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島鵆月白浪 全五幕の序幕

しまちどりつきのしらなみ

 

   口上

若葉の闇に奥山から西と東へ別れたる千太(せんた)は親の世になきを白川宿(じゆく)で伯父に逢ひ(きい)(なみだ)に袖濡す弁天お照が母親の無心に困る百圓を恵む替りに貰ひし指輪(それ)を證拠に抜き(さし)のならぬ(あきら)言掛(いひがか)れど瓦解(ぐわかい)以前に強談で人に(しら)れし浪士ゆゑ余義なく其場は物別れ (さて)島藏は霧深き旅路に幾夜明石潟三歳(みとせ)ぶりにて磯右衛門お濱に(めぐ)り大津絵の心の鬼も(たちまち)発起(ほつき)なせしは(せがれ)の片輪悪の報ひは早手の難船 憂事(うきこと)積る牛込(うしごめ)に今は堅気の酒屋店(みせ)醤油を買ひし小娘から(から)き浮世に清兵衛が難義を知つて百圓を貢いで帰る我家の(かど)然も九月の約束に尋ねて来たる松島を連出す九段の招魂社(せうこんしや)真身も及ばぬ明石が意見に小蔭に忍ぶ野州徳(やしうとく)迄改心なして浮雲の空も晴行(はれゆく)望月(もちづき)助力(じよりき)に千圓金整ひ(とが)を自訴なす大切(おほぎり)迄 夏より冬へ続き狂言

 

 序幕 白川宿旅籠屋の場 同明神峠山越の場

一 旅藝者弁天お照     半四郎

 旅籠屋の女房おみち   しげ松

一 同下女おしの      此 糸

一 同おのぶ        あやめ

一 百姓東右衛門      鶴 藏

一 奥州同者陸兵衛     猿十郎

一 同奥藏         幸 升

一 人力車下総松      升 藏

一 旅役者市川邊丹次    小半治

一 同岩井鈍四郎      しやこ六

一 望月の下男宅助  

一 士族望月輝       團十郎

一 銀行手代濱崎千右衛門  

  実は松島千太      左團次

一 お照の母ねぢ金お市   松 助

一 人力車野州徳      同

一 辻講師古川弁山     門 蔵

一 探索方瀬栗菊藏     竹治郎

一 同鳥形幸助       尾登五郎

一 旅籠屋の若者太助    橘 治

一 同半次         八平治

一 同佐七         利喜松         

本舞台四間通(しけんとほし)家躰(やたい)上手(かみて)貳間(にけん)常足(つねあし)貳重(にぢう)揚縁付(あげえんつき)下手一間(しもていつけん)落間(おちま)、向ふ奥州屋(おうしうや)(いふ)紺の暖簾口(のれんぐち)上手(かみて)まゐら戸の戸棚、落間の折廻し、板羽目(いたばめ)(かみ)(かた)戸袋、石灰塗(しつくいぬり)にて御泊宿(おんとまりやど)白川宿奥州屋と記し有。見附(みつき)の柱、御泊宿奥州屋と書し行燈(あんどん)を掛、軒口に一新講の(はた)(たて)(しも)(かた)冠木門(かぶきもん)見越しの松、(すべ)て奥州街道白川宿旅籠屋の(てい)見世先(みせさき)床几(しやうぎ)へ、邊丹次立役(へたんじ・たちやく)鈍四郎女形(どんしろう・おんながた)旅役者の拵へにて腰を(かけ)、太助、半次、宿屋の若い者着流し駒下駄にて立掛り、貳重におしの、おのぶ、宿屋下女の拵へ、燭台の掃除をして居る(この)見得(みえ)米山甚九(よねやまじんく)にて幕明く。

 

 (太助) モシ明神(みやうじん)夜芝居(よしばゐ)は大層這入るさうで(ござ)(ます)

 (邊丹次) 仕合(しあはせ)と初日から一ぱいで厶り升

 (半次) 是りやア全く花形のお前さん方が出るせへだ

 (鈍四郎) 有難い事に何所(どこ)へ行ても這入らない事はない

 (邊) (こゝ)は二人共東京でたゝき込だ腕だから

 (おしの) ヲヤヲヤお前さん方は東京で厶り升か

 (おのぶ) (わたし)達は田舎廻りの役者(しゆ)かと思ひました

 (邊) 白川は開けた(とこ)(かね)(はなし)に聞て居たが私等(わたしら)を田舎役者と見る様では開けないね

 (鈍) 大方舞台を見なさるまいが名を聞た(ばか)りでも東京役者か田舎役者か知れさうな物だ

 (太) まだ番付を見なかつたが額の出張(でば)つたお前さんは何と(いふ)名で厶り升

 (邊) 只お前さんで(いゝ)事を額が出張て居丈(ゐるたけ)余計な事だ

 (太) ツイ目に(つい)たから云ましたがお前さんは何と云升

 (邊) 額の出張た(わたし)かへ

 (しの) 人の事よりお前さんが出張つたと(いふ)くせに

 (邊) 浮ツかり是は巻込まれたのだ(わたし)は市川左團次の弟子で市川邊丹次(へたんじ)云升(いひます)

 (太) 成程名は体を顕すとへたん次は(いゝ)名だ

 (半) そちらの色の黒いお方は

 (鈍) 私は岩井半四郎の弟子で岩井鈍四郎と云升

 (半) 誰が(つけ)たか是も能名だ半四郎の弟子だと云ては(それ)ぢやアお前は

 (鈍) アイ娘形で厶り升

 (半) 貉形(むじながた)とは珍らしひ名だがハア顔が貉に似て居るからか

 (鈍) イエ貉ではない娘形さ

 (太) 貉と云のも無理はないどうでお前方は旅稼(たびかせぎ)獣物(けだもの)に違ひない

 (しの) (さう)して毎晩狂言が替るさうで厶り升が

 (のぶ) 今夜は何を被成(なさ)い升

 (邊) 御贔屓(ごひゐき)様からお好みで忠臣藏の五六七と三幕(みまく)続けて致し升

 (鈍) 邊丹次さんが勘平で私がおかるを致し升

 (太) 夫ぢやア(しゝ)が出升ね

 (邊) ハイ五段目へ出升

 (半) 狸も出升か

 (鈍) 狸の出るのは六段目さ

 (太) 豚も出升か

 (邊) 何で豚が出る物か

 (太) ()う云お前が東京の奥山の豚に能く顔が似て居るからさ

 (しの) 夫ではお輕勘平は

 (のぶ) 豚と貉で厶り升ね

 (太) ()りやア犬のカメ芝居や猿芝居より()しだらう

 (邊) あんまり馬鹿に仕なさんな

 (鈍) 是でも役者一疋だよ

 (太) イヤ獣物(けだもの)と云はれた(とて)腹を立事(たつこと)はない左團次だの半四郎だのと虎の威をかる狐だ(もの)

 (両人) 何狐とは

 (太) 東京役者と云被成(いひなさる)のは人を化し被成(なさ)るからさ

 (邊) こいつア旅と知られたか

 (鈍) 尻尾を出さない其内に

 (邊) 早く行てシヤギらせやう

 (太) 狸囃子をかへ

 (鈍) モウいい加減にしてお(くれ)

 (邊) ドレ楽屋へ行と仕様か  米山甚九(よねやまぢんく)で両人下手へ這入る

 (太) 彼等(あいつ)は旅役者で下ツ腹に毛のない奴だ

 (半) (しか)し二人で(いぶ)(つけ)とうとう尻尾を出さして()つた

 (しの) どんな事をする物だか昼だと行て見られるけれど

 (のぶ) 暮方から忙しひので夜芝居(よしばゐ)では行れない

 (太) 今年春の博覧会から日光参り伊勢参り大層田舎が出たではないか

 (半) (それ)と云のも近年は何所(どこ)の田舎も豊年で宿屋も同者(どうしや)が一番多ひ

 (太) 噂をすれば影とやら同者が一群(ひとむれ)やつて来た  ト米山甚九に成り向ふより東右衛門(ふけ)たる田舎同者脚半(きやはん)草鞋(わらじ)二枚(つぎ)(ござ)引掛(ひつかけ)蝙蝠傘を(もち)陸兵衛(ろくべゑ)奥蔵同じ拵へにて出て来り花道にて

 (東右衛門) 作右衛門が博覧会の帰り(がけ)に泊ツた時大層手当が()かつたと(いふ)奥州屋と云は向ふの(うち)

 (陸兵衛) 旅籠代(はたごだい)は世間並二十五銭取るさうだが食物(くひもの)(よく)て夜具が能く

 (奥藏) 其上(そのうへ)団扇を一本(づつ)土産に呉ると云事だから(ほか)の宿より余ツ程徳だ

 (東) 少し(とまり)にやア早ひけれど悪ひ所へ泊るより奥州屋へ泊らう

 (陸) 随分今日は草臥たから早泊(はやどまり)(よう)(ござ)らう(奥) 綺麗な内に湯へ這入(はいり)ゆつくり一ぱい遣りませう  ト甚九で本舞台へ来る 太助半次立掛り

