きまじめな湖
人に向け撃ちしことなき銃をさげ異国へ発つとうロマンの響き かたわらの石
大義さえ表があれば裏もある 野村萬斎ああややこしや
人間に最初の武器となりし石 変哲もなき傍 らの石
はらからを征かせて光陰六十年巻きもどしいる白髪 穂すすき
咳すれば胸が痛むなり戦争の昭和に生き来し小さき胸が
「持つものは使う」譬えに自衛隊へ下す命令 派遣とぞいう
なにやらん疎外されいる身の荒び今朝の手水に張りし薄氷
サンピラー・ダイヤモンドダスト美しき北の漢 を異国へ発たす
小旗ふり見送る画像 そのかみの軍国少女いたたまれなし
騙されているうちが花なかなかに迷彩色も似合っているよ
そのむかし安保闘争とうがありました 若者達は石投げたりし
少しずつ苦しき嘘をつのらせて派遣の定義息荒くする
風の尾にまつわりゆけるビニールの袋のなかの矜持のうつろ
ほぐれつつ茜に溶ける風のむた かくたおやかに行く末希 う
まつろわぬ意地を潜めし小さきあな サダム・フセイン捕まるという
一滴の血も流さずに菜の花は冬の車にはこばれてゆく
白煙のもやえるところに人棲むと画像のなかの人語りいる
夕焼けがもっとも美しき季節なり裸となりて樹はたっている
御開帳の善光寺さんのおびんずる撫でられながら目鼻をなくす
神だのみまだ美しき山里に長蛇をくみて祭礼がゆく 神かつがれて
お仕着せの水干・直垂・折り烏帽子 神の浜まで神かつがれて
陰陽の暦に凶の重なれる七十二年はわが生まれ歳
菜の花の群れ咲く土手のはなぐもり神も疲れてときどき憩う
爪立ちて奉納舞を見んとするわがアキレス腱の春を恃みて
神み立ちのいわれを知らぬ旅人のシャッターを切る指の乾質
噂のみいたく戯れ立春の椅子のうつろに腰をおろさす
歳月に癒され難きことどもや七十二年の潮垢離 祓い
語気つよく子を叱りいるかたわらを大祭礼の神輿はすぎる
ひょうきんの度を外したる神猿はブッシュに似たる愛想ふりまき
帰巣性かなしむように脱ぐ靴の内よりこぼすは何処なる砂
神の手がもてあましたる自閉の児あわれわれらに授けたまいし
手のひらに包む小石の身のまろさ この世の秩序を知らざる温さ
金柑をもぎりて送るふるさとは未だときじくの雪を降らする
小アジサシ垂直に入る水面より小さき魚の銀をひきぬく
見栄もなく尾を切り捨てる蜥蜴のセルフイメージ一進一退
傘すこし前へ倒して追い抜きし人がふりむく梅雨入り三日
翻るくらしになれて燕 の白眼青眼 雨の中なる
カイツブリ潜りしままを見失う聖 入定に迷えるくだり
洗車して空を写せるボンネット七月大暑、梅雨明け宣言 予定調和の秋
昼顔をよじのぼらせていささかの責任とする酷暑のフェンス
休耕の田圃にひらく花菖蒲あらがう声のここへ来て止む
刺あるが持ち味として美 しき薔薇 斎藤史 がとうとう逝けり
水無月は水のないつき水の月足を拭いて文月 に入りぬ
底うすき音のせわしく近づいて夏が来たれりサンダルはいて
ひぐらしは鳴くばかりにて大禍時 死にたる人の還るを話す
これの世に帰れる人を見知らざる三人 加えてかこむ迎え火
迎え火に額 てらしつつ家族らが線香花火に火をつけ合えり
それぞれの手に家人が宿業の小さき火花をはじけさせいる
火を消せば俄に遠きうからなり 鳴きたつ虫の声に紛れて
人工衛星めがけて大筒うち揚ぐと若き花火士 黄門祭
流星はペルセゥス座より放たれて予定調和の秋のはじまり
