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食後の唄(抄)

  金粉酒  

Eau-de-vie de Dantzick (オオ ド ヰイ ド ダンチック)

黄金(こがね)浮く酒、

おお五月(ごぐわつ)、五月、小酒盞(リケエルグラス)

わが酒舗(バア)彩色玻璃(ステエンドグラス)

街にふる雨の紫。

 

をんなよ、酒舗(バア)の女、

そなたはもうセルを着たのか、

その薄い藍の縞を?

まつ白な牡丹の花、

()はるな、粉が散る、匂ひが散るぞ。

 

おお五月、五月、そなたの声は

あまい桐の花の下の竪笛(フリウト)音色(ねいろ)

若い黒猫の毛のやはらかさ、

おれの心を()かす日本(につぽん)の三味線。

 

Eau-de-vie de Dantzick (オオ ド ヰイ ド ダンチック)

五月だもの、五月だもの──

                (Amerikaya-Barに於て)

 

  両 国

 

両国の橋の下へかかりや

大船(おほぶね)(はしら)を倒すよ、

やあれそれ船頭が懸声(かけごえ)をするよ。

五月五日のしつとりと

肌に冷たき河の風、

四ツ目から来る早船の(ゆるや)かな艪拍子や、

牡丹を染めた袢纏(はんてん)の蝶々が波にもまるる。

 

灘の美酒、菊正宗、

薄玻璃(うすはり)(さかづき)へなつかしい()を盛つて

西洋料理(レストウラント)の二階から

ぼんやりとした入日空(いりひぞら)

夢の国技館の円屋根(まるやね)こえて

遠く飛ぶ鳥の、夕鳥の影を見れば

なぜか心のみだるる。

 

  珈 琲

 

今しがた

(すす)つて置いた

MOKKA(モカ)のにほひがまだ何処(どこ)やらに

残りゐるゆゑうら(かな)し。

曇つた空に

時時は雨さへけぶる五月の夜の冷さに

黄いろくにじむ(はな)電気、

酒宴のあとの雑談の

やや狂ほしき情操の、

さりとて別に(これ)といふ故もなけれど

うら懐しく、

何となく古き恋など語らまほしく、

(じつ)として居るけだるさに、

(あて)もなく見入れば白き食卓の

()花瓶(はながめ)にほのぼのと薄紅(うすくれなゐ)の牡丹の花。

 

珈琲(かふえ)、珈琲、苦い珈琲。

 

 

伊東市立木下杢太郎記念館

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/09/30

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木下 杢太郎

キノシタ モクタロウ
きのした もくたろう 詩人 1885~1945 静岡県に生まれる。医学者である一方、1908(明治41)年北原白秋らと「パンの会」を起した耽美派の代表的詩人。独特の印象主義的手法や南蛮趣味や江戸情緒は白秋らに影響を与え、戯曲も書いた。

掲載作は、1910(明治43)年「三田文学」7月号初出「食後の歌」及び1919(大正8)年刊の詩集『食後の唄』に拠る。

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