3年B組 金八先生
登場人物
坂本 金八 (国語教諭)
乙女 (大学四年生)
幸作 (浪人)
千田 校長
国井美代子 (教頭)
乾 友彦 (数学)
北 尚明 (社会)
遠藤 達也 (理科)
小田切 誠 (英語)
小林 花子 (渡辺・家庭科)
本田 知美 (養護)
シルビア・マンデラ(A・E・T)
小林 昌義 (楓中学教諭)
<3年B組生徒>
江口 哲史 小野孝太郎 笠井 淳 金丸 博明 狩野伸太郎
倉田 直明 小塚 崇史 島 健一郎 鈴木康二郎 園上 征幸
高木 隼人 富山 量太 中村真佐人 長坂 和晃 丸山しゅう
麻田 玲子 安生 有希 飯島 弥生 稲葉 舞子 大胡あすか
小川 比呂 小村 飛鳥 杉田 祥恵 清水 信子 田中奈穂佳
坪井 典子 中木原智美 中沢 雄子 西尾 浩美 姫野 麻子
大森 巡査
道政 利行
明子
太郎
<養護学校>
青木 圭吾 (教員)
宮島 通泰 (教員)
日田 聰 (生徒・ダウン症)
安永 義雄 (生徒・脳性麻痺)
<元3B生徒 パート5>
兼末健次郎
安井ちはる
<元3B生徒 パート6>
笠井美由紀
前田平八郎
星野 雪絵
佐 藤 (ヤンキー高校生)
鳥 居 (同)
吉 井 (同)
岸 (同)
夜回り隊A
B
C
吉 田 (町内会)
大麻栽培の管理人
飛びおり受験生
養護学校の生徒たち
港東高校のバスケ部員たち
麻薬Gメンたち
しゅうを追いかけるヤンキーグループ
高校生グループ
少年課刑事・警官
他
飯島 昌恵 (弥生の母)
丸山 光代 (しゅうの母)
倉田 幸明 (直明の弟)
和田教育長
(数字は、シーン番号を示す。)
1 春爛漫の通学路
タイトル『平成十六年三月』
登校してくる桜中学の生徒たち。
走る彼らに追い越されながら国井と北の姿。
生徒 「おはよう!」
国井 「ハイ、お早よう」
北 「お早よう!」
二人からおくれて臨月の巨大なお腹をした花子が、女子生徒た
ちとやって来る。比呂、有希、智美。
逆行してくる金八と前田平八郎、星野雪絵などの高校電車通学
組。
金八 「(国井と北に)お早ようございます」
国井 「幸作くん、今日でしたよね」
金八 「はい桜、がどうなりますか」
北 「大丈夫。彼なら余裕、余裕」
大森 「いンや、そったらことを油断大敵という」
振り返るといつの間にか割り込んでいる大森巡査。
金八 「大森くん!」
北 「いい加減にしなさいヨ、あんたは!」
大森 「したが盛者必衰、ホレ、花見が終れば桜の花はハラハラと」
と指さす土手下の桜がハラハラと花を散らした。
その花びらの下で花子の笑顔が突然変わって、ピクンと立ち止
まる。
比呂 「先生?」
花子 「(顔が歪む)」
智美 「先生!」
花子 「(歯を喰いしばって有希の肩にもたれる)」
有希 「キャーッ」
智美 「誰かーッ」
騒ぎに気付く金八たち。
金八 「陣痛だ! 赤ンボが産まれます!」
国井と金八は花子の
で、
北 「救急車! 早く!」
しゃがみ込みそうな花子を支えて生徒に、
国井 「大丈夫だから、あなたたちは早く学校へ行きなさい!」
金八 「平八! お前もだ、遅刻だぞ」
小田切「どうかしましたかァ!」
とそこへ小田切のバイクが轟音と共に到着し、朝からの大騒ぎ
が発生。
2 桜中学・職員室
校長 「(苦々しく)だから早目に産休をとれと言ったのに。全く道
ばたなどでみっともない!」
本田 「道ばたではありません。教頭先生が付き添ってチャンと病
院へ運ばれました」
校長 「とにかく私は、デカイ腹で仕事をする女性の姿は好みませ
ん」
本田 「それはセクハラです!」
乾 「本田先生!」
いきり立つ本田を乾が押さえた時、遠藤が走り込んで来て、
遠藤 「楓中学と連絡つきました、小林先生は小田切先生が病院へ
送ってくれています!」
3 疾走する小田切のバイク
小林(楓中学)がその背中に必死で掴まりながら叫ぶ。
小林 「花子ォーッ、花ちゃーん!」
4 桜中学・二年B組教室
騒いでいる生徒たち、入って来た乾は忽ち取り囲まれて、
祥恵 「花子先生の赤ちゃん、生まれたんですか?」
有希 「どっち? ね? 男の子? 女の子?」
とうるさい生徒をかきわけて、乾は黒板に『自習』と書く。
5 病院・分娩準備室
花子がもがき、悲鳴をあげ、国井がオロオロと付き添っている。
国井 「しっかりして! 頑張るのよ花子先生。パパは間もなく到
着します」
花子 「ああ、あなたーッ」
6 同・表
小田切のバイクが門を走り込む。
7 坂本家
乙女 「(電話)もしもし私、出かけなきゃならないンだけれど、そ
っちに幸作からの連絡、来た?」
8 教育委員会・表、又は廊下
金八 「(ケータイ)いや、今日は朝からバタバタしちゃってさ、ホ
ント。そっちにも連絡ないのか?」
9 桜吹雪の下
ああと花びらを浴びながら空を仰ぐ幸作、その目が驚愕に見開
かれる。
大学校舎の屋上の若者、鳥のように掌を拡げている。
幸作 「あーッ」
幸作の悲鳴がキッカケのように、若者は大空に羽ばたくように
宙へとび出す。
悲鳴、怒号、駆けつける足、その輪の中に不自然な手足で倒れ
ている不合格受験生。
金縛りのように動けない幸作へ渦巻く救急車、バイクなどのサ
イレン。幸作、蒼白だ。
10 教育委員会・教育長室 (夜)
和田 「どうぞ」
金八 「失礼いたします」
示された椅子に腰を下ろす金八。
和田 「桜中学の小林花子先生の後任教師の件ですが」
金八 「はい」
和田 「実は、それを坂本先生にお願いしたいと思いましてネ」
金八 「しかし、金子先生とはもう面接も済ませましたし」
和田 「そうではあるのですが、金子先生の契約は新学期からとい
うことでしたのでね」
金八 「ええ、花子先生も二年B組の終業式まで勤められて、産休
に入るつもりでしたから」
和田 「しかし、これは明日からのことですし、理事会制度という
