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地球タイタニック

目 次

1 地球タイタニック浸水 二○○○年

  負けてよろしましたなあ  毎月二のつく日は  ネクタイしめた駄々っ子  目には目を

2 地球タイタニック傾斜 二○二○年

  Xデー  人間アホかカシコか除夜の鐘

3 地球タイタニック沈没 二○X○年

  人間さまの店じまい  二○X○年の空  なつかしいなあ  鳥からのメッセージ

  森からのいたわりの言葉  二つのタイタニック

4 地球タイタニック慰霊祭 二一X○年

 

 

1 地球タイタニック浸水 二○○○年

もう一○年二○年三○年も前から、

地球タイタニックの船内放送はくり返されている。

浸水が始まりました。

このままでは地球が危いです。

このままでは人類は滅びてしまいます。

このままでは陸地も森もなくなります。

このままでは水も食糧も、

このままでは……

 

けれども六○億人、

一七○カ国、

言葉も違う、

放送も聞えない。

甲板の端から端までジェット機で二四時間、

新幹線、TGV特急、ICE特急で船内移動。

一○○○年二○○○年三○○○年、

昔ながらの神様祭って、

何も知らんと裸で踊っている部族もいる。

 

海のような上甲板では、

IT革命――情報技術の夢が、

ナノメーター ―― 一○億分の一ミリメートル超ミクロの神秘が、

DNA――天才製造遺伝子組替えの試みが、

火星水星上陸船プロジェクトの夢が、

二一世紀の朝風にはためいて語られている。

かと思えば土器のカケラつき合せての大昔の復元、

先祖代々伝統職人芸の古くして新しい技研鑽、

一○年がかり三○巻の大事典編集に一日二枚のカード取り、

オゾン層破壊の有害紫外線にじわじわ肌を焦がされながら。

 

中甲板では、

わが社はわが社はの幹部がわめいている。

安い模造品を作ってブームに乗れ。

まぎらわしいネーミングで割り込みを図れ。

よりショッキングな映像はないか。

探りを入れて極秘を盗め。

売るんだ、売るんだ、売りまくれ。

ところで口になさってる食品偽表示、

お客様は神様です、

神様は何食べても健康なんですって。

 

ヨーロッパには見かけない、

24時間自動販売機がこの国にはわんさとある。

冷暖房しぱなしフロンガス出しっぱなし、

「地球にやさしく」の垂れ幕ひらひら。

 

森つぶし、山けずり、池うめて、

即席ビルの新校舎で地球環境講義、

「このまま自然破壊が進めば二一世紀の終りには、

地球上から森がなくなるでしょう」

画面にアマゾンの森、サウジの砂漠。

 

地下船室ではカーテンを閉ざし、

汚染基準緩和運動政治献金対策会議。

不法投棄隠蔽処理警察会社議員黙契密談。

環境危機報道取扱行政企業生産業者板挟協議。

酸性雨がこやみなく降りつづいていても聞えない。

 

各国の中庭では、

あいもかわらぬ軍事演習威嚇ごっこ、

戦勝記念パレードの空中アクロバット、

空砲一○○○発戦車一○○台の轟音バラマキショー、

首脳訪問に何十台もの排気ガス行列パレード、

GNP棒グラフ ――高層ビル、高速道路、

超デラックス車、超ファッション、普及率背くらべ、

地球タイタニックの非常ベルは鳴りつづけ……

が、騒音競争で耳に入らない。

 

司令塔では世界各国の要人が集まっている。

各国小部屋では秘密会議、

国際小会議場は行き来し、

中会議場も行き来し、

大会議場も誰やらいるけれども、

首脳が集まる超デラックス会場はがらんとしたまま。

 

「第七ボイラー室に浸水して来ました」

「地下第九九八二号室にも浸水して来ています」

 

うんうん言って、

自分の国の書類から目を離さない。

形式的なサミット共同宣言。

宇宙兵器禁止条約呼びかけ、

核兵器破棄要請、

トップが個別会談すると、

過激な握手をし、

隣の部屋に目くばせし、

一人が近くの部屋に消えると、

隙間からのぞいて、扉に耳あてている。

 