 (太) あなた方はお泊で厶り升か

 (半) 一新講の奥州屋で厶り升る

 (東右) 在所の者の指図によりお前の所へ泊る積りだ

 (両人) 夫は有難ふ厶り升る

 (半) サア是へ掛被成(かけなされ)ませ

 (しの) お荷物やお笠はこちらへお出し被成ませ  此内(このうち)捨ぜりふにて三人腰を(かけ)半次すゝぎの盥を持て来るおしのおのぶは荷物笠を片付る三人は草鞋を(とき)足を洗ふ

 (のぶ) おかみさんお泊が厶り升  ト奥にて

 (おみち) アイアイ  右合方(みぎあひかた)にて奥よりおみち宿屋女房の拵へにて出て来り  是は是はどなた様もお早うお(つき)で厶り升

 (東右) 先達(せんだつ)て村の者が博覧会の帰り(がけ)お前の(とこ)(とまつ)た所丁寧にして(くれ)られたから少し早くも泊れと(いふ)ので

 (陸) モフ一宿(ひとしゆく)(いか)れるのを

 (奥) お前の(とこ)へ泊りました

 (みち) 夫は御贔屓に被成(なされ)て下さいまして有難ふ厶り升る ○{=思い入れを示す符号} あなた方はどちらでいらつしやい升

 (東右) 私等(わたしら)は奥州松島在で

 (みち) ヘイ松島のお方で厶り升か此三月から引続き博覧会を御見物に多くのお(とまり)が厶りましたが作右衛門様の御近所で厶り升か

 (東右) ヲゝ(その)作右衛門の隣で厶り升

 (みち) 左様で厶りましたか  ト此内足を洗ひ(うへ)へ上る

 (のぶ) お茶をお上り被成(なされ)ませ  ト三人へ茶を出す半次は脚半(きゃはん)草鞋(わらじ)を片付る

 (陸) コレ若イ(しゆ)脚半の間違(まちがは)ぬ様に仕て下さい

 (奥) 幸便(ついで)に草鞋も頼み升ぞ

 (半) (すぐ)に札を付升(つけます)から(けし)間違(まちがへ)は致しませぬ

 (しの) お湯が宜しふ厶り升が(すぐ)にお這入被成(はいりなされ)升か

 (のぶ) 御膳を先へ召上り升か

 (東右) どうで一杯やり升から湯へ先へ

 (三人) 這入ませう

 (みち) 夫ではお湯へ御案内申しや

 (女両人) (かしこま)りました

 (東右) ドレ草臥(くたびれ)を休め様か

 (女両人) サア入らつしやいまし ト米山甚九に成り東右衛門(ほか)両人おしの荷物を(もち)おのぶ付て暖簾口(のれんぐち)へ這入る

 (みち) 脚半へ直に札を(つけ)なよ

 (太) 何札を付るには及びませぬ三足共汚ない脚半だ

 (半) 是よりきたない脚半はないから間違(まちがへ)た方が徳用だ

 (みち} 又そんな事を(いふ)か堅いが名代(なだい)でお客様の絶間のない此方(こつち)(うち)仮令(たとひ) 脚半一足でも間違が有ては家の(きず)()く気を付て置て()りや

 (両人) (かしこまり)ました  ト右の合方(あひかた)にて下手(しもて)より幸助菊藏羽織まち高袴(たかばかま)半靴(はんぐつ)探索方(たんさくがた)(こしら)へにて出て来り

 (菊藏) おかみさん此間(このあいだ)

 (みち)是は瀬栗(せぐり)さんに鳥方(とりかた)さん何ぞお調(しらべ)で厶り升か

 (幸助) (ちつ)とお前に(きゝ)たい事がある

(みち) 旅人(りよじん)の事で厶り升か  ト両人揚縁(あげえん)へ腰を(かけ)

 (菊) 十日程お前の所に天気の(いゝ)逗留(とうりう)して土地の藝者の弁天お照を

 (幸) 毎日車へ相乗(あいのり)(こゝ)ら近所を遊で歩行(あるく)東京の客は何者だ

 (みち) アノお方は東京の銀行の御手代衆(おてだいしゆ)だと申事(まうすこと)で厶り升

 (菊) 宿帳をお見セなさい

 (みち) ハイ畏ました  ○ト宿帳を(だし)繰出し見て 是に名前が厶り升 ト菊藏見て

 (菊) 東京日本橋区南茅場町(みなみかやばちやう)五十番地濱崎千右衛門(はまざきせんゑもん)

 (幸) ()りやアお前の所で馴染の客かへ

 (みち) イヱお馴染では厶りませぬ

 (太) アノお客は人力車の野州徳(やしうとく)が連て参つた

 (半) 初めてのお客で厶り升

 (菊) 一躰(いつたい)何所(どこ)へ行く旅人(りよじん)だね

 (みち) 松島が生れ古郷で親を尋ねて参るとやら申事で厶り升

 (菊) 遊山旅か知らねへが十日間の長逗留名所古跡を見るでもなく

 (幸) 藝者を連て遊び歩行(あるき)荒ツぽい遣ひ振だから此間から目を付て居たのだ

 (みち) ()仰有(おつしや)れば銀行の御手代衆にはそぐはぬ物言ひ漢語交(まじり)の其内に勇みな(ことば)が厶り升

 (太) めったな事は(いは)れないが

 (半) どろ衆かも知れませぬ

 (菊) 何ぞ怪しい事が有たらそつと知らしてお呉んなせへ

 (みち) 畏ました

 (菊) (けつし)て迷惑は(かけ)ねへから隠しだてを仕なさんな

 (半) (あと)で露顯する日には叱られた上何がしか罰金を取られるぜ

 (みち) 決て隠しは

 (三人) 致しませぬ

 (菊) (それ)ぢやアおかみさん頼みましたよ

 (みち) (かしこまり)ました

 (幸) ドレ料理茶屋を

 (両人) 探ツて来やう  ト右の合方にて下手へ這入る

 (太) どうも怪しひと思つたが探索方の目に留り

 (半) 内々調(しらべ)(なつ)てゐるとは誰の目も違はぬ物だ  ト向ふより千右衛門麦藁のシヤツポ単羽織(ひとへばおり)袷着流(あはせきなが)し駒下駄お照縮緬の着付宿場藝者の(こしら)へにて出て来り(あと)より下総松(しもふさまつ)半天半股引(はんもゝひき)人力車夫の拵へ肩ヘケツトを(かけ)二人乗の車を引出て来り

 (千右衛門) 車も一日乗続けは(かへつ)て腰が痛く(なり)歩行(あるく)方が余ツ程楽だ

 (お照) わたしきうくつあしたあいそりやア(わたし)が大きいから窮屈なせへで厶りませう

 (松) 明日(あした)相乗(あいのり)でなく一人乗(いちにんのり)で一人(づゝ)乗被成(のりなされ)ませ

 (千) 程の悪ひ事を云ぢやアねへか東京にも二人とない弁天お照と名の高ひ白川一の藝者衆と相乗が仕たい(ばか)りに腰の(いて)へを我慢するのだ

 (照) エゝモ憎らしひそんな事を云つて  ト右の騒ぎ唄にて三人舞台へ来り

 (太) 是は旦那お帰り被成ませ

 (千) 車を下りて歩行(あるい)たので思ひの(ほか)遅く成た

 (半) イヱお遅ひ事は厶りませぬ

 (みち) 今日(こんにち)何地(どち)らへお出被成(いでなされ)ました

 (千) 何所(どこ)(いふ)(あて)はなく松公が案内者で方々名所を見て歩行(ある)き今夜は温泉へ一泊しやうと思ツたが何所へ(とまつ)てもこつち位泊り心の能内(いゝうち)はねへ

 (みち) (それ)は有難ふ厶り升る

 (松) さつき左様仰有りましたが夜芝居(よしばゐ)へお(いで)被成升か

 (千) どんな役者が出て居るか(はなし)の種に行て見やう

 (照) 上手な役者が居ると(いふ)から一幕見たう厶り升ね

 (太) そりやアおよし被成ませ中々以てあなた方の御覧被成(なさる)芝居ぢやア厶りませぬ

 (半) 先刻(さつき)も見世へ参りましたが市川へたん次に岩井鈍四郎下手らしひ役者で厶り升

 (千) イヤ生中(なまなか)な役者より妙な方が可笑(をかし)くつて()

 (照) 私も行て見たいから松さん晩に来てお(くれ)

 (松) 畏まして厶り升 ○ 今日(こんにち)は旦那の御贔屓の徳が用事が厶りまして替りに私が(あが)りましたが(さぞ)お乗憎くふ厶りましたらう

 (千) 少しも乗憎ひ事はない

 (松) 今晩芝居へ入らつしやい升には徳がお供を致し升

 (千) お前も一緒に来て呉んねへ

 (松) ヘイ跡押(あとおし)(あが)り升

 (千) 夫迄(それまで)行て一ぺいやんねヘ  ト紙入から小札(こさつ)を出して遣る

 (松) 是は有難ふ厶り升 ○ お照さん旦那へ宜敷(よろしく)  ト辞義をする

 (太) 松公しつかり呑るな

 (松) イエ晩の仕事が厶り升から一合やつて置升  ト下手へ車を引て這入る

 (みち) 旦那お湯をお召被成(めしなさ)いませんか

 (千) 今温泉へ這入て来たから今夜は湯はよしに仕ませう

 (太) 左様なれば

 (両人) お二階へ

 (千) イヤ(こゝ)で一ぷくやりませう  ト千右衛門お照床几(しやうぎ)へ腰を掛る 又元の米山甚九に成り向ふよりお市色気のある婆アの拵へ草履(ざうり)がけ 弁山半合羽草履カバンを(さげ) 両人共蝙蝠傘を杖に突出て来り花道にて

