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政治小説を論ず

   小説界の新生面

 

 近頃、政治小説を誘奨して、斯壇に一新生面を招かんとする論者所々に見ゆ。勿論、之れを促すの趣意に到りては、其の軌を一にせず。政局の激変して、従来単に志士論客の脳裏に蜃気楼として描かれたる政党内閣も、今や実現せられたれば、民心翕然(きふぜん)として政治界に趨向(すうかう)するに到れり、此の機運は(やが)て政治小説勃興の地を成すものなれば、此の際会(さいかい)に乗じて、政治小説をものし、斯壇の平板単調を破り、読書界の惰眠覚醒に(つと)めよとて、(むね)と機運の上より()、小説界の単調を破らんが為に、立論せる者を、「帝國文學」記者となす。一派の文士が狭斜(けふしや)小説に重きを置くを慨し、利刃一揮、其の惑を解き、狭斜小説以外にも詩材の乏しからぬを教へ、政治社会に眼を転じて、其の家庭、其の内幕を描写し来たれと叫ぶ者を「早稻田文學」記者となす。()は詩材採択の区域を拡めて、在来の偏破なる取材法を(しりぞ)くる上より、政治小説を奨励する説と見るべし。又憲政党員が一躍して、内閣の班に列したる際の醜態、失策、欠点((おも)に外形上の)を微細に指摘し、且其の無策無経綸を()し、言行相違を笑ひ、名利(みやうり)の塵網裏に蠢動(しゆんどう)するを冷嘲し、是れ恰好の滑稽小説の材料なりと断じ、余論として憲政党の歓心を買ふに適する政治小説を作らば「御用詩人の月桂冠を拝受し、必ず栄階栄爵を以て酬はるゝを疑はざる也」と論ずる者を「大日本」の内田魯庵氏となす。

 魯庵氏の筆法は例の諷刺的冷嘲的なれば、正面より其の文に随うて其の意を(うかゞ)ふは(かた)し。然れども、吾人を以て忖度(そんたく)すれば、氏が本趣意のある所は、現時政治界の状態が余りに醜陋にして、秩序の壊滅せる、到底真面目なる小説の主題となすに足らず、(むし)ろ滑稽小説の材料とするか、然らざれば、之れを()りて一時の際物(きはもの)を作り、衆愚の嗜好に投じて、虚栄を僥倖するの二途あるのみと云ふものゝの如し。(けだ)し魯庵氏の立地よりすれば、前者にとりて、後者を排すべきは炳焉(へいえん)たり。要するに氏の言は時事に慨する所あり、(しばら)く小説論に寄せて、憤懣を洩らせるの趣なきにあらず。故に語に激越の態ありて、其の論往々首肯(しゆこう)し難きものは、目指すところ彼れにありて、是れになければならんか。

 

   吾人の所見

 

 前項三家の政治小説論は各々其の所見を(こと)にすと(いへ)ども、政治上の了相を()りて、小説を編むを誘奨するの点は(いつ)也。斯壇の平板単調を破らんが為と云ふも、取材の区域を拡むると云ふも、言葉は異れども其の意は相近し。而して、此の二説に対しては吾人毫も異議なし。唯第三者なる魯庵氏が時事を諷刺する為、(むし)ろ嘲倒する為に、政治的滑稽小説を作れと云ふには、(いさゝ)か疑ふべき点ありと信ず。吾人は氏が語気論勢より推すに、滑稽小説と呼ばんよりは諷刺小説嘲倒小説と云ふ方一層適切なるべきを思ふ。故奈何(ゆゑいかん)、魯庵氏が「今の政治界を写実せんとせば、滑稽小説の(ほか)案じ難し」とて臚列(ろれつ)せる実例を見るに、()し氏が挿める嘲罵の文字を去り、静かに其の事相のみを稽査して、少しく其の皮をつらぬき、眼光肉に及び、骨に及べば、見地一転、又能く涙の種子ならぬはなきにあらずや。

 