「第六エンジン室にも浸水して来ました」

「第九九八三号室にも浸水中です」

 

やはりうんうんうなずいているだけである。

 

突然、同時多発テロ、

報復アフガン攻撃、

米国内炭素菌撹乱。

 

北朝鮮、核開発宣言し、

テポドン挑発し、

 

イラク査察難航し、

国連紛糾し、

安保理分裂し、

戦争反対大シュプレヒコール、

そこでも、ここでも、いかん、あかん。

 

アメリカ・イギリス勝手に開戦。

油田大炎上、

バクダッド大空爆、

地球にやさしくどころか、

地球タイタニックますます傾いてしまうのに。

 

反米デモは頻発し、

自爆テロは飛火し、

サーズは潜伏し、

不安が、恐怖が、地球タイタニックを感染する――

 

「第七エンジン室にも浸水」

「第九九八四室には鉄砲水」

 

そんな情報、どこのテレビも報道せん。

 

 敗けてよろしましたなあ

 

敗けてよろしましたなあ

日本こんなに平和になって

勝ってたら

息子兵隊に取られ

まだ天皇陛下万歳や (かしら)ァー右や

ビンタがとんで

どしゃ降りの重武装駆け足フリチンの腕立て伏せ一○○回

 

よその国まで守りに行かなならん

その国の人に出て行けいわれても

鉄砲持って 故郷あとにして

男は二十(はたち)になったらみんな兵隊

兵隊から帰って来ても

オイ、オマエしか言わんと

食卓であぐら組んで新聞読んでいる

 

婦人代議士センキョで向うから握手してくれる

美人アナウンサー

声聞いてるだけですっとする

歌手タレント

顔見てるだけでニコニコする

敗けたおかげや

 

年下のマイデァマスオくん

ジャンケンで当番きめて

そうじセンタク料理もしてくれる

かわいい坊や

敗けたおかげや

 

勝ってたらなあ

言う人めったにない

戦争に負けてよろこんでる国

けったいやなあ

 

今の経済戦争

同じこといえへんのやろか

勝ち組にならないかんのやろか

負け組になったらあかんのやろか

エリート――昔の将校 王将 飛車角や

ふるい落されたもん―― 一兵卒 (チョボ)

負け組は 吸収合併 リストラ

クビになった どないしょう

 

けど戦争中

今日も家助かった 明日も命あるやろか

戦後

焼跡トタン屋根 雑草の黒パン食べたこと思たら

結構なことや

何とか生きて行ける

 

なぜ勝たなあかんの

産業廃棄物わんさと出して

ダイオキシン汚染の土にして

二酸化炭素 フロンガス充満の空気にして

森枯らし 生物死なして

人間も生きて行けんようにして

パソコンにらんで目ェ悪して

神経キリキリ薬飲まな寝られへん

医者が言うように休んでられへん

いやいや満員電車に揺られ

幸せやろか

 

ジャパンパスシング

パスされてよろしましたな

車少のうなって

都会の空きれいになって

のんびり歩けて

わずかのお金で

わずかのことゆっくり楽しむ

そんなコツ覚えましたさかいにな

 

敗けてよろしましたな

勝った国

公害病認定患者七○○○○人

交通事故年間八○○○○○件やて

リストラ 過労死 定年離婚

不登校 援助交際 就職浪人

大学へ遊びに行ってなかなか結婚せん

結婚しても子供生まれへん

子育てしんどいので子供生まんと

生まれたら金の卵の赤ちゃんは

食品汚染された母乳のまされ

どうしたの しんどいの 泣く元気ないの

保育所のセンセ どうしょう

 

年寄りでよう歩けんようになっても

なかなか死なれへん

体じゅう切った貼ったで傷だらけ

ギャル介護士に犬猫みたいに行水させられ

そんなにまでして生きてとない

死なしてほしいのに死なしてくれへん

家で死なれへん

 

敗けてよろしましたな

そんな日本にならんで

 

 毎月二のつく日は

 

毎月二のつく日は

日本列島全部ノー電気デー

テレビも休み

工場も休み

電車も止まる

都会は真暗(まっく)

皆久しぶりに八時に寝る

 