懸案の来年度に向けて、桜中学を新しくスタートさせるた
めの布石としては、今回の坂本先生の赴任は、のぞんでも
めぐっては来なかった絶好の機会だとは思われませんか」
金八 「ハイッ、それはもう」
和田 「地域の要望を全面的に受け入れるならば、千田校長が我々
の考えを理解してくれたらホントに有難いのです。坂本先
生には、その辺りの対策と地均しを是非お願いしたい、と
なると、他に人はおらんでしょう?」
金八 「……。分りました」
和田 「実を言うと、先生にはあと一年、改革推進課にいて、私を
補佐して欲しいと考えていたのですが」
金八 「ありがとうございます。確かに今こそ桜中学に戻るチャン
スなのかも知れません」
和田 「期待しています……(握手を求める)」
金八 「……(しっかりと握手を返す)」
11 タイトル
12 坂本家・表 (夜)
金八が帰ってくる。
13 同・居間 (夜)
金八 「ただいま」
乙女 「お帰りなさい、夕飯まだでしょ?」
金八 「幸作は」
乙女 「ダメだったみたい、健ちゃんから一緒だと電話があったけ
ど、あの子、気が小さいから、ちゃんとダメ報告も出来な
いのよネ」
とビールの支度。
金八 「あれ? お姉ちゃんもまだだったの?」
乙女 「明日から養護学校の研修、その準備してたから」
金八 「そうか。父ちゃんの方も明日から桜中学へ里帰り」
乙女 「里帰り?」
金八 「和田教育長最後の大仕事なんだ。これに応えずして何が教
師だ、何が男だ」
乙女 「お話が見えません」
金八 「そのうち、イヤでも見えてくるでしょう」
乙女 「やめた方がいい。あの校長さんと大衝突するのは目に見え
ているじゃないの」
金八 「あの茹でダコめ、相手にとって不足なし」
14 校長宅近くか? (夜)
停まったタクシーから降り立つ校長、盛大なクシャミを一発。
ちはる「すみませーん」
見ると酔っ払った幸作を送って来た健次郎とちはるが、空車と
なったタクシーに声をかけたところだ。
軟体動物となった幸作を健次郎が車に押し込むのを、苦々しげ
に見る校長。
そこへ自転車をとばして来たのは二年B組の丸山しゅう。
校長の姿を見てギクリと急ブレーキ。
校長 「(すかさず)桜中学の生徒だな」
それに答えず、背中を丸めて走り去る自転車のしゅう。
健次郎たちのタクシーも走り去って赤いテールランプ。
15 しゅうの家 (夜)
帰って来たしゅうへ、いきなり物がとんで来る。
頭へ顔へ、遠慮無く当たるが、身を堅くしてその場を動かない
しゅうへ、つかつかと立ってくる母の光代。
無言のまま、しゅうを撲り、叩くが、全くの無抵抗、それがい
らだちを増幅させるのか、光代は力一杯突きとばす。
16 坂本家・居間 (夜)
大の字に寝ている幸作へ、ふわりと毛布をかけてやる乙女。
金八 「(健次郎へ)ありがとな、暫くしたら目を覚ますだろ」
ちはる「ニュースでやってたけどとび降りた子って予備校で一緒だ
ったンだって、だから幸作、大ショックで」
乙女 「けど、飛び降りるくらいの勇気があれば、死ぬことなんか
ないのに」
金八 「人間、魔がさすということがあるンだよ、(健次郎に)あり
がとよ、連れて帰ってくれて」
健次郎「少し飲ませすぎたかも知れませんが」
金八 「いや、ほんとにありがとう(と幸作の寝顔を見て)春だとい
うのに無惨な話……」
17 通学路 (翌日)
登校してくる生徒たち。
量太、征幸、智美、有希、比呂、そして何事もなかったような
しゅうの姿もある。
直明に弟の幸明が、ぴたりと寄り添って登校している。
河原では、遠藤の指導で、島健一郎たちのスポチャン朝練が元
気がよい。
土手に佇み、見ている金八。
やって来た乾が気付いて、
乾 「坂本先生……」
金八 「(振り返ってニッコリ)お早ようございます」
18 桜中学・校長室
校長 「教育長からピンチヒッターが行くと連絡をいただいたけど、
まさか坂本先生とはね」
金八 「ハイ、なんせ昨日の今日ですし、終業式までずーッと自習
とは行ませんでしょうし」
校長 「ま、新学期には金子先生が赴任されるわけだし、それまで
の辛抱だと思いましょう」
金八 「暫く御無沙汰の間に、ズバリ本質を仰言る言葉、ますます
磨きがかかってピカピカとまぶしいですな」
と早くも二人の間に火花がとび散り、身をよじる思いでハラハ
ラしている国井。
19 同・二年B組教室・廊下
比呂、智美、有希の拍手と掛け声を受けて踊っているのは、真
佐人、征幸、康二郎、隼人、直明と紅一点の浩美のサンビーズ、
ステップは仲々軽快だ。
その向こうではプロレスごっこをやっている博明と伸太郎など
で賑やかだ。
チャイムが鳴って、金八と国井がやって来る。
20 同・二年B組教室
健一郎「気を付けェ」
生徒一同、着席のまま気を付けだが、孝太郎がゲームを。ケー
タイでメールを打っている典子。しゅうは前席の子の蔭で菓子
パンを食べている。
健一郎「礼!」
一同、礼をするが、国井と並んでいる金八に興味津々の子が多
い。
国井 「はい、お早ようございます。と言いたいけれど、そこのお
二人さん、ケータイもゲームも教室に持ち込みは厳禁とな
っているはずですよ」
典子はあわててメール打ちをやめるが、孝太郎は耳に入らぬよ
うにゲームを続行。
隣りの和晃が、肩を叩くが孝太郎はその手を払いのけるだけだ。
カチンと来た国井がツカツカと歩み寄って、
国井 「名前は何というの? これは没収します」
とり上げられるより早くサッと机に入れて、ギラッと光る目で
見る孝太郎。
その敵意に国井はギョッと棒立ち。
祥恵 「ダメなのその子、そっちの和晃(わこう)と一緒でゲームっ
子なんだ。花子先生も放っといたくらいなんだヨ」
国井 「分りました(細く体が震えている)けれど校則は校則ですか
