淵上毛銭詩集(抄)
目次
縁 談
蛙がわづかに
六月の小径に
足あとを残し
夜が来て
芋の根つこに
蛙が枕したとき
村の
義理と人情が
提灯をとぼして
それもさうだが萬事おれにまかせて
嫁に貰ふことにして
そんな話が歩いてゐた
湿つた夜に
ふんわりと
漬物を噛み煙管は鳴つた
蛙は
その頃 もめん糸の
雨にうたれてゐた
矢車草
女を信じるからよと
その女は言つた
ぼくは信じたわけではなかつたが
女は信じてねと云つたのだ
見廻はせば なるほど
女は多すぎる
だが女よ
信じて悪かつた女だつたとは
あんたはとその女は云ふ
あんたは女に甘いのよと
背 中
人間は
あつといふ間に
過去をつくつてしまふやうに
出来てゐる
おゝ懐しい背中よと
世間には一切お構ひなしで
背中が生きてゐる限り
過去も間違ひなく
安心してついてくる
ついて来て呉れるので
人間も安心なんだ
やはり人間いつも達者で
背中のことなど
忘れてゐたい
いつも
すぐそこにある背中だが
おいそれと見ることのできない
さびしさよ
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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