あくる日

電気つきましたな

昔はあんなんやったんですな

今は結構でんな

電気さんアリガトアリガトというだろう

 

毎月五のつく日は

日本列島オール断水デー

のどかわいたなあ死にそう

風呂に入りたい

バケツ一杯で一日過ごす

水洗トイレも流れない

明日に望みを託して寝て忘れよう

 

あくる日

水出ましたな

ああ生きかえった

やっぱり人間水がなかったらあきまへん

水さんアリガトアリガトというだろう

 

毎月八のつく日は

日本列島軒並みノーガスデー

カンテキに割木入れて

新聞紙に火つけて

火吹竹でフウフウ風送って

お茶わかす 魚焼く おかず炊く

ああしんど

腰痛うなった

何時間かかったんやろ

 

あくる日

ガス来ましたな

マッチ擦らんでもパッと火がつく

あたりまえ思たらあきまへんな

ガスさんアリガトアリガトというだろう

 

これで地球の温暖化

大気汚染

オゾン層破壊のキケンは

月で九日

一年にしたら一○八日は延びるだろう

 

そんなことやってのけた日本の総理大臣

ならびに協力した日本国民に

世界で最初のノーベル地球環境特別大賞が出た

 

 ネクタイしめた駄々っ子

 

アメリカ

カシコや思てたのに アホやったんかなあ

大きなヤヤコやったんやなあ

タバコやめいうのにやめよらん

ネクタイしめた駄々っ子

日本もやで

日本も世界から煙たがられてるのやで

 

中国もそのうち

ネクタイしめた駄々っ子になるのかなあ

プカプカタバコの煙 まき散らして

東から西から

煙煙で ゴホンゴホン

なんぎやなあ

タバコやめてくれんかなあ

 

煙だらけになった地球で

ネクタイしめた駄々っ子の国は

天の天まで届く衝立て立てるつもりやろか

 目には目を

 

目には目を

歯には歯を

いかんあかん

そんなことしてたら世界戦争になってしまう

 

米国同時多発テロ いかん そらいかん

けれど 雀躍(こおどり)して

万歳してた人たちがいた

ウップンはらしたった

スッとした ――あの顔

あの晴れやかな笑顔

あの奥にあるウックツした痛み

知ったげなあかん

 

テロは卑劣 ――けど弱小民族のウップン

そのウップン報復攻撃してつぶせるやろか

よけい陰湿に 手をひろげて

意表を突いて 爆発させるだろう

どちらも大量人殺し どっちもあかん

 

強者のゴウマン 強者の正義

弱者のウップン 弱者の正義

正義と正義がぶっかりあって

地球タイタニック

自分らで沈めるつもりやろか

 

2 地球タイタニック傾斜 二○二○年

司令塔のテーブルのボールペンがころがり始めた。

要人は始めて目を見張った。

電気が消えた。またついた。

 

「第五エンジン室まで浸水して来ました」

「原子力エンジンを直ちに止めろ」

「残りのエンジン室を死守しろ」

「緊急国連会議だ。国連軍を派遣して防止にあたれ」

「まず電気二○パーセント抑制、いや五○パーセントだ」

「工場が動かなくなります」

「工場を動かすのがいかんのだ」

「ジェット機、鉄道、皆半分にする。人を動かすな」

「石油を売ってはいかん」

「何もかも安全基準が甘いからこんなことになったのだ」

(倍のお金出すから売ってくれ)

(倍もならなあ。石油売らんと食べていかれへんからなあ。石油凍結なんて取決めにサインするわけにいかん。暴動が起きる)

「暴動が起こらんように各国に混成国連監視軍を送るのだ。特に核貯蔵庫、核弾頭ミサイル基地、核を暴発させんように監視する。原発送電停止。放射能からまず人類を守らないかん」

「先進国から承認、調印、実行してもらわないといけません。兵器製造禁止、輸出禁止、戦争する場合ではありません」

「暴動が起る恐れがあるから兵器もいるのだ。緊急非常体制には力で抑えないといかんのだ」

「反対、反対。強大国の暴論です。今必要なのは平和です。協力です。戦う準備などしては危険です」

「あなた方争ってる時ではありません。わたしの国もう水浸し、住めなくなりました。助けてください」

「もう国境をなくすべきです。逃げられる所へ逃げないと助かりません。今こそ国家や人種を越えて助けあうべきです」

「それを実行するために各国混成の国連軍がいるのだ。時間がない。反対する人を抑えるために武力が必要なのだ」

「地下の部屋で入れろ、入れないで騒いでいます」

「それみろ、出動だ。緊急命令だ」

 