らネ、このあとは坂本先生にキッチリと指導して頂きます。
それでは先生、お願い」
よろめきそうになる足取りで、さっさと金八にバトンを渡し出
て行く。
金八 「ありがとうございました。大丈夫ですネ」
と入口まで送る金八へ。
真佐人「ネェ、先生って誰よ?」
智美 「花子先生はァ?」
金八 「うん、今、病院です」
比呂 「じゃあ、赤ちゃん産まれたんだァ」
有希 「やったア!!」
雄子 「ね、ねッ、どっち? どっち?」
金八 「いや、まだ、知らせがないンでね」
智美 「だって救急車を呼んだのは、昨日の朝だよ」
金八 「でもありましょうが、本田先生が仰言るには、初めてのお
産で二四時間以上かかるのはザラにいるそうです」
浩美 「そんなの可哀そう!」
金八 「可哀そうでも親になるには、オギャアという声を聞くまで
頑張らなきゃならないンです。だから、みんなも一緒に頑
張ろう」
淳 「どうやって?」
金八 「祈るンです、君たちのお母さんが持てる力の全てをふり絞
って君たちをこの世に送り出してくださったことを考えな
がら」
伸太郎「別に、頼んで生んで貰った覚えはねえけどサ」
金八 「……(胸がヒヤリとするが)それでも祈りましょう。ハイ、
目を閉じてみんな一緒に祈る、いいネッ」
金八の気合で一斉に目を閉じるが、しゅうだけは上目使いで様
子をさぐる。
金八 「花子先生、桜中学二年B組には私がついています、一緒に
頑張ります。ハイ、繰り返そう、一緒に頑張ります」
一同 「一緒に頑張ります」
金八 「すばらしい! この祈りは絶対に花子先生に届きますから、
先生に代って私が出席をとります。早く名前を覚えたいか
ら、呼ばれた人はちゃんと顔を見せてください」
祥恵 「ハイッ」
金八 「では、麻田玲子」
玲子 「ハイッ」
金八 「うん(と顔をたしかめ)
有希 「ハイッ」
金八 「うん、稲葉舞子」
舞子 「はい」
金八 「うん、江口哲史」
哲史 「ハイッ」
金八 「うん、
あすか「はい」
金八 「うん、小川比呂」
比呂 「ハイ」
金八 「うん、小野孝太郎」
小野 「……(ゲームをやって返事なし)」
金八 「(そのそばに立ち)小野孝太郎」
孝太郎「(顔をのぞき込まれて止むを得ず)ハイ」
金八 「うん(と笑ってやり)笠井淳」
淳 「はい」
金八 「うん、金丸博明」
博明 「はいッ」
金八 「うん、狩野伸太郎」
伸太郎「オース」
金八 「頼まなくったって親はいい体格に生んでくれたじゃないか」
玲子 「給食費も払わないくせに、人の二倍は食べるンだもの」
伸太郎「ふん(とそっぽを向いて涼しい顔)」
金八 「そうか、君は忘れ物が多いンだな、けど給食費は忘れるな
よ、喰いっぱぐれるから」
玲子 「だから、その子、絶対、喰いっぱぐれないンだってば」
金八 「はいはい、では次、倉田直明」
直明 「はい」
金八 「うん、小塚崇史」
崇史 「はい」
金八 「うん、小村飛鳥」
飛鳥 「はいッ」
金八 「アレ、二Bにはアスカが二人いるンだね」
飛鳥 「あっちはデカイからデカあすか」
あすか「そっちはチビだからチビ飛鳥」
金八 「了解。では次、島健一郎」
健一郎「ハイッ」
金八 「学級委員か」
健一郎「はい」
金八 「様子が分るまでよろしく頼むな」
健一郎「はい」
祥恵 「杉田祥恵、私も学級委員です!」
金八 「元気だね。よろしく」
祥恵 「はいッ」
金八 「では次、鈴木康二郎」
康二郎「はい」
祥恵 「ダメよ、信子を抜かしちゃった」
金八 「え(と出席簿を見直す)」
征幸 「割り込んで抜かしたのはお前のくせに」
祥恵 「だって、少しでも早く私のことも覚えて貰った方がいいじ
ゃん」
玲子 「そうやって、いつも混乱させるのがうちの学級委員」
祥恵 「何よ、玲子は逃げたくせに」
健一郎「静かに(と押さえ)続けてよ先生」
金八 「サンキュー、園上征幸」
征幸 「ヘーイ!(とVサイン)」
金八 「(Vサインを返して)高木隼人」
隼人 「はいッ(とこれもVサイン)」
金八 「(サインを返して)田中奈穂佳」
奈穂佳「(Vサインを向けられるが、シラッとした顔で)はい」
金八 「(不発だが気をとり直して)坪井典子」
典子 「(にっこり)ハイ」
金八 「うん、富山量太」
量太 「ね、花子先生ン所、女の子だといいネ」
金八 「うむ?」
隼人 「先生、そいつの病気、女好き」
量太 「モテるンだから仕方ねえだろ!」
祥恵 「だからって赤ちゃんにまでチョッカイ出したら、私が許さ
ない!」
量太 「モテない女のヒガミはきつい!」
祥恵 「もう一度言ってみろ」
あすか「(ヌッと立ち上がって)私も許さない」
哲史 「いい加減にしろよ、もう!」
金八 「そうだね、朝からくだらないことはいい加減にしないと、
私は怒るよ」
有希 「やだ坂本先生って、怒る人」
金八 「そうですよ、だからドンドンと行きましょう、中村真佐人」
真佐人「はいッ」
金八 「中木原智美」
智美 「ハイ」
金八 「中澤雄子」
雄子 「はい」
金八 「うん、長坂
和晃 「わこうデス」
金八 「失礼しました、長坂和晃(ワコウ)」
和晃 「はい」
金八 「西尾浩美」
浩美 「はい」
金八 「姫野麻子」
麻子 「はい」
金八 「丸山しゅう」
しゅう「はい……」
金八 「ハイ、これで全部呼ばれたね」
飛鳥 「呼ばれたァ」
金八 「……(タメ口に思わずため息)」
赤ン坊の声がズリ上がって———。
21 病院・病室
まだ額の汗がキラキラ光っている花子。
うぶ声を聞きながら、白い布にくるまれた嬰児をだいて満足気
な微笑で小林を見る。
小林 「(うなずき)電話をしてくる(と行く)」
22 桜中学・職員室
国井 「よかったよかった、ほんとによかったわ」
小田切「それにしても一昼夜でしょう、女の人って大変ですよねえ」