 (弁山) おつかア奥州屋と云は向ふだぜ

 (お市) 爰の宿屋に逗留して居る銀行の手代衆(てだいしゆ)に毎日呼れて出て居るさうだ

 (弁) 何にしろ銀行の手代と云やア金が有らう

 (市) 無心を(いふ)にやア(いゝ)幸先(さいさき)

 (弁) おつかアお照は向ふの床几に居るゼ

 (市) ヲゝ違へねへあれは娘だ ○ ト右鳴物にて両人舞台へ来り お照此間は

 (照) ヲヤおつかさん(よく)(いで)だね

 (市) あんまり(よく)()ねへのさ五十里有る白川迄態々(わざわざ)来るからはどうでろくなコトではねへ

 (弁) お照さん久敷(ひさしく)お目に掛りませぬ

 (照) 誰かと思つたら弁山(べんざん)さんお前一所にお(いで)かへ

 (弁) 席の都合で此間から遊んで居り升所故(とこゆゑ)座舗(ざしき)でも出来様かとおつかさんの供をしてこちらへ一所に参りました

 (太) まア是へお掛被成ませ ト床几を出す

 (市) 是は有難ふムり升  ト捨ぜりふにてお市弁山床几へ腰を掛る 千右衛門は脇を向て(たばこ)をのみゐる

 (照) おつかさん何の用で出てお(いで)だへ

 (市) 用と云のは外でもねへ欝陶しいと云だらうが又金を借に来たのだ

 (照) 此間郵便で(もた)して(あげ)た十圓はお前の方へ届いたらうね

 (市) そりやア郵便だから三日目に間違なく(とゞい)たが此節(このせつ)諸色(しよしき)が高いので今の(ゑびす)の十圓は大黒銀(だいこくぎん)の有た時分の壱両にか成らないから(すぐ)になく成て仕舞(しまふ)はな

 (照) さうしてお前内(うち)へお(いで)

 (市) 今泉屋へ(いつ)たらば御客様で此方(こつち)の内に出て居ると聞たから

 (弁) お前を尋ねて(こゝ)へ来たのだ

 (みち) モシお照さん何の御用か知らないが爰は人が来升から二階へお(いで)被成(なさい)ましな

 (照) ハイ有難ふ厶り升  トお市弁山思入(おもひいれ)有て

 (市) どうで今夜は此宿(このしゆく)へ泊らうと思つた所爰のお内が奇麗だから爰へ(とまる)と仕様かね

 (弁) (わたし)も然う思つて居た所だ

 (太) 左様ならお(とまり)被成升(なされます)

 (市) 今夜はお世話に成ませう

 (太) 旦那あなたもお二階へ入らつしやいませ

 (千) (くれ)ると芝居へ出掛るから今の内一杯やらうか

 (照) お相手を致しませう  トお市お照の袖を引

 (市) お照あなたは  思入(おもひいれ)

 (照) アイ銀行へお勤め被成る濱崎様と仰有るお方で御贔屓に成升から一寸お礼を申てお(くれ)

 (市) 是はお初にお目に掛り升が不束(ふつゝか)な娘をば御贔屓に被成て下さいまして有難ふ厶り升

 (千) 此子(このこ)(はなし)に聞て居たおつかさんはお前かへ幾つの時の子かしらぬが大層お前は若イね

 (市) 是は私が十八の時に産だ子で厶り升

 (千) (それ)ぢやアお前のほんの子かへ

 (太) ほんの子ならば(とんび)が鷹だ

 (市) 何だとへ

 (太) イヤ兎も角も旦那を初め

 (半) お二階へ入らつしやいまし

 (千) 夫ぢやアお照

 (照) おつかさんも御一所に

 (市) ドレ御厄介に

 (市弁) 成ませう

 (半) サアいらつしやいまし  ト宿場騒ぎに成り千右衛門お照お市弁山半次(つい)暖簾口(のれんぐち)へ這入る 太助傘を片付る

 (太) モシお内儀(かみ)さん今のお袋だと云人は一筋縄ではいけませんね

 (みち) 中々喰へそうもない婆アさんだが一所に来たのは何だらう

 (太) 何でも講釈師か(はな)()だが私の監定ではあの婆アさんの色だと思ひ升

 (みち) 成程貴様(こなた)の云通り大方そんな事だらうよ

 (太) (それ)はそうと探索方(たんさくがた)の頼んで往つた濱崎様

 (みち) どうも様子がおかしいが

 (太) 證拠の上らぬ其内に

 (みち) 早く(たつ)て ○ ト立上るを道具(がはり)の知らせ 下されば(いゝ)が  ト宿場騒ぎになり心に(かゝ)る思入宜敷 道具廻る

 

本舞台一面の平舞台、向ふ上手床の間、下手秋田蕗の襖上下(かみしも)折廻し、障子(しも)(かた)階子(はしご)(あが)り口 (すべ)旅籠屋(はたごや)二階の(てい)(こゝ)にお市弁山下手にお照住居(すまゐ)宿場騒ぎの合方(あひかた)にて道具留る

 (市) コレお照今度が無心の云仕舞(いひじまひ)だが百圓都合して呉んねへな

 (照) 此間郵便で態々(わさわざ)(もた)して(あげ)たのを何にお前仕なすつたのだ

 (市) 何にもしねへ朝夕の暮しに皆んな遣ツたが子に親が世話に成るのは当り前とは云乍(いひながら)度々云(たびたびいふ)のも気の毒(ゆゑ)今度上野の山下へ大道講釈の席を拵へ弁山さんに叩かして(おい)らが木戸から中売(なかうり)按摩三人前も稼ぐ積りだ

 (弁) 不図(ふと)した事からおつかアと今では夫婦の様に成り共稼(ともかせぎ)(かせい)で居れど人の持て居る場所へ出ては長ひ(ぜに)(とれ)ないが自前稼(かせぎ)に骨ツ(きり)昼夜を掛て叩ひたら屹度(きつと)(まうか)るに違ひない其所(そこ)で資本を拵へて山下もよりへ席を(たて)生涯楽にする積りだ

 (市) 弁山さんと共稼に(かせい)で苦労は掛ないから是を無心の云納めと思つて百圓貸て呉んな

 (照) ()りやアあんまり無理ぢやアないか

 (市) 何無理とは  合方(あひかた)に成り  (照) 是が東京の新橋か柳橋に出て居たら頼んで借るお客もあれど通一遍(とほりいつぺん)の奥州海道土地の人でも曖昧な事を仕なけりや一圓でも(くれ)るお客は有りやア仕ない十圓お前に上るのも並大躰(なみたいてい)な事ぢやアないお気の毒だがおつかさん所詮都合が出来ないから堪忍してお呉んなさい

 (市) イや堪忍する事は出来ねへ忘れもしめへ六ツの時手前(てめへ)の親父に死失(ごね)られて跡は女の手一ツ(ゆゑ)困る中で藝事迄仕込(しこん)(おれ)(そだつ)たのは()(いふ)御難の其時に役に立様爲斗(たてやうためばか)り藝者で金が出来ねへなら娼妓(しやうぎ)に成て一年斗り(かせい)で呉りやア出来る金だ

 (弁) 旅の藝者は曖昧な皆娼法(しやうはう)をする中で真じ目にするのは大きな損(その)曖昧をすると思つておつかさんの頼みを(きゝ)娼妓に成て呉んなせへ夫共(それとも)それが出来ないならお前を贔屓に逗留して居るアノ銀行の旦那殿へ無心を(いふ)たら出来(やう)

 (照) お金は持て居被成(ゐなさ)るがわづか十日(ばか)りのお馴染そんな事が(いは)れる物かね

 (市) 客へ無心が(いは)れずば娼妓に成て(こせ)へて(くれ)

 (弁) お前がウンと云被成(いひなされ)ば宇都宮の貸座敷に私の懇意の者が有れば其所(そこ)(はなし)(むけ)たらば(すぐ)百圓前借(ぜんしやく)で右から左へ出来る金

 (市) (いや)でも応でも手前(てめへ)(からだ)で百圓(こせへ)て貰ひたい

 (照) 是が初めての事ならば丸々出来ずば半分でも都合して上様(あげやう)けれど今度は貸て上られない路用位は上様(あげやう)から明日(あした)帰ツて下さんせ

 (市) 路用位な端した(がね)を貰つて何で帰る物だ親の為に娼妓に(なる)のは世間に幾らも有る事だ(いや)と云やアこつちも意地づく何でもかでも娼妓にして百圓取らにやア帰らねへ

 (弁) お前も嫌では(あら)ふけれど実は負債が多いので裁判所や勧解(かんかい)出訴(しゆつそ)されて毎日出るが其所(そこ)はでもだが席上で多弁付(しやべりつけ)てる弁山(ゆゑ)舌に任して云訳すれど借た物なら返せと(いふ)此一言(このいちごん)に限りでも出さうと思ふ(おほ)困難お前が百圓貸て(くれ)ねばたつた一人のお袋が路頭に迷はにや(なら)ないからうんと云て娼妓に(なり)金を貸て呉んなせヘ  トお照思入有て

