花のゆめ いのちの像
雨あがる
雨があがって やがて
お日さまが顔を出す
これこそ
至高のマンネリズム
望まないヒトはいない
蛇 行
生まれてから
海に着くまで 一直線
という川はない
川は みんな
精いっぱい道草をして
ゆっくりと海に向かう
まだ空を飛ぶ
白いブランコをこぐように
飛んでいる人に逢った
かろうじて
カエルのように
空を泳いでいたぼくは
何がどうなったのだか
いつのまにか
その人のイスになっていた
草 笛
フルートもいい
ハーモニカもいい
でも草笛もすばらしい
輪になって
草笛を吹きならそうよ
ぼくらのなかま
願いをこめて
吹きならそうよ
ぼくらの楽器が
いつまでも
この地球上に
ありますように
一期一会
昨年の春も
この桜の下で酒を飲んだ
今年の春も
また飲ませてもらった
来年の春も
会いに行って飲みたい
許されるならば
黝い骨
黝々とした
情念のごときもの
焦心のごときもの
太く 曲がりくねって
骨格のように
でんと
おれの中にあって
いまはまだ枯れない
お日さま
あらゆる恵みの みなもと
あなたは かつて神だった
そして今 あなたの寿命は
あと約五十億年と言われる
けれど やはり神に等しい
ハンモック(蜘蛛の巣)
どう 素敵でしょう
ご自由にお使いください
永遠にお休みできる安楽を
保障いたしますです
たとえば
すごい夕やけを見たら
生きているかぎり
感動できますように
そして 私が居なくなってからも
少しでも永く
残っていますように
夕やけに感動する人たちが
地球のいたるところに
椋の樹へ―四谷見付跡
初めてお会いしたのは
わたしが二十六歳のとき
あなたは今も年齢不詳
昔とあまり変わらない
そのうちに ひっそりと
お先に失礼いたします
泣 く
この地球で 初めて
大事なヒトに死なれたヒトは
泣いただろうか(母のように)
大事なヒトは 眠っているようで
しかし 冷たくなっていって
骨だけになって(父のように)
あのやさしい声や心は
どこへ行ってしまったのかと
泣いただろうか(ぼくのように)
白い朝
父が死んだ日の朝 雪だった
凛冽の気がみなぎって
何もかも 遠くまで見えてしまう
一生のうちに 何度か
こうした雪が降る
頭の中も真っ白になる
雪がとけ 元の風景が戻ってくる
が 見なれたはずの風景の
どこかが全く違っている
父の部屋で
父は 変な物をいっぱい残して
とつぜん逝ってしまった
その中の最たる物が
このぼくだ
一年近く経つというのに
今だに
父が居ないことになじめない
童 子
憧れとは 童の心
たんなる心ではなく
瞳とは 童の目
たんなる目ではなく
楽へ(初孫)
やっと きみに会えた
やっと きみのじいになれた
まず きみがいくつのときまで
いっしょにいられるかなと思う
次に この星はだいじょうぶかな
空気は? 水は? 緑は? と
小さなやわらかい指をにぎって
一方的なげんまんをする
おわりに近いじいも
始まったばかりのきみも
命をきちんと全うしようね と
反核家族
じーじ ばーばと
慕われることが
こんなにもうれしい
じじやばばと暮らし
だいじにされた思い出が
いつまでも いつまでも
消えませんように
銀杏散る
また来年という黄落の声を
毎年聞いてきたが
今年はなんだかちがう
名残りを惜しむように
ただただ 散り方がはげしい
こっちの黄昏が
はげしく迫ってきたからか
抱きしめて
逃げられないように
そっと近づいたが
イナゴは 死んでいた
竹煮草の先っぽを
しっかりと抱きしめて
何を抱きしめながら
わたしは死ぬのだろう
見果てぬ夢(邪鬼)
びしゃもんてんだか
たもんてんだか しらないが
したりがおで なんぜんねんも
このおれを ふみつけにして
いいかげんにしろよ
そのうちに……
米の信者
父がシベリアに抑留され
残された一家は
母の生まれ育った村で
何とか命をつないだ
村の精米所で
空の米俵を叩かせてもらい
わずかにこぼれ落ちる米で
何とか命をつないだ
そのせいか 私には
お米は神のように尊い
ある日
ああ もったいない
なけなしの精を
夢を見ながら
放ってしまったのだ
むだ遣いだが まあいいか
若さが少し証明され
もったいないほど
妖しい夢だったのだから
トンネル
通行禁止らしいが
どうしても入ってみたい
そんなトンネルが
あなたとわたしの間にあって
トンネルの向こうが
今 かがやいて見える
道
どこまでも続いている
と思ってはいない
あそこを曲がったら
もうないかもしれない
と思いながら歩いている
きょうは雨に打たれて
桃の木のある家で
完熟の固くて甘い桃を
ふたりで食べ合った
小さなナイフで
お互いの歴史の皮を
やさしくむくように
むいて
小さな庵
生涯一歩も外に出ない蓑虫が
風に揺れている 庵ごと
独りになりたいと強く望んだ
最初の 最初のヒトは
蓑虫を見て思いついたのだ
庵を結ぶことを
濁り川
山の胎内では透明だった水が
大気にふれたとたん
酸化して赤くなり
上流では赤滝
やがて血の川とよばれ
下流では濁り川とよばれている
血の気が多すぎるばかりに
老いた桜
一部はもう 完全に
枯れているが
会うたびに挨拶したくなる
かつて そこにも咲いて
満開になった花が
わたしにはよく見えますと
すすき
わたしは 生かされて
地球という星で
いま 一本のすすき
