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國約憲法見込案(明治13年(1880)11月以前に起草したと推定)

  大日本国憲法

 

   第一篇

 

 第一条  大日本ハ、立憲君主政体ニシテ天照大御神ノ皇統ノ(しろ)シ召ス国ナリ。皇統ニアラザレバ天ツ日嗣(ひつぎ)(つが)セ給フ可カラズ。

 

 第二条  天皇ハ、神種ナレバ侵スベカラズ。

 政刑ノ責ハ、大臣諸省ノ卿ノ任ズル所ナリ。

 

 第三条  立法権ハ、天皇卜国会トニ属ス。

 行政権ハ、天皇ノミニアリトス。

 司法権ハ、自立ノ裁判官、天皇ノ名位ヲ以テ之ヲ行フ。

 

   第二篇 天 皇

 

 第四条  天皇ハ、国家ノ秩序ヲ整理シ、臣民ヲ指揮シ、又之ヲ保護シ監督誘導スルノ諸権柄ヲ握リ、及ビ海陸軍ヲ号令シ、戦書ヲ投ジ、和親、同盟、貿易等ノ条約ヲ結ブ。然レドモ国益及ビ国安ニ関スル条約ハ(あらかじ)メ国会ニ報知シ、且其(かつその)理由ヲ具スベシ。

 国財ヲ費シ(もし)クハ国境ノ変改ニ関スル条約ハ、国会ノ承認ヲ得ルニアラザレバ其力ヲ有セズ。

 

 第五条  天皇ハ、文武百官ヲ黜陟(ちゆつちよく)シ、及ビ法律ヲ行フ為メ緊要ナル布告又ハ規則ヲ制定スルノ権ヲ有ス。

 

 第六条  天皇ハ、法律ヲ起草シ、法律ヲ確定シ、及ビ法律ヲ布告ス。

 

 第七条  天皇ハ、罪犯ヲ赦宥(しやゆう)シ、及ビ刑ヲ軽減スルノ権ヲ有ス。

 

 第八条  天皇ハ、毎年国会ヲ徴集開閉シ又延会シ、時トシテハ民選議院ヲ解散スルヲ得。然レドモ解散シタルトキハ其解散ノ日ヨリ三ケ月以内ニ更ニ国会ヲ徴集シ開会スベシ。

 

 第九条  天皇ハ、位記、貴号、勲章、恩金ヲ賜与スル権ヲ有ス。

 

 第十条  非常ノ時機ニ際シ国安ヲ保ツ為メ、帝国ノ全部若クハ局部ニ於テ暫ク法律ノ幾分ヲ廃閣[廃擱]スベキ時ハ、法律ニ於テ之ヲ処置スベシ。

    

 第十一条 帝位ノ継承ハ、嫡長入嗣ノ順序ニ(したが)ヒ、(すなわ)チ本系ヲ先キニシ支系ヲ後ニシ、同系ニ於テハ近族〔ハ〕疎族ニ先ダチ、同類ニ於テハ嫡ハ庶ニ先キダチ長ハ少ニ先ダチ、男ヨリ男ニ伝フべシ。

 但シ男子全ク欠クルトキハ、血統最モ近キ女子位ヲ継グヲ()。然レドモ女帝ノ配偶者ハ国政ニ(あづか)()カラズ。

 

 第十二条 天皇婚姻ヲ結バントスルトキハ、必ズ先ヅ其旨ヲ国会ニ告示シ、而シテ其婚姻条約ハ必ズ国会ノ検査ヲ()、其許可ヲ取リ、然ル後ニ結約アラセ給フ可シ。皇太子ノ婚姻ニ於ケルモ同一ナリトス。

 

 第十三条 天皇、皇太子ハ、満十四年ヲ以テ成年トス。

 

 第十四条 天皇未成年ノ間ハ摂政ヲ置クベシ。摂政ハ皇族中(もつと)モ親近ナル満二十五年以上ノ男子ヲ選ブ可シ。

 

 第十五条 摂政ハ、未ダ其職ヲ行ハザル前ニ、天皇ニ忠節ヲ尽シ国憲及ビ法律ヲ確守スベキ誓ヲ()ブ可シ。

 