 (照) 折角のお頼みだが今日(ばか)りはおつかさんお(ことわり)申升よ

 (市) 何断るとは

 (照) お前が真事(ほんと)に身を持て席を出すと云事なら出来ない(ながら)も都合して(あげ)まい物でもないけれど弁山さんと二人して今日は芝居翌日(あす)は涼み栄曜(えよう)(つか)ふ金の為苦界(くがい)へ此身を(しづめ)るのは(わたし)(いや)で厶り升

 (市) 嫌とは何の事だ云して置ば(いゝ)かと思つて口巾(くちはゞ)ツてへ事を云やアがるな弁山さんを亭主に(もつ)たも手前(てめへ)仕送(しおくり)が足りねへからだ五圓や十圓の端した金で芝居や花見に(ゆか)れる物か(よく)考へて見やアがれ

 (弁) (わたし)だつて十九(つゞ)二十(はたち)の若イ者と(いふ)ではなし互ひに天窓(あたま)(はげ)た同士()うして夫婦に成つたのも云はゞ茶呑友達だ中々お前が送た金で芝居や納涼(すゞみ)に行様なそんな(うい)た中ぢやアない

 (市) (くふ)に困ツて借に来たがどうでも金は出来ねへか

 (照) お気の毒だが今度斗りは

 (弁) 夫ぢやア出来ないと(いひ)なさるのか

 (照) どうぞ堪忍して下さいまし  トお市思入(おもひいれ)有て

 (市) 金が出来にやア東京へ帰る事の出来ねへ体身(からだ)でも投て死なにやア成らねへ(とて)も死ぬなら(こゝ)で死んでお照に恥をかゝせて()らう  トお市手拭を首へ(まき)(おの)が手に引張(ひつぱり)ハツト(いふ)弁山是を(とめ)

 (弁) コレおつかアあぶねへ何を()るのだ

 (市) 首を締て()らア死ぬのだ

 (弁) 死ぬのは何時でも死なれるから短気な事を仕なさんな

 (市) イヤ留ずに放して下せへ

 (弁) 是が留ずに居られる物か  トお市首を〆(しめやう)とするを弁山(とめ)る事宜敷

 (照) 何でお前は其様に早まつた事を仕なさんす

 (市) 誰しも惜ひ命だけれど死ねと覚期(かくご)(きめ)たのは手前(てめへ)(おれ)を殺すのだ

 (照) 私がお前を殺すとは

 (市) 頼みを聞て(くれ)ねへからこんな不孝な奴はねへ  ト大きな声をする

 (弁) 是さ是さ大きな声を仕なさんな

 (市) ア親殺しだ親殺しだ  トお市わざとどたばた騒ぐ是を弁山留るお照も留て

 (照) コレかゝさん何が恨みで此様に私に恥をかゝせ被成(なさ)んす

 (市) 金を貸て呉ねへからア親殺しだ親殺しだ  ト奥よりおみち太助半次出てお市を留

 (みち) アモシお袋様まアまアお静に被成(なされ)まセ

 (太) 親殺し親殺しと大きな声を被成(なさい)升が

 (半} 御廻(おまは)り様のお耳へでも這入(はいつ)た日には大騒動

 (市) イヤイヤ何でもかでも爰で死ぬのだ留て下さるな

 (みち) 隣近所へ聞へましても(うち)外聞(ぐわいぶん)に成升から

 (太) お静に被成(なすつ)

 (三人) 下さりませ

 (市) イヤイヤ何でも死ぬのだ死ぬのだ

 (みち) そんなに死ぬ死ぬと仰有い升が自分で首が〆られ升か

 (市) エ

 (太) 締られるなら(おの)が手に

 (半) 首を締て御覧じませ

 (市) ムゝ  ト詰る 弁山思入有て

 (弁) コレコレおつかア自分で死なれぬ事もないが爰の(うち)へ厄介を掛るのが気の毒だ死ぬのは止めにしたが()

 (市) ヲ()うだ然うだ娘に恥はかゝせたいがお内儀(かみ)さんへ(すま)ないから爰で死ぬのは止めにして是から宇都宮へ連て往つて娼妓にせう

 (弁) (それ)が何より上策だ

(市) サア(おれ)一所(いつしよ)にあゆびやアがれ  トお市お照の手を(とり)引立(ひつたて)る此時奥より以前の千右衛門出てお市を留

 (千) 様子は奥で(くは)しく聞た立騒がずと静にしねへ

 (市) 貴君(あなた)がお留被成(なさ)るなら無理にとは申升(まうしませ)ぬが親を(ないがしろ)にし升から

 (千) 定めて腹も(たと)ふけれど(わたし)が何うか(さばか)ふからまア不肖(ふせう)して呉んなせへ

 (弁) 折角旦那が立入(たちいつ)て不肖しろと仰有るからまアおつかア静に仕ねへ

 (市) 静に仕様けれど金が出来ねへ其時は

 (千) ()りやア心配仕なさんな金は(おれ)が出して()る気だ

 (市) エ夫では貴君(あなた)

 (両人) 其金を

 (千) 後共(のちとも)云ずそれ百圓  ト千右衛門懐から十圓札で紙に(つゝみ)し百圓を投出し遣るお市取上

 (市) 夫では是を下さり升か

 (弁) 是で命が助り升

 (両人) エ有難ふ厶り升  ト頂く お照思入有て

 (照) (それ)貴客(あなた)に出させては

 (千) ハテ大した金と云ぢやアなし(わづか)百圓(ばか)りの金決(けし)て心配仕なさんな

 (照) 夫りやさうでも厶りませうが未だまア(わづか)十日斗り深ひお馴染でもない事(ゆゑ)

 (千) 仮令(たとへ)三日でも懇意に成りやア己等(おら)ア百年も馴染(なじん)の気だ今此金を出さなけりやア(とめ)這入(はいつ)た甲斐がないから黙止(だまつ)て己に出させなせへ

 (照) 何とお礼を申さうか有難ふ厶り升  ト礼を(いふ)おみち不審に思ひ

 (みち) 田舎と違つて東京の繁花な土地のお客様お馴染浅ひお照さんへ百圓お上被成(あげなさ)るとは

 (太) 多くのお金を取扱ふ

 (半) 銀行勤めのお方(ゆゑ)

 (市) (なん)にしろ(よい)旦那に御贔屓に成るはお照の仕合(しあはせ)(つい)ては親の私迄大仕合(おほじあはせ)で厶り升

 (弁) (もし)此金の出来ぬ時は我持前(わがもちまへ)張扇(はりあふぎ)で叩き立様(たてやう)と思つたが旦那が綺麗なお(さばき)できざを云ずに帰られ升

 (千) お前方も爰の内へ今夜泊ると有るからは後に(ゆつ)くり(はな)しませう

 (市) (いづ)れお礼に改めて

 (両人) 上り升で厶り升

 (太) イヤお二人様は此間に

 (半) お湯へお這入被成(はいりなさい)ませ

 (市) 思はぬ汗をかきましたから

 (弁) ドレ一ぱい這入(はいり)ませうか

 (太半) サアお(いで)被成ませ  ト宿場騒ぎに成りお市弁山太助半次奥へ這入る 跡千右衛門お照おみち残り

 (みち) お照さん(よく)旦那へお礼をお云ひよ

 (照) 誠に貴客(あなた)のお蔭(ゆゑ)(あやふ)ひ難義を遁れまして有難ふ厶り升

 (千) 何其礼(そのれい)には及ばねへ旅藝者には人の(いゝ)(めへ)が可愛さうだから百圓出して(やつ)たのだ

 (照) お馴染薄ひお前様に百圓と(いふ)大金をお気の毒で厶り升

 (千) 其日稼(そのひかせぎ)の人ならば百圓は大金だが銀行(など)(つとめ)る者は何十萬と云金を取扱ふが商売(ゆゑ)百や二百は()した金決(けし)て心配仕なさんな (しか)し気の毒だと思ふなら百圓(がは)りにお(めへ)から貰ひたい物が有る

 (照) エ百圓替りに貰ひたい物とは

 (千) そんなに(びつく)り仕なさんな(のぞみ)(いふ)はお(めへ)の掛てゐる其指輪を(おれ)に呉んねへ

 (照) こんな麁末(そまつ)な指輪をば

 (千) 唯お前のを貰ひたいのだ

 (照) お望みならば(あげ)ませう  トお照指輪を抜て千右衛門へ遣るおみち思入有て

 (みち) 是はどうか二番目の筋に(なり)さうで厶り升な

 (千) そんな株は自分(こつち)にないのだ

 (照) (それ)はそうと三年(あと)迄東京に居りましたが旦那は何地(どち)らで厶り升

 (千) 己等(おいら)の内は茅場町だ

 (照) 茅場町は薬師様の御近所で厶り升か

 (千) (すぐ)薬師の裏門前だ

 (照) ヲヤ(わたし)もあすこに居りましたが

 (千) エ

 (照) 何番地で厶り升

 (千) (たしか)四十六番地だ

 (みち) 夫では旦那宿帳と

 (千) 何(ちが)やアしねへ筈だが  ト千右衛門困る思入(おもひいれ)下手(しもて)障子を(あけ)以前の東右衛門陸兵衛奥蔵出て来り座舖(ざしき)間違(まちがへ)思入(おもひいれ)にて

