最初へ

人民ノ性質ヲ改造スル説

 戊辰(明治元年1868)以来御一新ト言フコト新トハ何ノ(イヒ)ゾヤ。幕政ノ旧ヲ去リ王政ノ新ヲ(シク)トイフコトナルベシ。然ラバ政体ノ一新トイフマデニテ人民ノ一新シタルニ非ズ。政体ハ水ヲ盛レル器物ノ如シ人民ハ水ノ如シ、円器ニ入レバ円トナリ方器ニ入レバ方トナル。器物変ジ形状ハ換レドモ水ノ質性ハ異ナルコトナシ。戊辰以後ニ人民ヲ入レタル器物ハ昔時(セキジ)ヨリ善キ形状ナルベケレドモ人民ハ矢張(モト)ノ人民ナリ、奴隷根情ノ人民ナリ、下ニ驕リ上ニ(コビ)ル人民ナリ、無学文盲ノ人民ナリ、酒色ヲ好ム人民ナリ読書ヲ好マザル人民ナリ、天理ヲ知ラズ職分ヲ省リミザル人民ナリ、智識淺短局量褊小ナル人民ナリ、労苦ヲ厭ヒ艱難(カンナン)(タヘ)ザル人民ナリ、私智ヲ挾ミ小慧ヲ行フ人民ナリ、勉強忍耐ノ性ナキ人民ナリ、浮薄軽蹤胸中主ナキ人民ナリ、自立ノ志ナクシテ人ニ依頼スルヲ好ム人民ナリ、観察思想ノ性ニ乏シキ人民ナリ、金銭ヲ用フルヲ(シラ)ザル人民ナリ、約諾ヲ破リ信義ヲ重ンゼザル人民ナリ、友愛ノ情ニ薄ク合同一致シガタキ人民ナリ、新発明ノ事ヲ務メザル人民ナリ。

 以上ノ諸弊ヲ免カルゝ人民(モト)ヨリ少ナシトセズト(イヘドモ)押並(オシナベ)テ大抵カクノ如シ。コノ人民ノ性質ヲ変ジ善良ナル心情、高尚ナル品行ニ化セシメント欲セバ、タヾ政体ヲ改ムルノミニテハソノ功験絶テコレ無シ。タヾ円キモノガ六角トナル八角トナルバカリニテソノ中ノ水ノ質性ハ改タマラズ。故ニ政体ノ改タマルヨリハ(ムシ)ロ人民性質ノ変ジテ愈々(イヨイヨ)善ク旧染ヲ去リ、日ニ新タニシテ又日ニ新ナランコトコソ望マシキナリ。方今民選議院トイフコト世ニ(カマ)ビスシキコトハ吉兆トシテ慶スベシ。(ケダ)シコノ議院興ルトキハ日本国ヲ人民総体ニテ(タモ)チ之ヲ守護スル心持ニ成ルベク、政府有司ニ依頼スルノ心改タマルベク、奴隷根情日ニ減ズベク、四方ヨリ人材輩出スルヲ得ベク、人材ヲ一方ヨリ選挙スル弊次第ニ()ムベキナレバ、民選議院ハ民心ヲ一新スルノ一助タルコトハ(モト)ヨリ論ズルヲ待タズ。

 但シコヽニ一ツ着眼スベキモノアリ、民選議院創立シコレニ(ヨツ)テ人民タトヒ幾分ノ政権ヲ上ヨリ分チ得タリトモ矢張従来ノ人民ナレバ政事ノ形体少シク変ズルマデノ事ニテ人民ノ性質ヲ改造スル主要ノ功效ハアラヌコトナリ。然ラバ人民ノ性質ヲ改造スルハ如何(イカン)トイフニソノ大分二アルノミ。藝術ナリ教法ナリ、コノ二者車ノ両輪鳥ノ両翼ノ如シ、互ニ(アヒ)資助シテ民生ヲ福祉ニ導ビクナリ。藝術ノミ高妙ノ域ニ進ミタリトモタヾ物質上ノ開化ニテハ古埃及希臘(エジプト・ギリシア)ノ時代ノ如ク風俗ノ壊悪ヲ救正スル能ハズ、必ズヤ教法ノ盛ニ行ハルヽモノアリテ藝術ノ感化ノ及バザルトコロヲ助ク。カクテコソ人心ヲ一新スルノ道具(ソナ)ハレリトイフベケレ。コレ等ハ誰モ(シリ)タルコトニテ高論奇談ニ非ズ、然レドモ学士先生ノ中ニモ藝術ノミニ注意シテ教法ヲ以テ度外ニ置キ或ハ西国ノ教法ヲ嫌ヒ(ニク)ムモノアリ。故ニ極メテ平凡極メテ尋常ナル説ヲ陳シテ以テ高明ノ諸君子ニ就正ス。(イヤシク)(コレ)(ホカ)ニシテ我国人民ヲシテソノ性質ヲ改造セシメ欧亜諸国ノ人民高等ノ度ト平均ナラシムル方法アラバ愚願(ネガハ)クハ安ンジテ教ヲ受ケン。

 

       (明治八年二月演説)

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2003/11/20

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

ePubダウンロード

中村 敬宇

ナカムラ ケイウ
なかむら けいう 思想家 1832・5・26~1891・6・7 江戸麻布(現六本木辺)に生まれる。 ロンドンに学び近代第一期の知識人として明治政府の内側から貢献大きく、東京帝大文学部教授となり貴族院議員ともなり、1885(明治18)年の時事新報で「日本の十傑」第4位に選ばれる存在であった。

掲載作は、1875(明治8)年という年次の早さも注目に値する啓蒙的な演説草稿で、民権運動の指標を適切に示唆している。

著者のその他の作品