休暇に
夕方、いつものように、僕の所に、学校の友人がやって来た。僕たち二人は、数ベルスタ(ロシアの里程。1ベルスタは約1067メートル)離れた同じ村に住んでいて、ほとんど毎日のように顔を合わせていた。ブロンドの好男子で、その優しいまなざしで、娘っ子たちを少なからず、うっとりと夢心地に誘うことだってできた。僕はといえば、彼の落ち着いた態度とか、その冷静な判断といったものにひきつけられていた。
その日、友人は何か心にかかることがある、というように見受けられた。地面をじっと見つめたまま、興奮した面持ちで、自分の足を
──今日──彼は言った──つまらんことをしてしまったんだ。
僕は意外に思った。「つまらないこと」をしでかすなどということは、彼のようにいつも自分を抑制している人間にはとうてい、あり得ぬことと思われたのだ。
――朝っぱらから――彼は続けた――村で火事があったんだ。農家が焼けちまったんだよ……
――それで君が火の中に飛び込んだ、とでも言うのかい?……――僕は少しちゃかすような調子で言った。
彼は肩をすくめ、少し顔を赤らめたように僕には思われた。だが、落日の
――火が燃え移ってしまったんだ――少したってから、彼はまた続けた――農家の屋根裏部屋の大麻に、そして数分後には、
「これが、こういった家屋の建築様式なんだ……――おれは考えた。――家の中にまるで火薬でも詰め込んだようになって燃え落ちていく……」
実に、二、三分のうちに、屋根全体が燃え盛る炎に包まれてしまった。煙が目にしみちくちくと刺した、そしてその炎が猛烈な勢いで吹きつけてくるので、おれはジャケットを焦がすのではないか、という恐れで二、三歩、後に退かざるを得なかった。
その間に、もっと多くの人々が、
突然、だれかが叫んだ。
「あそこには、子供がいるんだぞ、赤ん坊のスタシェックだ……」「どこに?」――口々にきいている。「家の中だ、窓の下のこね鉢(うどん粉などの粉を練る深い容器)の中だろう……さあ、窓ガラスを打ち破るんだ、そうすりゃあ、まだ助け出せるだろうよ……」
だがだれも行動に移す者はいなかった。屋根の藁は、もう炎の中に燃え落ち、
告白すると、このことを聞いた時、胸が異常なほどわななくのをおれはどうすることもできなかった。
「もしだれも行かないのなら――考えた――おれが行く……男の子を救うのに、三十秒あれば足りる。時間は十分にある、だが――なんというひどい熱さだ!……」
「さあ、だれか行けよ!――女たちが叫んでいる。――おー、おめえたちは、犬畜生なのか、男と名のる価値はねえぞよ!……」――「そんなに賢ぶってるんなら、てめえが火ん中さ、入っていったらどうだよ!――だれかが人だかりの中で悪態をついている。――あそこに行ったら死んじまう、子供は
「えらいことだ!――おれは考えた――だれも行かない、だがまだおれはしり込みしている! しかし――おれの中の理性がささやいた――何がおれをこんな無意味な冒険へと駆り立てているのか? だが子供はどこにいるんだろう?……こね鉢から落っこちてしまっているんじゃないか?……」
「しかし、やはりあそこに突入せねば……おれは考えた――一瞬一瞬が貴重なものとなってきていた。しかし子供を虫けらのように焼いてしまってはならぬ。――だが、もう生きてはいないのではないか?……――とつおいつこう自問自答した――もしそうだったらジャケットがもったいないってもんだ……」
と、遠くの方で女の鋭い叫び声がした。
「子供を助けてけれ!……」「あの女をつかまえていろ!……――それに答えて叫んでいる。――火の中に飛び込んでしまったら、もうおしめえだぞ……」
何かつかみ合いをしている音を自分の背後に聞き、そして同じ女の叫び声を聞いた。
「行かせてけれえ!……あれはあたいの子なんだ!……」――「しっかり彼女を胴締めにしていろよ!……」それに答えている。
もう堪えきれなくなって、前へと突き進んだ。熱風と煙がおれを包み、まるで屋根を引きはがすように、ばりばりと音をたてていた、煙突からは
その時、突然、若い娘が農家の方へ走っていきながらおれにちょっと触れた。窓ガラスの破れる音を聞いた、そして突風が煙の渦を包んだ時、おれは彼女が、泥にまみれた足が見えるほど、身を部屋の中に傾けているのを見た。
「何をしてるんだ、気でも狂ったのか?!――おれは叫んだ――あそこには
天井が抜け落ち、火の粉が天空に向かい舞い上がっていく。おれは目の前が暗くなっていくのを感じていた。
「ヤーグナ!……」悲しみにくれた声が、何度も繰り返し言っている。
「すぐ!……すぐ!……」娘は、帰りぎわにおれのわきを走り抜けていきながら答えていた。
目を覚まして大声で泣きわめく男の子を重そうに、両手で抱きかかえていた。
――それで子供はまだ生きていたのかい?――僕がきいた。
――ピンピンしていたよ。
――それで女の子は……子供の姉さんだったのかい?
――とんでもない!――彼は言った――全くの他人さ。どこかまた別の農家の手伝いをしていて、せいぜい十五歳ぐらいだよ。
――それで彼女はなんともなかったのかい?
――スカーフと髪の毛を少し焼いてしまっただけだ。ここに来る途中、おれは彼女を見かけたんだが、前庭の所で
おれたちってのは、どうせこんなとこだ!……――彼はそう付け加えるように言うと、鞭で道端の野草の茎を断ち切り始めた。
空には星々が瞬き始め、涼しい風が池の
――お前たちってのは、どうせこんなやつらなのさ!……
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2003/07/22
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