 第十六条 前条摂政ニ関スル規則ハ、成年ナル天皇ノ政ヲ(みづか)ラシ給フ(あた)ハザルトキハ亦準拠スべシ。()シ成年ノ皇太子アルトキハ、別ニ摂政ヲ置カズ、皇太子監国スべシ。

 

 第十七条 帝室ノ経費ハ、天皇即位ノ始メ国会ニ於テ之ヲ定ム。

 

 第十八条 帝位ニ属スル神器、重宝、宮殿、庭園等ヲ除キ、帝室私有ノ財産ニ関スル規則ハ別ニ法律ヲ以テ()レヲ定ム。

 

 第十九条 皇族ノ継嗣、婚姻、及ビ其他ノ重事ハ天皇ノ許可ヲ得テ之ヲ為スベシ。其ノ諸規則ハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム。

 

 第二十条 皇族ノ費額ハ、皆法律ニヨリ年ニ国費ノ預算ヲ以テ之ヲ支給スルモノトス。

 

   第三篇 国民ノ権利及義務

 

 第廿一条 凡ソ国民タル者ハ、法律ニ於テ平等トス。

 

 第廿二条 凡ソ国民ハ、法律ニ定メタル特条ヲ除クノ(ほか)(ひと)シク政権ヲ()ケ、又文武ノ官ニ任ズルヲ()

 

 第廿三条 凡ソ国民ハ、法式ノ徴募ニヨリ兵器ヲ擁シ本国ヲ防護シ、各財産ノ比例ニ従ヒ国費ノ為メ租税ヲ納ムルモノトス。

 

 第廿四条 国民ノ自由ヲ保護ス。○法律ニ掲ゲタル時機及ビ法律ニ定メタル規程ニ由ラズシテ、拘引捕縛セラレ、又ハ裁判所ニ召喚セラルヽコトナシ。

 

 第廿五条 住居ヲ侵シ信書ノ秘密ヲ害スベカラズ。然レドモ法律ニ定メタル時機及ビ方式ニヨルトキハ此限(このかぎり)ニアラズ。

 

 第廿六条 言語、文書ヲ以テ思想(もし)クハ論説ヲ自由ニ公布スルコトヲ得。然レドモ法律ニ対シ其責ニ任ズべシ。

 

 第廿七条 国民ハ、皆(おなじ)ク自己ノ教派ヲ奉ズルノ自由権ヲ有ス。然レドモ葬祭等ハ国家ノ監督ヲ受クべシ。

 

 第廿八条 凡ソ財産ハ、犯ス可カラザル者トス。然レドモ法律ニ掲ゲタル公益ノ故ニヨリ法律ニ従ヒ賠償ヲ以テスルトキハ、其全部或ハ局部ヲ失フベシ。

 

 第廿九条 国民ハ、国内(いづれ)ノ地方ニ於テモ、居住ヲ占メ、土地ヲ所有シ、自由ニ之ヲ所置シ、及ビ諸商工業ヲ営ムヲ得ベシ。

 

 第三十条 国会ノ決定及ビ天皇ノ許可ナクシテ、租税ヲ課ス可カラズ。

 

 第三十一条 国債ハ、之ヲ保任ス。

 

 第三十二条 国民ハ、法律ノ規定ニ従ヒ、建言請願ノ文書ヲ天皇又ハ国会及ビ当該ノ官庁ニ奉呈スルヲ得ベシ。

 

 第三十三条 国民ハ、結社シ及ビ集会スルノ権ヲ有ス。法律ハ国安ヲ(はか)り結社集会スルノ権ノ受用ヲ規定限画ス。

 

   第四篇 国 会

 

 第三十四条 国会ハ、元老院及民選議院ノ両院ヲ以テナル。

 

元老院

 

 第三十五条 元老院ハ、天皇ヨリ終身間選任セラレタル若干ノ議官ヨリ成ル。其議官ハ満三十五年以上ニシテ、左ニ列スル各種ノ内ヨリ撰任セラルベシ。

 一、華族

 一、勅任官

 一、民撰議院議長

 一、十年間奉職シタル府県長官

 一、勲労及才能徳望アル者

 

 第三十六条 王子及ビ皇太子ノ長子ハ、満二十五年ニ至レバ元老院ニ列席スルヲ得。

 

 第三十七条 元老院ノ議長、副議長ハ、議官中ヨリ天皇之ヲ撰任ス。

 