「お父さん、こんなにマンションにひびが入って、戸もよく締まらなくなって来たというのに、勉強して、中学へ行って、高校へ行って、大学へ行って、卒業しても、地球はまだあるの。地球タイタニックはほんとうに沈まないの。体力つけて、たくさん荷物もって、逃げられるようにしておく方がいいのやないの」

「今いっしょうけんめいに偉い人が、力をあわせて手を打っているのだよ。人間には英知があるのだよ。今まで人間は立派な科学や文明を築いて来たろう。みんな人間の英知、すぐれた知恵の賜物なんだ。みんなで知恵しぼったら、何とか人類の危機は避けられる。逃げること考えないで、そういう知恵を磨くのだよ」

(でもなあ、そんなにすぐれた知恵がある偉い人が、なぜこんなになるまでほっておいたのだろう)

 

「オゾンを大量に製造してオゾンロケットを打ち上げよ。オゾン層で爆発させて補給するのだ」

「コンピューターグラフィックスでは、かえってオゾン層に穴があきます。有害紫外線がもっと増えます」

「やってみないとわからん。今は勝率にかけてみることだ。飛び散ったオゾンが穴をふさぐかもしれん」

 

「地球冷却剤を大量に造って地球を冷やせ。夏も冬にするんだ。南極が千切れて四国くらいな氷の国が漂流を始めたのだ」

「夏も冬にされたら、裸でいる南洋の人たちは困ります」

「それなら南極に製氷工場をつくれ。溶けかかった氷山を氷づめにするのだ」

「そんなアイデアなら前から考えています。工場の煙でかえって氷山が溶けてしまいます」

「考えてるのなら成功させるのだ。その上昇温度を抑えつけるほど氷をつくるのだ。氷をつくって浸水を止めろ」

 

〈工場生産半減 物価暴騰のおそれあり

 

〈百貨店スーパーに買物客殺到、一人一品に限ります。買い溜めしてはいけません〉

 

〈見張りの警官がつまみ食いしています。買い溜めしない警官は栄養失調で倒れました〉

 

〈政府は新聞がデマを飛ばすからだと非難。新聞あすから一六ページに、一か月後八ページに、二か月後四ページに、三か月後二ページに〉

 

「新聞また売れるようになりまっせ。廃品回収に出さんと溜めておきまひょ」

 

〈株価急落、金乱高下、円激安、石油高騰〉

 

〈南洋の水没の島々観光ツアー募集。最初で最後の企画です。あすはわが身?

  珍しい掘出物海に浮んでるかもしれませんよ〉

 

〈国連軍参加拒否続出。巻き添えごめん。国連の指導力低下。解体の危機に瀕す。各国首脳自国の治安防衛に必死〉

 

〈国際ボランティア青年団自主結成。地球は一つを合言葉に、人類存亡の危機に立ち上がれ〉

 

「えらいことになって来ましたな。富士山に登って、宇宙に向かって、SOSの旗振りまひょか」

 

 Xデー

 

IT革命 デジタルテレビ 宇宙開発 

便利結構 進歩結構 新しいもん結構 が

昨日の新製品 今日は粗大ゴミ

結構やない

 

パッと無にしてしまう忍術発明するのが先やないか

燃やす 埋める 海に捨てる

空気が 土が 海が汚れる

鳥が ミミズが 魚が 死ぬ

地球じゅう死骸だらけにして

それでも新しい死骸予備軍つくりつづけるの

 

何をそんなにせり合わなあかんの

グローバルな競争して

グローブ=地球のこと忘れてしもて

地球タイタニック どんどん浸水してるのに

みんなで地球救おうともせんと

 

えらい人皆アホちゃうか

土台の地球が沈んだらオールナッシングやのに

地球大修理は後まわし

進歩したらまた地球がギシギシいたむのに

そんな簡単なことわからないの

クリーンな進歩

考え出してからでも遅ないのに

 