 (東右) イヤ是は御免被成(なさ)いましツイ坐敷を間違ました

 (陸) 飛だ麁相(そさう)

 (三人) 仕ましたな

 (みち) イエ同じ間取で厶り升から御尤(ごもつとも)で厶り升  ト東右衛門千右衛門を見て

 (東右) ヤ其所(そこ)に居るのは  ト千右衛門見て

 (千) ヲお前は伯父御か

 (東右) ヤレ千太か能く達者で居たな

 (陸) 何千太と云は誰だへ

 (東右) 苫作(とまさく)(せがれ)の千太よ

 (陸) 立派な男に成たから

 (奥) 途中で逢ては分らねへ

 (照) 夫では旦那は皆さんと

 (みち) 御懇意で厶り升か

 (千) ヲみんな以前の馴染の衆だ

 (みち) お馴染と厶り升なら是へお(いで)被成ませ  ト是にて三人捨ぜりふにて能所(よきところ)住居(すまゐ)

 (千) 伯父さん初め皆さん方お替りも厶りませずお目出たふ厶り升

 (東右) 四五年此方(このかた)便りがないから死んだかと思つて居た

 (千) 在所に居升お袋へ久敷(ひさしく)便りをしませなんだが替る事は厶りませぬか

 (東右) (それ)ぢやア手前(てめへ)何にも知らぬか

 (千) 何知らぬかとは   (あつら)への合方(あひかた)に成り

 (東右) 替る(とも)替る共大替りに替つたは

 (千) 内を出てから商売用で九州路から長崎へ長らく(いつ)て居りましたからさつぱり(ぞんじ)ませなんだが替りましたと仰有るのは

 (東右) 其方(こなた)の親父は正直だつたが所謂(いはゆる)前世の因果とやら便りに思つた一人の其方(こなた)は内を出て仕舞(しまひ)爺々(ぢゝ)(ばゝ)アで漸々(やうやう)と其日を送つて居た所生れ付ての酒好(さけずき)が病ひの元で中気に成り口はもどらず体は(きか)ず田畑の仕事も出来ぬ上薬の代は段々溜り煎じ詰ツた痩世帯(やせぜたい)明日の米にも困る様に成たを近所で不便(ふびん)に思ひ米や麦や味噌醤油野菜物迄送つて呉れ人の恵みで生て居たが定業故(ぢやうごうゆゑ)(わし)(とこ)へ礼に来るとて二本杖で出たさうだが転びでも仕た事か常願寺の池へ(おち)遂にはかなく死んで仕舞(しまふ)

 (千) 親父が死だと云事は東京へ出た村の人に(たち)ながら聞ましたがそんな死に(やう)を仕た事は(はな)さぬ故に知りませなんだ

 (陸) 寺から知らして来た故に村中()つて池から引上(すぐ)に内へ連て行たが早桶を(かふ)銭もなく

 (奥) せう事なしに味噌樽の古いのへ死骸を入れさし()ないで寺へ持込みお経をざつと上て貰ひ

 (東右) (わし)が施主で(ほうむつ)たが可愛さうなは手前(てめへ)のお袋跡に残つた婆ア殿中気病(ちうきやみ)でも亭主(ゆゑ)杖に思つて居た所非業(ひごう)な死をばした(のち)は明ても暮ても泣て(ばか)り千太が居たならば居たならばと(いふ)ても返らぬ旅の空生死(しやうじ)の程も知れざれば喰ふに困ると無為(あぢきな)き浮世に(あき)たか苫作殿が百ケ日の晩に裏の井戸へ飛込んで是もはかない死をしました  (なみだ)を拭ひ(ながら)いふ  

 (千) スリヤお袋も死んだ親父(おやぢ)の百ケ日の其晩に井戸へ身を(なげ)死にましたか二人が二人水で死ぬとは何たる因果な事成るか  ト愁ひの思入 

(陸) ほんに爺様(ぢさま)も婆ア様も村の日待(ひまち)寄合(よりあふ)ても(はなし)の末はこなたの噂親を捨て家出なし憎ひ奴だと口には言へど目には一ぱい泪を(もち)

 (奥) 達者で居るなら逢ひたいと明暮(あけくれ)(いふ)て居られたが到々(あへ)ずに非業な最後()う云立派な男に成たを一目見せて遣りたかつた  ト此内始終千右衛門はお照へ憚り幾加減(いゝかげん)に云て(くれ)れば(よい)(いふ)こなしの(うち)親の死だ事を(きゝ)愁ひの思入

 (東右) ()うして見れば以前と違ひ立派な(なり)をして居るが今は何をして居るぞ

 (千) 在所に居ては一生涯大した出世も出来ませねば東京へ出て人に成らうと古郷を跡に五年跡伝手(つて)を求めて銀行へ奉公に這入ましたが此身に運の(むく)時節か重役衆の気に入りて段々出世仕升故(しますゆゑ)(こゝ)ぞ人に成る所と勉強をした功(あらは)れ今は二等手代(てだい)と成り商法上で九州路へ久敷(ひさしく)行て居りましたが今度帰りました(ゆゑ)五周間の(いとま)を貰ひ親父はなく共お袋へ出世を噺して悦ばせ様と参つた甲斐も情なひ今は世に亡き二人の衆モウ一年早かつたら(あは)れましたに残年な手当にに持て参つた金も手向(たむけ)の金に成りましたか果敢(はか)ない事で厶り升る  ト泪を拭ひ宜敷思入(よろしくおもひいれ)

 (陸) ほんに其方(こなた)が立派に成たを二人の衆が見たならば何様(どんな)に悦ぶ事だらうに

 (奥) 一年遅ひばつかりに墓場へ行ねば(あは)れぬ両親惜ひ事を仕ましたな

 (東右} シテ今(きけ)ば銀行の二等手代に成たと云が千太手前(てめへ)が勤て居る其銀行は何と云銀行だ

 (千) 只銀行で厶り升

 (東右) 三井を初め所々(しよしよ)(ある)がさうして所は何所(どこ)であるぞ

 (千) 茅場町で厶り升

 (東右) シテ何番の銀行だ  ト千右衛門ぐつと詰り

 (千) 三百三十三番で厶り升  ト東右衛門は心得ぬ思入にて

 (東右) 近頃諸県に銀行が大層出来たと云事だがまだ日本全国中に二百番は出来ぬ筈だが

 (千) エ  トぎつくり思入(おもひいれ)

 (東右) 三百三十三番とは

 (千) サア是は近所に山王の御旅所(おたびしよ)が有る故に山王の猿にかた取り三百三十三番で厶り升

 (東右) 夫は珍らしい銀行だな

 (陸) わし()は田舎者だけれど新聞が大好(ゆゑ)(およそ)東京の小新聞はあらかた買て(よん)で見るが

 (奥) まだ広告の其内にも三百三十三番と(いふ)銀行はまだない様だ

 (東右) 何にしろ出世して折角親に逢ひに来たに二人共死んで仕舞(しまひ)逢ひに来た(せん)がないな

 (千) イヤ思ひ掛なく伯父さんに爰でお目に掛り升れば親に(あふ)たも同じ事(すぐ)に是から帰ツても()ひ訳でも厶り升が爰迄参りましたから墓参りを仕て参りませう

 (東右) 手前(てめへ)が行て花を(あげ)水を手向(たむけ)て遣つたらば草葉の蔭で悦ぶだらうは(それ)(つけ)ても二人が死んだ跡が仕様がなく手前(てめへ)は出た(ぎり)便りはなく死んだか(いき)たか分らぬから此衆達共相談して一先(ひとまづ)(うち)を畳んで仕舞(しまひ)家財を売た其金は永世無縁にならぬやうみんな寺へ納めて仕舞(しまふ)

 (千) 何から何迄伯父さんの厚ひお世話に成りまして有難ふ厶り升  ト此時おのぶ出て来り

 (のぶ) 松島のお客様御膳をお上り被成(なされ)ませ

 (陸) 酒肴(さけさかな)も出来ましたかな

 (のぶ) ハイお燗も出来て居り升る

 (奥) 夫では一杯やりませうか

 (千) まだ伯父さんに色々とお聞申たい事も厶り升が

 (東右) こつちも云たい事が有るがどうで一ツ旅籠屋(はたごや)(ゆゑ)後に又(はな)しませう

 (みち) 左様なればお客様

 (東右) イヤおやかましう厶りました  ト米山甚九に成り東右衛門陸兵衛奥藏おのぶ(つい)下手(しもて)へは入る跡見送り千太(のび)仕様(しやう)として心付(こゝろづき)(うつむ)(ふさ)ぎ居る思入(おもひいれ)

 (照) 今お聞申升ればお前さんの親御さんはお二人共お亡なり被成(なされ)(さぞ)本意(ほい)ない事で厶りませうな

 (みち) 傍でお聞(まうす)さへお気の毒で厶り升る

 (千) 若い時には親達に少しは苦労も掛たから生涯楽をさせやうと態々(わざわざ)金を持て来た(その)甲斐もなく(しん)だと聞たら(にはか)に胸が塞がつて心持が悪く成た  (ふさ)ぐ思入

