最初へ

お花畑の春雨

 いい雨がふります。

 それは絹灑(きぬごし)のやうな細かさを持つた、明るい、落ちついた、いい雨です。温かないいお湿(しめ)りです。

 その雨を観てゐると、安らかな、細ごまとした自然の(いつくし)みといふものが、とりわけて懐かしく感じられます。降りそそぐ春雨の愛、それは全く慈母のやうな優さしみを持つた愛です。ねんごろなその雨は(たれ)にでも何物にでも、細かに細かに分けへだてなく降りそそいでゐます。

 今朝はお(むか)うの(くす)ぶつた萱屋根もしつとりと紅色を帯びてゐます。それだけ、その蔭の白い障子の中が紫に見えて何となく春の田家(でんか)と云つたやうな(ひな)びた画趣(ぐわしゆ)を感じさせます。()かもその前に、淡紅色(ときいろ)の杏の花が咲いてゐるのです。杏の花も今は盛りが過ぎて、その花の間からは青い緑の若芽が、もういつぱいに萌え出して、それにも白露の様な雨の玉が一杯です。降つてゐるとも見えないが、霧雨がその空にも枝と枝との間にも(かす)かに動いては消えてゐます。

 垣根の木槿(むくげ)の芽にも、蕗の葉にも、白い泡のやうなペンペン草の花にも、はこべにも雨は降つてゐます。()の葉もいい色をしてゐます。まるで光琳(くわうりん)銀泥(ぎんでい)の上に浮きあがつたやうな青絵具(あをゑのぐ)の色です。それがみんな、充分によく濡れて生々としてゐるので、その新らしさつたらありません。

 それに土の色もいい調子に湿(しと)つてゐます。それがチヨコレエトやブラジル珈琲や、たまにはココアのやうな渋さを持つた部分々々が、どこもここもすつかり落ちついてゐて、それに何とも云へず明るいのです。そして庭は可なり広いのです。それに燃えたつたやうな梅や桃の若芽が反射して、あちこちの小さな庭たづみに浅い緑色の虹を流して居ります。蜜柑も五六本別に手も入れてないやうですが、どれもどれも整つたいい形をしてゐます。その繁つた青黒い蜜柑の葉蔭もいいものです。その蔭にあちこちと緑の草の芽が萌えてゐます。それはあの日本の彩色画家が(それはどういふ風景画家でもが)よく筆を収める前にポツポツとやる、あの緑の点々です。そこにしつぽりと濡れた雀が下りて来ます。さうして小さな頭を動かし(なが)ら、チユツチユツと根元に近づきます。

 雨はまた低い百日紅のすがれ木にも降つてゐます。つるつるとしたいい光沢(つや)、その枝々のほそい梢に(すが)りついてゐる去年の枯葉も、またなく哀れをそそります。

 雨はまた、移し植ゑた棕梠の、新らしく枯れた白茶色の裂葉(さきば)をも明るく、却つて温かに浮き立たせてゐます。

 雨はまた、細かにふるつて平準(なら)したその前の長方形の花壇の土にも降りそそいでゐます。そこへ正しく植ゑつけた色々の草の芽生(めばへ)と露がいつぱいです。この分ならば確かについたといふ悦びが、今更らしくこのいいお湿りに感謝しずにはゐられなくなります。皆生々としてゐます。溌溂としてゐます。充分に湿りを吸ひ上げて居ります。延びようとしてゐます。

 植ゑつけたのは花の苗ばかりではありません。斑らな蜜柑の木のうしろの方にも私と妻とで小さな鍬を使つて作つた小さな畑がある筈です。誰しもが、一寸と見落すやうな畑も、整はぬなりに幾刻(いくきざ)みかの畝がついてゐて、そこには淡紅色(ときいろ)の杏の落花がいつぱいです。そこにも雀や鶺鴒(せきれい)がちよいちよい来ます。さうして小さな嘴で、胡瓜や茄子や隠元豆の種をつついては私達を何時もハラハラさせます。

 それに、ついこの十日ほど前、人から貰つた(まゝ)食べ残した青葱の幾束かも、軟かな土をかけられて、そこらの隅こに伏せられてある筈です。その青葱のさきには細かな雨の白玉が()つて、そこにも杏の花がこぼれかかつてゐさうに思はれます。何といふ清新(フレツシユネス)

