四方のくちなは
光りては
にんじんに似し教師去り春の虹
火のやうな墓碑立ちて鳥渡るなり
幼木のはくれんひらく魂あらし
特攻兵たりける父に亀鳴けり
白鳥のこもごもとほく讃へあふ
心開けば不死鳥そして魚も天使
虫穴を出て人麻呂の歌碑に乗る
水まくらくるむタオルの青い鳩
白地着てダミアの暗き声を聴く
フランス・ナント及びブルターニュ 十五句
虹たちてつぎの時雨の音とどく
吹き荒れる時雨の中の鼓動かな
吹雪く夜の踊りてゐたる道化かな
ボンナネの頬キス尽くとまた踊る
うすらひや幽鬼の館朽ちて映る
どの家も忘れな草を見てそだつ
橋のある牧場の岸のチューリップ
聖鐘や捨舟移りのいちばん
喇叭吹く春の道化と片手組む
赤き帆はルオーの墓標柳絮飛ぶ
青蔦の城やパン焼く灯の洩るる
止まり木にカフェの猫と虹を待つ
一枚岩の刻み
吹かれてはたましひ抜けの
しづくして女人高野へ雪すすき
はまなすや天の扉にダリの刻
秋の蟇濡れゐる息をととのへむ
母がゐて
かまきりのこの目女の子と思ふ
大仏の耳たぶに乗りいちばん
喉にまで赤く刺さりて海市立つ
いつせいに腹を立てたる羽抜鶏
達治忌のさし汐かげりの母子草
負け牛に人の目暑く落ちかかる
茎ほそきものしろがねの露に乗り
ダリ逝くや虹に飛びつく
水かげろふ怖ぢゐて人を忘じけり
風の目のやうに白藤すり抜けむ
乳歯抜けては蜜柑山へ投げてこい
数へ日や剃られてゐたる首根つこ
鴛鴦の雌の目つむりやすきかな
まくなぎや打つて返せば首に憑く
生れし子に冬の月光きんきんす
雲雀墜つ加速に耐へて声もなし
蝶は身の微塵のとげを払ひ飛ぶ
デルヴォーの夜の祝祭の百日紅
(以上『意中の湖』〈平成10年刊〉より)
隠岐枯れて
由良
毛布干すミッキーマウス逆さ吊り
観音の胎内を出てかげろへり
滝桜
ほつかりと光を抱いて滝ざくら
首みえずなりてはんなり藤の波
梅雨大河谺をひいて山めぐる
起ち転ぶ子にあつまりて露ひらく
月下美人光の微塵はらはざる
鬱にひそむ
炎にちからあり青不動冷えつのる
身の影を投げ出して鳴く大白鳥
金の鉦叩くサンタを小さき掌に
梯子もて母が懸けたる聖樹の星
年詰まるバベルの塔より辞書を世に
荒海や佐渡の
紙漉の天地均しや伊予大洲
汐差川を挟みつけたる蜜柑山
つくしんぼ
青蛙飛び交ふ父の頭上の宙
デルヴォー逝く
水平線に囲まれてゐてパフェ盛る
ほの見えてひびきは胸に天の川
山椒魚
雪起し隠岐
隠岐
寒海苔掻く隠岐北辺の浦こだま
大白鳥さざ波削いで止まりけり
亀鳴くや傾きしまま夜の地軸
渦潮や真上に滲むルドンの目
鬱塊の遊び出でたる海市かな
信長に焼かれし谷のつくしんぼ
火蛾なだれくる炎上の古志の谷
ほととぎす一の砦は雲じめり
衿あしに涙を溜めてかたつむり
雛芥子や塞ぎの虫も無重力
白桃や滲み出でたる山のなり
裸子の眠れば消ゆる日日の
干梅の匂ふ湖北の
秋虹や
甌穴百の沖なる釣瓶落しかな
萱屋根に露草ひらく能舞台
佐渡晴れて法難の日の穴まどひ
尖るとき湖光ひらけり雁渡る
翔ち上がる光をのせて枯葉消ゆ
(以上『光塵』〈平成8年刊〉より)
鳴くまでをどきどきとあり
一天四海皆帰妙法佐渡に月
甌穴にまなじりのなき寒さかな
やはらかき光体であり夢の田螺
白木蓮ひと亡きかたのうすみどり
神の指あやなすそらに黄蝶かな
肉感を削ぎたる野火の走りけり
ひりひりと乾く鼻腔やいかのぼり
天球の罅やバイソンの口やさし
目の下がかゆくて汗の噴く子かな
うすものや地獄の門を撫でてゆく
日盛りや継接ぎしるき中年自我
涼しさやこけしの木屑遊びだす
ついてくる水色の蛾や佐渡の浜
ビッグバン大向日葵が首振れば
暁けしらむ風のくぼみに踊り反る
天抜けて散乱したるたうがらし
荒縄の結び目ほどの自我冷ゆる
肉体を見下ろす晩秋の壁いくつ
父性また気高し水の澄みにけり
けばけばと意志に肉つく晩秋だ
晩秋やかもめの翼よく曲がる
枯蓮や皮下走る血の圧されつつ
アンフォラの哭礼のごとつくしんぼ
大蘆原焼くかげろふのわたりけり
街川の日さす
遊びたくなつて
片虹や首の根ふかくしめりをり
かなかなのこゑのなかより白い岸
一盞は亡き師を呼ばむ天の川
月満ちて師亡き詩猟や
春の
金魚ごと引つ越す春の一大事
鳥風に打たれて甘き地霊の目
根尾谷やさくらの精のつぶら翔ち
老いくづるるまでの千枝を振る桜
ひかる虚の上に虚のある瀧ざくら
滝ざくらそびらに修羅の相のこる
夜向きの中年の胃かひきがへる
仮幻忌や
(注)
八束忌のもみ合ふ蓮のくぼむ青
向日葵や知恵洪水をなして過ぐ
晩夏なる
涼しさや佐渡の底から
天柱に四方のくちなは吸はれ秋
(以上『青こだま』〈平成12年刊〉より)
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/02/28
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