金八 「だから結婚したら、小田切先生も奥さんを大切にしてくだ
さいヨ」
小田切「いや、僕は当分」
遠藤 「僕の方はいつでもいいとは思っているンですが」
金八 「(ジロリと見て)けど、こればっかりは御縁ものだから」
そこへ本田が駈け込んでくる。
本田 「生まれたんですって?」
国井 「女の子なのよ、女の子」
本田 「やったァ!」
国井と手をとり合ってはしゃぐのへ、校長がそっぽを向いたま
まの毒舌。
校長 「予定日を待てなかったンだから、さぞや、そそっかしい子
になるでしょうな」
ンまあと思わず校長を睨んでしまう国井と本田、そして金八。
23 坂本家・居間
外出支度の乙女が来ると、幸作は覇気なく寝転がっている。
乙女 「じゃあ、行って来る。おかゆ作っといたから、テキトーに
おあがり」
幸作 「行ってくるって、どこへ?」
乙女 「研修」
幸作 「研修なら、もう行ったじゃん」
乙女 「あれは教育実習で、今日は介護実習。養護教諭をめざすな
ら養護学校の研修はサボレないの。あンたもシャンとしな
さい」
幸作 「これ」
と傍らにあった新聞を突き出す。その見出し。
『投身受験生のポケットに
ドラッグを発見』
乙女 「これ……昨日の?」
幸作 「眠れないって安定剤は病院で貰ったらしいンだけど、追い
つめられてとうとうドラッグに手を出したンだ。時々、鳥
になれるンだぞと言ってたけど、オレ、なぜもう少し親身
になってやらなかったンだろ」
乙女 「……」
幸作 「姉ちゃん、とび降りるなんて、ほんとはこいつだって恐か
ったと思う。でも、うまく鳥になれただろうか……」
○イメージ・ゆっくり落ちて行く受験生。
励ます言葉がない乙女。
そんな姉弟を
24 養護学校・表
スクールバスなどが停まっていて、その間をスリ抜けるように
してやって来る乙女。
ワゴン車もついて、門の中より迎えに出る教師の青木圭吾と宮
島通泰。
ダウン症の生徒・日田聡、続く安永義雄のために宮島はすばや
く車椅子の用意をすると、圭吾が義雄を車から抱きかかえるよ
うに降ろす。
義雄は重度の脳性麻痺である。
見守ってしまっている乙女、思わず息をのむが、圭吾は逞しい
腕でくねる義雄の体を優しく車椅子に移す。
それらの動作を圭吾に任せ切った義雄の信頼感を感じて乙女は
立ち尽くす。
聡がその乙女に挨拶らしい意味不明の言語を発する。
乙女 「(あわてて)あ、今日わ。はじめまして」
聡 「……ウ、ウ、ア」
乙女 「はい、私は坂本乙女です。今日は介護実習の研修に来まし
た。よろしくね」
宮島と圭吾が改めて乙女を見る。
宮島 「言葉、分るの?」
乙女 「あ、いえ、でも挨拶だと思って、どうもすみません」
宮島 「すまないことはないけど、研修生ならそれ、持ってやって
くれる?」
乙女 「あ、はい」
車の中から義雄の荷物をとり出す。
圭吾 「ついでにドア閉めちゃって」
乙女 「はい(と車のドアを閉める)」
圭吾 「サンキュー(義雄の荷物を受けとる)」
乙女 「あ、私が持って行きます」
圭吾 「折角だけど後で分らなくなると困るから、貰います」
乙女 「はい」
圭吾が示した車椅子の背中に鞄を置くが、そのはずみで、圭吾
の右頬に拡がる赤いアザが目にとび込み、思わずハッとなる。
圭吾、その視線に気付くがさり気ない無視で聡に声をかける。
圭吾 「行くヨ、ドア押さえていてネ聡くん」
聡、いそいそと入口のドアに行くのを宮島がフォロー。圭吾が
くねる義雄の体を支えながら車椅子を押して続く。
その後姿を見送ってしまう乙女、慌てて後に続く。
25 同・教室
ダウン症と自閉症児の授業風景。
担当教師は三名を受け持ち美術の時間だ。
山下清ばりの絵を描く生徒もいれば、ただ絵の具を机にはみ出
すように塗りたくる生徒もいる。
手伝いの乙女、生徒の面倒を見てやっている圭吾が気になって
ならない。と、
圭吾 「(ヒョイと見て)気になるならじっくり観察してもいいンだ
よ」
乙女 「あ、いえ、どうもすみません(ドギマギ)」
26 本屋 (夜)
書棚から乙女が手にとった一冊は、
『見つめられる顔、ユニークフェイスの体験』
開いたページに、圭吾と同じ赤アザのある青年の写真。
27 夜の道
金八と乙女が肩を並べて帰ってくる。
金八 「ふーん、ユニークフェイスか……」
乙女 「ホント、ハンデのある子がいかにも安心できるようなフォ
ローをしてたから、ステキだなと思ってたの。だから顔に
アザがあったからって、私、あんなに驚くことなかったの
に、なんかビックリしちゃって、これでは養護の先生失格
だな。と思ったら、その青木さんという先生が気になって
気になって」
金八 「じっくり観察しろと言われちゃった?」
乙女 「もう、どうしていいか分らない」
金八 「と言っていれるのも今のうちだよ、本当の教師になってみ
なさい。毎日、何が起きるか分らないンだぞ。見た目のハ
ンデはなくても心のハンデがねじ曲がっちゃったのもいる
しな」
乙女 「二年生でも大変?」
金八 「二年といってもすぐ三年だしなァ、授業中のメールやゲー
ムはやり放題」
乙女 「それなら大学も同じよ」
金八 「オイオイ」
乙女 「新学期はその子たちの担任?」
金八 「ま、その覚悟です」
乙女 「もう若くないンだから、余り張り切りすぎないでよ」
金八 「ありがとうございます。けどね」
声 「今お帰りですか」
と声がかかって二人が見るとブルーキャップにジャンバー姿
の夜回り隊の遠藤だ。
金八 「やあ、夜回り隊ご苦労さんです」
乙女 「お似合いですよ、そのユニフォーム」
遠藤 「それはどうか知りませんが、坂本先生がいないのにそれま
でのように入り浸るわけには……と思っていた時、地域夜
回り隊から声をかけて貰ったンですが、モヤモヤしている
時は、これが一番です。結構頼りにされていますし」