 (照) さう云時には憂さ晴し一ト口どうで厶り升

 (千) イや酒もあんまり呑たくない  ト此時階子の口よりおしの出て来り

 (しの) モシ旦那様夜る芝居へお出被成(いでなさい)ましとて車屋の徳殿(とくどん)がお迎ひに参りました

 (千) ヲ迎ひに來たか ト千太思入有て 是りやアうさ晴しに芝居へ(いか)ふか

 (みち) 夫が宜しふ厶りませう

 (千) お照お(めへ)も一所に(ゆき)

 (照) アイお供致しませう

 (千) おかみさんカバンを出して下さい

 (みち) 畏りました

 (照) そんなら旦那

 (千) 芝居で憂さを晴らさうか  端唄(はうた)に成り千太思入有てお照おみちおしの(つい)階子(はしご)の口へ這入る合方(あひかた)に成り下手(しもて)より東右衛門陸兵衛奥藏出て来り階子の口を覗き思入有て

 (陸奥) 東右衛門殿

 (東右) 二人の衆  ト合方(あひかた)きつぱりと成り

 (陸) 千太が立派な(なり)(なつ)たは

 (奥) どうも合点(がつてん)(ゆか)ないな

 (東右) ヲゝ(ゆか)(とも)行ぬ共第一合点の行ぬのは三百三十三番と(いふ)銀行は聞た事がない

 (陸) 多分口から出任せに

 (奥) 嘘をついたと思はるゝ

 (東右) 子供の折柄手癖が悪く十五の年に懲役に行てから猶悪く成り色々意見も加へたが糠に釘で少しも(きか)ず再び赤い仕着セを着たが(それ)から国にも居られなく上州辺から東京へ行たと云噂を聞たが夫限(それぎ)便(たより)もない事故(ことゆゑ)大方終身懲役に成た事と思つて居たが思ひ掛ない今夜の出会(であひ)

 (陸) 見れば立派な(なり)をして(こゝ)の内に十日程

 (奥) 藝者を(あげ)て逗留するは

 (東右) どうで堅気な金ではあるまい

 (陸) 掛り(あい)にならぬ内

 (奥) 明日(あした)早く(たち)ませう

 (東右) 翌日(あす)()もあれ今宵の内も ト此内上手(かみて)の障子を(あけ)以前の弁山(うかゞ)ひ居て(さて)盗人(ぬすびと)で有たかと(いふ)思入(おもひいれ)東右衛門是を見て(びつく)りなす弁山障子を〆る  成程(たとへ) トうなづくを道具替りの知らせ 壁に耳だ ト三人思入(おもひいれ)宿場騒ぎにて此道具廻る

本舞台上寄(かみより)に三間(たか)二重岩組(うし)ろ同く画心(ゑごゝろ)の岩組にて見切 平舞台(かみ)方柱(かたはしら)迄岩の張物で見切 下手(しもて)谷の心にて杉の梢を見せ能所(よきところ)に飛込の穴向ふ遠山夜るの遠見 日覆(ひおほひ)より杉の釣枝(すべ)て明神山の(てい) 道具中程より時の鐘山おろしにて道具留るト合方(あひかた)山颪(やまおろし)にて下手より宿屋の若イ者弓張提灯(ゆみはりでうちん)(もち)紺看板の中間(ちうげん)手紙を(もち)出て来り舞台にて

 (中間) コレ宿屋の若イ衆おらが旦那は暮合(くれあひ)から何所(どこ)へお出被成(いでなされ)たのだ

 (若者) 此山向ふの大信寺と(いふ)禅寺(ぜんでら)の和尚様は學文(がくもん)が能く詩作が能く(わけ)て書を(よく)(かゝ)ツしやるので旦那様に逢ひたいと内の主人が檀家(ゆゑ)和尚様に頼まれて今日(けふ)(つれ)(まうし)たのだ

 (中) (それ)では大方詩や歌の面白くない(はなし)だらう今日のお(とも)を遁れたのは大仕合(おほしあはせ)を仕ました

 (若) 今又お前が旦那様に急に逢ひたいと仰有(おつしや)るのは

 (中) 東京から別配達(べつはいだつ)で郵便が来ましたからどんな御用か知れぬ(ゆゑ)(すぐ)にお届け申たいのだ

 (若) 一躰お前の旦那様は(くわん)へお勤め被成(なさ)るのか

 (中) イや旦那は(つとめ)をさつしやれば()イ月給が取れるさうだが窮屈な事が嫌ひ(ゆゑ)金を貸て気楽に暮らし今度も松嶋見物から帰り(がけ)で厶り升

 (若) 併しさうして遊歴を被成(なさる)は何よりお楽み結構な事で厶り升

 (中) 是と云のも内證が能イ故

 (若) 兎角世界は金の事だ  ト時の鐘

 (中) やあの鐘は

 (若) モウ十時だから急ぎませう  ト時の鐘合方山颪にて貳重を(あが)上手(かみて)へ這入る 平舞台上手(かみて)より二人乗の人力車へ以前のお照千太を乗せ車夫の徳是を(ひき)以前の松跡押(あとおし)をして出て来り

 (千) ヲイ徳公(こゝ)(いゝ)から下してくんな

 (徳) 芝居へお出被成(おいでなさい)ませぬか

 (千) 芝居は是からモウわづか此山道を越斗(こすばか)りどうで車は(ひけ)ないから爰から下りて歩行(あるい)(いか)

 (照) 何だか気味の悪い所爰へ下りずと芝居迄乗て行ふぢや有りませんか

 (千) 何此山を越斗り(こは)い事はありやア仕ねへ

 (徳) 何ならお供を致しませうか

 (千) イや送るにやア及ばねへ ト是にて車より千太お照下りて千太小サなカバンより紙包の(さつ)を出し  是で帰て呑がいゝ  ト徳取て

 (徳) 毎度有難ふ厶り升 コレ松や旦那へ御礼を申せ

 (松) 旦那有難ふ厶り升

 (千) 大きに夜道を御苦労だつた  ト徳思入(おもひいれ)有て

 (徳) モシ旦那おねだり申ては済ませんが()う少し下さいませぬか

 (千) 何モウ少し(くれ) ト思入有て わづかな所も夜道(ゆゑ)五十銭()つたらば(いひ)ぐさを云ふ(とこ)は有るめへ

 (徳) ()りやア只のお客なら結構過た酒手(さかて)だが江戸で名高い銀行の旦那にしては少ねへ酒手だ  不肖不肖(ふせうぶせう)(いふ)

 (照) コレ徳殿(とくどん)お前酒にでも酔たのかへ毎日旦那にお貰ひ(まうす)に何でそんなきざを云のだ

 (徳) 云ても(いゝ)から云ひ升のさ  松聞兼(きゝかね)思入(おもひいれ)にて

 (松) 是サ兄貴何を云のだ此間から仲間内でも(いゝ)旦那に可愛がられると皆んなが羨ましがつて居るのだ

 (徳) 手前達(てめへたち)の知ツた事ぢやアねへ今に酒手を貰つて遣るから黙止(だまつ)てそつちへ引込で居ろ

 (松) 何だか(おれ)にやアさつぱり(よめ)ねへ

 (千) コレ通り一遍の旅先だが斯うして毎日乗るからは吝嗇(けち)な事をする時は東京の恥に成るから出る度毎(たびごと)に酒手を遣り手前達(てめへたち)()やかうと云れる事は仕ねへ気だが(おれ)に酒手を(まし)(くれ)とはどう(いふ)訳が有て云のだ  ト是にて徳ずうずう(しく)

 (徳) ヲイ千兄イお(めへ)(おれ)を忘れたか

 (千) 何忘れたとは  ト少し凄みのある(あつらへ)の合方に成り

 (徳) 五年(あと)に窃盗でお前と一所に(つくだ)に居た野州(やしう)生れの徳次郎だ

 (千) エ  トぎつくり思入

 (徳) 間もなくおらア満期で出たから見忘れたかも知れねへが外役先(ぐわいえきさき)でお(めへ)と一所に一ツ鎖に繋れて土を(かつ)いだ事があるぜ

 (千) (それ)ぢやア手前(てめへ)も窃盗で

 (徳) 赤い仕着せも二三度着やした

 (松) コウ兄貴あの旦那も五年(あと)懲役に成たのか

 (徳) やつぱり己と同じ(とが)で佃で苦役(くえき)を仕なすつたのだ

 (松) 見掛(みかけ)に寄らねへ物だなア

 (徳) 南部の(あはせ)に博多の帯無地御召(むぢおめし)単羽織(ひとへばおり)にゴウルの時計麦藁シヤツポ何所(どこ)へ出しても銀行の立派な手代(てだい)と見える(こしら)(うそ)真事(まこと)灰吹(はいぶき)にかけて分せき仕たならば(いゝ)か悪いが知れやせう