 下宿屋の佗住居より、直に大臣官邸に移転する者、無位無官より一足飛びに内閣の椅子に座する者、或は賃馬車を傭うて顕栄を(てら)ふもの、或は大礼服の算段に魂胆を(こら)す者、或は(うやう)やしく官位を肩書する名刺を調達する者、或は(には)かに尊大倨傲を尽して、勅任を衿式(きんしき)するもの、(もし)くは新裁のフロックと金着(きんつき)の時計鎖とを力に、威儀堂々以て勅任とし用ゆべきを、大臣の面前に示す政党遊泳者、(もし)くは自由民権の為に家産を蕩尽し、又は鉄窓の苦楚を()めたる履歴書を楯に、大官を(むさぼ)らんとする猟官餓鬼、ステッキ仕込杖を揮廻(ふりまわ)して、鉄腕健脚選挙場裡を蹂躙せし功労を(かど)に、()めては多少の月給に有附(ありつ)かんとする渡り壮士、

 

 之れを政治家、経世家の立地より見て、熱罵し冷嘲するは毫も怪しむべきなし。唯人情の蘊奥(うんおう)(ひら)き、同情を筆の生命とする文士の眼より見て、果して単に滑稽小説の材料なりと観過すべきものか、(すこぶ)る疑はし。之れを或政治上の理想に執して、諷刺するか、()た冷嘲するかならば、至当なるべし。且真の滑稽の意義奈如(いかに)と問ふまでもなし、滑稽の一側には悲劇やどる、涙と笑とは殆ど一体の両面なり。胸に温情なく、眼に熱涙なき文士が、冷硬の筆に依りては、決して真の滑稽劇も滑稽小説も出来得べき筈なし。故に吾人は魯庵氏が唯嘲罵すべきを指摘して、(いさゝか)の同情すべき点を示さゞる、這般(しやはん)の献策は小説家をして諷刺小説には向はしむるを得べきも、真の滑稽小説を作らしむる事(かた)かるべきを恐る。

 吾人を以てすれば、「今の政治界を写実せんとせば滑稽小説(氏の本意は諷刺小説)の(ほか)案じ難し」と云ふは、奈何(いかゞ)あるべき。十年の苦節を、高利貸の酷促に堪へかね、一朝良心を売りて、地位名望を失墜する者、野心の為に親友を売り、又売らるゝ者、抱負あり地位あれども、四囲の事情に障碍(しやうがい)を受け、千載一遇の好時機の見る見る去るを、暗涙に(むせ)びながら、手を束ねて黙過せざるを得ざる者の胸中の懊悩、一時の小利に眩して政界の立地を失ひ、悔恨百度するも及ばざる者、正義の為、主義の為に地位を抛ち、名利(みやうり)を棄て、(ひと)へに邦家百年の後を思うて、(はらわた)九回するの感をなすもの、現時の政界決して少しとせず。此等の材料に依りて大悲劇は得難からん、而かも悲喜劇(トラヂコメデー)をものするには充分の余地あり。現時の政治界()に諷刺的滑稽小説の独占すべき舞台ならんや。少しく皮相の(けん)を去りて、彼等政治家の内情を探れば、惨絶、悲絶、殆ど純たる悲劇を成すに足るものも亦なきにあらず。故に吾人は作家諸氏が、此の方面に向ひて探究するところあるを望む。吾人が政治小説に対する意見は(こゝ)に尽きず、他日機会を得て再論せん。

 

   再び政治小説を論ず

 

 前号の誌上に於て、吾人は政治小説に就きて、極めて概略の見を吐露し置きたれども尚()くさゞる所多きを覚ゆれば重ねて(こゝ)に所思を披瀝せんとす。(おも)ふに(かゝ)る比較的重大の問題は、充分の研究に値するを信ずれば也、先づ第一に問ふべきは、所謂政治小説とは何ぞや是れ也。唯漠然と政治小説を作れよと呼びて、雷同瓦鳴するとも此の意義明かならずば詮なからん。此の問ひに答ふるもの、恐らく一にして足らざらん。

