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リニューアル採点

 この数年、文学部の学生に電子メディアの基礎知識を教える授業のレポートに電子文藝館と青空文庫の使いかっての比較を出題している。わたしが電子文藝館の委員だということは伝えてあるが、学生はそんなことはおかまいなしに書きたいほうだい書いてくる。青空文庫の方がはるかに使いやすいという意見が大多数であるが、忌憚のない意見だけに電子文藝館のリニューアルには参考になった。

 2011年度までは旧サイトを対象にしていたが、2012年度は新サイトに変えた。リニューアルの結果がどうでるか、こちらが採点される立場である。

引っ越ししたつもりだったが……

 ところが思いがけない落とし穴があった。一割ほどの学生が新サイトではなく旧サイトと青空文庫の比較を書いてきたのである。配布したプリントには新サイトのURLを記載し、レポートのページからは新サイトへのリンクしか張っていない。出題の際も新サイトを見せながら解説した。なぜこんなことがと当惑したが、理由は間もなくわかった。

 Googleで「電子文藝館」を検索すると旧サイトしか出てこないからなのである。授業をろくに聞いていない学生は検索して出てきた旧サイトを現在の電子文藝館と勘違いしていたのだ。

 旧サイトは期せずしてゴキブリホイホイのように怠け学生を一網打尽にするトラップとなった。新サイトから旧サイトへのリンクは張ってあるが、旧サイトから新サイトへはリンクしていないことも、トラップを完璧なものにした。

 採点する方としては怠け学生ホイホイは便利だが、困ったことに旧サイトは怠け学生だけではなく、検索で電子文藝館を探そうとする人すべてにもトラップとなっているのだ。

 なぜ検索では旧サイトが最初に出てくるのだろうか?

 簡単に言うと検索エンジンはどれだけリンクされているかを目安にサイトを格づけし、掲載する順位を決めている。論文を引用された数で格づけする方法があるが、その応用でサイトを被リンク数で格づけしているのだ。

 電子文藝館は「Yahoo!ディレクトリ」をはじめとする多数のサイトからリンクしていただいているが、住所変更を届けていないので、旧サイトがリンクされた状態がつづいているのである。検索エンジン的には新サイトよりも旧サイトの方がはるかにランクが高くなる。

 検索エンジンからの来訪者だけではない。「Yahoo!ディレクトリ」などのリンクから飛んでくる来訪者もすべて旧サイトに集まっており、新サイトには行き着けないのだ。

 リンク先を新サイトに変えてもらえばいいのだが、それができない事情がある。新サイトはリニューアルから一年半もたっているというのに、いまだに仮住所で仮運用している状態だからだ。

 リニューアルにあたって日本ペンクラブは bungeikan.jp というネット上の一等地を確保したが、事務局の不手際のために使うことができなかった。そこで臨時の措置として bungeikan.org という仮住所で仮運用をはじめた。すぐに bungeikan.jp で本格運用にはいれると思っていたのでリンクの変更申請はおこなっていない。

 内部では引っ越ししたつもりになっていたが、怠け学生のおかげで仮住所の仮運用がつづいたことに気がつくことができた。うかつな話であるが、リニューアルから一年半もたったというのにネット的には依然として電子文藝館=旧サイトのままなのである。

(bungeikan.jp への移転は近々実現するはこびになった。また旧サイトから新サイトへリンクを張ることにしたので、検索エンジンやリンクからの来訪者も新サイトにたどりつけるようになるだろう。)

デザインはよし、検索は?

 怠け学生はともかく、ちゃんとした学生は新サイトをどう評価しただろうか?