いっしょに咲いた
たくさんの仲間に囲まれて
どくだみ
あなたのにおいを
いやな臭いだと
きらうヒトがいる
いい匂いだと
思うヒトもいる
てんとう虫は
あなたが大好きです
吾亦紅
われも こう さいていますと
ゆれている
なんだかすこし さびしいな
われも また あかいはなだと
ゆれている
なんだか とても うれしいな
螢 袋
子宮願望なのか
螢が
つかまえられて
この花の中に
入れられたように
わたしも
つかまえられた夜には
手をちぢめ
足をちぢめ
胎児のように眠りたい
わたしの宇宙の
袋の中で
ある時
てんとう虫が飛んできて
麦の穂にとまった
それをふたりで見ながら
ひとりが思った
わたしだって
このはるかな距離を飛んで
この人にとまりたい と
いかりそう(淫羊蕾)
むかし 或る牡羊が
多くの牝の相手をして
ふらふらになった という
牡羊は 隠遁するような感じで
山に登っていった という
だが すぐに下りてきて
また牝の相手をした という
その山には 牡羊の力の秘密
いかりそうが
群生していた という
無患子
わたしは全身を羽子板にして
あなたを 思いきり
空高く打ち上げたい
打てばひびくあなたを
なんじゃもんじゃの花
くるくると
舞いながら落ちてくる
純白の花を
てのひらで受けてみる
こんなふうに
人を受けとめられたら
人に受けとめられたら
いいなと思いながら
針槐のつぶやき
わたしのことを
ニセアカシアと
よばないでください
ヒトのことを
ニセゴリラ とよんだら
おこるでしょう
白い花(えごのき)
昔 白い花の散る道を歩き
木を見上げたかもしれないが
名を憶えようともしなかった
若さが花だったからか
今 白い花に逢えば
さまざまな想いがわく
去る時が近くなって
この星に未練があるからか
白い花(こぶし)
こちらは半冬眠なのに
あざやかに春を告げてくれる
それにしても いつ頃から
白い花が好きになったのか
こころが 灰色になり
黒ずんでくるにしたがって
白い花に魅かれはじめた
ということか
ハンカチの木
わたしからは
決して言わないつもりだった
けれど あなたは
先まわりをするように
ありったけのハンカチを振り
さようなら と言った
この初めての光景を前にして
わたしは 立ち竦んでいた
抱いてみないと
貴婦人のような猫だ
と思ったが
ほんとうのところは
抱いてみないと
わからない
婦人かどうかさえ
はるじょおん
ことしは どこに行っても
はるじょおんが目について
垂れ下がる蕾がかわいいと
言ったひとと
重ね合わせてしまいます
まいねん はるじょおんが
美しく咲きますように
立葵へ
ほんとうに 十万年も前から
ヒトがヒトになって
立ち歩きを始めたころから
そばに立っていてくれたのですか
ネアンデルタール人の
子どもの墓から
あなたの花粉が発見された
お花見
あと何年 お花見できるだろう
一秒後のこともわからないが
父の体質だと あと十四年
母似だと 三十年
あいだをとれば 二十二年
必ず散るところがいいんだ
哀しくて そのぶん喜びが深い
狐の手袋
子狐が
ヒトの子に化けましたが
手の先だけが元のまま
野原で見つけた手袋が
ジギタリスの花でした
落 椿
もしかしたら
あなたたちは
場所を選んで
落ちるのですか
木にあるときと
ちがう美しさを
見せるために
水 鏡
水はけして欲が深くはないので
ふだんは雲や月を映すだけで
澄ましていますが
一年に一度だけ
満開の桜を映すときだけ
おそろしい官能の嵐にみまわれ
映したものをすべて
自分のものにしてしまおうと
もだえてしまいます
デュオ
藤 からまりあって
しかし しばらないで
しばられないで
いま わたしがさき
あなたがかがやく
松 俺はがんじがらめ
輝いてなんかいない が
おまえの匂いに包まれて
たとえ 息がつまっても
本望だと思っているよ
菜の花と桜
なぜ仲がいいのか
よくわかりませんが
上空が満開になると
地上も満開となり
やがて 桜の花びらは
一足お先にと言って
菜の花のすきまを
埋めつくしてしまいます
山毛欅
約二五〇〇万年も前から
この星に住んでいて
生き物たちには ずっと
守り神だった
ヒトの造った新参の神より
はるかに神々しく見える
れんげしょうま
れんげしょうまの花の中で
胎児のように
うずくまってしまう
このわたしに
浄土というものがあるとしたら…
と 思いながら
ツグミへ
ちょっちょっと歩いては
立ちどまり ぼくを見る
シベリアからやって来て
今ここにひとりいるのか
ほかのだれにも見えない
今日のぼくへの天の使い
ふきのとう
ああ おいしそう
と まず思う
わたしを叱るのはだれ?
ああ かわいい
と つぎには思う
撮ったけど 採らなかった
小さな洞窟
私の中に 小さな洞窟がある
大きな虚でもある
そこに裸の私が独りで居て
火種を守って暮らしている
ときどき木の実や草を食べている
ときどき壁面に何か書いている
誰か来ないかな
いっしょに見てくれないかな
と思いながら
ずっと独りで暮らしている
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/11/27
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