最初へ

句集「仙翁花」(抄)

花舞台

 平成二十年十月 東大寺

千年の佛千回の花役者

打ちあげて笑顔のならぶ初芝居

花冷のもの憂き流れ吉野川

ぼうたんの風にほひけりをぎの髪

早春にハムレット舞ひ語りけり

朱夏の陽にまどろむでゐる役者かな

秋風やそぞろあるきの御堂筋

木枯しの中に楽日の役者かな

楽近し見上ぐる空に冬の月

冬ざれに筋隈(すぢぐま)の紅燃ゆるかな

旅 新年~夏

松かざり菩薩とともに東路へ

残雪の山の端に出づ蒼き月

おぼろ夜の鬼女の棲み家を訪ねけり

右は海左は山の土佐の春

 平成二十年五月 東大寺を訪ねて五句

五月雨の御堂の前の役者かな

五月雨に露けき袖や幸四郎

草燃ゆる旅路を歩む役者かな

五月雨の中に静けき盧舎那仏

五月雨の音静かなり東大寺

奥入瀬の青葉ひかりのなかにをり

北国の湖を訪ふ朱夏の旅

打ち上げて避暑地へ向ふ風涼し

山頂の権現様(ごんげんさま)や蟬しぐれ

四万十(しまんと)の川面は夏のひかりかな

夏の旅時間(とき)ゆつくりと流れけり

機関車の大暑の谷に入りけり

蓮の花御手にやさしき守護菩薩

稜線のかなたに見ゆる雲の峰

またひとつ峠越えたり夏の旅

旅 秋~冬

北斎の面影を追ふ山の秋

紺碧の大天空へ曼珠沙華

夕闇のなかに横たふ刈田かな

寒熱風夢の旅路の中にをり

清らかに初冠雪の浅間かな

冬の月一すぢの道照らしをり

打ち上げて雪ふる街に着きにけり

さんざめく声の静まる寒昴

好日

神の春とふとふたらりたらりらふ

幸不幸混ぜて降り来る春の雪

今年またせみ鳴き()めて思ふこと

山荘の机のうへに仙翁花

お堀端暮れて師走の人の波

追慕

 中村勘三郎の小父を偲んで

花吹雪につつまれゆきし人想ふ

宿にゐて亡き人想ふ菜種梅雨

 中村又五郎さんの訃報を旅先できいて

寒椿散るが如くに又播磨(またはりま)

花冷の中に逝かれし又播磨

初舞台

 平成二十一年六月 歌舞伎座

初夏(はつなつ)の光りの中の初舞台

名を襲ふ孫初舞台花菖蒲

初舞台浴衣姿の金太郎

四代目の金太郎なり風薫る

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2009/07/24

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

松本 幸四郎

マツモト コウシロウ
まつもと こうしろう 歌舞伎役者 九代目幸四郎 屋号高麗屋。1942年 東京都新宿区生まれ。藝術院賞・坪内逍遙賞受賞。

掲載作は『句集仙翁花』(2009年、三月書房)収載の144句のうち、1/3に当たる50句を選んだ。東京の歌舞伎座が建て替えられることになり2010年4月まで「歌舞伎座さよなら公演」が続いた。2009年6月の歌舞伎座の舞台では松本幸四郎(祖父)、市川染五郎(父)に続いて、孫の藤間齋(いつき)が四代目松本金太郎を襲名し、「門出祝寿連獅子」の孫獅子役で初舞台を飾った。『句集仙翁花』上梓の6月3日は歌舞伎座初日であり、「初舞台」という章では松本金太郎の初舞台がすでに詠まれているから、孫の初舞台を記録しておきたいという意気込みが伝わってくる。なお、『役者幸四郎の俳遊俳談』と重複する句は除いた。電子文藝館には夫人の藤間紀子氏の『高麗屋の女房』、娘の松たか子氏の『松のひとりごと』も掲載している。

著者のその他の作品