一丁目あたり
目 次
一丁目あたり
こんなにもきみのことが好きなのは
私は自分が見えてないからだろう
そんなにもきみのことが気になるのも
ほんとうはきみが見えてないからだろう
どうして? とも
どうしたら? とも言えず
そうして? とも
ああして? とも
言わずに
ただただ好きだということは
相手も自分もほんとうに見えてはいないのだろう
きみのことも私自身のことも闇の中なのだ
ここらが奈落の一丁目あたりか
王宮参る
一月
夜明けの風に凍てついた
薄雪を踏み
Mと私は
王宮に参った
よく晴れた日のお正月
池に映ゆる
慶閣楼を過ぎて さらに奥へと
女性専用のトイレは置かない王城の門の前にあった
旧式のレストランに入り
コーヒーで少し暖まってから再び戸外へ出た
それから大通りを
二人は
あまり言葉を交わさずとも良かった
ホテルに一泊の翌日、
ぼくを彼女の家に泊めてくれると言う
五人家族を紹介された(妹夫婦とその赤ちゃんとオモニと弟)
高層のアパルトマン 真新しい部屋とオンドル式のぽかぽかした床の上に
ふかふかとした客用の布団で寝かされた
(風呂は妹が嫌がるので御免なさいと言われた)
嵌め込みの新しい箪笥に大きな姿見のある部屋で
Mが入って来て洗面器まで用意してきた俺のアナクロを哂いつつも
スーツケースを全部開けて、また綺麗に詰め替えてくれた
たがいの善意と善意がぶつかり合うしか無かった
家を辞す際
「また来て下さい」なんてハルモ二に言われた時(思わずウルウルと来た)
炎帝
なかの館は蝉の声も無くしずもりぬ大仏の背後に位置す
海が見え 大仏が坐し 塀垣へ 坂道をゆるゆるのぼる
夏空の下で美男の大仏がやさしい姿でわれら見おろせり
海の見える境内に登り外国人や若者等多く寄せ来るごとし
豪壮な塀垣廻りの白壁に映し撮りし われら金色の夏を
鐘路三街
荷運び用の改造バイクやリヤカーにバイクを取り付けたもの
それ以上にハッとしたのは頭に物を載せて運ぶアジョマが低い
長屋みたいな商店の間から出て来た それも一人ではなく三人も見かけた
狭くなってゆく路地を覗くと 古風な瓦屋根に
ニスの光った厚板の門構えや赤レンガの 如何にも由緒ありそうな昔の
建物も混じっている
そこを出て宗廟の長塀に沿って坂道をゆるゆる登ってゆく
大晦日の街を歩いていた
Hotelをとった
集めたように、異様に高いビル群に(そうだこの国に地震がないのだなあ。
だから、こんなにも胸の空くようなデザインとこれでもかこれでもかといった奇抜な
アイデアが、そのままに建てられるんだろう)と、半ば呆れ、嫉まし気に呟いてもみた
何の建物も一向に変わり映えのしないその割には矢鱈とコスト高の東京の街並みと明らか
に異なっていた
なによりも、ダイナミックな未来を感じさせるのだ 仰ぐと、自ずと元気が沸いてくる
漢江を渡って、
今もなお、このような街に迷い込もうとはつゆ思わなかった(平壌は無理としても)
王宮を辿っている間に、何時しか(後で読むことになる或る小説の通りにも)
そこがかなり有名な街並みで、“
期せずして 私は本物の この国のルーツみたいな所に(それと気づこうともしないで)
偶然分け入ってしまったのである 感慨深げに道路の一つ一つ、店の一軒一軒、
お寺や宮殿を探り当てつつ 自ずからtime slipしていたのであろうか
(更に勇気を出して そこいらの一軒の店に入って 話し込んだり 飲んだり出来たら)
(もっと何か起こったかも知らないが さすがに独りではそれもかなわなかった)
私は、零下三度Cの街で 手はかじかみ 耳に切れそうな痛みを覚えながらも、
また来む春はと思った
白金のcampus
仏文科では、AやI助教授が居て詩人として音に聞こえていた
トンボの眼鏡を掛けた学生詩人のSや肺の弱い英文科のYなども居た
白金台の母校は門からの坂を銀杏の大樹が並木を成している
ゆかりとぼくも英文科で その頃
N助教授のゼミでエミリー・ディキンソンの詩を拝聴していたが
傷ついた鹿は躍りあがると
狩人の言うのを聞いたことがある
それは死の一瞬の法悦にすぎなく
やがて
十九歳の彼女がその詩をくちずさんだ時、隣の田舎出の学生
は彼女のブラウスの純白度が一層眩しく
窓の外の八方苑の梢を
バックにして 輝いて見え 眼眩んだ
二本榎から 五反田駅へ、ある日は目黒駅まで
お大名屋敷みたいな邸宅の居並ぶ 高塀の下を二人でよく歩いて帰った
ドイツの美少女似のゆかりには振り向く者も多かったが
むくつけき田舎者(つまりぼく)がサンチョ・パンサをよろしくくっ付いているのには
みな訝げな眼差しを遠慮なく送ってくれた
馬 喰
裸馬に乗って、土堤を今しも
村の中学同級生Aが得意気に駆けすぎて行った
河のこちら側で羊に草を食ませているのは俺
(あんな風に荒武者みたいな、馬を駆ってみたいなあ)
「どオーッ、どオーッ」と、二声、三声叫んでいるAが俺だと空想したら
隣家で飼っている唯一の
Aはそこの家と親戚なのだ
木材の切り出しで冬山を転げるようにして降りて来る
鳶でお尻を思いっきりひっぱたかれる姿を村人なら何度も垣間見させられている
(すべてが荒っぽい)
坂道を何度も馬力目一杯に引かされる労働力に過ぎない
血反吐吐くほどブン殴られる 畜生の宿命か
(生まれ変わりたくないものだ)
などと子供心にも思った
帰 郷
梢の枯葉がカサコソ音を立てて
小雨混じりの冷たい風がまた吹いた
慌てて線香に蝋燭の火をちかづける
点火しようと試みる己をも嘲るように点かない
山火事になってはいけないと思い当たり
土台の落葉を手で払った
やや湿っている墓石のザラザラした砂岩粒の感触が快い
如何にも昔のままだ
雨後の山肌の樹々も石も今日は優しい
まるで祖父母の霊のようではないかい
祖母よきの形見の数珠をしっかり握って祈った
その珠の中央には釈尊が入っているカラクリだった
ご真影と言うのか御仏と言うべきか
先刻立ち寄った叔母はるえに見せたら
「ほう、・・・・・・お前ちや(今でも)それを持っているがかい」と、
感心して覗きつつ
「もう消えて・・・・・・
「
ほんとうに見えたのだろうか
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2009/04/09
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