稽古
あらそひの
古墳の森越えて初鶏応へあふ
沈没船ここと揚ぐる
岬山を富士に似せゐる初霞
潮鳴りもやみてあけぼの船起
祝儀酒受けんと泳ぐ船起
撒く餅に萌ゆるいろあり船起
競家業継ぎし嗄声にて
道場の冷えのしみたる
夕汽笛鳴りをり
刺青の菩薩背に負ひ初湯かな
刺青をしげしげと見る初湯の子
盆石にひと匙の水初明り
初夢の燈台にゐて言葉なし
的の矢を双手そへ抜く弓始
海鼠の寿命誰もが知らず初句会
鐘の音のくるまつすぐの恵方道
小綬鶏の呼びの朗らの恵方なる
恵方よりさす潮汲んで潮湯宿
嫁ぐ子に初観音の
暖流藍初観音に咲くアロヘ
梅一朶雨の古墳に沈み咲く 「春」
梅日和点てし茶筌に泡一つ
髪止めは象牙のひかり梅くぐる
椿もて少年忘れ潮埋む
椿吸ふながきひと
松笛に帰雁の空は藍垂らす
きりもなく雀は交む発車ベル
巌の
舟ゆれて崖の巣づくり指させず
棟上げの
馬とばし来て高原の草を焼く
いしづゑに立つ花冷えの柱かな
花冷えの鶏冠に血のさして鳴く
水底の日は浮く花を寄せず燃ゆ
砂糖水うすらひ張りて
岬山に日の
朱き
鉄棒に妻を押しあげ春の月
乳張つて啼く牛ならめ春は行く
青海苔を干し人麿のことも知る
山分けにつくる潮干の貝の山
恋猫に船の汽笛のしげき夜ぞ
クレヨンの黒髪ぞ濃き流し雛
堂ぬちとなりし遍路の杖の音
負鶏を買ひに来てゐる飯場者
涅槃繪にあと戻りきて猫を指す
わらんべの甘茶ざぶりと浴みられし
どんたくや
鴨山に異議の
十匹の鯛焼おもし人丸忌
夏山に棲み夏山に向き写経 「夏」
下闇や踏めとクルスを彫りし
万緑や瞳は入れず木炭画
観音の千手の裏に滴れる
流れずに消えてゆく雲青すすき
空蝉を手に廃屋を指さしぬ
撞く鐘に砂をはねけり蟻地獄
蜥蜴するすると船笛長かりし
如露の虹浴びて金へび妊れり
郭公や寒の地獄に歯を鳴らし
草笛や兄鳴りだせば妹も
汲む淦のとびとぶ競渡競りに競る
隙間なく青くて夏至の箒草
片陰を出るとき言葉決りけり
夕焼てユニホームなき野手が一人
漕いできし艪を炎天に抜きあぐる
雲の峰むくむく
脱衣婆のまつ赤な口を海霧に見き
あつと口開けし
鳴らしゐる海ほほづきの値を笑ひ
乾杯に立ち土用波流し目に
いちにちの港の映る金魚玉
連ね干す浴衣の裏で泣いてをり
忘れある
百度踏み終へ緑蔭に卵吸ふ
大いなるつむり転ばし
大本山雪国に持ち僧昼寝
骨董を見る扇風機かけくれし
喧嘩安兵衛ふどしに風の
冷え冷えと霧に日は燃え牡丹散る
伐る竹の聖堂へ向けたふれゆく 「秋」
紅葉燃えをんなか火口湖に濯ぐ
色変へぬ三里松原虹跨ぐ
黄落や矢の的を描く墨ぞ濃き
大手門討つて出るかに銀杏散る
母の手に木の実移しし手をはたき
惜し気なく椎の実くれてまた拾ふ
鳶の輪の遙かを鳥の渡るなり
高音張る
舟島の芒や風に斬り結ぶ
眠りまつ虫の闇より濃き闇に
鉦叩たたける岸へ帆は戻る
秋の蝶糸からくりに似てとぶよ
豊の田を
福良木越え耶蘇の鼻筋して案山子
秋風やたそがれ顔に淦を汲む
秋風の
秋風や洗へば舟の細り見ゆ
剃刀を浦の秋日にかへし研ぐ
来る船に犬が尾を振る秋の暮
干潟潮荒れてさしくる秋の暮
芋の露けぶり見ゆるかこぼるるか
くわんおんの十八日の露御空
秋深き井の底に顔落したる
言ひ出でて除籍ののちも墓洗ふ
船笛を聴き墓洗ふ手をとめず
犬の綱短くとつて踊り見る
蘭盆の夜を去る船の灯が動く
葬ひはたたむにはやく雁渡し
耳鳴りの耳傾けて酒を利く
串柿の古びて
赤間石素掘りの灯なり山眠る 「冬」
猪を追ふとき韋駄天の乗りうつり
酔ひ泣きはわが手にかけし狩の犬
鳴く鷹に犬耳立てて杣に寄る
日は雲に枯野の沼辺
図面地にひろげ冬木のなかにをり
三更の鯉も枯木の月も銀
日田美林枝打つ声をとばしあふ
冷泉に浴女声なく
雲の上に木花を
枯蘆や潮の満ち干に変る風
銃眼に見えて
割く鰯血のとぼしくてしぐれをり
しぐるるや干潟の船の時計鳴る
枝もたぬ椰子はそそりてしぐれをり
石の猿寒さに
鵜の巌を暗め波立て霰打つ
ひと粒の霰のこだま井の底に
風花の砂浴ぶ雀こえて消ゆ
吹雪く島遺骨を抱いて去る女
風がかき回す潮いろ
集魚燈割れんばかりの鰤起し
血まみれの押切り据ゑて鰤の市
大き手に燭消す神父夕千鳥
河豚競りの値を吊る風と浪の音
出刃にのせ指さされしが河豚の肝
轆轤蹴る右膝立てて日向ぽこ
濡れしものなき甲板に日向ぽこ
入植の記念
渦潮の船見る千歳飴をさげ
海峡の潮さす風の飾買ふ
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/07/18
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