てんてん(抄)
虚空ゆく
うれしくも淋しくもなし福寿草
粥にぽと落せし黄味や寒四郎
野火見つつ人間不信今更に
たんぽぽと一本道とあそびをり
たくさんの返事を持つて春の雲
一礼の衿きよらなり光悦忌
目刺一連うまれかけては消ゆる詩よ
ひとりこそ自在や花の蕊に虻
湖の藻にささめく
先生の春の日記の犬のこと
金の虻よろめき出でし牡丹かな
茶漬食ふ五月某日薄情に
冷房裡一個の噂成熟す
噴水や若者の腰ひよろひよろと
くるぶしに触れたる
芋の露不意をくらつて
桐一葉
うしろからうむを言はせず秋の暮
枯菊の
我はただ餅の黴
正月やああ少年に帽子なし
雪国や蕎麦きしきしと昼の酒
春隣帽子取りたるおでこかな
寒明や味噌をよろこぶ
消えかかる身を白魚は寄せ合へり
飯蛸食ふ腹の欲しがるものならず
そのくらゐ考へてをる目刺食ふ
春風や藪のやうなる
立ててある竹使途不明鯰池
暑けれど佳き世ならねど生きようぞ
羽蟻一匹文鎮一個灯を消しぬ
四五本のほたるぶくろが村境
鶏頭が立てり記憶の行止り
女人とも淡くなりけり
家にゐて昨日とおなじ秋の暮
牡蠣を食ふ何たる時間不足かな
雪の灯を通り過ぎたるこの世かな
行きずりの
餅食べて我はいづこへ行着くや
豆撒いてから豆を食ふうらがなし
あるとしもなく白魚の翳りあふ
春蚊打つ思ひつめたる声なれば
三
犬の目の高さ切なし
春の暮死んでから読む本探す
わがままの出てきし春や刃物研ぐ
あかつきや枝の先まで水の春
けふ見たる桜の中に睡るなり
雪形を天にあそばせ花林檎
座禅草をんなの息に堪へてをり
尻上げて山風読むか鴉の子
暑ければ慾を半分捨てにけり
黄金虫時計屋の灯に狂ひけり
ところてん昭和がふつと顔を出す
ビヤホール麦藁帽はどこに置くか
見えないが沼の鯰に
死者とまだ
秋晴や手間
酒持たず高きに登る高きは佳し
おのもおのも集ひしごとく
日蔭出て冬川あさく流れをり
一対の塔木枯を奏で合ふ
悉く人に名のある寒さかな
垣に鍋釜干しし世ありき還らざる
餅焼いてをり美しき不安あり
月光も
綿虫や人は旅してひとと逢ふ
豆撒きし枡二三日ありて消ゆ 平成十四年(2002)
死ぬ人の歩いて行くや牡丹雪
鶴かへる空ありガラス割れにけり
土手すこし駈けあがりたる野火の果
白日に蝶の
我のほか人の居らねば地虫出づ
加賀にあり
一塊のででむし動くああさうか
ゆふぞらの白鷺のみち
昼寝覚紙のごとくにふはと
夏の山見てどんみりと男なり
炎帝や蔵書もひそかなる息す
マクベスの
鉄瓶のだんだん重き夜長かな
冬蝶と亦逢ふ何か起るらん
夕景の森あり寒き距離と思ふ
天丼や暮も十日の
水仙や
鬼の死のこと伝はらず鬼やらひ
餅腹や大往生を父に謝す 一月十七日父死す。百一歳なりき
涅槃図に顔寄せ俳句亡者かな
恋猫のふくろふ
春の炉や寝鳥のこゑの一度きり
町角や次の角より春の人
ぺしやんこの紙風船の時間かな
皆がみな途方に暮れて葱坊主
昼花火
稚魚たちの鰭はねむらず夏の月
一笊に青梅満たし
考への行止りより
草の名にくはしき老女夏休
雁渡老いて筆絶つ人のこと
いわし雲虚子と遍路をしたかりし
秋の蜂堂々と行く何やある
枯山へわが大声の行つたきり
一月はどどどと過ぎぬ昼のめし
我痩せて鴉太りぬ寒の内
丘ひとつ越え
美しきひとの
浦ひとつ灯をゆたかにす桜鯛
眼を閉ぢて穂麦の痛さ記憶せり
町を出て道くつろげり山法師
松蝉に絵本は王の死ぬ頁
ひとすぢの風が月から
わが痩躯立てば従ふ甚平かな
大雷雨ぺんぺん草は立ち向ふ
かやつり
炎天の雀翔ぶときほの白し
こつてりと鶏頭は色厚うせり
秋の蚊の金切声を落しけり
手術経し腹の中まで秋の暮
種採の
遠方に
幾つかは遺品とならむ冬帽子
文藝に修羅無くなりぬみやこ鳥
野道からぬかるみが消え小正月
春夕好きな言葉を呼びあつめ
今以つて寝巻と言ふやあたたかし
木蓮の声なら判る気もすなり
墨東に食ふこと稀や蓬餅
月細し隣近所の春のこゑ
死ぬ朝は野にあかがねの鐘鳴らむ 無季
億万年声は出さねど春の土
われのゐぬ所ところへ地虫出づ
草川の水の音頭も春祭
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2006/03/08
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