朝の伽藍
春雷にランボー読む手ふるへけり 句集『宙の家』
ひまはりのふと女めく月あかり
秋風や無人の家の矩形なる
月明の川干あがつて太くあり
月光の雪道こはす女あり
山茶花の白を残して鳥翔てり
春眠の曇りガラスを踏む間際
新樹の夜椅子は無言で向きあへり
藤房をくぐりて神父闇に去る
初嵐聖書の上に眼鏡おき
五月の夜砂上の瓶へ星集ひ
夏風邪や手足遠くにあるごとく
芒野にガーゼのごとくわれ立てる
金網を抜けて秋風闇に去る
繃帯のやうな風吹く夜の
マンホールより首出でて青嵐
桐の花母に聞きたきことのあり
十字切る胸元に咲く稲びかり
人あやむるこころのかたち冬の薔薇
落ちてなほ余燼くすぶる火の椿
大地より天へ雪降る鳥のこゑ
濁音の男はたらく冬の畑
幾千の傘降る夜の花野かな
巻貝のなかおぼろ夜の芯あらむ
遺書を裂くやうに揚羽を
クレソンがびつしり夏の脳髄は
哄笑の砒素の女が潜みゐる
睡蓮へあかるい霊の立つてをる
この少女宙の荒野より来りしか
蔦紅葉夜の鍵盤のざらざらし
直立の屍体へ雹を降らしめよ
掌を水の過ぎゆく明日の空
国境へ黄沙撒きおる車掌の手 句集『幻奏録』
炎天の二人が鉄を曲げている
匙の上雲の崩れる別れかな
無花果の葉より微動の空電車
水の世の秋の誰彼明るくて
熱気球来る鏡の中の手鏡に
立秋の麒麟の脚が富士を蹴り
月蝕待つ河へ十指を開きいて
たましいを蹴りつつ還る冬銀河
永遠に性善説の
夏に入る宙の河口の濁りいて
甘からむ直立猿人の慟哭は
わが死後の戸板の上の百日紅
いもうとのひとさしゆびにゆきがふる
貼紙に貼紙をはる夏の暮
国境を少しはみだし
ざらざらの下水管を行く思想かな
月明の机上の塵を払う人
暗室を出て秋の蝶見にゆけり
脱糞の猫空白の仕種せり
地平線へ巻尺伸ばす盛夏かな
ああまたも地底へサックスが投身する
ニッポンの藤へ異言語投げてこい
アネモネに鼻梁の影を見失う
風下に異国が燃える梨の花
芙蓉咲く水のほとりの電気かな
男娼と鶏走る火事の跡
乱の夜の嬰児しずかに星を
骨壺に桜散りこむ怒涛かな
江ノ島のガソリン臭き猫の恋
ベッドサイドに機関車とまる月の原
たかがポルノグラフィーの空蝉ではないか
バベルの塔へ関節鳴らすホームレス
世紀末の冷素麺が流れおる
幻燈にもの言う老婆冬の雨
唇がぶ厚く走る枯木灘
綿虫のまわりの酸素世界とは
アルミ缶捻りて海を遠くする
路地曲がりくる初蝶の美貌かな 句集『荒野抄』
体内の水傾けてガラス切る
台風の夜やしんしんとヘーゲル読み
経師屋の腋明るくて夕立あと
洪水にけむりのような女の手
はつ夏へ尻降りてくる縄梯子
公園は万の喝采五月来る
潮匂う指もて君はフルート吹く
まうしろのステンドグラス朧なり
おしろいばなブラジル人とすれ違い
厳寒へ急降下する鴉かな
非物質が黄砂にまみれ翳りおる
花林檎缶切る僧の薄瞼
二の腕へ寝息の届く業平忌
かけはぎ屋は雨中に点り花十薬
葡萄吸えば星痕の空深くあり
秋天の端より垂れる給油管
背信や畳をめくる秋の昼
筍提げ丸善にいる老神父
野分後太極拳が空気割り
火の音やさくらは昏く水に散り
煙のように筍を掘るにひりすと
梅の花左官屋の肘明るくて
仙骨をよぎる機影や飛込台
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2004/09/24
背景色の色
フォントの変更
- 目に優しいモード
- 標準モード