海の彼方 漂泊─日本的心性の始原(抄)
不可知の彼方
スサノオ神話の根底には、根源なるものの国土への視野があった。万物に生命を与えて考えれば、それは万物の生命の〈根〉の世界への神話的想像でもあった。この世界は、それなりに具体的にどこに存在するという点についてあいまいである。例のイザナミの赴いた死の国が、地下をもって印象づける点からいうと、スサノオの「根の国」も地下に想定ができるけれども、しかし鳴鏑の矢を放った荒野などを、統一的にイメージすることはむつかしい。やはり、位置すらを捨象した抽象の国土とみておく方がよいであろう。
これに対して、古代人たちは当然可視の世界の中にも異界を考えた。天照大神を支配者とする天上界はその一つであり、月の神が夜の支配する国をさらに統治したというのも、それであろう。これらは具体的に、太陽や月がいかにも支配者のごとく君臨する姿をとるゆえに、想像も容易なものであった。
ところがもう一つ、同じ彼方の世界でも海上の果はいかにも謎にみちていた。一体何がそこにあるのか、穏やかに平和に思える日々があるかと思うと、突如として猛威を振るい人々のいのちを奪う。水平線は、見えているのにつねに無限の彼方をもつ。天空のように目に見える君臨者はいない。何物か、霊異なる者の存在だけが感じられながら、一向に捉えどころがないのである。この不可知感は、いまだに海中の怪獣がとり沙汰される現代にまで及んでいるといってよさそうである。
また、水平の彼方と同時に、垂直な海底の世界も古代人にとって測り難かった。一体に彼らはそれらのものを「おき」なることばで呼んでいる。海上の遠くは「
このように不可知の海に対して、それを手に入れる方法は神話的な想像力しかない。不可知なるがゆえに一層熱心に、古代人は海の彼方、
「海幸山幸」の話は、「古事記」によるとこうである。あるところに
教えられたとおりにゆくと宮殿があり、一人の美女と出あう。海神の饗応をうけ娘と結婚をして三年の歳月がすぎた。そんなある日当初の目的を思い出して海神にいうと、魚どもを呼び集めてくれ、その中の一匹から無事、失った針をとりもどすことができた。帰国するホオリに海神は一策を授け、よって兄を従えよといい、地上世界に送り返してくれる。海神の策によってホオリは王となった。
その後、海神の娘が後を追ってくる。身ごもった子をうむためである。しかしその出産を、ホオリが垣間みたために娘は
詳しくはまた後にふれるとして、海幸山幸の話はおおよそ右のごとくである。
この海神の娘と結婚する話を中心とするのが浦島太郎の話であろう。古代の「丹後風土記」(逸文)では浦島子という名で同じ説話が語られるが、それには玉手箱(
海彼の国が現実の地上より百分の一の時間しかもっていない(かの国の三年がこちらの三百年に当る)といえばなおのこと、これらの話の中心をなすものは、古代人の想像した彼方の楽土であろう。不老不死という願望を托しうるのは非現実の異界においてであり、それは畏怖の念と裏表の関係にあったと思える。絶大なる力の所有者なるがゆえに、人間の願望もかなえ、また大きな絶望をも人間に与えたのである。
海辺の彷徨
さて、こうした海彼の楽土は、結局のところ拒否されるにはしても、一義的には憧憬の国土だったはずである。事実、右に述べたように、その地は豊かな夢の具現空間であった。
ところが、古代人は海彼の国に一途な憧憬のみをもって向かったのではなかった。「古事記」は失った針を返しようがなく、悲嘆にくれたホオリの様子を、次のように描いている。
と。そこで塩椎がなぜ泣くかと問い、事をホオリが答えると神は「
