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日本共和国初代大統領への手紙

大統領よ ぼくらの大統領よ

 

おくらせてもらおう

すぐ()えるようでいて()せない手紙を

きみに 夢の絵文字になって現われるようにとの

真夜中の手紙を 心が植えた真昼の手紙を

 

光をあてれば雲と散る夢もあれば

謎ときの(ひかり) 頭脳の光を待ちわびる夢もある

きみは式典ずきのまつわりつく幽霊どもに嫌われろ

おおやけのことを大家(おおや)にまかす連中に嫌われろ

きみにまずしてもらいたいのは

冗長な詔勅の暗誦(あんしょう)をしいてきた

あの象徴さん にはできなかったこと

威勢のよすぎる連中ひきつれ

いざ いざ いせへと

伊勢神宮のほうに行ってもらった

あの象徴さん にはできなかったこと

きみにはまず古代の幻の王たちを

光でもって解放してもらいたいのだ

暗闇の墓のしたに眠りつづけるのが

ジンム スイゼイ アンネイ イトクか

スジンか スイコか ニントクか

誰がほんとうに葬むられているのか

墓造りに要したのが(のべ)百万人か二百万人か

いったいどこから王たちがやってきたのか

大統領よ きみなら 光を射しこませる

考古学発堀許可署名は可能なのだ

ぼくは幼いころみささぎを歩いた

こだかい山をつくり池を堀り

何というえたいのしれない大きい墓だろうか

どのくらいの汗と血が

どのくらいの鞭打ちが

どのくらいの恨みつらみが

どのくらいのミイラが

どのくらいの刀や冠が

この前方後円墳 あのみささぎに

こんもりした森のしたに こもっているのだろうかと

子どもごころにつぎつぎと

謎また謎につつきまわされた

大統領よ きみは 墓をひらく

たたりを恐れるよりも きみは この島の成立ちを

明らかにしようと決心している人間だ

ヒコ ホホ デミノ ミコト

ミマキ イリヒコ イニエ

カム ヤマト イワレ ヒコ

オホ ヤマト ネコ アメノヒロノヒメ

わかるかい 語りつたえがいがあると

闇のなかを生きのびた長い名前たちだ

どうしてこんなに長い名づけかたが

ありふれた今の名前の短かさに変ったのか

万葉歌(まんにょううた)でよく聞くあのふしぎな枕言葉より

もっと謎にみちみちた墓の下の名前たちだ

もう皇祖皇宗からの万世一系を辿るべしと

じゅずつなぎ遊びに誘った時代はとっくに終ったのに

考古学は皇祖の霊とやらを利用するやからに

阻まれっぱなし (さえぎ)られっぱなしだった

大統領よ きみの発堀許可署名による

国際考古学会への貢献は 高尚な興奮

あの携帯用新発明公害探知器の特許許可に似ているよ

まさしくきみが大統領に就任したのは

血筋のためではない

財産のためではない

派閥のためではない

勲章のためではない

ノーベル賞のためではない

イデオロギーのためではない

受験戦争のためではない

よちよちあばばのためではない

ましていわんや いないいないばあのためではない

 

ひたすらぼくらの夢に(こた)えうるひととして

きみは 隠亡(おんぼう)のしんぼうのなかから

やおよろずのうまずめのなかから

異端の先端のなかから

さざれいしのこけむすなかから

乱闘の雑踏のあいだから

えらびぬかれて共和国のてっぺんに

押しあげられたのだ

白昼の白熱選挙の結晶結果

八方からの閃光すいこめる透明体

きみには 生まれたときからの幼ななじみ

何百万もの視線が注がれつづけている

 

   **

 

大統領よ 風呂場で裸で肌を流しあった

ぼくたちは完全に暴力から免れていた

しかし血をみない誕生があったろうか

健康に生まれるにせよ 帝王切開にせよ

子どもが生まれるさいのあの流血を

暴力と呼んだとしても間違いでないとすれば

きみが始めるあらゆることは

おろかしい敵どもによって ことごとしく

恐らく暴力の名で呼ばれることだろう

しかしきみが武力を信じていないことは

あらゆる名物よりも知れわたっていることだ

 

きみがとにもかくにも武装解除に成功したからこそ

ぼくらの共和国は夜空への祝砲だけで成立したのだ

武器のぶきみさはもうたくさんだ

名誉の戦死は将棋の駒だけでいい

美しい闘かいなどという嘘だらけに

だれがもう引きずられるものか

 