 (千) 世間に幾らも似者(にたもの)が他人の猿似で有る物だそりやア人違ひだぜ

 (徳) お前の目からは小僧子(こぞツこ)と思つてごまかす気だらうが仮令(たとへ)三日が間でも一ツ飯を喰たからは人違(ひとちがへ)をする物か是が六十七十なら耄ろくをする事も有るがまだ二十五にならねへ(おれ)だ何で顔を忘れる物だ(しか)しお(めへ)は忘れたらうこつちはけちな窃盗に差入物(さしいれもの)はろくには来ず巾の(きか)ねへ無籍者(むせきもの)満期で出たから古郷(こきやう)へ帰り上州路から奥州かけか細い腕で車を(ひく)のも云はゞ此身のぼく(よけ)だ一里引てもわづか六銭長ひ(ぜに)の取れねへのも内職にする荒かせぎ(=手ヘンに、ツクリ上下}で太く短く栄曜(ゑよう)をせし為一晩宿場(しゆくば)友子(ともこ)(つれ)兄いと云れて(のめ)る程お前も苦役(くえき)をした(からだ)器用に金を呉んなせヘ  屹度思入(きつとおもいれ)千太悔しき思入(おもひいれ)有て

 (千) 手前達(てめへたち)(おど)されて酒手を遣るもこけな訳だが(ちつ)とこつちに目的(めあて)が有から今夜は云なりに酒手を遣るから早く帰れ  ト千太カバンから十圓札を出して遣る徳取て

 (徳) 兄貴十圓かへ

 (千) (それ)で不足を云ならばこつちも意地だ一銭でも余計な銭は()らねへぞ  ト千太急度云(きつといふ)

 (徳) 只貰ふ金だから不足と云わけはねへがモウ十圓も貰てへのだ

 (松) コウコウ徳兄イ(いゝ)加減に云はねへかわづか宿から十町(ばか)り堅気の人なら二銭の酒手だ十圓貰らやア五圓づゝ単物(ひとへもの)の一枚も着られる訳だ

 (徳) ヱゝ目先の見えねへ事を言へ(おれ)が腕で取る金だ誰が山にする物だ

 (松) (それ)ぢやア半分呉れねへのか

 (徳) 二十銭か三十銭手前(てめへ)に遣りやア澤山だが壱圓やるから黙止(だまつ)て居ろ

 (松) 只の酒手と違ふから半分呉れざア七分三分三圓(おれ)に呉んねへな

 (徳) ヱゝ余計な口をきゝやアがるな

 (松) 夫だと云つて一圓はあんまり(ひど)い相場だから

 (徳) 手前(てめへ)がぐづぐづぬかすのでこつちの(はなし)の気が抜たモウ十圓と(いひ)てへのだが仕方がねへ不肖(ふせう)(しま)せう

 (松) 長追(ながおひ)すりやアぼろよりか棒が出るから了簡しろ  徳莨入(たばこいれ)へ札を(いれ)

 (徳) 夫ぢやア千太 イヤ酒手を貰へば旦那様

 (千) 口数きかずと早く行ケ

 (徳) お照さん宜敷お礼を トお照へ思入(おもひいれて)松車を(あげ)

 (松) 今夜は是で切上て

 (徳) 宿場で愉快を極込(きめこま)うか  ト時の鐘合方にて徳松車を引て上手(かみて)へは入る此内(このうち)お照気味の悪き思入にて

 (照) サア旦那気味の悪ひ所(ゆゑ)少しも早く参りませう

 (千) そんなにせくには及ばねへ(ちつ)とお前に(はな)しが有るからまア(ゆつ)くりとするが(いゝ)

 (照) 何のお咄しか(ぞんじ)ませぬがこんな所でなさらずと(うち)でお(はな)被成(なされ)まセ

 (千) 内ぢやア辺りの人目が(ある)から云ひてへ事も云れねへ

 (照) 夫だと云つて気味の悪い人通のない此山中(このやまなか)(わたし)や怖くてなりません

 (千) (その)怖がるのも(もつとも)だ昼と違つて日が(くれ)れば往来稀な明神越(みやうじんごえ)どんな(はな)しを仕様共(しやうとも)狐狸の其外(そのほか)聞人(きゝて)のねへのが(おれ)が山だ 

 (照) ()うして(わたし)(はな)しとは(どん)な事で厶イ升  ト千太思入有て

 (千) 長く云にも及ばねへが色に成て呉んねへな

 (照) ヱゝ  (びつく)りする時の鐘少し凄みの合方(あひかた)に成り

 (千) そんなに驚く事はねへ先刻(さつき)も聞て居たらうが久敷(ひさしく)(あは)ねへ親達に逢ふと思つて東京から松島へ(ゆく)一人旅お(めへ)の様な美しひ藝者がある(とも)白川へおくれて泊つた奥州屋一人で酒も(うま)くねへから相手に口を掛た時ハイ今晩はと座敷へ来たお(めへ)の顔を見て(びつく)り弁天と(いふ)名を取た宿(しゆく)一番の女だと聞た其晩襟元へぞつと染込(しみこ)む夜嵐に少し風気(かぜけ)を幸ひと長逗留を仕て居たも実はお前を手に(いれ)たく無駄な金も(つかつ)たが旅藝者には珍らしひ金で転ばぬ気性(ゆゑ)さつき貰つた此指輪をお前と一所に居る心でのろい奴だが指へはめ明日(あす)一先(ひとまづ)松島へ往つて帰りに口説(くどか)ふと思つて居たも親達が死んだとあれば(ゆく)のは無駄是から直に東京へ帰る土産に前借(ぜんしやく)を返して連て(ゆき)てへのだ定めて(いや)でもあらうけれど(ほれ)られたのが身の因果うんと云て呉んなせへ

 (照) 見る影もない旅藝者を夫程(それほど)思つて下さい升は有難ふは厶り升がお前さんのお心に随はれない訳あればどうぞ(ゆる)して下さいまし

 (千) (どん)な事か知らねへが随はれぬと云訳は

 (照) サア其訳は

 (千) (それ)(きか)にやア思ひ切られぬ  トお照思入有て

 (照) 何をお隠し申ませう(わたし)しや東京に言交(いひかは)した男が厶り升る故

 (千) ()りやア男も(ある)だらうが浮気家業をするからはそんな野暮を(いは)ねへで旅の恥はかき(すて)とおれが云事を聞て呉んねへ

 (照) 浮気家業はして居れど末は夫婦に成らうと(いふ)神へ誓ひを(かけ)た中親の頼みに仕方なく浮世を忍ぶ文字摺(もじずり)の此奥州の白川へ前借(ぜんしやく)をして来た私旅の藝者は(とお)八九(はつく)お客の座敷で曖昧な事をするのが常なれど男がある故今日迄もそんな噂のない藝者御贔屓にして下さい升なら色気なしで御座敷(ばか)御酒(ごしゆ)の相手に(わたし)をばどうぞ呼んで下さいまし

 (千) 大方そんな言訳と思つて今夜夜芝居(よしばゐ)(ゆく)と云て連出したは否応いはさぬ(おれ)が狂言さつき仕馴(しなれ)立役(たちやく)に成て百圓出したのも(よく)ある筋だとお(めへ)の体へ金で恩を着せる為(いや)でも(あら)ふがお袋に娼妓にされたと諦めて堅ひ心を(ひい)(とり)夢と思つて(ぬれ)の場を一幕見せてくんなせへ

 (照) 夫程迄(それほどまで)に仰有るなら幸ひ調度お袋が参つて居れば相談して明日(あした)御返事致しませう

 (千) モウ此土地に足を(とめ)明日(あす)迄待ちやア居られねへ大概(おれ)が身の上も人の(はな)しで悟つたらうが今迄大きな(ほら)(ふき)銀行手代(てだい)と云たは偽り実はおらア盗人(ぬすつと)

 (照) エゝ  ト合方きつぱりと成り

 (千) 何もそんなに恟りして(にげ)るにやア及ばねへ盗人(ぬすつと)だとて同じ人間ぎやつと生れて其時から人の物を我物と盗む心は有りやアしねへ元はみんな堅気だが多くは酒と女と賭博(ばくち)身の詰りからする盗み初手(しよて)明巣(あきす)のちよつくら(もち)初犯で(わづか)な懲役から二犯三犯段々と功を積んで強盗迄修行して来た松島千太どうで始終(しじう)は天の(ばち)運も(つくだ)で終身懲役(こゝ)手前(てめへ)を助た所が一等減じる訳でもなけりやアかばつて遣るにも当らねへから(それ)で爰へ連出したのだ網に掛つた鳥同様()う羽根たゝきもさせやアしねへ

 (照) ()んなら()うでも此場にて

 (千) 是程云ても(にげ)る気か

 (照) サアそれは

 (千) サア

 (照) サア

 (両人) サアサアサア

 (千) コリヤ手短に縛り(あげ)(ひつ)さらつて(ゆか)にやア成らねヘ  ト尻を端折(はしより)お照を手荒く引居(ひきすへ)

 (照) アレ誰ぞ来て下さいまし誰ぞ来て下さいまし

 (千) エゝ(やかま)しひ静にしやアがれ  トお照振切て迯るを立廻て引付(ひきつけ)手拭で縛らうとする此時上手(かみて)へ以前の徳案内して探索方両人捕縄(とりなは)(もち)松附(つい)て出て来り(さゝ)やき(あひ)ツカツカと出て