 一 政治上の或理想、或主義、或議論を小説に寓して、俗談平話の間に、此等の弘敷(こうふ)(なかだ)ちするものを云ふ、と、()も確かに一説なるべし。されど、此の要求に応じて起こるべきものは、「雪中梅」「花間鴬」「佳人之奇遇」「新日本」などの如く、教訓的(デタクチック)若しくは寓意的小説(アレゴリカルノーブル)に陥らざるは難く、畢竟するに、小説を一箇の方便に使ふもの、機械視するもの、踏台となすものに過ぎず。所謂覊絆藝術に堕し(おう)するもの、文学の本領よりは、之れを(しりぞ)けざるを得ず。美術の独立を擁護するの志あるものは、之れをして神聖なる詩壇に一指だも触れしむるを(いさぎよ)しとせざる所也。

 ニ 或は又単に人物を政治家に採り舞台を政治界に選み、事件を政治上の現象に(もと)め、龍驤(あが)り虎()つの偉観を主とし、権謀術数湧くが如きの状を写せ。区々の人情の如きは敢て問ふを(もち)ひず、主として筋の複雑にして、波瀾多く、舞台の闊大ならんことを期すべし、と、是れも亦一説たるを失はじ。然れども如斯(かくのごと)きものは、()の坊間に行はるゝ「仇討物」「御家騒動記」など云ふ、講談物を明治化したるもの、必ずしも排斥(はいせき)すべきにはあらずと(いへど)も、吾人の望む所のものにはいと遠し。(けだ)し事件の趣味を主とするものは、是れ所謂叙事詩(エビック)に属するものにして、詩の品等より云へば、決して最高峰に立ち得べきものにはあらず。吾人の獲んとする所は猶此の以外に存す。

 三 政治家を主人公とすると雖も、(あなが)ち直接に政治上の運動を写すに及ばず、(むね)と人情を曲尽するに力め、そが私生涯の側に筆を着け、例へば彼等が家庭に於ける妻妾との関係、朋友に対する交際、待合に於ける所謂帷幕裏(ゐばくり)の運籌画策、高利貸との交渉、酒色に沈湎(ちんめん)して買収の罠に()かるの状などを描くべし。政治上の現象は之れを背景とし、(もし)くは影としてほの見ゆるやうものすれば足ると、此の説は亦一案たるに相違なし。若し作者の技倆次第にては、此の着眼は政治家及び政治界を裏面より活現し来たるものにして、頗る採るべきものと思ふ。是れ所謂戯曲的(ドラマチック)の体を具へ得べきもの、若し成功すれば詩の上乗たり得べきもの也。

 四 人情を(うかゞ)ふの点は前者と異るなきも、又政治家を中心にするの点も、毫も前者と別なしと雖も、而も(おも)にそが公生涯、即ち政治的部面に立働く上より描き来らざるべからず。換言すれば現時の政治家の肚裏(とり)()き、彼等に普遍すると共に、又彼等に特有なる思潮を凝結して、そが精髄を個人の上に表現し出だすものたらざるべからず、と此案も亦一説として深く注意するに足る。()は政治家及び政治界に表面より筆を下さんとするもの、若し成功せば、前者と等しく、戯曲的(ドラマチック)好小説を得るの道に庶幾(ちか)し。

 吾人が所思を直言せんに、現時の文壇に政治小説を若し誘奨するの必要ありとすれば、そは既掲四種の中にて、第一にも第二にもあらずして、第三と第四とは仮に二分して説きたれども、本来は相出入して、実際上分ち得ぬものならんも知れず。之れを一括して、戯曲的の語を以て蔽ひ、人を主として情に訴ふる政治小説也の解を与ふる方、簡にして(つく)せるものなるやも測り難し。吾人が作家に勧むるの意あるものは、此の意味に於ての政治小説に限る。

 

   任は誰れにかある

 

