最初へ

リオの海鳴り

 火照り

 

とっときの恋ごころをばポケットに入れて歩まん万葉のみち ふたひらみひら

 

さあさあさあ詠んでごらんよ花貫(はなぬき)の紅葉ひとひらふたひらみひら

 

黄のいろにぐっと引かれて拾いたる大きな葉っぱをひと日離さず

 

もうひとつ目玉が欲しい達磨さんこちらを見ている棚の上より 空の水色

 

咲くことを知らぬがゆえにゆるるんと茎を伸ばすや踊る葉牡丹

 

ぎりぎりのときにぎりりと生きるこつふんわり止まれ二〇〇二年に

 

とっぽりとあなたの腕に包まれていたいと思う空の水色

 

過去形にしたくはないからさりげなくやっております 西よりの風

 

「生きている生きているから歌うんだ」終わりあらざるテープが回る

 

頼るより頼られる方がいいなんて嘘よ「人」の字笑っています

 

ブレーカー下りてしまえり一線を越ゆるなかれと亥の刻の闇

 

ぐんぐんと伸びてどこまでミュンヘンの歩道に見上げるひこうき雲は らりるれろん

 

七十を超ゆる人らが告げてくる六十代の華なることを

 

向かい風追い風いずれも好きという大和撫子はれて六十

 

こぼれくる春を返すや海原に撥ねてひかりが岩を踊らす

 

休場(やすんば)」で少し休んでいきなされほうれごらんよ富士山見える

 

花道のわきに陣取りらりるれろん春を浴びいる助六がゆく

 

写真より老けるべからずジパングの会員証の無言の教え

 

今宵こそ目玉を入れん片目にて十四年あるわがだるまさん

 

幸四郎の松王丸にも負けはせぬ今宵目玉の入りたるだるま

 

レヴェックの光と音に包まれて巡る空間 春のむらさき

 

ハラハラとエナメルの赤こぼれ落つ履かずに旧りしわれのサンダル もうあわてない

 

とりあえず物活かすべし力まずに己を生かすということを知れ

 

冬つちに影を競うや並びいる大根ひとつ抜きんでており

 

六十代を一年過ごしてもうあわてない還暦という奇跡始まる

 

風にのりマーチ走らす還暦はまず車よりいろはのいより

 

ベランダに春の風きて呟けり日本にテロあらねばよいが

 

上京もさし控えたしJRの警備がちらちら目につくもんで

 

気のはやいハエが一匹飛んできて馬酔木の花房ひとり占めする

 

元横綱曙いかに闘うやK1ワールド相手は武蔵

 

二戦目の曙なれば反則をとられてなおも強くなりゆく

 

「お子様は何人ぐらい」と問われてもジョークで笑わす小錦夫妻

 

なるようになるということいつよりか私もイカの塩辛好む

 

ほっとけばよかった物を片付けて肝心のときにゆくえの知れず

 

V字なす枝あり(あわい)に太陽をしばしとどめるわがさるすべり

 

盃にいっぱいどうぞと言わるるもやはり飲めざり「玄米くろず」 きりたんぽ

 

年齢とともに募るや健康願望汗かきべそかき歩むほかなし

 

引き摺れる過去のひとつを消去せん真っ赤な皮の手帳破りて

 

秋立つも咲くを止めざる朝顔の青の透明七つ八つとう

 

今風に馴染むがよろし銀行の自動通帳繰越機のまえ

 

陸奥の風の呼吸はこれなるか煮くずれなきようきりたんぽ煮る

 

思いきり受けて立ちます六十代短歌は空飛ぶわがカーペット

 

みてごらん魔法使いが笑ってる言うこと聞けば若さをくれる

 

根をはるもほどほどにせんこの辺で浮草禮子と名のるもよろし

 

Uターンときにはせよとのお告げかと夢を占う小春びよりに

 

大検の試験監督引き受けてみんなのあすを引き寄せている

 

大口をあければそこは薄柿いろオオサンショウウオ欠伸のシーン 風よ見てくれ

 

足裏より大地のバランス吸いいるか九十超ゆるも元気はつらつ

 

マイナスのイオンたっぷり浴びながら石段をゆく陰陽神社へ

 

両の手を高くあげれば水色の空が近づく海まで見える

 

七福神もエビスファムコのお菓子ならうましうましと言いて食むらん

 

静かなる久慈のスポットこの淵は四季おりおりのまほうのかがみ

 

乾きたる漆の実なれど艶のあり花びんに挿せば明かりとならん

 

ふかあく息を吸ってごらんよほうら見て伸びて孟宗これぞ竹林

 

手づくりのまごころ味なる舟納豆食はもとより酒にも似合う

 

平沢の棚田が光るかれんなる里の少女をふと思わせて

 

