時代の風
蕗の薹芽生ゆる黄の小さくも地に背きつつふくらむ型に
化学天秤左右に揺れてとどまらずしきりに夕べ松落葉する
目的にあらねど遂に争いぬ若き警官野獣のごとし
敗北に帰すと知りつつデモに行く我もイワンの馬鹿の一人
アセチレンの匂い鋭く乾く夏かぎ十字はいま何処に刻まれん
ライターの乏しき炎手にとどめ信じたき僕等の若き徒労を
貧しさのみなもと知らねばアメリカを賛美する掌に
少年の描きし絵画灰色の中の白を汚点のごとく
巧みにも腰ふり踊る少女等の手はしなやかに白痴化しつつ
指弾され〈自由の女神〉が〈軍神〉と化して危うしキューバを攻めんと
進学の我の望みは失いぬ芥子咲く日より父は病みいて
"V NARÓD!"(ヴ ナロード)と叫び出でたる我等なりビラ刷り終えて
子等もまた新たな世界築きいて不遜な眼差し時には向け来る
プロメテウス 火を盗みしものの熱情を継がんと読みしK・マルクス伝
終りなき綾取り続ける子供らのその手に如何なる未来とどかん
軍歌鳴る 街路樹の枝ふるえつつ冬透明に死者の声する
語り得ず来し苦しみの幾度か 芥子咲く庭に父と子はいて
石を持て棺を打たん 逝きてなお打たるるほどの罪なき父を
頰さやる雪が涙となりし夜の
ひとときの花火の光に照らされしはしゃぐ仕草も妻に似たる子
"土性骨" "地底の歌"を我が反芻となしたる若き日の遠かりき
暴かねばならぬ開拓裏面史の地底に夜毎哭く人柱
一瞬に影も消えたる被爆者の魂のさわだつ鶏頭一群
死体遺棄百数十人と記されいし常紋怪談いまだに絶えず
垂直に舞い立つ雲雀は
その昔 囚人いくたび溺死せし河をいだきて萌ゆる平野よ
血を噴くがに一面揺るる彼岸花 一揆は常にならざりしまま
ギター鳴らずヴィクトル・ハラの砕かれし手に沈黙のチリを強いられ
チリよ我がチリよいまだサンチャゴは雨に煙りしままにはあらず
風すさび木群昏れ行くきわまりに獄中記一篇
流すべき涙は来たる日のために光州市民は拉がれ撃たるる
烈しかりされど哀しきスペインのギター奏者の踏む石畳
アランフェス協奏曲の暮るる街 ロルカよなおも止まざる叫び
手を展げ
拾五年売らざる魂ささえきし妻よ〈風雨強かるべし〉とも
残照に萎えつつ立てる向日葵のいずくに君が恋は終らん
〈もう影の影でいたくない〉と述ぶエリュアールならず君が眼は
吹雪くなか葦群かすみ騒立ちぬ 見え難きなどというな
乳の出ぬ乳房ふくみて死ぬる子のアフリカ それより病める祖国は
一片の徴兵用紙のひらひらとただひらひらと舞う核の冬
孤児が葦よろめく画面は深閑と
街灯の狂い舞う雪の影くらし昭和の歴史は過ぎ去らんとす
アフリカのアジアのチリの森は哭く泪も渇れて耐えうる民の
民こそが歴史を動かす理をしみじみと聴く木立のさやぎ
炎天に向日葵の芯焦げながら地球破滅の狂気は止まず
企業戦士・単身赴任・過労死と造語は劇しく父性を奪いし
花々は樹の泪です 今日の雨 銀糸のごとくわが頰を刺す
腐乱せる卵となりしソビエトよ 真紅の薔薇を荒野に咲かさん
塩欲りて真水を欲りて火を欲りぬ潮引く海に
追い越すも躓く人もそれぞれの肩幅もちて地下より出で来
「思想の時代過ぎたる」という青年の耳にピアスの疲れし顔色
信念も節操と言うも死語となる炎昼ひそかによぎる黒猫
母よ母 我が呼ぶ声の届かざり柩持つ手に融けて雪降る
アフガンの民が額の皺深き無言にこめし
"ダビデの星"掲げて虐殺重ねゆく悪魔はつねに人間なりし
真実が勝つとはかぎらぬ世にありて樹上に燃ゆる
閉山の鉱夫のゆくえ知るもなしトタン屋根の鳴る音しるき
日日の越えねばならぬ橋に降る雪しんしんと暗夜に白し
ふりむくはゆるされざること炎天のそこのみさむきランナーひとり
持病ひとつ増えて壮年おとろえし地に四・九・八・九の木槿の落花
告げざりし
悪魔とは神とは人のなせる業 微量のサリンいくばくの塩
哲久論書きつづけいる原稿の左方より陽影の射しくる六月
燻製の蛸の足を食みており 戦後五十年 従属つづく
きっと来る明日と言う日を待ちわびて釣瓶落としの陽に対く壮年
雲上は涯なく
身の竦む凍夜の月の皓皓と穢れし
川獺も鳥の鷽も滅びゆくまかり通るはひとの吐く嘘
健康が取り柄とう妻の手術日に購いて来しひなげしの花
人間が信じられなくなる日ありネルーダの詩を読む純喫茶〈道〉
楡の樹の蔭より蝶の舞いたちぬ荘子がひとり寝そべる芝生
息するも税のかかる公園の花壇の秩序と序列の社会
怒らねば忿らねばならぬ時として桜が吹雪く秋の身内を
古来より越えたる人を想いおり十国峠のその先のこと
吾に何を詠めと問うや ピカソの〈貧しき食事〉の空の大皿