今で十分便利やし幸せやし

歳は一つずつしかとって行かれへんのに

そんなに三年分五年分もと一年のピッチ上げて

なんで生きいそぎ 死にいそぎするの

みんなを幸せにする保証があるの

自分の功名心 出世欲 利益追求のためやないの

ほんとに子や孫の地球

ついて行かれへん人のこと考えてくれてるの

 

地球タイタニック刻々浸水

赤信号出てるのにまだ進歩にしがみついて

サイレン鳴ってるのにまだ新しいもんに血眼(ちまなこ)になって

アホな人間だけヤキモキする暇あって

カシコな人間さしあたりのことで頭いっぱい

神様 何とかしてくれはると思うたはる

 

かくて二○××年

Xデーはみるみる近づいて来るう

 

 人間アホかカシコか除夜の鐘

 

人間てアホかカシコかわからんようになって来た

このままお化粧されたリンゴの知恵の木の実食べつづけたら

大気が汚れ リンゴも汚れ 人間の体も汚れて

その先は…… わかってるのに

もっとおいしいリンゴを

もっともっとと……

坂道ずり落ちて行っていいの

カシコやからわかってると思うのに

しんぼうできんアホやったんかなあ

 

気がついたら この空気のよどみ

もう20年も前にまき散らしたもんやて

空の天井の壁に突きあたって溜まったもんやて

ほっといてもこれまでの20年分のもんが溜まっていて

生きて行かれん地球になってしまうのやて

それでもまだ車やめて歩こうとせんと

ケセラセラ なるようになる

鼻唄歌うて アクセルふんで

それでもジェット機排気ガスばらまいて

戦争やめんと 爆弾落して 黒煙舞い上がらせ

 

除夜の鐘がまだ聞えています

思えば長い長い地球の歴史のほんの短い人間の歴史

三六五日の大晦日の除夜の鐘が鳴り出すころ

やっと人間が出現し

それからモーゼが生まれ

釈迦が生まれ

キリストが生まれ

マホメットが生まれ

その時はもう百七つ

あと一つで幕引き

一巻の終り

その最後の百八つめの響がちいそうちいそうなって来て……

けどまだ余韻が聞えています

まだ何とか聞えています

 

3 地球タイタニック沈没 二○X○年

警報が鳴り出した。

早く非難してください。

地球タイタニックが沈みます。

 

ボートは大混乱です。

けれど先進国の人々、

こうしたのも自分たちのせいだと、

島に住めんようにした原住民や、

むかし侵略した発展途上国の人々、

先に乗せています。

 

――という美談は表向き、

薬づけ、インスタント食品づけで、

先進国は再検査、再通院の半病人の人ばっかり。

透析、ニトロ、酸素ボンベ、車椅子、

はねとばされ押し倒され、起きる元気もない。

 

「女子供さんは先に乗せてあげてください」

「あなたァ、あなたも乗って」

「お父さん、お父さん」

「男はいかん」

「男がいないと人類は滅びるぞ」

「男の子がいる心配いらん」

「引きずり出せ」

「定員超過だひっくり返るう」

 

「沈むまでまだ時間あるでしょ、最後のセックスしましょ」

「抱いてて、一緒に沈んだら本望よ」

 

「成人式の着物もっと着といたらよかったわ」

「銀行に預けておいたお金でもっと遊んどいたらなあ」

 

「やっぱり俺はライフワークをやりつづけるよ」

「ウリだ。ウリだ。カラウリで儲けろ」

 

「神の国は近づいた。今こそ信ずる者は救われるのです」

「写経しながら成仏するわ」

 

「各国大臣はこちらから特別救命ボートにお乗り下さい。

ご家族の方も貴重品身につけられるだけ身につけて、ご一緒に。国民に気づかれんように、こっそりと」

 

「タイタニックと運命を共にする人はパーティを開きます。食べ放題の無料です。各国の国歌をうたいます。寝室も空いてますのでご自由にどうぞ」

 

「天国だ。極楽だ。金持ちも貧乏人もない。お金なくても何でも好きなことやり放題だ。超デラックスルームをマイホームにしよう」

 