まろき田にさんかくの田に継がれいる人の心の熱きをこそ知れ

 

奥久慈の闇にドーンと浮き出せる花火に夏山がどんと応える

 

ひらきゆく花火を支えているようだ川面に伸びる尺玉のあし

 

大吟醸「御城(みじょう)」をゆるりのむときにきょうの疲れが消えてゆきます

 

解禁を待ってここぞと水に立つあゆつる人らつりながら鮎

 

骨やわく身のひきしまるこの鮎ぞ釣ったつったを風よ見てくれ

 

バス停にわが拾いたる五分間やよいのまひるをどう組み立てる 火照り

 

動かざる大いなるもの烈公の要石歌碑肉太の文字

 

咲くよりも散るよりもなお華やぐや蕾の濃きいろ春を溜めいる

 

寛永の生まれとぞ言う千鳥屋の「隅田川」こそ栗の甘かれ

 

フィジーの海響かせる巻貝に詰めておきますあなたの言葉を

 

春一番を望むということあらざれば闇にとぼとぼまぎれて 桜

 

人生を変えてみようと思う日は撫子色のストールを巻く

 

店先の列に加わる池袋「本家無敵家」げんこつラーメン

 

太陽の火照りはもたず地下街の蛍光灯のひるのさざめき

 

いっときの恋にとどまるはずがない二月の風に肩たたかれる

 

太陽の照りては翳り北西の風に押さるる雲がふんばる

 

「背が高くなりすぎました」蕗の薹二本が届くユートピアから

 

速い速い里谷のモーグル技きめて銅をつかめりソルトレークに

 

ロケットのスタートならず零コンマ十九秒差の清水の遅れ

 

トリノにて借りは返すと言う清水不況のニッポンいつ立ち直る

 

 

 繋がる軌道

 

わが団地入口あたり正面に入り日吸い込む筑波が見える キックオフ

 

光圀の花見のおりを思わせるしだれ葉桜六地蔵さま

 

板壁に血書の文字が遺りたり「叶」の読めてあとは読めざり

 

維新まで生きられなかった天狗党わたしとの距離ついとせばまる

 

知られたる鵜捕り場なれど鵜を待つはたった一人ぞ継ぐ者あるや

 

J2のホーリーホックを応援す二時キックオフ吹け海の風

 

わが夏の追い風とせん留守電に閉じ込められたるあなたの声を 繋がる軌道

 

黄の色の風に吹かれて不忍のいけをめぐれる 五月の河童

 

ひとりではちょっと寂しい新宿御苑ジダンの怪我の具合気になる

 

バランスは崩すべからず取られたらすぐ取り返す鈴木のゴール

 

生き方の修正迫るかワールドカップ計り知れざる運つきまとう

 

ピッチにはイスタンブールの風が吹く一点を遂に取れざる日本

 

寄せてくるアメリカ勢を跳ね返す守護神カーンに心奪わる

 

サッカーを観るときぐらい詠むことは忘れてしまえ 行け柳沢

 

食べらるるまでの束の間泳ぎいる生け簀の(あじ)を飽かず眺める

 

降る雨も女神の采配かも知れぬトルシエ日本のトルコに対す

 

三都主FK(フリーキック)は軌道よりわずかに逸れるかポストに弾かる

 

ニッポンはベスト16この次のジーコ・ジャパンはどこまで狙う

 

空っぽの椅子がピッチを見下ろせりW杯(ワールドカップ)にアリスのふしぎ

 

ひとつずつ試合が終わってヒーローが生れて六月サッカーの月

 

ゴールまで繋がる軌道があったこと決勝リーグを観ていて知った

 

一点も取らせなければいいというゴール死守するドイツのカーン

 

身長が一八八獅子面で(おら)ぶキーパーのオリバー・カーン

 

二十時の元石川町頭上には赤味おびいる雲の棚引く

 

目的もなくて乗りたる上野行あわてず走らずぶらり東京 松ぼっくり

 

六十代はまだ熟年の内なるを池のほとりに認知しており

 

マラソンに全てをかける高橋尚子この失速をいかにせんとや

 

小道具は屑籠ひとつ一端の作家きどりて反故を投げ込む

 

ごろりんと畑にころがり押し黙り土に戻るか不揃いのいも

 

風吹けばかぜにしずくが零れくるパークホテルの松の林は

 

還暦のピリオドにせん海辺にて拾う三つの松ぼっくりを

 

強きことはこれぞシンボリクリスエス引退レースに九馬身の差

 

サラブレッドの血の輝きがこれならん有馬の二連覇花道の華

 

三分の二の大きさにかえました風の小回り日産マーチに

 

選びたる2338わがナンバー五輪シドニー尚子のゼッケン

 