 雨はまた軒下の哀れな蜘蛛の巣をも水から引き上げた銀の糸のやうに輝かしてゐます。芭蕉が「蜂の巣つたふ雨の洩り」と詠ひましたが、それよりもなほしをらしいのは春雨に濡れたささがにの糸捲模様(いとまきもやう)です。

 雨はまた、縁側の下の円石(まるいし)をもしつとりと濡らしてくれます。その前の竜の髭の瑠璃いろの玉にも、その長い細葉の(ならび)にも、雨はまた絹灑(きぬごし)の露をふりかけます。

 雨はまた、白兎の木函の、荒削りの木肌にも、細かな金網にも降りそそいでゐます。兎と云へば私は白い綿製の玩具(おもちや)のやうな小さな白兎の子を一番(ひとつがひ)ある人から貰ひました。葛飾にゐた時は鴉と狆ころとを飼ひましたが、今度の白兎はそれは何とも云へぬ可哀いらしい奴です。蕗や(なづな)車前草(おほばこ)の葉を金網の目から入れてやると、それは喜んで噛ります。内側の薄紅い、長い白い両耳をピヨンと立てて、まるで歯の無い嬰児(あかんぼ)のやうに、口をモグモグさせます。ともすると両方から一枚の細い葉を取り合ひつこをしたり、真つ白いたんぽぽの穂のやうに重なつたりして、食べて了ひます。その緑の紅い眼玉の睫毛にも銀の小露が(こほ)ります。その兎もまた、かうした春雨の朝には、恰度(ちやうど)私達の子供のやうな親しさを見せてくれます。

 茶の間の障子を開けて眺めてゐると、誰かしら、いいお湿りですねと声をかけてくれます。姿は見えないが、蛇の目の頭が生垣の上を歩いて行くのです。(うたひ)でも習ひに行くのでせう。

 全く。いいお湿りです、いい雨がふります。

 簡素な朝飯を済ましたあと、かういふ春雨の日に独り静かに二階の書斎に籠つてゐると、何といふ事なく心は落ちついて、素直な、それは物優しいいい気持になります。

 私は上り口の三畳の方を何時も仕事部屋にしてゐますが、奥の間の六畳は何時も奇麗に掃かして、ただ紫檀の机だけを据ゑさして置きます。何も彼もチンと取片づけて、この部屋だけには殆ど何の装飾もしてありません。ただ床の間に紅表装(あかへうさう)仏足石(ぶつそくせき)擦紙(すりがみ)を掛け流してあるのと、(ほか)には鼠色の壁に、亡くなつた田中恭吉君の黒と白との草画が一枚粗末な黒枠の額にはまつてるきりです。時とすると、掛軸の前にやはた焼の鳩の香盒(かうがふ)を置くぐらゐの事で、凡てがただ質素です、ただ閑寂です。

 南も北も明るい白い障子で、畳も高麗縁(かうらいベり)の、それはさつぱりとしたいい部屋です。拭きすました机の上には梨型青磁の小甕に、時をりの草花が挿してあります。今朝もただ一輪の黄花水仙(きのはなすゐせん)が挿してありますが、それは妻の朝毎の日課としてありますが、ただ一輪の花に過ぎないものの、それがどれほど私の心を温めてくれるか。おお、愛に満ちた優しい温かな花。

 机の上には、その外には無論何にも載せては置きません。ただ、その時その時に読みたい書物を一冊だけしみじみと載せて(ひもど)きます。たとへばサバテイエのアツシジの(セント)フランチエスコの訳伝とか、法華経とか、芭蕉句集とか、時とするとサツフオ詩集とか、菜根譚(さいこんだん)とか。それらはみんな私の(たましひ)を温めてくれるいい書籍です。さうして私の霊を心から清々しいものにしてくれます。

 かうして静かに私が澄み入つてゐる間も、外には音もない絹灑の春雨が降りそそいでゐます。彼方此方(かなたこなた)長閑(のど)かな鶏の声もきこえます。さうして何とも知れぬ木の花の(にほひ)が幽かな湿に濡れて、部屋の中まで忍びこんで来ます。近くの山の方では朗らかな鴉の声がをりをり二声三声渡つてゆくかと思ふと、小鳥はしよつちゆう、窓のまはりのゆづりはや蜜柑の木や、植こみの(うち)で鳴きそそつてゐます。