草の穂は風のそよぎに縺れつつこれの世にある秋の貌 する
不甲斐なく生きて東寺の境内に小石きします歩みをなせり
たびまくら紙燭 のきゆる爽昧 にしてふるふる湯葉の御汁いただく
雨上がる五重の塔の水煙に朝の日差しがもえ始めたり
並みおわす仏の中の帝釈天 美男におわせば近よりがたし
これの世のいかなる途中をさ迷うぞ四条木屋町ながれに近く
一つ小節くりかえしいるピアノの音 凌霄花 にそまる甃道
休耕田に蕎麦はなじろむ日のうすさ土地ごと花ごと揺るるにまかす 一蓮托生
なかなかに澄むべくもなき水ためてただ生真面目に器なる湖
緋の魚の緋をもつれさす水辺より遠のきしとき緋は鮮やかに
曼珠沙華人を食らいしように咲き家の中にはだぁれもいない
十五夜は丸くまぁるく慎みて私の懺悔はずかしめいる
咲いてこそ認 れるは花ぞ言い過ぎを疎まれている吾亦紅 なり
月熟れて地上離るるいましがたテレビが告げいるテロとう言葉
参集の数だけ正義はあるらしき憲法九条あやうし 囂々
星条旗につつまれたりし生首の憎むというも一蓮托生
行くなと言われればなお行きたくて行きし青年の首 ならずや
チャーター機にて若もの帰りうらなりの西瓜畑の比喩こごらする
頂きし完熟西瓜おんな手に音よく割れて刃物はいらず
テロという言葉ひそかに耀きし明治・大正・昭和を父よ
絶天にとどかぬ祈り捧げつつ傘の下にて雨にうたるる
他愛なきことと思えど蕗の葉をうつ雨音の健全よろこぶ
遺されて いな死なしめて三十年月読神 をおりおり仰ぐ
明るすぎて見えぬもあらん北鮮の帰国者五人タラップ下りる
体勢のなかなる詩情、拉致されし異国に歌う母国語の歌
歳月をもどす無法のあるとして二十四年はただ長すぎる
覆水のたとえに狂うか佐渡の海しずむ夕日が吹雪にゆがむ
物干しに冬の無聊は音たてて白きシーツをはためかせいる 風のかたわら
流れきてようやく平らになる川のいたみを知らず水鳥あそぶ
飛行機雲一直線にのびながら若き意志 のように萎えたり
キリリリと水に鳴き入る鳩 の有情しみじみ冬をふるわす
生き様 に気取りなどなし翡翠 は魚のみこみて喉輝かす
意識不明に友倒れしと聞かす夜 この世の出口の月さしている
生死問うハムレットなど演じたる友の足裏 のあいまい煙る
生に問う無常というはもしかして雨にかざせる日傘かしれぬ
冬眠の魚を狙いて青鷺の羽のうすやみ池にしずもる
高波のさわげる海にまむかいて鴎は鴎の仁義をうたい
夕焼けの水面をはしる白鳥の火だるま見つつ明日を想えり
峨々とせる竹島が持つ領有権あなさわがしき風の三月
なり難き祷りにかえて散るらしき桜かがやくここ唯信寺
花として待たせても見んややややに埒を吹雪 かす春のたぶれに
人を忘れ昨日を忘れて行くあわい辛夷 が咲いて桜がさいて
さくら色みちくる春をおぼおぼと内親王の瓔 のほほえみ
のぼるほど流れほそりて行き詰まる希いのはての室生寺詣で
雪の野に大き虹たつ話など耳やわらかく嘘うけいれる
検診のたびに撮らるる傷痕のさくらはなびら二つ三つ四つ
羽ばたきて羽の手ぢからたしかむる〈愛・地球博〉春のはじまり
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/11/18
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