一の酉
帯と湯道具を片手に、細紐だけの姿で大鏡に向ひ、
「なにさ」──生れつき言葉づかひが悪くて客商売の店には向かぬとよくたしなめられるのだが、この時も相手が主人すぢの女にもかかはらず、おしげはぶつきら棒に云つた。
おきよは、もう男衆が流し場を磨き、湯桶を片づけはじめた中で、ゆつくり襟白粉をつけてゐる妹たちをちらと見て、さア、二人でさきに出ちまはうよ、と促した、何が何だか判らないままに、おしげは押されるやうにして湯屋の表へ出た、もう冬近く、すぐに
おきよは
「何ですの、──御用つて」
気がかりだから、早く云つてと促した。
「──あんた、この頃、いやにめかすのねえ」
おきよに云はれて、故もなくおしげは赤くなるのを感じた、さうか知ら、めかしてるか知らと彼女は、意地の悪いおきよが、いくら磨かうたつて、
「無理ないわ、十七だもの」
ふつと、彼女は下唇を出して笑つた。
「私、男みたいだつて、いつも母ちやんに云はれてるのよ、もつと、いい加減に大人らしくしたらいいぢやないかつて──」
「さうよ、もう大人よ、あんた──」
あら、と云つておしげはまた真赤になつた。汗が出るほどで、そつくり冷くなつてゐる手拭ひを取りあげたりした。
「ねえ、しげちやん、──私、あんたの肩を持つわ、しつかりおやりよ」
どちらかと云へば昔風の長めの顔をかしげて云ふのであつた、おしげは黙つてゐた、わけが判らなかつた。
「──
お待ち遠さまと、あつらへの品を持つて来たので、おしげは、はつと狼狽したまの悪さを辛うじて隠し得た、それ、あちらとおきよはボーイに云つて、自分は支那ソバを受け取り、おあがり、と箸を割つた。
おしげの胸はどきどきしてゐた、──この人はあのことを知つてゐたのか、しかし、まさか、と打ち消すのであつた、ちよつと疑ぐつてゐる位なのを、日頃にないやさしさで
「すみませんが、お
おしげは水を貰つて、トーストを食べた。
「──本当よ、あの
さう云ふおきよはどうだらう、とおしげはをかしくなつた、──きのふ朝飯の時、他の女たちに聞えよがしにだが、しげちやん、誰さんと誰さんとは私のお客だからとらないでね、とヒステリみたいに叫んだ、彼女こそ今でもお客は自分を目当にしてゐると思ひたがつてゐるのではないかと、おしげは、お
おきよはその白い額やつんと高い鼻を尚一そう電燈の下で気取らせて、きれの長い眼をやすやすと動かさず、ぢつとどつか
──彼女が義姉に口惜しがつてゐるのは、さうした人気の問題だけではなかつた、品川のかなり当世風に
「何も私に隠すことなんかないぢやないか、え、しげちゃん」
「──隠しやしないわ」と、彼女はジャムのついた唇を拭うた。
「なら、白状しておしまひ、兄さんはよほどあんたが好きらしいのね」
「──どうして、そんなこと云ふの」
鼻を上向きに、おきよは笑つて、
「およしよ、白つぱくれるのは、──まだ、何か食べるでせう、私はケエキを貰ふわ、あんたは」
トンカツを三つね、とガラス戸をやかましく云はせて、出前の註文であつた。
「私、もう結構」
「遠慮しなくてもいいわ、──ドオナツをおあがり」
「──そいぢや、牛乳をいただくわ、だけど、悪いわねえ」
さう云つて、おしげはくすと笑つた、彼女の客で、牛乳屋の若主人がゐて、独りでは恥しいと、いつも大ぜいの友人を連れて来ては、みんなにひやかされながら、結局はたかられて高いものについてゐるのを思ひ出したのだ。
「何さ、いけすかない、思ひ出し笑ひなんかして」
「いいえ、──おつぱい屋のこと」
「ああ」と、ちよつと冷い顔をして聞き流し、すぐにもとに戻つて、