金八 「頑張ってくださいよ。我が家もネ幸作は浪人だろうし、乙
女は就職活動、私は四月の新学期からもう大変です」
28 桜中学・校門
タイトル『そして四月、新学期』
立て看板『桜中学 平成十六年度入学式』
新品制服の一年生が校門を入ってくる。
三Bとなった健一郎や祥恵が張り切って新入生と保護者を誘導
している。
量太が声をかけるのは女子専門だ。
真佐人たち四人はいつものように明るく、玲子はやや事務的。
29 同・校長室
赤い造花をつけた教育長が、校長、国井と一緒に入って来て、
和田 「やあお目出度うございました。荒れるかも知れない卒業式
とちがい、やはり入学式と言うのは、心構えも新しく、良
いもンですねえ」
国井 「はい、私もそう思いました」
校長 「しかし、金子先生はどうにもならなかったのでしょうか」
和田 「ええ、すでに茜崎中学に行って貰っています。そこに行く
と坂本先生は学年末からB組の面倒を見たわけですし、十
月に花子先生が復帰されるまでの六ケ月をお願いするには
何よりだと思うのですが。ねえ、国井先生」
国井 「はい、それはもう、桜中学は坂本先生にとっても母校のよ
うなものですから。ね、校長先生」
校長 「ま、六ケ月ですから何とか話し合って行くつもりではあり
ますが……(不機嫌の極)」
30 同・二階廊下
教科書を抱え金八、乾、北の三人が嘗ての揃い踏みのようにや
って来て、各自の教室に別れて入るが、金八は暫し三年B組の
プレートを感無量で見上げる。
祥恵の声「(ズリ上がって)気を付けーッ」
31 同・教室
祥恵 「礼!」
一同 「(礼をする)お早ようございまーす」
金八 「はい、お早う。さて、今日から皆さんはいよいよ最終学年
三年生としての授業を私と一緒につくって行く訳で、十月
に花子先生と交替するまでは、みんなと仲良く一生懸命や
りたいと思って、三Bのルールというのを作って来ました。
ハイ、そこの三人、手伝って。そこに貼ってくれませんか」
前列の和晃と孝太郎と量太が、黒板の右手の壁へ『三Bのきま
り』を貼る。
『
意見がある時は、手をあげて言う。
みんなで決めたことは、みんなで守ろう』
典子 「なに、それ?」
金八 「おまじない」
麻子 「やだァ(けらけらと笑う)」
金八 「ちっともやではありません。毎朝、みんなで声を揃えてこ
の呪文を唱えると、あら不思議。授業中に物を食べたり、
メールを打ったりゲームで遊びたいという気持ちが消え失
せて、六ケ月後にバトンタッチの花子先生が大いに喜んで
くださるというおまじないです。だからハイッ、みんなで
声を合わせて読んでください。一、二の三!」
金八の調子に乗せられ声を張って読む三B一同。
ゲームをやっていた孝太郎も和晃に脇腹を突つかれ、仕方なし
に声を合わせる。
一同 「他人の話はちゃんと聞く。意見がある時は手をあげて言う。
みんなで決めたことはみんなで守る」
金八 「はい、よく出来ました。では、朝の斉唱を今、みんなで決
めましたネ、これは約束だよ」
直明 「えッ」
博明 「なんかズルイ、はめられたみたい」
金八 「はめられたのなら、君たちに油断があったと言うことです」
派手な着メロ、飛鳥のケータイだ、慌てて切る。
金八 「ホラね、早速御利益があったでしょう。ほんとはケータイ
は違反なんだけれど、電源を切ったことでみんなに迷惑か
けないマナーを早速に守った。実にすばらしいことだよネ」
祥恵 「何か私たちまるめ込まれてる」
金八 「その通り。次はケータイは初めから電源を切っておくよう
に一歩前進」
崇史 「じゃあ、持って来るのは認めてくれるンですか」
金八 「駄目だと言っても、放課後塾に直行するものもいて、今や
君たちにとって、必需品なんだろ」
比呂 「なんか、坂本先生って話せるゥ好きィ」
金八 「いや、話せませんヨ。ただネ、君たちが最低人に迷惑をか
けないとマナーを守るならば、私も校則違反をして、君た
ちの努力を認めようというだけです。では、授業を始めま
す。その初めの合図に、毎日、私が大好きな相田みつをさ
んの言葉を読んで貰います」
ペタリと白板を黒板に貼りつけて、
金八 「はい、では、その席から」
淳 「(読む)いまから、ここから」
金八 「はい、むずかしくなくって良かったネ。けれど意味は考え
ようによっては、とてもむずかしいヨ。相田みつをさんは
ネ、いまという時さえ厳密に言えないンだと言っています。
つまり、いまのまという字を言う時には、いの字はすでに
消えてないからです。一瞬といえども同じ状態に止まって
いるものはない、ということで、そのことを<無常>と言い
ます(と板書し)すべてのものは変化してやまないという意
味です」
一同 「……」
金八 「無常だから赤ンぼは大きくなり、つぼみは花になり、君た
ちはやがてこの桜中学を卒業して行く。そして、無常だか
ら、明日のいのちの保証は誰にもない。だから、今日とい
う日を真剣に生きて、しっかりと勉強をしましょう。それ
には教室内でメールの会話はしない。そもそも会話とは、
相手の顔を見て自分の言葉で自分の思いを伝えることです。
約束だよ、いいね」
コックリする者あり、よく分らず金八のペースにまき込まれて
いる感じの三Bたち。
32 同・保健室(以下時間経過を———)
タイトル『五月』<歯科検査の貼紙>
金八と本田の介添のもと、歯科校医に大口をあけて見せている
三B生徒。
33 同・教室
タイトル『六月』<前期 定期試験>
スラスラ回答の崇史、浩美。
苦闘の伸太郎。
机の下でメールを打っている孝太郎。
メール『三番、オシエロ ハヤク』
待テヨと返事を打っているのは和晃。
にっこりとケータイを渡せと二人に手を出す金八。
孝太郎のこめかみに青筋がふくれ、ガタリと立ち上がる。スワ!