「使えんかしらんけどお金胴に巻いてと。あ、ない、ない。もっとあったはずや。誰か持って行ったか。息子か、嫁か、どこやどこや」

 

「今こそ離婚のチャンスよ。裁判も何もあらへんわ。家じゅうのお金かき集めて家出しましょ。どさくさ不倫わからへん。あ、セクハラ、いやらしい、何やこの人警官やないの」

 

「どんどん手術を行ないます。希望の方は安楽死も行ないます。法律もなくなりますから訴えられることはありません。実験台優先します。失敗しても早いか遅いかの違いです。存分に実験させて下さい。亡くなられた方は手厚く合同慰霊祭を行ないます。もし成功しても完全によくなられるまで、病院があるかどうかわかりません。病院はあっても医師も看護婦もいなくなるでしょう」

 

「みんなまだ元気で、いつも通りの葬式して惜しまれながら見送ってもらう方は幸せです。早く楽に死にましょう。あとになるほど見送ってくれる人がいなくなります。今から子供を生むのはやめましょう。悲しみごとが増えるだけです」

 

「サックが品切れになりました。製造する人がいないのです。あとは子供できないよううまくやってください。変だと気づいた人は早めに婦人科にお越しください。そのうち病院も閉鎖します」

 

「今年入社した人はあす係長にします。一週間後は課長に。さらに一週間後は部長にします。就職試験なしです。毎日入社式やってます。係長も課長も部長もどんどんいなくなるので出世が早いです。社長や取締役はもう出社しません。地球タイタニック脱出でお忙しいからです。係長手当、課長手当、部長手当どんどん昇給して、たちまち豪邸が買える幸福をぞんぶんにお楽しみください。命令を仰がなくても自由に会社を運営してください。社長室にも自由に入って社長椅子でふんぞり返ってください。電話もじゃんじゃんかけてください。ただし取引先を呼び出しても応答があるかはわかりません」

 

今頃になって新聞は、連日地球が危い、終末が近づいた。国際競争はやめるべきだった。都市をこわして田舎を再生、工場こわして池や森を復活、霞ヶ関ビル建てるので、もう一つ日本アルプスを造成すべきだったと書き立てている。

 

「スーパーもがらあき、百貨店もがらあき、欲しものいるだけ持って行ってください。銀行もがらあき、お金自由に持って行ってください。ダイヤモンドもつけ放題、ネックレス一○でも二○でも掛けてください。もうじき電気も消えます。クーラーも止まります。水も出なくなります。お早いうちにお楽しみください」

 

「卒業式をくり上げて行ないます。今年入った人も卒業です。単位不認定だった人も、試験受けなかった人も、授業料未納の人もオマケ卒業です。あす全員学園にお集まり下さい。卒業写真撮ります。アルバムすぐお渡しします。卒業証書は自動販売機で学籍番号押してお受取りください。最後の思い出に皆で蛍の光を歌いましょう。カップルの方はとにかく結婚式も同時に挙げてください。もう一夫一婦でなくても、迷っている人は一人でも二人でも何回でもかまいません。ラストチャンスです。結婚行進曲歌って皆で祝福しあいましょう」

 

「あら もう誰もいないわ。この広い日本にわたしたち二人っていうのもよいものね」

「ドライブに行こう。信号なし。対向車なし。二○○キロとばして富士山の上まで走り上がろう。どうせ死ぬなら富士山と心中だあ」

 

 人間さまの店じまい

 

えらいこっちゃ

二一世紀に生まれたばっかりやのに

もう人生の店じまいせなあかん

人類最後の立会人やなんて

 

生まれた頃はそれでもおいしい空気があったのになあ

空も青かったなあ

まだあめ色だった川が

どす黒い臭いになって

空気もそうなるよと

知らせてくれていたのになあ

 

息しにくくなって来た思たら

もう歩くのもしんどなって来た

どうしょういうてるうちに人も集まれんようになってしもた

集まれるうちはけんかばかりして

もうけんかする元気ものうなったか

世界中のクリーナーみな集めて

地球上の空気大掃除せな

 

ヘドロ清浄バクテリア養殖成功

出た! 大発見や

排気ガス酸素変換器

出た! 新発明や

ダイオキシン払拭剤

出た! スーパー技術や

ゴミの山を一握りの砂に

出た! 超ビッグニュースや

出た! 出た! 

