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世紀のつなぎめの飛行

 サボテン

寡黙な客と

寡黙な床屋

窓の外では

まだ青い木の葉がちぎれて飛んでいく

「毛虫まで飛んでる」と客

『私も飛んでみたいです』と床屋

あとはまたハサミの饒舌

客と床屋は鏡の中で目をそらす

「この鏡よく見えませんね」

『ええ、ちょっと近視の鏡なんですよ』

「床屋としたら困るでしょう」

『いえ、たすかります 困るのは客だけですよ

顔はもう見飽きてます』

「こわいの、うるさいの、あるんでしょうね」

『いやもう、のっぺらぼうってのもいますから

どんな目鼻だってついてるほうがいいですよ

たとえ、トカゲみたいにあやふやでもね』

鏡の隅にトカゲが2匹

厳密にいえば一匹

『げんじつ、我々だって母親のなか三ヶ月ごろは

爬虫類の顔して浮いてるっていうじゃありませんか

顔さえついてりゃノーマルですよ』

「ノーマルっていえば、進んだ国じゃ離婚してる両親の関係を

ノーマルって言うんですってね」

『ええ、弱者の立場にたって考えるんですから

弱者の立場に立って弱者をいじめるんですよ』

「それって人間の業ってもんでしょうね あっ、いたい」

『すみません、風の日はどうも何もかも散りますね』

赤い花びらが鏡に散った

『それと、顔なんかなまじあるからいけません

自分とか他人とか、弱者とか強者とか、うるさっくて

今じゃ、どっちが強いかわかりませんがねえ』

「ハサミ持ってる人ですよ

弱者の気持ちわかってくださいよ」

『まあ、それは神の領域ってもんです

なにしろ神様は鏡に映ったりしませんから

私だってこの五十年一度も見ちゃいません

毎日毎日鏡の中覗いてるんですけどね』

「ということは、我々の顔も不要ってことですか」

『まあ、究極のところ

顔があるから罪を犯すんでしょうね

なんなら今とっちゃいましょうか

一人でこわいなら

私もひとおもいに一緒にやりましょう』

『ほら、さっぱりしたでしょう

もう、どちらが私かお客さんかなんてわかりません

そんな境界線切れちゃいましたから』

顔を映さなくてもよくなった床屋の鏡は

つっぱっていた緊張もとれ

たるんで少しふるえながら

窓辺のサボテンを映している

午後の床屋で

無口なサボテンが二本向き合っている

 

 

 最初に好きになった子は

最初に好きになった子は

スモッグがとても似合う子だった

(ぶかぶかのその中で何が育っているんだろう)

次のは

大きなランドセルをしょった

背中の小さい子だった

(ぶんぶく茶釜のタヌキみたいにステキだった おもしれえぜ)

その次好きになった子は

茶髪で俺の前で脚開いて座ったけど

それまでだった

次のは欲張りで

おれの人生が欲しいなんてぬかした

とんでもないことだ

次は本気だったらしく

私の人生あげるなんて

ほいっともたされちゃった

なんでももらうもんじゃない

これは少し重くて放りだしたかったけど

そのころには子供も産まれて

おれは落とさないように

しっかりと抱きしめた

でもじっともっているのはつらい

ふと気づくと

それはおれ宛ての小包だった

一度開けてみようみようと思いながら

なぜかそのひまがない

ある晴れた日曜日

おれはやっとその小包を開けてみた

なんのことはない

何も入ってないんだ

彼女みたいに腹の中で何かつくるってことは

できないんだ

しかたないからまた包み直す

そうすると若かったおれに少し皺ができた

それからもこんなはずぢゃないと時々開いてみる

やっぱり何も入ってない

そのつど皺がふえていく

今じゃもうおれもぼろぼろになってきた

でもよく見ると

この小包は

確実に大きくなっている

重いはずだ

頭来て

捨てちゃおうともう一度よく見たら

宛名はおれじゃない

あわてて送り返したけど

また帰ってきた

おれは何だかむきになってしまった

持ってきやがれ!

ほんとのおれの人生は

どこをさまよってんだ!

 

 

 世紀のつなぎめの飛行

ある日

男が飛んできて

いらっしゃいませという

男が連れていった家の中には

縮んでしまった冒険心や

夢や未来やらが

整然と天井から吊り下げられていた

その中を

男はにわとりのようにも

はとのようにもぽっぽっと飛んで

そして ゆっくりと羽根をたたむ

今日の羽ばたきはこれで終わりらしく

あとは体に水を吹きかけて

ねむってしまう

私はいったい何のためにここにいるのか

(この古い問いは卵を生みつづけている)

小さくひからびて

大航海時代の船が揺れている

ふとみると

男は石にしがみつくようにして

ねむっているのだ

ただ何かに対する抵抗だけが

唯一残された意志であるらしく

ときどき悪夢にうなされながら

明日を拒んでいる

彼がともかく飛べるようになったのは

いったい何から逃げるためだったのか

走っても走っても追いついてくる何かに

足にまといついてくる何かに

ともかく別れを告げて

低空飛行を続けているのだ

自分の重力に沈みながら

それでもなんとか飛びつづけているのは

世紀のつなぎめにかろうじて辻褄を合わせようと

輪郭がくるいはじめた自分の影法師と

かなしい駆け引きをつづけているからだ

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/02/14

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牧田 久未

マキタ ヒサミ
まきた ひさみ 詩人 1948年に生まれる。

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