と見る三B。
34 同・職員室
タイトル『七月』
廊下を水着の三Bたちが賑やかに行き、無人の職員室で机の抽
出をあさっている影。アフリカ系の英語教師シルビア・マンデ
ラが駈け込んで来る気配に、影はパッと机の下にすべり込んで
隠れる。
シルビアがチラリと気にしてのぞき込むとしゅうに似た生徒だ。
シルビア、にっこりとVサインをして英語で演歌など歌いなが
ら行ってしまう。
35 坂本家
タイトル『八月』
軒下の風鈴が鳴って、そうめんをかき込んでいる幸作。
金八 「浪人だというのに、全く食欲が落ちませんねえ」
幸作 「万事体力勝負。こんな暑さには負けていられません」
金八 「では、私も行って参ります」
幸作 「姉ちゃんは?」
金八 「夏期体験学習のボランティアだとサ。何をやるのか、日焼
け止めベタベタ塗って出かけて行った」
36 近郊の乗馬クラブ
聡や自閉症児に乗馬を体験させている圭吾。
聡たちは圭吾にすべてをゆだねていて見事な乗馬術だ。
乙女 「スゴイ(と感嘆)」
宮島 「凄いだろ、なんせ北海道の牧場主の倅だから、おしめの時
から、馬に乗ってたらしいヨ」
半分は冗談なので乙女は笑いながら圭吾たちを見る。聡に乗馬
体験させながら、自分も楽しんでいる様子の圭吾、思わず手を
振る乙女に白い歯を見せるが、その頬の赤いアザは全く気にな
らない。
乙女の声「ホラ、イルカとか馬とか、人間の気持ちを理解できる賢
くて大きな動物と交流することは(ズリ上がり)」
37 坂本家(夜)
親子三人の夕飯だが乙女は食事より今日の報告がいそがしい。
乙女 「知的障害のある人たちのリハビリにとっても効果があるン
だって」
幸作 「じゃあ、お姉ちゃんも乗せて貰った?」
乙女 「ちょっとだけ」
38 近郊の乗馬クラブ(回想)
圭吾の指導でアブミに足をかける乙女、エイヤッと押しあげて
貰って騎乗の人となる、感動だ。
幸作の声「チェッ、いいなア。俺なんか今日は一日お勉強と
つくり」
金八の声「浪人なんだから仕方ないだろ」
幸作の声「けど、牧場主の倅なんて恰好よすぎるし、馬が上手なの
は当たり前だろ」
乙女の声「それに、とにかく優しいの。子どもにも馬にも」
39 元の坂本家
金八 「(ジロリと)お姉ちゃんにもか?」
乙女 「もちろん」
金八 「そういうのにはよくよく気をつけなさいよ!」
乙女 「なんで?」
金八 「子どもにも馬にも女の子にも愛敬をふりまくような八方美
人など信用できないッ」
乙女 「だって私、生まれてはじめて馬に乗せて貰ったのヨ」
金八 「後ろからこうやって抱えて貰ってか? いやらしすぎ
ます!」
乙女 「いいえ、タヅナを引いて歩かせてくれただけ。それだって
凄い体験学習だった。馬の背中ってとっても大きくて安心
できて、ツヤツヤした毛並みからは同じ生き物なんだとい
う体温や匂いも感じられて、私、ハマっちゃいそう」
幸作 「やめてよ、乗馬クラブの入会金って凄え高いセレブな御趣
味なんだって。俺ンチは浪人生を抱えてるンだぞ」
乙女 「あンたが抱えられてるンでしょ」
金八 「抱えているのはお父ちゃんですッ」
幸作 「これでも遠慮っぽく生きているンだから、そんなことハッ
キリさせないで!」
金八 「文句はお姉ちゃんに言いなさい」
乙女 「なんでエ?」
金八 「じゃあ聞きましょう。お姉ちゃんがハマリそうなのはお馬
さんなの? それとも牧場主の息子?」
乙女 「(一瞬詰まるが居直って)両方じゃいけません?」
金八と幸作、顔を見合わせる。
40 道 (D)(九月)
赤ん坊の
く。
花子 「あ、いけない。スーパーさくらでトマトとレタス頼むのわ
すれちゃった」
小林 「帰りでいいじゃないの、帰りで。急ごうよ、オレ、四時間
目までには茜崎中に戻ってなきゃなんないンだってば」
花子 「親子三人、こうやって外歩くの、たった三回目よ。そんな
に急がせなくたっていいんじゃない」
小林 「あのネ、花子さん」
花子 「私って母親失格」
小林 「なにを言い出すンだってば」
花子 「だって、私と一緒の時は、この子泣いてばっかしだけど、
どうしてパパがベビーカー押しても泣かないの? なぜな
のよ」
小林 「そんなこと僕に分かるわけないでしょ」
花子 「ね、今は父親も子育てに参加すべしという時代でしょ。あ
なたにこの子頼んで私はやっぱ、職場に戻ろうかしら」
小林 「いい加減にしろよ。コロコロ、コロコロと君は自分のこと
しか考えないンだから」
花子 「あなたが怒鳴ると、私その分だけこの子が可愛くなくなる
の、どうしたらいいの?!」
小林 「……(呆然と花子を見る)」
ふんふんと言い始めた赤ン坊を見て、
花子 「やだ、おっぱい欲しがっている、こんな所であげるわけに
はいかないじゃん。どうしたらいいの?」
小林 「優しく言いきかせなさい、もう少しお待ちって。そしてホ
ントに急ごう」
花子、ベビーカーを自分も押しながら、怒鳴る。
花子 「もう少し待ちなさい! ってパパも言ったでしょッ」
わァと泣き声をあげる蓮。
小林の困惑と不安。
41 桜中学・校長室
金八 「失礼します」
金八と国井が入ってくると小林がいる。
小林 「あ、坂本先生には勝手を言ってほんとにお世話になってお
ります」
金八 「なに、産休制度というのは助け合うためにあるわけだから
何も……けど花子先生に問題ありだって?」
小林 「はい、実はですネ」
校長 「実は何もありません。花子先生が提出した産休願いは六ヶ
月です。体調に問題があるわけでなし、もう暫く休みたい
などとは我侭以外の何ものでもありませんヨ!」
国井 「校長先生」
校長 「私には学校経営という責任があるのです。そんなに子ども
が可愛くて手放せないというのなら、この際キッパリ辞め
るとか」
小林 「いえ、私も花子もそこまでは踏み切れないので、こうして
ご相談に」
国井 「(金八に)どうやら花子先生、マタニティブルーらしいのよ」
金八 「マタニティーブルー?」
小林 「(泣きそうな顔で)私も学校がありますし、花子はどうして
も夜まで一人になってしまうので、どんどんドンドンブル
ーになって行くようで」
校長 「どこの家だって母親は一人で格斗しているものです。そん
なことでは教師失格です、戻って来なくても結構」
42 同・保健室
花子が来ていて、本田が(六ヶ月の)赤ン坊(蓮)をあやしながら、