早よせな 間にあわん

 

SOS

どこかの宇宙人

地球タイタニック

助けに来てくれんかなあ

そんなノーベル賞の神業製品

できるまで時間止めてくれんかなあ

 

 二○X○年の空

 

小さい時は

雨あがり

シャワーを浴びるように

顔いっぱい日光浴して

胸の風船が破れるほど

深呼吸したものだった

青空から宇宙の闇がのぞくなんて

考えてもみなかったなあ

「あすは晴時々くもり

ときどきオゾンホールに闇の穴ができるでしょう

外へ出るときは紫外線よけマスクをかぶって下さい

清浄酸素ボトルを買い占めている家庭があります

買い溜めはやめましょう」

 

そんな気象情報のうちはまだよかった

青空半分闇半分

せんそうみたいに皆ばたばた死んでゆく

葬式もできん

世界のえらい人

会議ひらいてもお流れ

法律決めても

反対する国は守らない

神さま神さまとめいめいの

神さまにお祈りしているうちに

もう世界の人集まって

会議もできんようになってしまった

 

今日は久しぶりの青空

最後の気持よい深呼吸をしておこう

人類三五○○○○○年のフィナーレの舞台に

立ちあえる栄光に感謝して

 

 なつかしいなあ

 

開けたなあ 昔がどこにあるやらわからん

山だけや

山はいいなあ けど

ケーブルつけてくれたら登れるのになあ

登って昔の上に立てるのになあ

 

ムジュンしてる

 

山は青きふるさと

水は清きふるさと

なつかしいなあ

かなしいなあ

もういっぺん昔にもどれたらなあ

排気ガス出して車で来て

ビニールのゴミそこらに散らかして

 

さいならする

 

昔のように

てくてく歩いて来て ああつかれた

お母さんの匂いするおにぎり食べて

虻が飛びまわる 蜂に追われた

うるしにかぶれた かゆいかゆい

蚊に刺された 唾でもんでおく

こんなことしたなあ

昔といっしょや

空気がおいしいなあ

 

昔はなあ

 

言えるのも地球が住めたからや

火星に来て

寒うて寒うて息するのがしんどい

 

地球がなつかしいなあ

 

 鳥からのさよならメッセージ

 

人間さん 今になってあわててるのね

トキが絶滅する?

コウノトリもあと数羽?

それでなくても方々からわたしたち姿消してるの

毎日見て知っているのに

人間も危くなってることわかっていたのに

 

それでもまだすぐ戦争して

核実験してこわがらせ合いして

放射能まきちらして命ちぢめて

森なくして洪水出して流されて

コンクリで道固めて照り返しに肌シミだらけにして

じわりじわり体変にさせて

 

まだまだ大丈夫とあなどっていたのね

野鳥公園つくって安心してたのね

わたしたちは羽根があるから飛んで逃げられるのよ

ジェット機つくって錯覚してたのね

わたしたちはいったん空に舞いあがって

人間さんいなくなってから地上に戻ってくるわ

 

 森からのいたわりの言葉

 

あら 人間が駆けこんでくるわ

苦しそうだわ 草食べてるわ

起き上がれないのかしら

また大地震 またマグネチュード9

火山爆発 火砕流 火山灰

わたしたち平気だけど

人間さん 家こわされ 食べる物なくなって

かわいそうだわ

雨にうたれてふるえているわ

人間さん 家がなかったら

着るものなかったら

生きてられなくなったのね

 

天地の神様が怒ったはる言うて

お助けくださいと祈ってるけど

わたしたち自然の怖さになれてるわ

だって人間の一○○倍も昔からいるんですもの

長い間地球の言葉聞いて来たわ

人間は地球の怒ってる言葉

泣いてる言葉わからないで

四六○○○○○○○○年吟醸の石油や石炭

四○○年足らずで空にして

森も山もどんどん丸裸にして

その上ITとバイオ技術で

好きな生物つくろうとして

動物と人間のあいの子までつくろうとして

 