七草の風に吹かれて海沿いのひとりドライブ冬の波吼ゆ

 

切り過ぎしわが剪定に木犀はへそを曲げたか花の少なき コスモスみっつ

 

水色の雲に包まれやってくる「還暦」というおめでたきこと

 

登り坂を登っていたいと思うから風とマッチす昼のバーチャル

 

北風が言ってくれたり「六十をひとつ過ぎたら年金が出る」

 

私も貰っておこう「モーツァルト」を演じる井上芳雄のサイン

 

三本の鷹羽薄(たかのはすすき)にピンクなるコスモスみっつぞきょう十三夜

 

究極の旅を得んとて東欧に足を入れるもカメラは持たず

 

もろもろのビルにふさわしき影あたえ昼を太陽退屈知らず 水いろかもめ

 

()めて二時の銀御をゆく人ら路上に跳ねる秋日をまとう

 

梅干の種の内なる(さね)ひとつ食みてしまえり天神さまぞ

 

この冬も同居と決むるカポックの掌状の葉を光らせてゆく

 

新人王イチロー同時にMVPはかなきことをわがかさねくる

 

回覧板をおとなりさんへ届くるも仕事の内なり次へのステップ

 

「シャボン玉をふく少女」いるルイ王朝見せてくれますヴェルサイユ展

 

抽き出しに種のまんまに置かれたる風船葛が(うつつ)を欲しがる

 

ゆるやかに向きを変えくる色気など洗い流せよ水いろかもめ

 

師走まで生きしかまきり緑なる身を硝子戸にもてあましいる

 

からみあうアロエの根っこを整える土が大気を欲しがってます

 

いっときの幸せなどと言うなかれ明日に繋がる昨日の今日なり

 

哀しみは森の向こうに置くがよい夕べの烏がつついてくれる

 

六十の坂はかくして登るべしホテルに続く舗道に月射す

 

やるやらぬやはりやろうか山の上ホテルに在りて三十首詠を

 

少しでも時間持てたら改札を抜けて上野の森ウォーキング

 

欠詠のなきこと先ずは褒められき師の在りし日を思うきさらぎ

 

てかがみにまあるく笑うスマイルを他人のようにみつめています

 

えんえんと歌舞伎の今につながるや四条河原の念仏踊り 天下一

 

一六〇三年阿国の美しさ踊りのうまさがきらり際立つ

 

もともとは杵築(きつき)大社の巫女という阿国が幟は「天下一(てんがいち)」なり

 

男装の阿国の胸に光りいるクルスが客をゆるり酔わせる

 

吹き抜ける時代の風を受け止めて息盛んなり山三(さんざ)と阿国

 

亡霊の山三現わるのう阿国「いざやかぶかん」恋に狂いて

 

スポットを出雲の阿国にあてるべし今宵限りのわが五十代

 

一人分割きてはメロンをラップするそんな暮しに飽きてきました この先も

 

茎ふたつ伸ばしたからこそ花むっつアマリリスの赤幽かに匂う

 

この先も駆け抜けるべし紫陽花の葉に動かざり茶色のとかげ

 

ご先祖の鮒に負けぬか手のひらを超ゆる大きさ二匹の金魚

 

これもまた年の功なり鋸をギシギシ引きて枝払いゆく

 

北斎に水車を描かせた渋谷川いま遊歩道の下を流れる

 

神宮前四丁目あたりぶらぶらし街角に会う「蘆花住居跡」

 

ゆるゆると歩道橋ゆくわたくしの表参道けやきの葉ずれ

 

なんとまあ何年眠っていたのやら箪笥の奥に紬の財布は 花みょうが

 

真綿から指の先にてつむぎ出す糸のぬくもりわが歌に欲し

 

密やかにしおりが示すその起源「建国以来」結城のつむぎ

 

からこりん根付の音の快し旧りゆく物を一つ活かして

 

「金蓉」に風の道ありモデルなる女性の服の青がふくらむ

 

夕べ吹く風に白きを光らせて勢い増しゆくわが花みょうが

 

日照りをも好機とすべし激しくも変わりゆく世のわれはあら草

 

北島にハンセンがいてハンセンに北島がいる 世界のふたり

 

シンクロの「柔軟性と高さ」こそ私のいまが欲するものなり

 

小さくなれ小さくなれよと祈りいる台風接近待つしかなくて

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2006/10/27

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

高橋 禮子

タカハシ レイコ
たかはし れいこ 1943年 東京都生まれ。歌集『マリンスノー』で茨城文学賞受賞。

掲載作は『リオの海鳴り』(本阿弥書店 2005年10月29日)五章の内「火照り」、「繋がる軌道」より抄出。

著者のその他の作品