 デザインは「シンプル」「落ちついている」と概して好評だった。「目に優しいモード」や背景色を選べるのも高評価だった。こんな具合である。

 作品の読み心地を比較するために、青空文庫で読んだ森鴎外の作品と同じものを選んでみた。ぱっと見ただけで字が青空文庫よりも読みやすい、と感じた。文字の行間が広く、少し柔らかい書体で書かれているからだろうと思う。さらに、標準モードと目に優しいモードがあり、目に優しいモードにすると字がさらにくっきり

して丸く、読みやすくなる。また、文字の背景の色も白・水色・黄緑色の三種類から選択することができるのである。

 トップページの「コラム」の横幅が狭すぎるという意見があったが、いくらさわりだけとはいっても、もうちょっと広げた方がいいかもしれない。

 青空文庫が図書カードを経由し、ファイルのダウンロード形式を選択しなければ作品が読めないのに対し、文藝館が目次からワンクリックで作品が読めるのは高評価だった。

 その一方「小説」「詩」「短歌」「俳句」……というジャンルを基軸にした構成には賛否両論があった。ジャンル中心を歓迎している学生が多かった、青空文庫のように作家名・題名の「あいうえお」順を中心にした方が使いやすいという学生もかなりいた。どうも文学に関心の薄い学生はジャンルがぴんと来ないらしい(文学部でも文学に関心のない学生は増えている)。

 ジャンルを評価する学生も、ジャンル別目次の順序には批判的だ。新しく掲載したものが一番上に来るように並べているが、はじめて来た人には掲載順は意味不明である。

 電子文藝館は、トップページに文芸作品の分類(小説・詩・短歌・俳句・川柳・戯曲・シナリオ・評論、研究・随筆、エッセイ・ノンフィクション)が載っていて、この形式にはかなり驚いた。しかも作品の並び順は電子文藝館にアップされた順で、これにも驚いたし、正直検索しづらい。だが、クリックすれば直ぐに作品が出てきて読めたので、とっつきやすいと思った。

 目次の順番については最初のリニューアルプランではリピーターに便利な掲載逆順を標準とし、作家名順・題名順・発表年順に並べ替えるボタンを用意する予定だったが、まだ実現していない。2013年度の改修で対応する予定である。

 日本ペンクラブ文藝館は、外観は美しいが、青空文庫のような作家別のページまた著者をあいうえお順にならべたページなどがないため、目的を持ってこれが見たい、という人には良くても、ただ時間つぶしに本が読みたいという人には向かないのではと感じた。

 

 電子文藝館にはないが青空文庫にある利点として、作家別リストや作品別リスト、分野別リストがあることだ。膨大な作品を公開しているからこそリストが使いやすく整えられたのだろう。作業中でまだ公開できていない作品の作者・作品別リストもあり、進捗が確認できるところも分かりやすい。

 このように電子文藝館も青空文庫のようなリストを設けるべきだと指摘する学生は多かった。実はコンピュータになれた人なら「詳細検索」から作家別リストでもなんでも引きだすことができるのである。

 電子文藝館は内部的には全テキストがデータベース化されており、きわめて多機能であるが、コンピュータになれていない人には「詳細検索」でそんなことができるとは思いつかないようである。「詳細検索」があれば十分という作り方は不親切だったかもしれない(いくら多機能でも、収録作品数がすくないのでせっかくの多機能が活かせない弱みがあるが)。

 また「詳細検索」の並べ替え機能で作家名順や作品名順を選んだ場合、20作品ごとにページ分けされ、そのページ番号が一番下に並ぶだけなので、どこが「た」行なのかわからず、作家名順・作品名順の意味がないという欠点もある。これについてもページ番号から「あかさたなはまやらわ」に変更することを2013年度の改修で実現したいと考えている。

 青空文庫は作品が「ダウンロード」や「印刷」できるのに対し、文藝館はできないという批判も多かったが、実は電子文藝館でも「ダウンロード」や「印刷」は簡単にできるのである。ただ「ダウンロード」や「印刷」を前面に出しにくい大人の事情があり、「ダウンロード」や「印刷」のボタンはあえて設置していない。

 青空文庫にも電子文藝館にも尾崎紅葉著「金色夜叉」が公開されているが、前者では本編(全編・中編・後編)だけに留まらず「続金色夜叉」「続続金色夜叉」「新続金色夜叉」まで公開されているのに対し、後者においては全編第七・八章しか公開していないのである。冒頭だけならまだしも、何故こんな中途半端な章だけ公開しているのか理解に苦しむ。

 電子文藝館は歌舞伎の見取りのように読みどころを選んで読者に供するのが初期の方針だったが、電子図書館というくくりで見ると中途半端にしか見えないようである。青空文庫の通し上演方式が最善とは限らないことを伝える必要があるだろう。