わたしたち話していたわ

もう人間の歴史もおしまいねって

地球まで整形手術してはいけないわ

教えてあげたかったけど 言っても

耳かしてくれなかったでしょう

今度は森に生まれていらっしゃい

じっとしていて ストレスもなく

気長に

高いところ見わたして

風に吹かれてる幸せ教えてあげるよ

 

 二つのタイタニック

 

一九一二(いちくいちに)タイタニックは

救命ボートが半分しかないことを誰も知らなかった

パニックになると困るから

あと一時間ちょっとで 沈むことを知らなかった

 

二○X○地球タイタニックは

救命ボートなんてないことは誰も知っていた

地球が住めなくなってパニックになる予感はしないでもなかったが

まさかあとX○年とは知らされなかった

 

一九一二タイタニックは不沈と信じられていた

事故に気がついても夜会服を着たまま

救命ボートに乗ろうとしなかった

救命ボートは寒い 船にいるほうが温かい

 

二○X○地球タイタニックも不沈と信じられていた

警報が次々出ても子供や孫の未来を夢み

排気ガスを出しつづけて車を走らせていた

歩くのはしんどい 冷暖房した中にいるほうが快い

 

一九一二タイタニックの紳士は

女性や子供たちをボートに乗り込ませ

居心地よいように気配りし「どうぞお先に」といって離れて行った

よい生活をするには立派に死ぬ義務があるかのように

 

二○X○地球タイタニックの紳士は

妻子と一緒に人押しのけてボートに乗り込み

「もう乗るな乗せるな」と荷物かかえて叫びつづけた

偉い地位にいるからには立派に生きのびる権利があるかのように

 

一九一二タイタニックの三等船客は

どこへ行くのか何をするのかも

指示を受ける生き方にならされてきたので

助かろうとする努力も禁欲的に捨ててしまった

 

二○X○地球タイタニックの一般庶民は

がまんができんしんぼうできん

指示は受けん欺されつづけたと暴徒(モッブ)化したので

助かる者も押しつぶされて死んで行った

 

一九一二タイタニックの乗務員たちは

誰一人救命ボートに乗らず

SOS通信を打ちつづけ照明を照らしつづけた

楽団員も水がデッキを洗うまで演奏をやめなかった

 

二○X○地球タイタニックの首脳たちも

国家の名誉にかけて誰一人助かろうとせず

争いをやめ国を越えて助ける者は助け

使命を成し遂げた誇らかな声で国歌を歌いつづけた……

とか

 

一九一二タイタニック沈没も知らず

二○X○地球タイタニックの危機も知らなかった僻地の人たちは

一日五○○○○人の餓死に耐えつづけた持久力で生き残り

「もう傲慢な歴史はくり返しません」と宣言した……

とか

 

地球タイタニック慰霊祭 二一X○年

人間あこぎやったけど

いなくなったら淋しいわね

 

タイタニック人間号は沈んで

人間のいる地球はなくなったけど

わたしたちノアの箱舟に乗せてもらって助かったのね

人間のいない新しい地球になったのね

 

わたしたちはおとなしい地球にしましょうね

人間のようにかしこくなるのがいけないのね

かしこくなればわるがしこくもなって

わるい地球にしてしまうのね

 

言い争ってばかりいて

弱いものいじめして

強いものいばりちらして

すぐ戦争して

だんだんたくさんの人をいっぺんに殺すようになって

 

わたしたちもっと地球を大切にしましょうね

 

ハゲワシ

ヘビ

トラ

アリ

サル

ペンギン

ゾウ

クツワムシ

 

みんな一日だけ仲良しになって

人間さんの慰霊祭いたしましょう

いつのまにやらあれから一○○年もたって

森さんや川さんや野山さんも

やっと何とか元気になって来て

よろこんでいるのですもの

百回忌法要してあげましょう

そして人間さんのひどかったこと

水に流してあげましょう

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2003/07/14

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三島 佑一

ミシマ ユウイチ
みしま ゆういち 1928年 大阪市に生まれる。

掲載作は、2003(平成15)年6月、詩的アクションとして、書下し未刊の『地球タイタニック』よりペン電子文藝館のために抜萃。

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