本田 「アブアブ、アブアブって、もうすぐ歯が出てくるのよネ。
だからヨダレいっぱい出て来るのよネ」
花子 「えッ、そうなんですか!? ヨダレと歯の相関関係ってそ
ういうもンなんですか」
本田 「と思うわよ」
花子 「やだッ、どの育児書にもそんな明快に書いてあるものはな
いンですもの! 私……」
本田 「あのネ花子先生、大人にだって個人差があるのよ。人間で
ある以上、そんな明快に言い切れるものなどないの。だか
ら子どもはもっとゆったりと育てなきゃ(と寝ついた子ど
もをそっとベッドに下ろす)」
花子 「そんなの、ムリです」
本田 「ムリ?」
花子 「いい気になって呑んびり呑んびり育てて、気が付いたらみ
んなより何もかもずっと遅れていたというのでは、私、こ
の子に申訳がたちません」
金八 「なるほど、これは少々重症だな」
花子 「なにがですか!」
と入って来た金八と小林をキッと振り返る花子。
43 教育委員会(日替わり)
校長と国井が来ている。
和田 「分かりました。では、十月以降もこのまま坂本先生に続投
して頂きましょう。」
校長 「お言葉ですが、そう言う決め方というのは、少々安直とい
うのではないでしょうか」
和田 「そうかも知れません。しかし三年生は、このあと受験に向
けて一直線という時期です。花子先生の方もまた、保育園
に預けたお子さんのことが何かと気になるというのも、人
の情として当然のことで、このまま三年の担任に復帰させ
るというのは本人と生徒のためにはあまり適当ではないと
私は考えておりました。いかがですか? 国井先生は?」
国井 「はい、千田校長先生とは話が詰め切ってはおりませんが、
受験生である三年B組には、やはりベテランである坂本先
生を頂けるのが一番だと存じますし」
校長 「教頭先生、まだ二週間あるンですよ。その二週間で坂本先
生を越すような先生を教育長にご推薦頂けるかも知れない
わけで」
和田 「ご期待に添うよう努力しますが、坂本先生を越す教師を配
転しても、生徒が馴染み、先生もまた生徒たちのくせや個
性をのみ込んでいるうちにすぐに年末となりますよ。年が
明ければ受験一色です、私にはその時の生徒の動揺が心配
で坂本先生をと申し上げたのですが、千田先生は大丈夫だ
と仰言るわけで?」
厳しくなった和田の口調にハッとなる校長、パッと切り替えて、
校長 「いえ、この時期、校長たる者が一番留意しなければならな
いのは、まさにそのことで、私は教育長直属の改革推進課
から坂本先生を頂くことに申訳ないと思っているから、御
遠慮申し上げたわけでして」
国井 「……(呆れて校長を見ている)」
和田 「では、小林花子先生の産後休暇の延長届けを早めによろし
く」
国井 「畏まりました」
44 スーパーさくら。表
あすかと飛鳥が寄っている。
明子 「へーえ、じゃあこの先ずっと金八先生ってわけ? そりゃ
あ、よかったじゃん」
あすか「ほんとにィ」
利行 「決まってるだろ、この奥さんの先生だもン、人の道をちゃ
んと教えてくれる」
飛鳥 「つまり、お説教だ」
明子 「ンだよ、お説教というのは大人になっても役に立つお経み
たいなもンなんだ。くやしかったらお前らの親に説教たれ
て貰って見ィ、今時そんな親がいたらお目にかかりたいヨ」
あすか「なるほど、そういうのをお説教というんだ」
明子 「なんだってェ!?」
大きな目をむかれてワッと逃げ出す二人のアスカ。丁度、店先
を通りかかったしゅうにどんとぶつかる。反射的にあすかを突
きとばして身をよけているしゅう。
あーッと突んのめって倒れるあすか。
飛鳥 「あすか!」
利行 「コラーッ、なんだお前はァ」
明子 「ゴメンぐらい言えないのかよ!」
夫婦の罵声を背中にさっさとその場をはなれているしゅう。
太郎が帰ってくる。
太郎 「ただいまァーッ」
45 しゅうの家
戻って来たしゅう。待ち構えていたように目の前に立っている
光代と、一瞬激しく目を合わすが、すぐにそらせる。
光代は今日も無言。いきなりしゅうの制服のポケットに手を突
っ込み、その中を手荒くさぐる。
嫌悪感にそむけたしゅうの顔に、光代の平手打ちが音をたてる。
はずみで横を向いてしまったしゅうの体を、しゅうの鞄で滅ッ
多打ちにする。
歯を喰いしばって痛みと屈辱に耐えるしゅう。
表からブザーの音と男の声。
声 「ごめんなさいヨ、丸山さんいるかい?」
光代 「!(ピクンと声の方を見る)」
声 「もしもし、いるンだろ」
光代、お前が出ろというようにしゅうを突きとばす。しゅう、
たたらをふみながら行って玄関をあけるが、「よう」と声をかけ
た町内の吉田の脇をすりぬけ、表へ走って行ってしまう。
吉田 「しゅうちゃん!」
光代 「どうもすみません」
乱れた髪など直しながら、見送る吉田へ歩み寄る光代。
吉田は、奥に転がっている鞄や中味を目にとめて、
吉田 「余計なことだけどサ、親に手ェあげたりはしてないンだよ
ネ」
光代 「ゑ、ええ……(あいまいに)」
吉田 「なんかあったら声かけなさいヨ、新聞沙汰になってからじ
ゃおそいンだヨ」
光代 「はい……(殊勝に目を伏せる)」
吉田 「ねえ、あんな子じゃなかったのに……あ、明後日の晩、寄
り合いがあるンだけど(回覧板のようなものを見せる)」
46 スーパーさくら・表
皿盛りのリンゴが真っ赤だ。
いきなり鷲掴みの手がのびて山が崩れる。
47 鉄橋 (夕)
電車が轟音と共に川を渡って行く。
その鉄橋の下、仁王立ちのしゅうがリンゴを喰っている。
水面を睨み、ガブリと歯を立て、何物かに挑んでいるように見
える。
48 河原と土手の道
タイトル『十月』
金八が登校して行く。
まつわりつくような有希たち三人娘と、今日もそれに密着して
いる量太。
元気にそれを追い越して行く伸太郎と征幸、上衣も脱いで本気
のマラソンだ。
金八 「オイオイ!」
祥恵の声「先生———ッ」
振り返ると二人の上衣や鞄を引き受けている祥恵や信子たち。
祥恵 「どっちの馬にするゥ?」
金八 「ウマ?」
有希 「ソノガミホマレとカケマラソンの星」
金八 「それって競馬だろ。 君たち賭けてンのかい?」
智美 「当然」
比呂 「私はソノガミホマレ」
金八 「ちょっと待ちなさい。賭けごとというのはネ」
と説教しようとするが、祥恵たちは二人の鞄などを量太に押し