最大の敵は己と識りしより月の欠けたる陰を視て来し
羊毛は逆撫でにして刈られたり五%消費税の価格が並ぶ
座禅草に座しているは吾なるか あわき日差しに花と対き合う
かたくなな男と言われ疎まるるガリレイならねど
書くという
生き様の無器用なるを良しとして転ばぬように凍て道を行く
かならずや世は変りゆく理を貫くごとき辛夷の莟
人間であるはかなしきことなるや氷雨にぬるる楡の裸木
科学への思い断たれし貧しさよ 胸いっぱいの夕陽の
悔しさを
ミュー型がタウ型ともなる素粒子のピアスの少年 長靴の少女
虐待死 税の分捕り 孤独死と 心喰い虫の生む世紀末
パレスチナを軍事支配のイスラエル コルチャック先生いまだ還れず
ガイドライン辿れば地球を一周り これから日本が米軍守る
霙降る夜更けを軍靴のさくさくと憲法前文ふみにじりつつ
人間であるを恥じつつ樹に対う奪わず殺めず寡黙に聳ゆ
幾つもの持病を伴い観る木立 樹々は樹々の痛みを語る
それぞれの影曳く人を吐き出せる地下鉄電車の
アカシアの花の香れる雨上り過ぎたる夢を風が運べる
人類は愚かなりしか霊長か
サルビアの
旅姿の芭蕉の座像 如何ほどの旅して来しかと吾に問いくる
モネ描きし睡蓮のごとき東京の夕暮れ観ており新宿駅前
二十世紀は過ぎ去らんとすカザルスの〈鳥の歌〉を聴きいる夜更け
二十一世紀を迎えし短歌 エルンストの〈石化せる森〉の無風の呟き
新世紀迎えしなおも戦争の責任問わねばならぬ 桜
鶺鴒がいざなうごとく尾をふりて坂のぼりゆく
世の中は金がすべてと述ぶる少女 厚底長靴の臍だしルック
緑濃き木立がざわめき囲みいる
新都市に被爆電車がよぎりたり天が涙の広島の雨
理性をも奪われてはならぬ崩れ行く貿易ビルの連日放映
報復のための爆撃はじまりし救われがたきいずれの死者も
諸々のかなしみ包み雪の降る四辻の街灯ひとつ欠けおり
人間を愚かと思え桜草 色とりどりに群れて咲きいる
年々に異常気象と言われ来し異常となりしは人間なるや
血のしたたる枝垂れ桜をくぐり行く元軍人の老爺のひと群れ
傷つきてかなしき痣のひろがれる己がまたもひとり増えたり
アカシアの香ながるる並木道 昭和を吹きし風の聴こえず
玉葱を四百万個廃棄する日本もありて餓死するアフリカ
盛んなる木槿の花に秋日差す腰の病みたる入院の朝
病窓を〈ペール・ギュント組曲〉のごとくに雲の行く日暮れ時
脊椎の透視の角度の指示ごとに酷使し来たる骨の晒され
否、時代が必ず変わる時は来るひまわり畑の種子くろぐろと
未来への翼はどこにも見当たらぬ自転車置き場の列なす夕闇
新たなる出立ならんや退院の朝明け寒く染むる地と空
米国が道理を守らず侵略す摂理も壊れしコロナ・ウイルス
千一夜の物語はなお続く人類破滅か武器の廃棄か
桜草〈五月の鍵〉と呼ばるるを 如何なる明日が
崩れゆく祖国の行方よダリの絵の〈人間の形をした抽き出し〉
出兵に黄色のハンカチ振られしを鬱然として連翹揺るる
梅香る向かいの角を曲がりしが付き来る影のうとましき昼
夕焼けに歴史書の背がそまりたり血のしたたりの止まざるごとく
石ひとつストーン・サークルの外にあり異端は古代より排除されたり
紫陽花の色づきはじめし昼の雨どこかで人が殺されている
もっとも野蛮なるは人間と知りて耳順の歳を過ぎたり
平和とはただの言葉にあらざるや路上にしげく散りしく紅葉
親子して殺人多き人界ぞやたらに鴉の鳴く声しげき
ファルージャの壊滅したるを報じいる血の飛ぶごとく吹雪ける紅葉
反戦歌詠わずにすむ国となれ除夜の鐘の鳴り終わりたる
息吹きて雑煮を食む今、アフリカやイラクの子らの餓死せる地球
歴史の抹殺・改竄なされ行く心喰い虫のはびこる巷
パソコンも時には
土砂降りの雨音烈しき傘のなか孤独がふいに飛び込んで来し
へつらいて巧みに生きるは賢きと泡立草の繁み広ごる
鳳仙花いくども爆ぜて地球熱し蟻はひたすら
風が哭き風が忿りて風
ロボット化されゆく人が
くたびれてなおも白く散る辛夷 正しくあらんとするは疲るる
公園の人怖じしない鳩の群れおどおどしている日本の平和
七秒に一人の子供が餓死せるを想いて飲みぬ炎天の水
核兵器・温暖化の危機つづきおりストーンと落ちて砕けし西瓜
情報の操作で世論を支配せり戦前の比になき虚妄の迷彩
方舟も朽ちはじめたり環境の汚染の絶滅危惧種のヒト科
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2010/07/07
背景色の色
フォントの変更
- 目に優しいモード
- 標準モード