 第三十八条 元老院ハ、民選議院ヨリ大臣諸省ノ卿ヲ告訴シタルトキハ之ヲ審判シ、有罪ト決スルトキハ天皇ニ上奏シ其官位ヲ褫奪(ちだつ)シ、高等法院ニ移シ、特ニ選定シタル裁判官其罪ヲ定ムべシ。

 

 第三十九条 元老院ハ、帝室及皇族ノ内事ニ関スル法律ヲ定ム。

 

 第四拾条  元老院ノ議官ハ、若干ノ年俸ヲ受クべシ。

 

民選議院

 

 第四拾壱条 民選議院ノ議員ハ、法律ニ定メタル選区ヨリ人口ニ応ジ派出シタル代議士ヨリ成ル。

 

 第四拾弐条 民選議院ノ議員ヲ選挙スルニハ、複選法ヲ以テ、其選区内に本籍ヲ定メ民権政権ヲ(まつたう)スル丁年ノ男子ニシテ、左ノ各疑ニ触レザルモノ議員ニ撰挙ス可シ。

 一、瘋癲白痴ノ者。

 一、住居ナク人ノ奴僕トナル者。

 一、救助ヲ受ケ及身代限(しんだいかぎ)リ弁償ヲ終へザルモノ。

 一、国税ヲ納ムル財産ナク、又随意ニ己ノ財産ヲ使用スルコト能ハザルモノ。

 一、華族。

 

 第四拾三条 撰挙人タル分限ハ、前条ト異ナルナシ。

 

 第四拾四条 民選議院ノ議員ニ選バルヽ者ハ、満二十五年以上ノ官吏教導職ニアラザル者ニシテ、其他ハ第四拾弐条ト異ナルナシ。

 

 第四拾五条 議員ハ、之ヲ派出シタル地方ノ総代ニアラズ、全国ノ代議士ナリ。

 

 第四拾六条 民選議院ノ議員ハ、四年間其職ニ任ズ。議員交迭ヲ規定ス可キ順序ニ(なら)ヒ、二年(ごと)ニ其全員ノ半数ヲ更選ス。

 前任ノ議員ハ重選ニ当ルヲ得。

 

 第四拾七条 議長、副議長ハ、議員中ヨリ公選スベシ。

 

 第四拾八条 議員任期中解職スルトキハ、選区(すみやか)ニ其代員ヲ出スベシ。

 

 第四拾九条 民選議院ハ、其制ヲ決定シ、及議院ノ分限ヲ監査シ、又議員ノ当否ヲ判決ス。

 

 第五拾条  民選議院ハ、左ノ特権ヲ有ス。

 一、国費ノ予算及国費ヲ支フべキ方法、及国債ヲ起シ貨幣ヲ鋳造スルヲ承認スルコト。

 一、大臣及諸省ノ卿憲法ニ(そむ)キ国安ヲ破ルノ罪アリト認ムルトキ、元老院ニ告訴スルコト。

 

 第五拾壱条 議員ハ、会期毎ニ道路ノ遠近ニ応ジ、法律ニ定メタル旅費ヲ受ク。

 議員ハ、別ニ会期中若干ノ日給ヲ(うく)

 

両 院

 

 第五拾弐条 両院ノ集会ハ同時トス。〇一ノ議院集会セザル時、他ノ議院ノミ集会為ストモ其効ヲ有セズ。

  但シ元老院裁判権ヲ行フ時ハ此限(このかぎり)ニアラズ。

 

 第五拾三条 両院ノ議員ハ、未ダ其職務ヲ行ハザル前ニ、天皇ニ忠節ヲ尽クシ、憲法及法律ヲ確守シ、天皇卜国家ノ利益ヲ図リ職務ヲ行フベキ誓ヲ(のぶ)べシ。

 

 第五拾四条 両院ハ、毎年一回会議ヲ開ク。

 通常会期ハ三ケ月間トシ、三月第一ノ月曜日ニ開ク。

 天皇自ラ須要ト思量スルトキハ、両院ヲ召集シテ臨時会ヲ開ラキ、其事件ニ限リ之ヲ議セシム。

 

 第五拾五条 両院ハ、法律ヲ起草シ及改正否斥スルノ権ヲ有ス。

  但シ特条ハ此限リニアラズ。

 

