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マヌカンの青春

   1

 

体温は感じられないだろう

三角形、楕円形

の寄せ木に鋲を打ちつけ

しっかり立っているように見えても

足をごらんなさい

細くくびれた足首の先に

人間によく似た小さな足がついている

詩人Mはつぶやいた

<この足が悲しい

マヌカンが

なまめかしければ

なまめかしいほど……>

青い空をバックに

人はみな死に絶えた

乾いた地面に立っている

マヌカンの影は黒く

凍りついている

 

   2

 

あなたの胸には

重い詩集がつまっている

私の胸には原稿用紙がつまっている

私たちは、のっぺらぼうの顔を

寄せ合う

背なかを板ぎれに鋲で止められている

私たちはひきつる痛みで結ばれているのだ

足先はよろけ

方向を失う

私は棒のように突立って

あなたを支える

そして おもむろに

石膏の腹を

帝王切開して

活字になる

こどもを生み落す

 

   3

 

夢の中で

鋲を抜き

板ぎれや金属をはずした

手足を自由に伸ばし

私たちは抱擁した

思いきり野原を走り

いのこ草をいっぱい服につけた

さんざしの花をつんで

あなたの頭を冠で飾った

小川のささやき

小鳥のうたは

感動

の窓を開放してくれたのに

 

夢は醒める

と私たちを

再び寂寥の絵の中に連れ戻した

そこの淵から

疾走する自動車

のような

の累々たる

幻影を見た

 

   4

 

私は大きな声を出した

だが通じない

声は何処ヘ行ったのだろう…

私はあなたの答を期待したのに

 

作り主はマヌカンに

声帯を作らなかったから

声を出したと思っても

声にはならなかったのだ

あの 夢の中での出来ごとのように

 

マヌカンは

いつも夢をみている

こころをそっと寄りそわせて

声にならない声で

語り合っている

 

   5

 

うつむいたまま

あなたは考えている

思うように動かない

足のことを

どうしたら

額椽の中から

出て行かれるだろうか

キリコが筆を置いた

その時から

ヘクトールとアンドロマケーは

運命づけられたのだ

身じろぎさえ

ゆるされないことを

打ちつけられた

画面の中の鋲を

抜いたならば

たちまち

ばらばらに分解されてしまう

怖れを

怖れは愛

と四六時中抱き合っていた

 

   6

 

新しい年が来ると

あなたは

<若さがほしい> という

マヌカンは

新しい年が来ても

<おいくつですか>

と聞かれることはまず無いのだ

八十余才のキリコが死んでも

「不安な美神たち」と共に

死後の世界

凝視(みつめ)つづける

マヌカンは

「若さ」という荷物

を永遠に背負い

ときには国境を越えて

旅をつづける

野ざらしになることは

飛行機が発達した今日でも

覚悟しているのだろう

     注=「不安な美神たち」は、デ・キリコの作品名

 

   7

 

サリドマイド禍を受ける筈はないのに

腕のかわりに

鋼鉄の輪がはめられている

輪は空中に向って

何を語ろうとしているのか

ヘクトール

の人間によく似た細い足を

愛撫することも出来ない

ただ カメラのように

物を凝視(みつめ)ている

その一眼レフは

ヘクトールの内臓風景

を写し出す

粘膜と血管

のいみじくも織りなす

丘や谷

は鮮明な赤と青

起伏の谷あいから見渡す

未来の絵図は

アニミストのように

無言である

ひりひりと迫ってくる痛みは

宇宙の痛みなのだ

 

   8

 

張りつめた琴線

にたぐり寄せられ

あなたの偉大なる手

は他あいなく

私の両の手の中に納まる

それほど

足は弱っている

 

私たちのまわり

を囲んでいる

冥想の海

に浮ぶ二艘の舟

つかず離れず

エメラルドの風まかせ

脳襞のような漣をたてる

 

キリコ

作者のことばを

聞かせてほしい

私たちを不眠の拷問にかける

魔術の種を

アポリネールやブルトン等は

ムラノシロウと同意見で

「アバンギャルド意識

と芸術する行為は非情である」と

キリコ

あなたは

鉄線花の咲く五月

に地獄に落ちた

 

   9

 

玉子に錐であけたような眼

水晶体をはめこまれていない

小さな眼に

何が見えるというのだろうか

心と心を伝えるために

言葉と言葉を

繋ぎ合わせるために

眼は見えないほど

よく見える

 

近くにいればいるほど

あなたは遠い存在

遙かに離れていれば

貯えられる

あなたの面影

だから眼は

小さく見えても

あなたのポートレート

を入れて置く

深い倉庫なのだ

眼というには

哀しい

涙腺は無く

涙を禁じられた

マヌカン

自ら消滅すること

もできない

 

ヘクトールとアンドロマケー

は眼と眼を見つめ合い

真実と真実を確め合って

今日も

ようやっと立っている

 

   10

 

私たちは

化肉(Incarnation)によって作られている

ごらんなさい

几帳面に描かれた

コンポジションを

好色の目で眺める人を

がっかりさせる

私たちの愛のコンポジション

情念を切断した

三角形の立方体

楕円形の球体

超自然的に造型されている

私たちの全身

文明という名の破壊を

おためごかしの偽善を

あさはかな権力誇示を

私たちは拒否する

のっぺらぼうの頬を寄せ合い

無い手を拡げて

無い口、唇は

無いままで

歩けない足は

つま先立ったままで

私たちは全身で拒否する

たとえ「油彩」82cm×60cm の絵の中に

立たされたままであっても

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2003/03/10

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笠原 三津子

カサハラ ミツコ
かさはら みつこ 詩人・画家 1926年 東京都渋谷区に生まれる。

掲載作の初出は、詩集『マヌカンの青春』1974(昭和49)年9月、無限刊。

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