「こなひだ、私、見つけちやつたんだよ」
「──ね、裏口でさ、兄さんもなかなか大胆ね、昼間つから、あんたを抱いたりしてさ」
あたりを
「──怒つてるんぢやないのよ、ほめたげる、と云つてはをかしいけど、まア、私の云ふ気持も解るだらう、
「お砂糖入れるの、──早くお飲みよ、場合によつちや、兄さんを取りかへしたつていいんだから、しげちやん、その覚悟があつて」
○
半月と少し前、おしげはあやまちを犯して了つたのだ、──生々しい記憶でありながら、まるで
誰かに──と云ふことだけはおしげによく解つてゐた、母親と、義理の父と云ふのさへいやな、母親の近頃の連れあひ新吉とに対する意地からにちがひなかつた。
朝から秋雨が降つてゐた、奥で働いてゐる女中のおふぢに云はれて、裏口へ出て見ると、母親のおはまが傘のしづくを切りながら、立つてゐるのだ、またかとその要件は察したが、
「なアに」と、わざと不機嫌に云つた。
「けふ、お休みを貰へないかい」
「駄目、十五日ぢやないの、──それにゆうべからお神さんが品川へ帰つてるんだもの」
「困つたねえ、どうしたもんだらう」
「先月、病気して休んだんだから、当分ぬけられないわ、──用事はそれつきり?」
いかにも忙し気に、店を拭いてゐた雑巾を
「──そこを何とか若旦那にお頼み出来ないだらうか」
「うるさいのねえ」
「──私はかまはないんだけど、新吉さんに恥をかかせるわけにはいかないからね」
おしげはむつとした、──自分の亭主を新吉さんなんてさん
づけにしてゐる、さう思ふと、どうせ、さうよ、母ちやんは私なんかより亭主の方が大事なんだからと、駄々児のやうに
「さう、新吉さんのためなら、私はどうなつてもいいのね」
「そんな、──お前」
「知らないわよ、──私のお給金の前借りばかりしやがつて」
そこまで云ふと、おしげは感情がこみあげて、咽喉がつまつたが、辛うじて泣かなかつた。
「──義理でも、お父つあんぢやないか、そんなひどい口をきくもんぢやないよ」
おはまはまだ三十七であつた、──おしげの実父と死別れてから、色んな男とついたり離れたりして来た、篠原新吉と云ふ公園で何をしてゐるか誰も知らない男と一しよになつたのは、去年の夏すぎで、彼女よりも年下であつた、別に
「何がお父つあんなのさ、義理なんかありやしない、あんな働きのないやつ」
おはまも、土手の蹴とばし屋の女中をしてゐた、母親と娘と二人で男を養つてゐるわけであつた。
それから、彼女はおしげにくどくどと訴へはじめた、──福ずしの旦那に、新吉さんがかたく約束したのだ、旦那はおしげに気があつて、ならば「たむら」をよさせて、自分の店に引取りたがつてゐた、と云ふのは、おはまの表面的な穏かな云ひ方にすぎず、子供の頃から仲たがひしてゐる豊太郎と、おつねを争つて負けた後、未だ独身の彼は、露骨におしげを妾にと望んでゐたのだ。出入りしてゐる新吉がそれを安受け合ひして来たのであらうとは、おしげにも想像できた、──そして今日は東京劇場へ連れて行くと云ふので、彼はきつと
「後生だから、何とかしとくれよ──さうでないと、新吉さんの顔はまるつぶれぢやないか」
おはまは娘を掻き口説いた。
「勝手ぢやないの、そんなの私の知つたことぢやないわ」
取りつく島もなかつた、忙しいんだから、帰つてよ、とおしげはづけづけと云つた。
「考へてみなさいよ、──福ずしさんと遊びに行くからと云つて、うちの旦那に暇が貰へると思つて?」
雨は一層きつくなつた、その中を母親は帰つて行つたが彼女が困れば困るほどいい気味だと、おしげは痛快だつた、そのくせ、すぐあとから、また新吉に
