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淵上毛銭詩集(抄)

目次

  縁 談

蛙がわづかに

六月の小径に

足あとを残し

夜が来て

芋の根つこに

蛙が枕したとき

村の

義理と人情が

提灯をとぼして

それもさうだが萬事おれにまかせて

嫁に貰ふことにして

そんな話が歩いてゐた

湿つた夜に

ふんわりと縁談(はなし)はまとまり

漬物を噛み煙管は鳴つた

蛙は

その頃 もめん糸の

雨にうたれてゐた

  矢車草

女を信じるからよと

その女は言つた

ぼくは信じたわけではなかつたが

女は信じてねと云つたのだ

見廻はせば なるほど

女は多すぎる

だが女よ

信じて悪かつた女だつたとは

あんたはとその女は云ふ

あんたは女に甘いのよと

  背 中

人間は

あつといふ間に

過去をつくつてしまふやうに

出来てゐる

おゝ懐しい背中よと

世間には一切お構ひなしで

背中が生きてゐる限り

過去も間違ひなく

安心してついてくる

ついて来て呉れるので

人間も安心なんだ

やはり人間いつも達者で

背中のことなど

忘れてゐたい

いつも

すぐそこにある背中だが

おいそれと見ることのできない

さびしさよ

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2009/02/26

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淵上 毛銭

フチガミ モウセン
ふちがみ もうせん。1915(大正4)年~1950(昭和25)年。熊本県水俣市生まれ。東京へ進学したが、20歳で脊椎カリエスを病んで帰郷。病と闘いながら詩作を続け、『九州文学』、金子光晴らの詩誌『山河』などに作品を発表。1943(昭和18)年に処女詩集『誕生』を刊行。1947(昭和22)年に第2詩集『淵上毛錢詩集』を出版し、その3年後には35歳の若さで亡くなる。

掲載作は第2詩集から抄録。

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