大統領よ たましいの蘇える戦略として

きみに 交通信号のように

打ちたててもらいたい目標は

(ああ 車の流れを止める坐りこみさえ

暴力として排除されたものだった)

きみに 交通信号以上に

高々と 示してもらいたいその標識は

市民たちにどこからでも見えるようにしてもらいたい

 

それは その目じるしは 何と何とか

毎日のように取りくまざるをえないものから

青空に曇り空に雨空(あまぞら)に決してそらぞらしくなく

明滅して止まない架空の内部の塔として掲げてもらいたいものだ

 

それは 大統領よ それは高尚な興奮のようなコ音の連続

皇統の光栄かい?

いいや

高名な国債かい?

いいや

巧妙な広告かい?

いいや

コルト銃の効能かい?

いいや

こんにゃくの混血かい?

いいや

コロラチュラ・コンドルの根拠地かい?

うーむ

光合成の講習会かい?

うーむ

古典的交響曲の香水かい?

うーむ

こんりんざい公害の根絶かい?

うーむ

どれを第一に目ざましい目じるしに

きみが掲げるべきか

それはぼくたちの共和国の存亡(そんぼう)にかかわる

 

きみはかつて歩きまわつたものだ

長い国内亡命政府の統率者として

隠れっぱなしの敵を追いながら

垂れ流しの毒に痛めつけられた体を

造らないようにするにはどうしたらいいかを

いつからせせらぎの水が飲めるのかを

考えに考えに考えあぐねながら

市民たちの抗議する集まりが 坐りこみが

発砲の合図を背景にした

警官隊によって蹴ちらされるのを

何回となく目撃してきたのだ

そうだ 警官が失政の尻ぬぐいを

させられた時期が長すぎたのだ

なんどきみは警官がひとびとの

権利を守るのを夢みたことか

いまきみは空気と水との安全保障を

第一の義務にして その獲得に至るまで

すべての抗議行動を自由にした

きみのつくった便所のように出入りしやすい

苦情処理局うけつけ第一号は いつも

現代科学の粋をきわめた水質検査だ

きみが許した警官組合では賃金以上に

この飲めるせせらぎが大切なことを

三度の食事のたびに知ってきているはずだ

 

ダーン! といま銃声がする

どこでだ? どこから だれからだ?

だれにだ? だれにむけてだ?

市民への発砲は どうするのか?

市民への発砲は いついかなる場合にも

うやむやにしてはならない

市民公開の審判にかけられる

みんなが喋れ みんなが調べ

みんなが証言をすることができる

で 判断は どうするのか?

それは市民たち陪審員の良識ある力量だ

それがきみの名で大統領よ

周知のものとされるようになった政令だ

拳銃はそうだすべて鎮静銃にするべきなのだ

そして警官組合はひとびとに教えるべきだ

柔道と水泳を やわらかな体のすべを

それがぼくらの共和制のしなやかさをつくる

 

やっほう きみの正確無比のすっとんきょうさは

看護婦組合にも感謝されているというのに

暴利をむさぼりたい暴力団は 紳士に変装のすえ

寸暇を惜しんですきうかがいだ

どんな魔法にも守られていないきみは

大統領よ だれの目にも裸の王さまじゃなかろうか

 

   **

 

大統領よ 内部の盗聴マイクともみくちゃだろうな きっと

警察組合とはそもそももうひとつの権力を意味しないかい?

言論の自由とはそもそもぼろ儲けの自由とつながらないかい?

ほんとうにみんなに必要なものだけでも均等にわけることは

昔から受けつがれた特権をもぎとり奪いとることにならないかい?

数字くらべ物量あわせでは読みとれない暗号文体のたどたどしさが

ぼくらの生きざま死にざまには秘んでいるのではないのかい?

俗悪なリフレインのくりかえしは魂を

プラスチックにしてしまわないかい?

働らきすぎから遊びすぎへといそがしく

変ってしまう根底に何があるのだい?

あみだなぶ かだぶら ただあぶらは

あーめん はれるやかい?

三時三分発のマルス行の宇宙船は

ラテルナ・マギカに不時着したのかい?

国連総会でぼくらの共和制成立を

認めなかったのはだれとだれだい?

坊さんは漢字しったん文字

梵字をみんな知ってるんかい?

会社主義をひっくりかえさずに

どうして社会主義が生まれるんだい?