土曜日の十五日で、店は
「いけない、隠れて」と、旦那が云ふので、食ひさしの茶碗を棚へ置き、足音を忍ばせて、階段を昇つた、上は彼女たちの寝室になつてゐた。
響いて来る新吉の怒り声に、ああ、いやだ、いやだ、とおしげは小娘らしい感傷で、私ほど不幸せな女はないと悩むのであつた。頭が痛いほど口惜しくつて、いつそ、下りて行き、お前は一体何だ、何をうるさく因縁をつけに来やがつたんだと呶鳴りかへしてやらうかと立つたり坐つたりしてゐた、しかし、それもここの家の迷惑を考へては、よほどのことにと畳を蹴立てて走り出しさうになるのをひかへねばならなかつた。
ざアざアと屋根を叩く雨の音が彼女を落ちつかせた、窓を開くと、さすが冷気が流れてゐて、微かに煙るアーク燈の光りのあちらに五重の塔がくすんだ影を陰欝に浮き立たせてゐた。
朝からの気疲れがおしげの身体を包んだ、新吉なんか怖かないやと思つてゐるうちに、そこに
いい加減の頃合を見計つて、おしげは階下の様子をうかがつた、新吉はもうゐないらしいので、そつと下りた、旦那をはじめ、雇人たちに、すみませんを繰りかへして謝るのが辛かつた、おきよやおとしが、しげちやんの母あちやんも大へんな御亭主を持つてるのね、と皮肉を浴びせた。
女たちは店をしまつて、お湯へ行つた、おしげだけはあまり頭がづきんづきんするので、よして独りでことこととそこいらを片付けてゐた。
「おしげ」と旦那が呼んだ、──「話があるから、あとで来てくれ」
若い夫婦の部屋は離れになつてゐた、雨の中を小走りに行き、濡れた髪の毛に触つて見てから、
「ごめんなさい」と、障子を開いた、お神さんは今夜も品川から帰れぬと電話があつて、豊太郎が一人で、三味線や置きものをうしろに、火鉢に手をかざしていた。
「お入り」
彼は何故か苦が笑ひをしてゐた、火鉢の前においでと云つて、
「──何だつてね、福ずしがお前をほしがつてるんだつてね」
「さア、よく知らないんですけど──」
「さうかい」と、煙草を取りあげた。
「あいつがお前に何とか云つたら、承知するつもりなんだね」
「──いやだわそんなこと」
おしげはむきになり、言葉づかひを忘れて、打ち消した。
豊太郎はうなづいた、それから、調子をかへて静かに云ひ出したのだ。
「──笑はないで聞いてくれ、本当を打ちあけると、私は随分以前から、お前が好きだつたのだ。けれど、主人を笠に云ひ寄つたなぞと思はれるのも
おしげは、常日頃客たちとふざけて、際どい冗談も平気で云つてゐたが、こんな風に二人だけゐて、真面目に手を取らんばかりにされた経験はなかつた、どうしていいのか迷つて了ひ、があんと耳鳴りするのに、心はうろうろするばかりであつた。
「一生云はないつもりでゐた、──ところが、今夜、福ずしのことを知つて了つたんだ、さうなると、私もおとなしく引込んでゐるわけにはいかない、私は福ずしとは昔から含みあつた仲だ、私にも意地があると云ふものだ」
おしげはうなだれて、唯わくわくとしてゐたが、意地と云ふ言葉にその胸をつかれた、ほろにがいものが走つた。
「──私の気持を――」と、尚も豊太郎はやさしく云つてゐた、おしげは、どうでもなれ、と新吉たちの姿を眼の底に焼きつけながら、彼のなすままに
おしげは旦那を別に好いてはゐなかつた、どちらかと云へば、生白くにやけて、毛髪の薄く