 見過ごしにできないのは電子文藝館は青空文庫に較べて親しみにくいという意見が非常に多かったことだ。青空文庫は掲示板や運営者からの報告ページを設けるなどオープンな体制をとっているのに対し電子文藝館は

 コラムはあるものの運営者を発信源とした言葉がほとんど見当たらない。この閉鎖された運営方法は、見方によってはスマートなのかもしれないが、私はむしろ親しみの薄さや信用の無さといったネガティブの要素を感じる。サイトのつくりが大手企業のホームページ並みにきれいなだけ、余計に得体の知れない相手から情報をもらっているような感じがする。それに加えて前述の作品数の少なさと、その選別の仕方を考慮すると、一度何かの機会に利用することがあったとして、次もまた、と思えるようなサイトではない。

 

 細かいサービスが青空文庫より少ないし、利用者同士が交流するような部分や、利用者がサイトに関われるような部分がない。サイトの特性といってしまえばそれまでだが親しみやすさの点では青空文庫が勝っていると思う。

 

 その他のコンテンツの充実具合も『青空文庫』の方が優れています。現在は閉鎖されていますが、掲示板、ブログ、実験サイト、サイトの課題コーナーなどなど。サイトを良くしようという考えが見て取れます。一方、日本ペンクラブ電子文藝館。雰囲気以外はまるで整っておらず、より多くの読書家にサイトを利用してもらおうという意思が感じられません。

 受講者の大部分は文学部の創作系の学科で当然マスコミ志望者が多いが、それでも日本ペンクラブを知っている学生はほとんどいない。日本ペンクラブのサイトなら一目置かれるだろうと思ったら大間違いで、今の若者には「得体の知れない」団体がやっている得体の知れないサイトでしかないのである。ペンクラブとはなにか、電子文藝館とはなにかをもっとわかりやすい形でアピールしていく必要があるだろう。

電子書籍時代をむかえて

 2012年度にはそれまでの回答ときわだった変化があった。横書が読みにくいという学生が急に増えたことである。

 どちらのサイトにしろ、文章が横書きで表示されてしまうため、大変に読みづらい。これは慣れの問題なのかもしれないが、本での読書に慣れている私としては横書きの文章を読むことに大変苦痛と疲労を覚える。

 

 正直に述べると、わたしは電子書籍を利用して小説を最後まで読んだことが一度もない。どうしても途中で集中力が切れてしまうのだ。原因はおそらく、文章がすべて横文字になっているからだ。幼いころから本を読むことが多かったわたしは、物語は縦書きであることが当たり前だと思っていた。絵本などの文章の少ないものや国語以外の教科書などは横書きでも構わないのだが、文章の多い小説はどうしても縦書きでないと気がすまない。

 

 文章画面の背景の色を直ぐに変えることが出来たり、「目に優しいモード」「標準モード」があったりしたので、長時間パソコン画面で作品を読むのならば電子文藝館の方が断然良いと思った。だがどうして横書きなのか、唯一読みにくいと思った点はそこだった。

 縦書の要望が2012年度になって急増したのは電子書籍ブームの影響だろうと思う。2011年度までは電子文藝館はホームページの延長と受けとられていたが、Kindleの日本上陸等々で電子書籍が話題になり電子文藝館は電子書籍をならべる電子図書館と見なされるようになってハードルが上ったのではないだろうか。ホームページならともかく、電子図書館なら縦書で読めて当然というわけである。

 青空文庫の場合は専用のソフトを使えば縦書で読めるが、電子文藝館にはその用意がない。いずれePubで対応することになるだろうが、とりあえず縦書のPDFを増やすくらいはした方がよさそうだ。

 他にどこまで読んだかわからなくなるので栞機能をつけてほしいという要望も複数あった。電子書籍端末にはそういう機能があるが、Webでは不可能ではないにしても困難である。しかし理屈の上では不可能ではないし、某所が協力してくれるという話があるので、もしかしたら実現するかもしれない。

 もちろん作品数がすくないのはライブラリとして致命的なので、電子文藝館は使い勝手の向上とともに内容の充実につとめていく必要がある。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2013/06/07

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加藤 弘一

カトウ コウイチ
かとう こういち 文芸批評家 1954年 埼玉県生まれ。

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