 

大統領よ ぼくには想像できる

きみが答えようとしないのを

きみは くにを代表しながら

くにを 無くしたいひとなのだ

きみは むずかしい問いをつきつけられながら

きみじしん とけない問題にのめりこむのが好きなひとなのだ

だから 大統領よ ぼくには見える

きみが これらの一切の難問奇問のかなた

平凡な 問いまた問いの山のかなたに

答ええない 難題のかなたに

無言で そびえたっているのが

だからこそ 大統領よ

きみは ぼくらの果しない八方からの夢に

応じているのだ 渦巻きつつ屹立(きつりつ)して

だれも登りえない山頂のなくなった今

だれも足を踏みこめない 精神の山として

あくまで そそりたっているのだ

それでいて 大統領よ

きみは 徹頭徹尾 俗界のひとなのだ

だからこそ きみを押しあげ

祭りあげ 葬りさってしまいたい連中が

たえまなく きみを神さまにしてしまいたいのだ

 

だが ぼくはきみに神さまになってもらいたくない

きみに 観音さまにも 菩薩さまにも

大聖人にも なってもらいたくない

鳥居のむこうに しめなわのむこうに

視線さえ とどかないお香の煙りのむこうで

神々のなかまいりなんか けっして

してもらいたくないのだ 大統領よ

きみは 狙われている たえまなく

アイクチを隠しているテロリストたちに

侮どりを隠さない紋章主義者たちに

きみは つきまとわれている いつも

憎しみをあおる煽情記事に

お涙をしぶかせる同情論に

きみは きっとよく知っているのだ

宙に浮いた じぶんじしんを

きみを 支え押しあげた ひとびとの

ちからと ちからが 熱意の集まりが

ふたつに割れ みっつに割れ

われに われると きみは たったひとり

宙に浮いたまま すべての責任をとらなければならないのを

ゆりかえし ゆりもどされながら

わるくちの集中砲火を 浴びながら

そうだ きみは(こた)えるすべを知っているのだ

 

なぜならあくまできみは ぼくらの夢に

(こた)えるひととして ぼくらの共和国の

初代大統領に えらばれたのだもの

そうだ あの 殺すか 殺されるか

ひとびとに死を命令した戦争を打ちきって

その命令を下した責任を

とろうともしなかったひととは

きみは決定的に異なっているはずだ

そうだ そこなのだ そうした

ぼくらの 始まりこそが

そのみなもとの 根もとの大元(おおもと)こそが

ぼくらにとっての 目標だったし

今もなお 今からもなお 同じ目じるしの星なのだ

 

だから その始まりの星を仰ぎながら

ぼくは 歩く 走りだす とびだす

ぼくは 倒れる ころぶ ころがる

ぼくは 捕われる もがく

こまる 感じとる 疑う しらべる

ぼくは まじわる したしむ 

はらむ 育てる ふるえる ぬけでる

ぼくは 天邪鬼(あまのじゃく)

かなでる おどる ささやく 

しのびこむ みきわめる

しらせる つたえる

だまる うなる

さまよう くりかえし さまよう

 

だから ぼくを通して さあ

聞くがいい この土地のひびわれかたを

ひびわれの奥底の うめき声を

うめきにひそむ 運命のはたらきを

 

そしてまた 同時に ぼくを通して さあ

見るがいい 時代の今の狂おしさを

狂いのあらわれる あらゆるきざしを

きざしを捉えつづける こころみを

 

いまからだ

時を溢れさせるのは

人間しだいだ

何もかも

いまのいまを

生かすも殺すも

この時のいきおいを

こわすのも実らせるのも

いまのいまから

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2004/10/14

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木島 始

キジマ ハジメ
きじま はじめ 詩人 1928~2004 京都市に生まれる。英文学者であり、多彩な実験精神横溢の創作詩・翻訳詩・童詩世界を開拓しつつ、強靱な批評で現代日本と世界に、人類に、毅然として平和・反戦・反核の働きかけを死の間際まで続けた。非会員ながら、ペンの理想を生涯かけて体現した詩人。

掲載作は、1977(昭和52)年12月27日、新星日本交響楽団により林光作曲・外山雄三指揮の下に日比谷公会堂で初演された作で、創樹社版同題の詩集にもとづく上演用台本である。内の一部が作曲者により朗読された。詩人自身の遺託に感謝し展観する。

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