さうした事件があつてからは、彼女は豊太郎にふと愛情を抱きはじめてゐる自分を発見してびつくりした、おつねが帰つてゐるので、二人だけで逢ふ機会はなかつた、何かの調子で眼があつたりすると、彼女は動揺して、彼の方に惹きずられる力を感じた、彼を見る眼はねつつこく光つてゐるやうな気がした、おつねがいい世話女房らしく立ち廻つてゐるのに軽い嫉妬も湧いて、しかし、そんな自分が
十一月に入つた日、裏口へ
「おい、ちよつと袖を持つてくれ」
お神さんは何をしてゐるのかと、おしげは見廻してから、云はれる通りにした、すむと、これを
彼女は店に出て、テーブルにからぶきんをかけてゐたが、豊太郎の腕がいつまでも胸を圧さへてゐるやうで、その
彼女の横で、ぶくぶくに肥えたおふぢが、
「しげちやんたちはいいわ、──お酒のみの相手をしてられて陽気で、ああ、私もお店に出たい」と、独り言を云つてゐた、彼女は容貌が醜いので、板場の手伝ひをさせられてゐて、それが不平で仕方がなかつたのだ。
「え」と、おしげは考へを破られて聞きとがめた。
○
おきよが目撃したと云ふのはこの朝のことなのだらう。
彼女はおしげを
「私が都合つけたげるから、外で逢つてもいいのよ」と、まで云つた。
おしげは、最後まで遂に、そんなことと笑つて、事実を告げなかつた。
「──まア、これはここだけの話、とにかく、私もその気だから、あんたもねえ」
もう一度念を押して、おいくらと、おきよは金を払ふのであつた。
おしげは、おきよに焚きつけられて、うかとすれば、そんな気にならないでもなかつたが、この姉娘に対するより深い反感がやつと
四日はひるすぎから、またしても小雨になつた、もっとどしや降りに降つて了へばいいと、何やら決心のつかぬのが、それで決定されると頼みにした、雨が云ひわけになる、寂びしい花屋敷前が眼にうつるのだ。
宵の
彼は母親たちが間借りしてゐる足袋屋の息子であつた、私立大学を出て、別にすることもなく家業の手伝ひはほんの申しわけで、遊んでゐた、底抜けの酒飲みで、はじめると夜が明けるまで盃を放さなかつた。
「どうしたの」と、おしげは、むすぼれて
「何が」
「何がつて──」と、彼女は困つて、尻下りのあまえた声を出した、──どうしたのとは、自分のことで自分に云つたのだと気づいたからであつた。
「──ほら、母あちやんがさ」
むつつりした秀一は、じろりとおしげを見た、──彼は先日、本当か嘘か酔つた拍子に、君の母あちやんに惚れたよ、と放言したことがあつた、何云つてんのよ、あんな年よりにと茶化しかかつたが、その時思ひかへして、それ冗談なんでしよ、と詰め寄せた、すると、真顔になつて、冗談ぢやないよ、と云ひ切り、おしげが、無理しないがいいわ、と云つても、次から次へと空の銚子を振つて催促したものだ。
後になつて、秀ちやんが新吉から母あちやんを奪つてくれれば、助かるだらうと夢のやうな願ひごとをしはじめてゐた、彼が「たむら」へ来るたびに、けふは母あちやんとどんな話をしたの、一しよに活動へ連れてつたげてよう、なぞと云つて、どれだけおはまと交渉を持つてゐるかを探らうとした。
「母あちやんだつて、秀ちゃん好きよ、きつと、──私にはよく判るの」
「判るもんか」
月始めから、新吉はてきやの連中と大阪へ旅立つたと聞いたのも彼からであつた、──おしげはまるでおはまのところへよりつかなかつたのだ。
「さう、──ぢや、鬼のゐぬ間の洗濯ね」
「うん」
何気なく聞き流したその「うん」が彼女にも意外であつたが、おしげに影響してゐた、早速、次の日、一時間ばかりですませますからと、象潟町へ久しぶりに訪れた、二階では、夜番のおはまは臥てゐたが、顔を見るなり、秀ちゃんはけふゐないの、とたづねるのであつた、何だい、お前なの、びつくりしたよ、と起きる母親に、重ねて、秀ちやんが何か云つてた、とまくし立てた。