そこで考えてみると、ホオリは海宮で夢のような生活を送ったとしても、それはけっして、自発的に熱望した結果獲得したものではなかった。「泣き患ひて」海辺に茫然といる時に潮路の神の援助を得て到達したのだった。もし楽土への願望を語ることだけが主眼だったら、このような釣針の一件は不要だったはずである。いや、話が最初からそうなっているから仕方ないのだ、といわれるかもしれない。しかし、この辺りの神話はいろいろと合成されたもので、針を失う→海神の許に到ってそれを得て帰る→併せて呪力を授けられ、兄を従えて王となる、という筋だけでよいものを、この第二段に海宮の楽土たるさまをつけ加えてでき上がっている。何もこの一連の筋に楽土観をさし挾む必要は、不可欠だったわけではない。また、合成される時に、憧憬的な楽土行きが、泣き患えるという状態と結合できている理由も、考えてみる必要がある。
どうもこの「泣き患ひ」と楽土行きとは、偶然という以上に深き結びつきを持っているようである。「古事記」のみならず、「日本書紀」のこれについて語る段は、一つの例外もなく、ホオリの悲しみを述べている。
彦火火出見尊、求むる所を知らず。但、
弟、愁へ吟ひて海浜に
彦火火出見の尊はホオリのこと、塩土(筒)の老翁は先の塩椎の神のことである。話の概要は「古事記」とひとしく、口を揃えて「憂へ苦び」「憂へ吟ふことのみ有す。乃ち行きつつ海辺に至りて、彷徨み嗟嘆きます」「低れ
いうまでもなく、その理由は針を失ったという失意にあるのだが、実はこの設定は浦島伝説でもひとしいのである。「万葉集」では高橋虫麻呂の作と思われる「
水江の 浦島の子が
という。七日もの長い間帰ることなく釣をして、鰹も鯛も釣れなかった。そのままついつい海の境界を越えて異界に入り込んでしまったのである。(右に「かねて」とよんだ原文は「ほこり」とする説もあり、すると逆になるが、「かねて」が正しい。)
また、「丹後風土記」によっても、
島子ひとり小船に乗りて、海中に
という。たった一匹の魚すら釣れなかった、その時測らずも五色の亀を手に入れたというのであって、状況がひとしい。だから後世のお伽話のように助けた亀に連れられて竜宮城にいったというのは、動物の恩返しに重点をおいて変形されたものにすぎない。右にあげた書紀の第三の一書にも
そうして見ると、海彼の国に赴くことにおいて、ある失意といったものが重要な契機になっていることが明らかだろう。どうやら、この異常体験者は、落魄者であることが条件だったらしい。憂愁に沈み、辛苦にある者がそれであり、しかも海辺に彷徨し低徊(=原稿では、人ベン)する者であった。
脱落者と教導者
ホオリが海辺に彷徨しなければならなかった経過を、もう一度たどってみよう。
彼はそもそも山幸彦であった。にもかかわらず幸をかえて海の幸を得ようとした。いみじく幸というように、獲物は神の恩寵によってもたらされるもので、たとえば万葉の歌人、柿本人麻呂は山のもみじを山の神が天皇にたてまつるもの、川の魚を川の神の捧げるものと歌っている。天皇だから奉仕物になるわけで、山川の幸は神の手に委ねられたものとして人々に下された。ホデリとホオリは、神が下すことを約束した秩序にそむいて、獲物をとろうとしたことになる。書紀では兄弟それぞれに「
しかも一書(第三)によると兄は風雨の強いたびに獲物がとれない目にあっていたから、弟と幸をかえようといったと記す。もちろん弟はつねに幸をえていた。この件りは、後々悪逆の兄として懲らしめられるのだから、その伏線としての役目をもってはいるが、弟ホオリの立場を、今の順序でいえば摂理に進んでそむいたのではなく、そむかせられた、ということになる。自然なる状況にそむいてしまう運命を与えられたのがホオリだった。
このことは後に述べる
そうした観じ方は、後々の人により強かったと思う。自然さへの背反者は、王権からの追放者とも見なされたからである。すなわち、結末の語り、兄を従えてホオリが王となったという部分を先にめぐらして考えれば、話のそもそもの出発には、兄弟の王権をめぐる争いがある。右にあげた兄の悪意があればなおのことだが、そうでなくとも、他のいかなる物で代えることを許さず、元の針そのものを返せという難題にも、大国主にかよう様子が見える。大国主も末弟として、兄たちからの迫害を切り抜けて王となるのであり、その資格を賦与したのが、根の大神から与えられた呪物を手中にすることであった。まったくそれとひとしく、ホオリも海の大神から与えられた呪物によって、王となった。
