個人情報保護
Aは、街を歩いていた。
街といっても、白い布状のものが建物らしいものにかぶさり、そこが何を売っているのか、それとも普通の家なのか分からない。
勿論、表札を出している家は一軒もない。
道らしきものを辿っていくと、川らしきものにぶつかる。
しかし、それが何という川なのかとうの昔に忘れ去られてしまった。
今は、個人情報保護法が21世紀の初めに施行されてから、多分1000年以上の時が経っている。しかし、正確な時を知ることはできない。皆、自分で工夫をして時を計っている。
Aは、太陽の位置と月の明かりによって、ある程度の時を予想していた。
個人情報の保護の対象もはじめは、限られたものにすぎなかったが、年を経るうちに保護すべきだとする情報が多くなり、現在ではほとんどの情報が隠されている。
どこが、それらの情報を管理しているかも隠されているので、通常の人々には何がどこで行われているか、さっぱり分からない。
どうも、「魚の取引が行われたらしい」とか、「「ワインを密売している所があるらしい」という不確かな情報はあるのだが、個人情報を漏らした者には死刑が待っているので、怖くて何もできないのが現状である。
食べ物は、家の中にある機械から出てくるから、食べることには不自由はしないが、それが何味なのかを知る人もいなくなってしまった。
AはBと婚姻をして子Cをもうけているが、Bの顔もCの顔も見たことがない。
赤ん坊は白い衣状のものを纏ったまま生まれてくるのである。従って、男か女かも実は不明なのである。
BはたまたまAとは異性であったから子Cをもうけることができたが、同性同士で婚姻をした者も沢山いるらしい。
そんなある日、Bが死亡した。Aは通常の葬式を済ませたが、どうしてもBの顔を見たくなった。初めての衝動である。もし見たことがばれたら死刑を免れないが、その衝動には勝つことができなかった。
Bもやはり白い布状のものをかぶっている。顔もすべて覆い尽くされている。Aは決心をしてBの顔を覆っている白い布状のものを剥がしはじめた。
何枚も何枚も剥がしていく。そして遂に最後の布状のものを取った。
Bの顔の中は漆黒の闇が広がり、まるで全てのものを吸い込む宇宙のようであった。
そこには個人情報など何もなかった。
注意
現在の個人情報保護法においては、死者の情報は含まれない。
個人情報保護法二条一項
この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、
当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別
することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより
特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2015/05/24
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