ぢつと眼を離さずに、母親の様子からも、秀一との間を嗅ぎ出さうとしてゐた、若い頃から身の
最初は母親と彼がむすびつけばと望んでゐたのに、知らぬ間に、変つて来てゐたのは、彼女も男を知つたからであらうが、彼女は深くその矛盾について考へてはゐなかつた。
「母あちやんか、母あちやんは稼ぎに行つたよ」
「さうお」と、おしげはむつとして見せたくなつて、急にそつけなくすると他のお客のテーブルへ行つた。
それでもまた、お銚子を運ぶのにことよせて、秀一に話しかけてゐた。
「ねえ」と云つたが、何も云ふことはなかつた、──「雨はやんだか知ら」と、表へ飛び出して、あら、あがつちやつたと云つて、いけない、旦那との口約束があると思ひ出すのであつた。
「──いやに、しけ込んだね」
「憂欝なのさ」
「ふん、憂欝か、──君でもね」
「あんたなんか私のことを知らないよ」
暫くすると、秀一は酔つて、癖で次第に青くなつてゐた、おしげは、その酔ひが今夜は彼女にも移つてきたやうに思はれた。
「もっと、お飲みよ」
「無理しないがいいわ、ぢやないのか、──飲むよ」
お酌して、ねえ、とまた云つた。
「ねえ、──私、母あちやんて人はあばずれだと思ふわ」
何を云ひ出すのかと、秀一は、あばずれか、とをかしがつた。
「──笑ひごとぢやなくつてよ、──秀ちやんなんか、母あちやんに凝つちや駄目よ」
彼は、凝つちや駄目かね、と繰りかへした。
「本当よ」と、じれつたさうに、おしげは力を入れた、「だから──」
「だから、何だ」
「だから、さ、だからと云つたら──」
おしげは口惜しさうに泣きはじめた。
「いけないね、秀ちやんは」と、おつねが二人の横に立つて、──「うちの子を
おしげは板場へすつ込んで、泣けるだけ泣いてゐた、そつと、肩を叩くものがゐるので、濡れた頬もかまはずにあげると、旦那であつた、彼は、あとで可愛がつてやるから、子供みたいに泣くのはおよし、とえり首に手を廻した。
いや、と彼女はもぎ取るやうにした。袖で涙を拭いて、ぢつと立つてゐたが、役者のやうににこにこと表情を作つて見た、出来たと自信がつくと、それをマスクのやうにかけて出て、
「ごめんなさいね」と、丁寧に秀一にあやまつた。
「ごめんね、──返事してよ」
「うん」
──おしげは、さうだ、秀ちやんとお
「かんばんまで遊んでるでしよ」
「うん──いいよ」
「それからね、仁王門の側で待つててくれない」
「──待つててもいいけど、なぜ」
「お酉さま」
「ああ、──今年は三の酉もあるんだね、不景気、火事多しか」
「いやなの」
「誰もいやと云ひやしない」
すつかり晴れあがつてゐた。おしげは、豊太郎に早めに暇を貰つて、着がへるとさつさと新しいよそ行きの下駄を出した。
「花屋敷の表だよ、いいね」と、しつこく豊太郎は小声で云つた。
うなづいて、仁王門まで駈けて行くと、酔つ払つた秀一は、門柱と押しつくらをしてゐた。
「──滑稽ね、腕押ししてたの」
「ああ」
「何してるんだ」
「知つた人がゐるやうな気がしたもんだから」
十二時をすぎたばかりの
「秀ちやん、下駄がどつかへいつちやつたよ」
「──見つかりやしないよ、──」
(昭和十年十二月)
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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