 静かないい雨です。

 葛飾の春雨もいいものでしたが、この小田原の春雨はまた何といふ上品な明るさと(しめ)やかさを持つたものだらうと思ひます。もとより、それは降る雨の(しな)にもよりますが、ひとつにはそれを観る私の心の移り方にもよります。あの頃はまだまだ私は悟りめかして居りました。閑寂(かんじやく)三昧境(さんまいきやう)をただ慕つて居りました。無理に澄み入らうとしてゐました。それに較べるとこの頃はおとなしいものです。安らかなありのままの心でありのままに自分の息がつけるやうになりました。少しも固くならずに、ゆつたりと落ちつくところに落ちついたといふ心もちです。ほんとの閑寂、ほんとの澄心(ちようしん)、それは(ほか)に求めるものではありません。自分そのものと自然とがおんなじになつてはじめて本然(ほんねん)の寂しい命が目を開きます。悟りなぞといふ事も考へたくもありません。それに、以前(もと)はよくいい詩を作りたい、いい歌を詠みあげたいといふ私心(わたくしごころ)の為に何となく身構へしたものですが、今はもうさういふ(さか)しい心はなくなりました。ただ子供のやうな素裸の心で、何事も安心して、ありの儘に、書きたい時に書き、歌ひたい時に歌ふといふ柔順な気持になるばかりです。うれしい心もちです。

 外には細ごまと春雨がふつてゐます。その春雨の降りそそぐやうに、私の(いつくし)みは、何物をも漏らさず、細かに降りそそいでゆかねばなりません。

 少し疲れると、私は窓の障子を開きます。さうして静かに此面彼面(このもかのも)の人家や木立や生垣や畑や蜜柑やを眺めます。其処にも霞んだり煙つたり濃淡をつけたりして、なつかしい霧雨は降りそそいでゐます。さうして、ところどころの淡紅(ときいろ)の杏の花や、松の間の白い桜の花や、黄色い連翹や、木蓮(もくれん)の花やなどもおんなじに濡色(ぬれいろ)をして、温かに明るい哀れを添へてゐます。

 春雨と云へば江戸の人情本などにはよくかうした日の色里(いろざと)口説(くぜつ)爪弾(つまびき)などあしらつた、浮かれた、それでも放埓の悲しみといふやうな物のあはれが(ゑが)かれてあります。酒や花に親しむ好色な、さういふ(おもむき)も春雨にはふさはしい風情を添へるかもわかりません。しかし、かういふ田園の草屋に、物静かに独りを楽しむといふ今の心もちが今の私にはこの春雨には最もふさはしいやうな気がいたします。

 (よろ)づに(へりくだ)り、また万づの物を愛むといふ心、苦しきに耐へ、貧しきに耐へ、(ひとり)に耐へるといふ、おとなしい忍従のいい生活が、かうして私を益々古への聖賢に近づかしめ、自分といふ宇宙の一微塵をも愈々(いよいよ)(つゝ)ましく見守らせ、(かへり)みさしてくれます。騒がず、焦燥(あせ)らず、大きな声も立てず、争ひもせず、私は私であらねばなりませぬ。人生の半ばを過ぎて、私はもう痴愚(ちぐ)や煩悩の過ぎ去つた夢を今更繰り返すでもありませぬ。どんなに寂しからうと、じつとこらへて涙を惜しむといふこの心もちが、寂しいと思へば寂しいにちがひは無いが私にはそれがいい力です、いい礼拝です。

 強ひて人を厭ふでもありませぬ。強ひて俗をさげすむでもありませぬ、又強ひて世の中から離れる必要もありませぬ。ただ私に深い思索に耽る時間と創作をする丈の豊かな余裕(ゆとり)と、草花や兎や鶏やと共に遊び()れる丈のあひまさへあればよろしいのです。逢ひたければ人にも逢ひに行きます。都にも出ます。人の訪問をも受けます。訪づれて来てくださる人とは(こゝろよ)く話をします。さうしていつしよに自由に遊ばしてあげ()いと思ひます。色々の事も教はつたり、慰められたりします。詩や歌は作りますが、私が詩人であらうが無からうが、それは構ひませぬ。私はたゞ一個の人間として、信心篤く、おほまかで、愛に満ちてさへゐればいいのです。素直に頭を下げてさへゐればいいのです。静かに自分の(たましひ)の奥ぶかいところに、幽かな叡智の光を瞬かしてさへゐればいいのです。さうしてもつと勉強します。