根の大神の与えた(話では奪った)呪物は弓矢・太刀と琴であり、死霊を防ぎまた招くものとして根の国の神宝にふさわしいが、同様、海彼の国の呪物は潮の干満を自在にあやつる
大国主の場合には「八十神怒りて、
こうして、ホオリは「自然さ」からも王権争いからも脱落していく。そこに流離・漂泊の姿を観じたのが古代人であり、海岸の彷徨はこれを如実に語るものである。本来なら、この逸脱者は、最後まで彷徨しつづけなければならなかったはずである。ところが無事本国に戻って王となるためには、呪物の国へ導いてさし戻す教導者の力が必要であった。
それが塩椎の神である。書紀によれば長老で、潮路を知った老翁が、彼の漂泊を救った。ところが、こうした教導者の登場するのも漂泊物語のタイプの一つである。すなわち神武天皇は九州の日向から東航して大和に入り、その王となるが、この時「
潮路を知る長老、棹をあやつる神、そして火を燭す老人という、超越者の力によって漂泊者たちが導かれてゆくという構想が、これらの三つに一貫している。
海神の娘の漂泊
ところで、ホオリ神話にはもう一つの流離が語られている。先のスサノオ神話に戻っていえば、スサノオは〈死〉の世界の人間だのに〈生〉の世界にうまれ、その異界なるがゆえに、本来の定着すべき母郷を恋うて漂泊していったことだった。つまり、異界とは本質的に排除されるべき国土でありながら、そこにうまれ住むことから出発していたのであって、ここに一つの特色があった。完全な話の筋を作るなら、〈死〉の本郷をなぜか離れ、〈生〉の異郷になぜか入りこんできた、その部分が語られた後に、不調和ゆえの泣哭の物語が始められるべきであった。それを欠いている。
今のホオリ神話はこの欠けた部分、本郷から剥離して異郷にさすらってゆく段を語ったものである。そして本郷へ帰ってゆく
この本郷への帰還、それはむしろ逆の立場から語られている。すなわち、
海神の娘が、折角後を追ってきながら帰らざるをえない筋立ては、それほどに強固な他界意識が両者の間になければできない。
ホオリが海彼を訪れる時には、妙に簡単に話が進んでゆく。「古事記」では小船に乗せた後に塩椎が「
しかし浦島伝説において三年が三百年に相当する(丹後風土記)といった世界が、そう簡単に同次元に共存するはずはない。周知のように、玉匣(玉手箱)を開くとそこから立ちのぼる煙によって現世の年齢に戻るのであり、ここに玉匣から立ちのぼったものを、
白雲の 箱よりいでて 常世へに たなびきぬれば…… (万葉集)
というのは、十分にそのことを示している。白雲の如きもの、蘭のように芳香を放つものは、気ともよぶべきもので、雲や霧が人間の息と同様にみられた古代にあって、それは呼吸する気息と同じものであり、いきをすることが生きることであれば、これは生命活動の象徴であった。異質な気息によって異質な年齢を得ていたのであり、それを手放すことによって現実の地上界に戻ることとなった。
記紀はこの玉匣のことにふれない。ふれないけれども三年たったところで「大きなる
そしてこの両界の隔絶は、豊玉毘売の物語の中に、より多く見られる。そもそも彼女が後を追ってきたのはホオリを慕ってというわけではない。出産の時になって「天つ神の御子」は「海原」にうむべきではないからやってきたといい、いよいよ出産の時になると「
「古事記」のこのあたりは、このように繁雑なほどに両界の違いにこだわっており、ホオリが訪れた時には、せいぜい眠りに入るという暗示があったていどなので、不調和なほどである。異界観は、より多く海神の娘の側にあったと思える。つまり本郷を逸脱した身が赴く世界より、求め赴いた身を拒否する世界の方に、より多く異界を観じたということになる。そこからさし戻される過程により深い悲しみがあったろう。その過程がスサノオと共通するものだった。
