時の声が聞こえてくる(抄)
たんぽぽよ
たんぽぽの花が
野原を
うめつくす
線路は春にうもれて
この風景を 越え
あの日に つながっていく
たんぽぽよ
もう帰れない
あの春の日にも
咲いていたね
はじめてのわかれ
指切りをした
ふたりの足もとで
咲いていたね
まだ寒い風がふく
けれど
あかるい光の中で
たんぽぽよ
春の鳥
白木蓮の枝に
たくさん止まっている
白い鳥たち
今にも
飛び立とうとする
鳥のような
白い花たち
まだ弱い
陽ざしの中
にぎやかに
咲いて ゆれて
やがて
飛び立つ
〝翼なんか
いらない〟
白い花びらを
すべて落として
春をよびにいく
かおりだけが
かすかにそこに残る
春の鳥は
光る風になって
高く高く
登っていった
雨
強い陽ざしに
焼かれた
川原の大きな石
かけ足で
去っていった
夕立のあと
白い湯気を
たてている
こんなにはやく
空に帰っていく
雨を
はじめて知った
はぜの木
町の中に
あかるい
広がり
取りこわされた
家のあとに
一本の木
風にゆれている
はぜの木
空に近い葉が
二、三まい
もう
秋をとらえている
夕焼け色になっている
やさしい うた
やさしい うたを
うたってください
はげしい嵐のあとの
木々のそよぎ
まだ乾かない
草花の水滴が
光をあつめる
そんな世界に
誘ってください
やさしい うたで
眠りの中で
すべてを忘れる
わたしは
一本の草になり
風になり
雲になる
過去も未来も
見えない
ただ 青い空
いつかわたしは
流れていきたい
やさしい うたになって
時の声が聞こえてくる
サラサラ流れていく
思い出の川
そのほとりに
たたずんでいたい
そんな時がある
ユラユラゆれている
思い出の光
ずっと包まれていたい
すべてをわすれて
いつも思い出は
やさしい声で歌う
ささやくように
時の声が
聞こえてくる
過ぎた日々の記憶
そして
雲の割れ目からさす
一筋の希望
未来からの声
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2012/09/05
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