アミコ・テミコ・チミコ
アミコ、テミコ、チミコ、この十八歳になる三人の「春めざ娘」と、僕は仲よしになつたので、――ついでに、この「春めざ娘」といふのは、勿論のこと、春にめざめかゝつた思春期に達した少女といふ意味である。――早速、三人を身長順に整列さしておいて、高い方から低い方に順々に、アミコ、テミコ、チミコと、僕の好みの名前をつけて上げたのである。彼女等の両親、又は祖父母が、熟慮断行ののち命名した本当の名前といふものは、僕の意見ではもはや旧式である。いづれ、彼女等が恋をして目出度く結婚の結果を結んだとき、その相手の青年が所属する区役所の戸籍係りの窓口に結婚届をさし出すときに於てのみ、彼女及び彼は自分たちの本当の名前を必要とするであらう。
或る、恋は悲しい日のことであつた。今日もまた僕の (編輯註:原作に一字分アキ有り)でのみ勝手に愛を
淑女のお客様を、ベッドのおいてある離れの僕の部屋に通しては失礼だと思つたので、父の応接室をるすを幸ひに拝借して、そこに通つて戴いて、時間をみはからつてなるたけ威厳を作つて、僕がどしんどしん足音を作つて出ていつてみたら、三人のお客様は床の間のダルマの画を三人揃つて首を
僕も椅子にこしをかけ、えへん、つて合図の咳をしたら、三人は一斉に向き直つて、ついでに立ち上つて、お辞儀をした。それで、その三人のお辞儀が一応片がついたところで、こんどは僕が立ち上つてお辞儀をしたら、三人はまた立ち上らうとしたから、
「もうそれで――」
と、僕は親切さうに止めた。
「なんか、用事、あるんですか。」
と僕がきくと、
「あたしたち、××学園の一年生ですわ」と、一ばん小つちやいのが答へた。
「はア、一年生ですか。」
僕は珍らしかつたので、一年生の顔をみてゐると、こんどは大きいのが、ハンド・バッグから、名刺程の大きさの、赤いのや青いのや黄色いのや、色々の紙きれを出してテーブルの上に並べた。僕に見ろといふ意味だと思つたので、こごんでよくみると、その紙片には、おでん、サンドヰッチ、おしるこ、と印刷してあつた。
「はア――」
僕が首をかしげると、
「それ、おでんつていふのが十五銭で、サンドヰッチつていふのが三十銭で、おしるこつていふのが十銭ですわア。」
と、いままで口をきかなかつた一人が説明してくれた。そこで、僕は多分これはバザーの摸擬店の売券で、それを買へつていふんだと思つたので、妹を呼んで、僕の財布をもつて来てくれるやうに頼んだ。
「いゝえ、それ、みんなさし上げるんですわア――」
「どうしてくれるんですウ――」
彼女等が代りばんこに説明してくれるところによると、××学園の創立記念日の祝祭がもうぢきあつて、その日の余興を各学年で一つづつ受けもつのであるが、われら一年生は決議の結果、なんかナンセンスを催すことになつたのであるといふのである。
「先生はそつちの方の先生ですから、先生の御指導をオ――」
といつて、三人は揃つてまたお辞儀をした。そのお礼に、おでんとサンドヰッチとおしるこの売券を持つて来てくれたのである。これは誠にすばらしいことだと思つたので、それではと僕は、その三人の生徒とうちつれて、その日その足で、まづ、生れて始めて女学校訪問をやつたのである。
「先生、なにをやりませう――」
みちみちきくのである。
「ぢや、アミ君が鴉になつて、テミ君が雀になつて、チミ君が
と、僕が考へついたことを申し述べると、三人は道ばたの方に集つて、電信柱の下で暫く顔を集めて相談した結果、一人の代表者がやつてき来て、
「私たちは、やつぱし、人間がやりたいんですわア――」
それはお気の毒なことだと思つたので、
「そいぢや、アミコがお爺さんになつて、テミコがお婆さんになつて、チミコが桃太郎におなんなさアい――」
するとまた、三人は、次の電信柱の下にあつまつて会議をして、一人の代表者がやつて来て、
「私たちは、やつぱし、レディがやりたいんですわ。」
と、いつた。で、われわれの相談がまだ解決しないうちに、われわれはもう××学園の門をくぐつてしまつた。さう度々は、今後、僕は女学校を訪問することはないであらうと思つたので、ついでのことに校内一巡の案内を三人にたのんだのである。三人はよろこび勇んで、僕をまづ第一に講堂、それから料理室――づらつと並んでゐる水洗ひ場の水道の栓を、三人で手分して、一々全部ひねつて水の出るところを見せてくれて、本校の水道の栓には一つも異状のないことを示してくれた。それから裁縫室――ここは、戸棚をあけると、アイロンが水雷艇隊のやうに見事に整列してゐた、三人が一つづつ取り上げて
「
僕はきいたのである。
「センチ・ガールもやつぱしうちの学校にもゐるわよ。」
と答へた。
「貴嬢たちは、学校以外の時間を、なにをしてくらすんですか、――きかしてください。」
僕はきいた。
「Y・W・C・Sのタイピスト部に行つてるわ。」
と一人は答へた。
「ぢや、なんで楽しむんです。」
僕はきいた。
「あすこにプールがあるわ。」
一人が答へた。
「スポーツやるんですか――好きですか。」
「ラグビイ。」
一人が答へた。
「恋人はないんですか。」
すると、三人は、ある、と答へた。
「偉大なる人物ですか。」
すると代表して一人は答へた。
「
三人は、相談の結果、一通の手紙を僕にみせてくれた――いや、全部ではない、宛名と自分たちの名前のところだけである。
(私たちの鯨さま――)
とかいてあつた。そして、三人の名前がおしまひのところに身長順にしたゝめてあつた。その鯨君といふのは、大学のラグビー選手ださうである。三人の恋人なのださうである。今日、かへりにこの手紙を出すのださうである。英語の時間に机の下で三人でかいたのださうである。あしたは鯨君の試合の日だといふことだ。三人は、声を揃へて、僕に唱つてきかしてくれた、その大学のラグビーの歌を。――三人は昂奮のあまり、なんといふことだ、御作法室で、しやちよこ立ちまでしてみせてくれた、黒い布のドローズを三人とも厳重にはいてゐるのが、スカートの下にみえたではないか。
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2004/06/04
背景色の色
フォントの変更
- 目に優しいモード
- 標準モード