仮象の破綻
異界ゆえに拒否される悲しみ、異界にうまれてしまったスサノオにも共通する悲しみは、ホオリがわとは反対の海神がわを主体として、ホオリ神話を重層的に作り上げている。だから、あくまでも地上界行きが彼らにとっての異界行きであり、そこには当然、別の漂泊が感じられたはずである。
それは、次のような点に見ることができる。姫は一人の御子(ウガヤフキアエズの
もちろんこれは、後々に宮廷の職員制度が定まったものを反映した表現だが、そう書かれるほどに御子の養育が重要な語りの一節となったのはなぜか。実は「ひだす」という語は「
しかも、この海神の娘の来臨とは、海べに海の神を迎えて祭る祭祀を母胎としてでき上がった神話だったとも想像される。書紀の本文と第一の一書とでは、姫は「
その御子は当然のこととして、厳粛に「ひだ」され、奉仕されなければならない。それを示すのが、御子養育の語りであろう。そうするとこの御子は異界からの来訪者の物語を当然ともなっていたわけで、その来訪者を主としていえば、それは流離者の物語であった。
異界からの来訪者は、たとえば大国主の神と協力して国作りをしたという
この、ふとしたきっかけといったものは、女神が本国の姿になって子をうむから見てくれるなとホオリにいったのに、ホオリがその禁忌を犯して見てしまったことをさす。記紀は、これを辱かしめられたからもう来られないと心理上のことと処理してしまっているが、もちろん最初からそうではない。異界者同士が共存する空間は、いずれかが仮りの姿をもっていなければならなかったのだから、海彼の国ではホオリが、地上界では姫が、それをよそおっていたはずである。そこにつきつけられた問題が、出産における本姿という、もう一つの宿命で、伝承者はこの背反する二者を衝撃せしめることによって、異界者間の愛という仮象を、つき崩してゆく。姫は出産をおえて仮姿をとり戻した後に愛を期待したのだろうが、それは脆くも破れてしまった。「見ない」ということが、このいかにも脆い異界者間の絆を保証するものだったのに。
浦島の玉匣にしても、ともに禁忌の破棄によって破局が訪れたと語るのは、そのことを示している。つまり何とも脆い絆をもって仮象がつながれていたこと、それを禁忌という形で語ったこと、そして結局は仮象は仮象にすぎないことを意味するのである。
仮象を信じて海路をたどって来た女が、その異界から拒否されて戻らざるを得ないという場合、この行程はやはり漂泊の悲しみにみちていたと思われる。
隔 絶
豊玉毘売の住む世界、これが地上界といかに隔絶的な異界であったかは、この出産の語りに濃厚に語られている。
書紀の第一の一書によると、見るなといわれたホオリ(ホホデミの尊)が産屋を覗くところを、
なほ、
という。すぐに連想されるのは、前章にもふれたイザナミの話であろう。死したイザナミの後を追って死の国に到ったイザナキは、妻に生の世界に帰ることをすすめる。それでは死の大神と話をするから私を見てくれるなといってイザナミが引っ込むと、イザナキは「
つまり、姫の本体の世界は〈死〉の世界に匹敵するほどに異界だった。姫は
たった今まで通常に対話していたイザナミが、突如としてヨモツ神の宮殿の中に腐乱死体として横たわっているという論理は、現代人に解しがたいところであろう。それに比べれば美しい海神の姫が大鰐に化身するというのはまだ理解しやすいかもしれない。しかしそれにしても五十歩百歩といえようか。ホオリという地上界の人間が異界で結んだ契りとは、それほどに無と隣り合っていたものだった。海上界の者にとっても、地上界との間に結べる関係は、それほどに稀薄な危ういものであった。この事の中に両界間の間柄があったことを、この化身は示している。
神女が「
坂とは境でもあって、これらすべての坂が「塞へ」られていないことによって、両界は交通が可能だった。もちろん、具体的にこれらの坂がどこにどういうふうにあったかを問題にすることはできない。「出雲風土記」には、さる洞窟をさして「黄泉の坂、黄泉の穴」と呼んだといっているが(出雲の
