメリカの“尖りビル”を含むファイナンシャル・ディストリクトが広がり、左には西へ西へと延々とストリートが続いていくのが見渡せます。特に夜はすばらしく、窓の灯りがまるで計算し尽くされたかのようにリズムを奏でます。そこには教会の先端のユニークなデザインがあったり、ビルの上に小さな塔があってそのてっぺんに星条旗が風になびいている様子が見えたり……有名なグラフィックデザイナーがアートディレクションをしたのだと言われれば信じてしまうほど、本当にすばらしい出来映えなのです。窓からの景色は、言ってみれば、部屋に飾るアートのようなもの。確実に空間の一部です
私のアパートメントの話はさておき、写真は、友人のイギリス人フォトグラファー、ルーシー・グッドハートさんのアパートメントのリビングです。
彼女は、パートナーで家具デザイナーのG氏と一緒にロンドンからサンフランシスコに引っ越して来て5年、始めからずっと今のアパートメントに住んでいます。この住まいが気に入っている最大の理由は“窓からの景色”だと、いつも言っています。初めて彼女のアパートメントに遊びに行った時に、これは今まで見た中でのべストオブビューと言えるかもしれない、とかなり感動したのを覚えています。1930年代に建てられた古いヨーロピアンスタイルのアパートメントの6階。細かく窓が配された円形に近い間取りのリビングから見えるのは、目前の公園の緑と、遠くに広がる家やビルが美しく連なる様子、そして、水色の広い、広い空。
この空にいまにも飛び立ちそうな“神様”が、窓辺にちょこんと置いてありました。友人からのブラジル土産(リオデジャネイロのコルコバードの丘にある、巨大なキリスト像)で、「ジャンクなものよ」とのことですが、マットな樹脂の質感がなんともお泗落で、この黄色い色もまるで太陽と呼応しているかのようです。
窓からの景色は、何か、住む人の心に与える影響がものすごく大きい、とても重要な要素に思えてなりません。この窓の景色から受けるエネルギーは、毎日の食事のように、住む人の心の栄養となっているような気がするのです。この部屋に暮らす彼女たちを見て、いつもそう感じています。
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2015/08/03