 『やあ、燕がもうやつて来てらあ。』といふ幼げな声が、向ふの杏の木の上からしました。驚いて見ると、お隣りの子供がこの春雨のふる中を木によぢのぼつてゐるのです。杏の花を折りにでも上つたのでせう。さうして西の方の明るい空を一心に見上げてゐます。いよいよ燕がやつて来たのだなと思ふと、いかにももう晩春だ、春もかうしてをはつてゆくのだといふ、何だか寂しいやうな、それでも近づいて来る初夏の清すがしさが待ちどほしいやうな、嬉しい心にもなりました。

 風があるのか、絹灑のこまごましい雨も今はやや斜がちに動いてゐます。

 雨を観ほれてゐると、お昼飯を召し上りませと階下(した)から女中が呼びに来ます。さうすると、下へおりた私はきつと茶の間の障子を開けて、先づ木函の兎を覗きます。さうして庭下駄をつつかけて、雨の中をはこべや蓬の葉をむしつて来ては、金網の中へ差入れて、上つて濡れた手を拭くと小さい食卓(ちやぶだい)に妻と二人差向ひに坐ります。今日は珍らしく蕨と筍のぬたが皿についてゐました。それで筍がもう出たのかなあといふ話が出ます。時節の移りかはりの早いのに驚く心もかういふ日には取りわけです。口数も少く、ただ(つゝま)しい中に楽しい昼飯(ひるはん)を済ますと、私はまた書斎の人になります。雨の日は外を散策するよりも、静かに(うち)の中に引き籠つて、彼是(かれこれ)と自分の好きな仕事に遊びほれるより楽しいものはありません。昼中(ひるぢゆう)、仕事部屋に膝を()みながら、楽に色々の消息や、童謡の選や、子もり唄やを書いたり為たり創つたりしてゐると、何といふ事なしに心から歌ひたくなります。さうして閉め切つた狭い三畳の部屋は煙草の煙でいつぱいです。もやもやした紫の煙の中からおとなしく外にふる春雨の音を聴いてゐるのもいい心もちです。波の音までが緩るいだるげな調子をつけてきこえて来ます。学校の鐘も遠くに鳴ります。人の話ごゑもきこえます。

 夕方になると、私はまたいつものやうに兎を寝かしてやつて、勝手の方へと廻り(なが)ら、お隣との(しき)りの小溝をちよろちよろと流れてゐる水の音などに聞き入ります。今日も見に廻ると、空はもう紫色に深みかけて、木戸の前の白桃の花ばかりが白く揺めいてゐました。その下の黒い塵埃溜(ごみだめ)にその白い花が二片三片こぼれてゐるのも田舎らしい。台所の硝子戸を覗くと、もう女中が夕飯の仕度にかかるのか、ほそぼそと煙がのぼつてゐます。その煙が濡れた天窓から溢れて出ると、黄昏の雨の中を、やはやはと縺れながら匂ふともなく紫色に拡がつてゆきます。

 傘をさして外へ出ると小溝の前の沢山のごろた石もしつとりと濡れて、その間から真青に萌え出た雑草の幾叢(いくむら)も銀いろの小露がいつぱいです。ほどよく濡れた小路(こみち)を軽い足駄(あしだ)で歩いてゆくと、爪革(つまかは)のさきに薄紅の桜がチラチラとこぼれて来ます。檜葉(ひば)や槙や小篠の(いけがき)つづきを曲り曲つて行くと、庭々の植こみには様々な若葉や、湿つぽい青黒い小松や、散り方の花や、黄色な柚子の実などが、まだ暮れもやらずに霧雨に動いてゐるのです。家々の前には必らず小溝があり、それには(あし)の湖から流れて来る(すゞ)しい水がちよろちよろと流れてゐます。それも今日はいくらか濁つてゐますが水かさは却つて増したやうです。小路の角の電柱の燈が、かうした(しめや)かな『お花畑』の空を悲しくすると、方々から晩方の炊煙が上つて来ます。何といふ優さしい夕景かと思ひました。

 (とほり)へ出ると、私のつい前を紺に白の波に千鳥の模様のついた蛇目傘をさした女の人が(うつ)むきがちに歩いて行きます。私の外にもかういふ私と同じやうに雨に親しんで行く人があるかと思ふと、何かしら世の中といふものが嬉しくなります。