しからば一層、心理的に確実に存在するのが坂(境)で、もうここを閉じたのだといってしまえば、求めるべき国土には永久に到りえないのである。海坂をとじた今も、もう海彼には到りえない。そんな時、逸脱していった本郷に帰りえたからといって、ホオリに漂泊の思いはもうなかったろうか。また逆に、求め赴いた地上界からさし戻されて、海坂をとざしてしまった豊玉毘売は、海の本郷に帰ったからとて、漂泊の情は消えたであろうか。なまじ両界にわたってしまったものの悲しみを、古代人もよく共感しえたであろう。
それを示すものが、記紀とも珍しく登場する歌の贈答であった。もう交渉がかなわないのに贈答ができないではないかという、一見の合理はさかしらというべきだろう。女は男をたたえ、男は女を忘れがたいと歌う。
その点は浦島伝説でも同じで、風土記のそれは男の歌、神女の歌また男の歌と並べ、さらに後の人の心を合わせた歌二首と、合計五首もの歌を載せている。
これらの歌によって語り終らざるをえなかった心情は、「本つ国の形」をほとんど死者の形と同列におくような隔絶感と一連のものであり、隔絶感とは漂泊者の心情の傷みであったと思われる。
血の中の母郷思慕
さらにこの神話における漂泊感は、これだけにとどまらなかったようである。海岸に遺棄されたウガヤフキアエズの後は、どうなったか。
この皇子が母の妹たる
そしてウガヤは多くの男子を得た。諸伝にほぼ共通するのは四子、イツセの命、イナヒの命、ミケヌの命、若ミケヌの命だという。このうち若ミケヌは後の神武天皇、天皇の初代である。長兄のイツセも神武とともに大和遠征を目ざし、武運つたなく賊の矢によって命をおとす。
そこで残りの二子だが、「古事記」には面白いことが書いてある。
と。書紀には伝えない所伝だが、これによると四子は東の方に移動していったものと海彼界へ帰っていったものとに分かれ、それですべてとなる。東方への遠征はまた後にふれるとして、中でも目をひくのは二子が海彼の常世の国と海原の
一応、常世の国を海彼の国と同一と考えると、二人の御子は豊玉毘売の国を母郷として、そこへ帰っていった。祖母は海坂を塞えて現し身を地上世界にとどめることはできなかったけれども、なお血の中に海の世界は生きつづけていたのであって、異界から地上界という他界へもたらされたものは、血統の中にただよいつつ、継承されていた。血の中に生きた漂泊性といってよいか。三代を経過してもなお母郷を志向することにおいて、他界からの何物かは、地上に定着することを欲しなかったさまが、激しくわれわれの心に迫る。
このような語りを前にして、たやすく連想される説話は、逸文の「
ここに語られるものは後に多く述べなければならない流離者と同じタイプの語りであるが、さてこの流離、漂泊の神の子を
そこで祖父の建角身が壮麗な館を建て、多くの酒を醸造して神々をよび集めて七日七夜の酒宴を催した。そして孫の男の子に言うには、
汝が父と思はむ人にこの酒を飲ましめよ。
と。すると男の子は、
すなはち酒杯を
という。この子の名は賀茂の
雷神の化身と玉依ヒメとの間にうまれた子は、屋根の瓦を破って「父」の許に帰っていったのである。いかにも雷神らしく瓦を破って天に昇っていったが、さてそのさまは「波の穂を跳みて」帰っていったミケヌの命そっくりである。そして帰っていったのは父のいる母郷、「妣の国」へであった。
漂泊者の娘を霊魂の依り
漂泊者の母郷思慕が血の中にひきつがれるのだという精神は、このように普遍性をもって語られるほどに、古代日本人の中に根強かったようである。ホオリや浦島の漂泊、海神の娘の漂泊に加えて、なおそれに尽きない漂泊性を、異界訪問者のその後に彼らは見ていたのである。
楽土としての海彼