 (菊) 松島千太

 (両人) 御用だぞ  ト千太見て

 (千) ヤコリヤ探索が

 (菊) 此間から盗賊と白眼(にらん)(まなこ)に違ひなく

 (幸) (たしか)な證拠が(あが)つた上は遁れぬ所だ

 (両人) 覚悟なセ

 (千) さう知られたら仕方がねへ(さつし)(とほり)強盗で其名を知られた松島千太(うぬ)らが縄に(かゝ)る物か

 (菊) 明神山へ追込だ

 (幸) 得物を逃して

 (両人) 成る物か  ト両人組付(くみつく)振解(ふりほど)く此内お照うろうろするを徳とらへ

 (徳) お照さんは己等(おいら)と一所に

 (松) 早く此方(こつち)(にげ)なせへ  ト徳松お照を引張(ひつぱり)上手(かみて)へ這入る

 (千) (さて)は徳めが訴人(そにん)をしたな

 (菊幸) 知れた事だ  ト時の鐘誂へ鳴物(なりもの)に成り両人千太へ縄を掛様(かけよう)(いふ)捕物の立廻り宜敷(よろしく)有て千太カバンを(ひつ)さらひ下手(しもて)谷間の切穴(きりあな)飛込(とびこむ)山颪烈敷(やまおろしはげしく)

 (菊) ヤア崖から谷へ飛込だが下は巌石尖(するど)き谷間

 (幸) 多分は岩で体を(うち)くたばつたに違ひねへ

 (菊) 何にもせよ谷へ下り

 (幸) 彼奴(あいつ)行衛(ゆくえ)

 (両人) 捜して(くれ)ん  ト山颪ばたばたにて両人下手(しもて)へ逸散に這入る矢張ばたばたにて上手よりお照迯て出て来るを徳松追掛(おひかけ)来て徳お照を引付(ひきつけ)

 (徳) ハテ聞訳(きゝわけ)のねへお照さん今夜千太が夜芝居(よしばゐ)へお(めへ)を連て(ゆく)(いふ)は深ひ(たくら)みの有る事と(さとつ)た故に酒手(さかて)をゆすり探索方(たんさくがた)へ密告して今の難義を(たすけ)たのだ千太の替りに己達(おらたち)の此処で自由になつてくんねへ

 (照) 危ひ所を(たすか)つてヤレ嬉しやと思つたらやつぱりお前も同じ事私を手込(てごめ)に仕様と(いふ)のか

 (徳) そりやアお前が弁天と(いは)れる顔のする事だ二目(ふため)と見られぬ女なら自身(こつち)(とが)を着る事だ誰が手込にする物だ

 (松) ()やかう(いふ)間に芝居のはね人通(ひとどほり)のねへ其内に

 (徳) (ちつと)も早く

 (松) ヲゝ合点だ 山颪(やまおろし)早き合方(あひかた)にて両人お照を引倒す此時本鉄砲(ほんてつぽう)の音する三人(びつく)りしお照は俯伏(うつぶせ)に成る坂の上より望月輝(もちづきあきら)羽織まち高袴(たかばかま)高帽子短銃(ぴすとる)(もち)出て来り此内徳は(うた)れはしないかと体を見る事有てホツトして(あきら)見付(みつけ)  (さて)は今のは

 (両人) 貴様(こなた)だな

 (輝) 理不尽致す人力車夫警察官へ引立(ひつたて)やうか

 (徳) そんな(おど)しをくふ物か  (あきら)立掛(たちかゝ)輝短銃(ぴすとる)差附(さしつけ)

 (輝) 命はいらぬか

 (徳) ヤアこいつは叶はぬ

 (松) (にげ)ろ迯ろ  トばたばたにて両人向ふへ迯て這入るお照顔を(あげ)

 (照) 何方(どなた)様で厶り升か(あやふ)ひ所をお助け下されエゝ有難ふ厶り升る

 (輝) お照(さぞ)こわかつたらうな

 (照) エ然う仰有(おつしや)るは ○ (あつらへ)灯入(ひいり)の月を(おろ)しお照輝を見て  ヲゝ望月様

 (輝) コレ と押へる木の(かしら)  アゝいゝ月だな  ト月を見上るお照は手を合せ嬉しき思入(おもひいれ)(あつらへ)合方(あひかた)山颪(やまおろし)にて拍子幕 

 貳幕目 明石浦漁師町の場  同 播磨灘難風の場

一島蔵妹おはま
しう調
同倅岩松
菊之助
齋坊主西念
左伊助
漁師喜多六
しやこ六
同藤助
八平治
明石の島蔵
菊五郎
漁師磯右衛門
團右衛門
同沖蔵
荒治郎
同波六
尾登五郎る
一 在所かゝおくろ
小半治
 
竹本連中
            

本舞台三間の間平舞台(ひらぶたい) 向ふ真中柿木綿の暖簾口(のれんぐち) 上手(かみて)押入戸棚、是へ三尺の仏壇阿弥陀の掛物仏具宜敷(よろしく)(あつらへ)の位牌供物(くもつ)を備へ、燈明を(つけ)、此前へ手習机、此上へ香炉線香を乗せ下手(しもて)鼠壁(かみ)の方一間折廻、障子家躰(やたい)いつもの所丸太の門口竹簀戸、(しも)の方粗朶垣(そだがき)後ろ海の遠見、(すべ)て播州明石浦漁師内の(てい)上手(かみて)西念(さいねん)墨衣(すみごろも)斎坊主(ときぼうず)の拵へ、続て喜多六藤助着流し漁師の拵へ、おくろ同じく女房の拵へ、四人共膳に向ひ真中に磯右衛門白髪鬘(しらがかづら)漁師の親仁(おやぢ)にて住居(すまゐ)下手(しもて)にお濱島田鬘漁師の娘の(こしらへ)、お鉢を傍へ(おき)盆を(もち)給仕をしてゐる。岩松若衆鬘着流しにて香炉へ線香を上てゐる。此見得(このみえ)波の音濱唄にて幕明く。

 

 (磯右衛門) 西念さんは職務(しやうばい)だが皆の(しゆ)は忙しいのに()う来て下すつた

 (藤助) (ほか)と違ツて不断から親仁(おやぢ)どんには一方(ひとかた)ならず何やかや世話に成れば

 (喜太六) 仮令(たとへ)職業(しやうばい)を休んでも此方(こつち)の内の法事(ゆゑ)馳走に成りに来ましたのぢや

 (お黒) 取分け(わたし)はおなぎさんと心安くした中(ゆゑ)何事置ても来ずには居られぬ

 (お濱) おくろさんのお蔭にて御膳拵(ごしらへ)が早く出来(さぞ)(あね)さんも草葉の蔭で喜んで(ござ)りませう

 (西念) 今日の膳部(ぜんぶ)塩梅(あんばい)妹御(いもとご)がさつしやつたか誠に(うま)ふ出来ました

 (濱) 何の(うま)い事が厶りませう仕馴ぬ(わたし)の掴み料理何も()も不塩梅で(あが)りにくう厶りましたらう

 (藤) 西念さんの云るゝ(とほり)中々(うま)ひ事で(あつ)

 (喜) (こゝ)ら近所の煮売屋ではこんな料理は所詮出来ぬ

 (磯右) イヤ爰ら近所にないと云はチト誉過(ほめすぎ)さつしやいませう

 (黒) イヤイヤ酢合(すあひ)の胡麻ではなく(いゝ)塩梅で厶りました

 (西) トキニ膳を引て下さいませぬか

 (濱) ハイ只今引升で厶り升

 (黒) ドレ手伝て上ませう  ト皆々捨台辞(すてぜりふ)にてお濱お黒膳を片付(かたづけ)岩松前へ(いで)手をつき

 (岩松) 今日は何方(どなた)母様(はゝさま)へ御供養を下さいまして有難ふ厶り升る

 (西) 最前から佛前へ絶ず線香(あげ)さつしやつて殊勝(しゆしよう)回向(ゑかう)さつしやるのはテモ感心な事ではある

 (藤) 外の者が千遍の念佛を(となへ)るより

 (喜) 血の余りの岩松が十遍(となへ)る念佛が

 (黒) おなぎさんはどの位嬉しひ事か知れぬわいナ

 (磯右) 今更(いふ)ても返らぬが此岩松がお袋は生れ(たつて)素直にて知ツての通の(せがれ)(ゆゑ)無理な小言も云たれど遂に一度逆らうて喧嘩をした事もなければ仮令(たとへ)にも云小舅のお濱を邪魔にした事なく真身の如く可愛がり取分(とりわけ)わしを大事にして痒ひ(とこ)へ手が届く程()う世話をして呉た申分のない嫁を惜ひ事を仕ましたわいの  ト磯右衛門泪を拭ふ ──以下・割愛──

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/09/30

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河竹 黙阿弥

カワタケ モクアミ
かわたけ もくあみ 歌舞伎作者 1816・2・3~1892・1・22 江戸日本橋の商家越前屋に生まれる。20歳で五世鶴屋南北に入門、後に二世河竹新七を襲名、終生卓越した歌舞伎狂言の作者として明治期に至ってなお大きな足跡を遺した。

散切(断髪)ものの名作として1881(明治14)年11月新富座初演以来評判を取った掲載作は、五幕の長編。此処には序幕のみを掲げるが、日本近代文学の魁として黙阿弥の狂言、圓朝の口演を採り上げる意義深さに注目したい。

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