 早川口の橋袂(はしたもと)に出て見ると、驚いた(こと)には川洲は草で真青になつてゐます。少しづつ枯れ枯れの洲が青みかかつて来るやうに思ひましたが、二三日来て見ないでゐると、もうこのとほりです。(かたへ)の水車は、落花や流れ藻に()かれていくらか廻りが緩くなつたやうに思ひました。

 全く、晩春です。

 砂浜の前の枯芝の土堤(どて)へ登つて眺めると、広びろとした相模の海は今や蒼茫(さうばう)と暮れかけてゐます。ただ水平線だけが、広重の紺青を一なすり引きはへてゐるだけで、近くの空には降るかとも見えぬ雨霧が細かに東の方へ(はし)つてゐます。その下を緩るい大うねりさして打寄せて来る波濤が間を置いてはザザザザと真つ白く捲き返して、すうと傾斜面を滑り上つて来ます。

 真鶴の岬は霧ばかりです。西手の山々にも薄く霧がかかつてゐますが、(はざま)はざまでおのづと濃淡がついて、ところどころに青や緑が透いて見えるのもいかにも春雨の蜜柑山らしく見られます。その水々しい霧雨の中から点いたばかしの燈火(あかり)が、黄色く赤く、色々の度合をつけて瞬いてゐるのも(しめや)やかで懐かしい風景です。橋向うの白い壁のかげの、もうよほど暗みかけた海岸の道を、明るい番傘が一つ二つ動いて来るのも見えます。凡てが湿つてゐます。凡てが朧ろで、凡てが物柔かくなつてゆきます。

 同じ道を引き返すのも興が無いと思つて、(ほか)の小路から廻つて行くと、(せん)とは違つていよいよ物の色合が暗みかけて来てゐます。思はぬところに麦畑があつて、そこに売地と書いた古い立札も濡れ乍ら暗くなつてゐます。植こみの中の()の別荘にもチラチラともう灯が点いてゐますが、扉の朽ちかかつた萱葺の門や枝折戸(しをりど)の奥なぞは極つて閴寂(ひつそり)としてゐます。(いけがき)と籬との間に桜の落花が吹き寄せられて驚くほど溜つてゐるのを不思議と見ると、その奥の藁家の戸は閉つて、かしやと貼紙が白く曝されつぱなしになつてゐます。それは寂しいものです。

 雨はこまかに降る。自分の家の前に来ると、もう電燈が二階の障子を赤あかと染め出してゐます。ぼうとした水気(すゐき)の中に見る赤い障子の明りほど賑やかなものはありません。

 格子に近づくと、もう夕飯の支度をすつかり済まして、ただ私の帰つて来るのを待つばかしになつてゐると見えて妻が何やら楽しさうに女中に話しかけてゐる声がします。

 私は蛇目傘をすぼめしなに、もう一度暮れてゆく晩春の空を仰いで見ました。

 相変らず、雨が微塵の様に降つてゐます、紫色の雨が。いい雨がふりました。

 それは絹灑(きぬごし)のやうな細かさを持つた、明るい、落ちついた、いい雨でした。温かないいお湿りでした。

 今夜も安らかな春の霧雨がふりつづきますやうに。

 

 

小田原文学館

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2008/11/24

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

ePubダウンロード

北原 白秋

キタハラ ハクシュウ
きたはら はくしゅう 詩人 1885・1・25~1942・11・2 福岡県柳河に生まれる。帝国藝術院会員。

掲載作は、1918年5月1日発行の『中外新論』に発表された。1918(大正7)年、小田原に転居した北原白秋が、当初、御幸ヶ浜の養生館に投宿したのち、お花畑の借家に引っ越したときのものである。作品は、風光明媚で温暖な小田原を愛でながら、一日の生活が時間を追って描かれており、天神山の伝肇寺に移る前の白秋を知る貴重な随筆である。「人生の半ばを過ぎて」と、本文中にもあるが、春雨は、恰も「老境の熟成」への期待を思わせ、落着いた、心休まる日常の貴重さを囁いてくれる。掲載は1985年8月刊「白秋全集16」(岩波書店)に拠った。なお、原本は総ルビだが、掲載にあたって最小限度にとどめた。