私は右に、常世の国を妣の国と一応同じとするといったが、もちろん、本来的に同じものではない。常世とは永遠の生命の国であって、そのゆえに不老不死の国であり、時間の制約の外にあることをもって、生まれいでて年齢を重ねる以前の、生命の根幹の国「根の国」にもなる。また現世の年齢をおえたものの国として祖霊の国であり「妣の国」でもある。そのような観念上の習合が、常世の国、妣の国、そして根の国を一致させて、またその具体的な方位を、海上かなたに想定させたにすぎない。
したがって、これらの関連のうち、常世の国はもっぱら不老不死の理想境として想像されており、先に述べた如き死の世界に共通するような印象は、この中にはない。現世の三百年がその三年にあたるという百分の一の時間の進行も、それとてもなお不足なほどに時間の外にある。一切をあげて理想をこの中に具現しようとする如くである。
右のホオリ神話にも豊玉毘売という美女と結婚するくだりがあるが、浦島伝説の中にも壮麗な宮殿における豪華な生活が描かれる。衣食住に恵まれ美女と結婚するというのが、多くの説話を通して見られる、庶民の男どもの物悲しい憧れであって、これもそれをいうものである。
総じて、このような理想境に達しえたのだから、本国に戻る筋立てをどう構想するかが問題となるが、ホオリ神話では失った針を求めて返すという最初の約束を果すことをそれとし、浦島伝説では故郷回顧、父母への思慕をあげる。これら約束とか故郷・父母への情とかというものは、きわめて現世的なものであり、それを捨てることによって常世の生活がなり立つことを、裏がわから説明するくだりともなっている。
実は、このところに常世の国のもっとも大きな問題があった。そこが一切をあげての楽土であるなら、世俗にかかわるもろもろ、人間たることの一切を捨てなければならない。そういう約束の上に成り立つ国が常世である。にもかかわらず、これらを価値と考えるのは、人間の立場においてである。人間を廃業して常世の価値はない。たとえば死者は常世と同じ条件になるのだから、それを欲すれば死ぬのがよいだろう。しかし、そのようなことは考えない。生きながら人間としてある上で常世を欲するのである。
例のタジマモリ(田道間守、但馬の主の意か)の話は、この辺の事情を強力に語っていまいか。彼は
非時の香の菓とは具体的には
しかし非時の果実は、常世にあってこそ非時なのであって、現世にもって来てしまうと不老不死の薬といったような、空想以外の何物でもなくなってしまう。タジマモリの説話が不死物獲得の成功を語ったと同時に、もう現世における無効性が約束されてしまっていた。天皇の死および彼自身の自害は、それを具体的に言いなおしたにすぎない、必然的なストーリーであった。それはまったく、玉匣と同じであり、これをもって現世に戻ることは、開けることを、無効になることを必然的に語ってしまうのである。海神の娘の出産を見たと語るのとも、ひとしい。
海彼の国がこのような常世に擬せられるようになると、もうそこは一方的な憧憬の地となってしまって、そこから戻ることなどはありえなくなる。ホオリのように、帰ってからも通常でいることなど、話として成り立たない。浦島のごとく忽ちに老人となり、直ちに死ななければならなくなる。タジマモリのように自害し、天皇も彼自身も「非時」の享受者として生存することは許されなくなる。
また、その国の人間が地上界にやって来るとか、その子を地上の人間として遺し去るとかといった交通も、考えがたい。地上の反秩序者が到って、その呪力を付与されて無事に戻ってくるといった漂泊談も、異界に拒否されてさすらい戻るという物語も、ましてや異界者間に人間がうまれ、後に血を伝えるという神話も考えがたい。ホオリ型の漂泊は、常世観の増大とともに消滅していくしかない。
そうなると、もう一方的に
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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