 更に実際問題に移りて、政治小説を作るは(すこぶ)る妙なりとするも、之れを何人(なんぴと)に托すべきか。世人は現時の小説家には政治通なしとて、到底此種の見るべきものは所謂専門の作者には望むべからざるが如く速断するもの多し。勿論多数の作家が政治通にあらざるは争ひ難き事実ならん。然れども「時論」記者の言の如く、全く小説家を見限りて、之れを文才ある政治家に(もと)めんとするは、正当の(けん)にはあらじ。記者曰く、

 

 昨今吾人が特に聞睹(もんと)する政治小説の要求の如きも、果して之を何人(なんぴと)にか(もと)めん。人は今の所謂小説家なる者の幾許(いくばく)か社交の閲歴を有するものなるかを思ふに(いとま)あらず、又幾許か渠等(かれら)が政治に趣味を有する者なるかを(おもんぱか)らずして、(たゞち)に其要求を渠等に依て満されんとするものの如し、(もと)より今の小説家と雖も恋愛の小範囲に齷齪(あくせく)して、小説の能事(のうじ)終れりとするものに(あらざ)るが故に、政治に社交に多少のインテレストを置くもの決して皆無と云ふべからざらん。唯多年書き馴れたる心中恋愛の描写は易く政治社会の描写は何となく六づかしく、何となく筆端の緊縮するを覚えざらんや。(中略)

 吾人は故に政治小説を所謂小説家に求めずして、今の所謂政客に需めんと欲す。何となれば、渠等は政界の底流を潜り政界の暗黒、苦味、痛所を知るものなれば也。渠等にして聊か心得たる筆を揮ひ、著作の労を取らば、()に当年の著作に勝るの政治小説を(いだ)さざらんや。吾人は其の必ず渠等を猟官闘争の渦瀾より救ひ出す功あるべきを想ひ、切に此類の著作に従事せんことを勧告せずんばあらざる也。

 

 云々。政客をして政治小説を作らしむるは、記者の所謂「猟官闘争の渦瀾より救ふ」の、手段としては或は一策ならんも知れずと雖も、文壇の側より見ては決して妙案とは云ひ難きやに覚ゆ。何となれば閲歴と詩才とは(おのづか)ら別途に出づ。閲歴経験は詩材を供するの点に於て資する所あるべし。而も詩才なきの閲歴や経験や唯()り倒ふせる樹木の、(つひ)に家を成さざるにひとし。勿論今の小説家には政治上の閲歴あるもの多からざるべし、されど絶無とは云ふべからず。()し絶無とするも、鋭敏なる観察眼ある作家をして、半年もしくは一年、政治界の交際場裏に出入せしめば、其の結果に於て、決して政治家出の俄作家の手に成る作の比にあらざる物を得るの望なしとせず。(けだ)し材は得易く之れを観破し之れを運用するの眼と手腕とは(つひ)に先天の才に頼らざるを得ず。はた亦多年の修練に待つ所多し。俄に転業せる新店(しんみせ)の作家には到底「雪中梅」以上のものを望むべからず。鐵膓は一代に能文の士として推されたるもの而も政治眼を以て観察したる結果は、終に()れの如し、余は推して知るべきのみ。常人の着眼と詩人の着眼は同一の物に対するも(おのづか)ら異る所あり。彼の洞観の点に於て、()た感じ方の深浅に於ても、日を同じうして語るべからず。機械はつくり易し手腕を得るは難し。吾人は暫く仮すに日月を以てして小説家をして政治小説をつくらしめんと欲す。

 

   (明治三十一年十一、十二月「新小説」)

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2004/01/13

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後藤 宙外

ゴトウ チュウガイ
ごとう ちゅうがい 作家・評論家 1866・12・23~1938・6・12 羽後(秋田県)仙北郡に生まれる。早稲田で坪内逍遙に学び、「早稻田文學」「新小説」の編集にも従事し、後年反自然主義的発言に転じつつ、秋田時事新聞社長や郷里六郷町長ともなり、田園生活を求めて考古学や郷土史にも関心を深める生涯であった。

掲載作は、尾崎紅葉、泉鏡花らと親交を深めていた1898(明治31)年11月、12月「新小説」に初出の、此の分野の発言ではよく纏まった先駆的な論説である。

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