 第五拾六条 政府ハ、毎年翌年度ノ国費予算概表及国費ヲ支フ可キ方法ノ意見書ヲ両院ニ送致スべシ。且ツ租税ノ徴収及其費用ノ決算報告書ヲ両院ニ併セ送リ、以テ其検査ヲ受クべシ。但シ別ニ検査院ヲ置キ国費出納ノ精密ナル検査ヲ遂ゲシメ、政府精算報告書ト共ニ両院ニ送ラシム。

 

 第五拾七条 海陸軍及臨時護国護郷ノ兵制ヲ定ム。

 

 第五拾八条 貨幣ノ斤量、価格、及度量衡ノ原位ヲ定ム。

 

 第五拾九条 天皇ヨリノ発議案ハ、先ヅ民選議院ニ下附セラルベシ。

 

 第六拾条  民選議院ニ於テ天皇ノ発議案ヲ改正スルコトナク或ハ改正シ之ヲ認可シタルトキハ、元老院ニ送移スべシ。若シ否斥シタルトキハ直チニ其意見ヲ添へ天皇ニ上奏スベシ。

 

 第六拾壱条 元老院ハ、民選議院ヨリ送移シタル天皇ノ発議案ニ合意若クハ合意セザルトモ、其意見ヲ添へ天皇ニ上奏シ、民選議院ニ通知ス。

 

 第六十二条 民選議院ニテ起シタル法律議案ヲ論議可決スルトキハ、之ヲ元老院ニ送移ス。

 

 第六十三条 元老院ニ於テ民選議院ニ起シタル法律ノ議案ヲ認可スルトキハ、之ヲ天皇ニ奏上シ民選議院ニ通知ス。若シ其議案ヲ否斥シタルトキハ、之ヲ民選議院ニ還スベシ。

 

 第六十四条 民選議院ニ於テ元老院ニテ起シタル法律ノ議案ヲ認可(もし)クハ否斥シタルトキハ、元老院ニ於テ民選議院ニテ法律議案ヲ処スルト其方法ヲ(おなじ)フス。

 

 第六十五条 法律議案ヲ除クノ外、両院ハ各別ニ其他ノ諸起議ヲ天皇ニ奏上スルヲ得。

 

 第六十六条 天皇ハ、一ケ月内ニ国会ヨリ奏上セル決議案ノ勅答ヲ賜フベシ。

 

 第六十七条 毎年両院ノ開会式ヲ行フノ日ニ、天皇御座ニ登リ全国ノ形勢ヲ宣告ス。

 

 第六十八条 右ノ外、国家内外ニ関スル大利害ハ、別段ノ説明或ハ文書ヲ以テ両院ニ示サルベシ。

 

 第六十九条 両院ノ集会ハ公行トス。然レドモ特別ノ時機ニ於テハ秘密会議ヲ行フコトヲ得。

 

 第七十条  両院ハ、議員過半数列席セザル時ハ集会及会議ノ効ヲ有セズ。

 

 第七十一条 両院ハ、列席議員ノ過半数ヲ以テ可否ヲ決定ス。

 

 第七十二条 両院ノ議員ハ、会議ニ於テ発シタル意見及可否ノ投言ナシタル為メ告訴セラルヽコトナシ。

 

 第七十三条 両院ノ議員ハ、其現行重罪犯ヲ除クノ外、本人附属ノ議院ノ許可ナクシテ職事服行ノ際ニ勾捕スルコトヲ得ズ。

 

 第七十四条 両院ハ、公益ニ関スル事件ヲ調査セシムル為メニ議員中ヨリ委員ヲ設クルコトヲ()。此委員ハ調査ノ為メニ必要ナル報告書等ヲ差出ス可キコトヲ口述又ハ文書ヲ以テ官吏及人民ニ求ムルヲ得。

 

   第五篇 行 政

     以下・割愛

〔「吉川家文書」〕

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2007/01/05

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澤辺 正修

サワベ マサナオ
さわべ まさなお 京都府丹後の人 天橋義塾社長。

掲載史料は、1880(明治13)年11月以前に、起草したと推定されている憲法草案。元老院・民選議院よりなる二院制議会のうち、民選議員が複選法により選出されること、2年ごとに議員の半数改選があること、地方自治が保障されていることなどが特色となっている。この草案の世に出るにさいして原田久美子氏にすぐれた探求があった。

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