つけて騒ぎだす。
鼻息も荒く疾走して行く伸太郎と征幸。
49 桜中学・校門
テープの両端を持ってゴールをつくっている博明と淳。
博明 「あ、見えました! 最後のコーナーを曲がってソノガミホ
マレ、カケマラソンのホシ、互いに競り合いながら正面直
線コースへなだれ込んでいます」
校門めがけて走る征幸と伸太郎を登校の生徒が道をあけたり、
応援したり。
博明 「ただいま両馬に鞭が入りました。あと十メートル、五メー
トル!」
校門見回りの北と小田切が来て、
北 「なにやってンだ、お前たちは!」
もつれるようにゴールへとび込み校門内に倒れ込む征幸と伸太
郎。
それをまたいで校庭に入って行くのはしゅうだ。
博明と淳はそれを追うように逃げて行き、北と小田切にひき起
こされながら征幸と伸太郎の満足そうな高笑い。
道の向こう側に佇んでいた飯島弥生と昌恵の母子が一連の出来
事を息を呑むようにして見ている。
その姿に祥恵たちとやって来た金八が気付いて声をかける。
金八 「お早ようございます、坂本です」
昌恵 「あ、お早ようございます」
慌てて頭を下げる昌恵。その手をしっかりと握っている弥生は
伸太郎たちの様子に怯えたらしく白い顔を金八たちにむける。
祥恵 「お早よう!(と明るく声をかける)」
比呂 「お早よう!」
明るい三人娘のあいさつに、ふっと微笑の弥生、花のような笑
顔。
量太 「あーカワユイ!!」
弥生 「カワユイ(おうむ返しに呟き)」
量太 「サンキュー! 俺、富山量太!」
金八より早く祥恵がパンと量太の頭を叩いている。
量太 「イテッ」
智美 「転校生?」
金八 「うん? うん」
昌恵 「飯島です、よろしくお願いします」
智美 「(弥生に)私、中木原智美。この子はダメよ、近づかない方
が安全」
金八 「余計なことを言うんじゃないの、なァ量太」
量太 「なァ、先生」
弥生のやわらいだ表情に、ホッと金八と見交わす昌恵。
50 同・三年B組教室
金八 「では、今日から新しく三Bの仲間となる飯島弥生さんを紹
介します。今度お父さんのお仕事の都合で鎌倉の方から引
越されました」
玲子 「へえー、カマクラ? セレブ」
鎌倉と聞いて玲子と崇史が反応するが、その他は余り興味なく、
しゅうは更に無関心だ。
金八 「ああ、だから向こうに比べるとこっちは少々ガサツというか、
賑やかすぎる活気があって馴れるまでは面喰らうこともあ
るでしょう。その時は女学級委員」
祥恵 「任しといて」
教室の後ろから様子を見ている昌恵が頭を下げる。
その動きを反復する弥生、お辞儀。
祥恵 「先生、机はあそこしかないから、ヤヨは馴れるまで私の隣
に来てもらって」
金八 「ヤヨ?」
祥恵 「その方が可愛いじゃん、(舞子に)ね」
舞子 「うん」
祥恵 「だから舞子が後ろへ行ってくれる?」
舞子 「え」
有希 「私、賛成!」
真佐人「オレも」
征幸 「オレも!」
玲子 「静かにィ、席決めはもっとちゃんとやってよ、舞子が可哀
そうじゃん」
舞子 「ううん、私はチビあすかの隣りがいい。後ろ大好き(さっさ
と引越しの準備)」
健一郎「先生、僕は賛成です。ホント馴れるまでは有希も祥恵も親
切だし」
玲子 「親切すぎなければいいンだけど」
比呂 「ツンツンと恩着せるよりはいいンじゃない?」
真佐人「ホラ、始まったァ」
智美 「負けるな比呂」
金八 「静かにィ。では(と弥生に)君の席はあそこです」
昌恵がうなずいて見せるのを確認して、舞子が空けた席に向か
う弥生。
スーッとそよ風のように脇を通って行く弥生に孝太郎が興味を
示すが、弥生の静かさと昌恵の存在に何となく異和感を感じる
数名がいる。崇史、浩美、和晃など。
弥生が着席するや、隣からヌッとプリクラを差し出す有希。
弥生は一瞬ピクリとなるが、有希はにっこりとマイペース。
有希 「プリ帳持っている? 持っていたら貼っといて」
弥生が受け取って見ると、有希、比呂、智美の三人が写ってい
るプリクラだ。
有希 「今度、一緒に写そう、シブヤで!」
弥生 「……」
51 同・保健室
金八が健一郎と祥恵を連れて入ってくる。
祥恵 「ということは、つまり、あの子、少し足りないってこと?」
健一郎「(慌てて)サチ!」
祥恵 「だってサ」
金八 「イヤ、サチは気がきくし親切だし、駆けっこが早いくせに
頭もよくて、私は全幅の信頼を置いてるンだけどサ」
祥恵 「アラァ、それほどでもないけど」
金八 「それほどであるから言ってンの。サチに欠点があると言う
ほうがおかしいンだけど、早呑み込みで表現にガサツさが
あるンだよネ」
健一郎「先生、それで僕がいつもどれほどハラハラさせられている
か分るでしょ」
金八 「分るよ。足りないと言うのと知的な障害があるというのと
どうちがう?」
祥恵 「そうか、そういうことか」
本田 「そういうことですよ」
祥恵 「でもね言ってることは同じだもン」
健一郎「サチ!」
祥恵 「ううん、私だってサ、背が高いからモデルみたいと言われ
るのと、電信柱と言われるンじゃ全然ちがうもん」
健一郎「だろ」
金八 「いや、見た目と障害児への差別用語とはちょっとちがうん
だけれど、人に言われて嫌な思いをすることは、人にも言
わない。サチはそういう意味にとっているよネ」
祥恵 「うん!」
本田 「実はネ、飯島さんのお母さんと坂本先生と一緒に相談した
ンだけど、飯島さんのことを、いきなり、この人は知的障
害がありますとみんなに紹介するよりは、とり敢えずクラ
スのリーダーにだけ打ち明けて、みんなと馴染みお友だち
になってもらえるよう協力してもらおうってことになった
のネ」
祥恵 「分かりましした! そういうことなら大丈夫、任せてくだ
さい、ネ、島くん」
健一郎「その代わり、飯島さんへの対応、僕たちにレクチャーして
ください」
金八 「もちろんさ。それで本田先生にはこの部屋使わせて頂いた
ンだけれど、はじめてなんだよ私は」
祥恵 「はじめてって?」
金八 「うん、これまで私のクラスにはいつでも多少みんなと少し
ちがう子がいたけど、みんな男子だったンだ。多動性の子
もいたし学習障害の子もいた。困ったことは全くなかった
とは言えないけれど、どの子もみんなステキなものを持っ
ていてネ、クラスのマスコットだったり、なぜかみんなが
その子のことを気にかけてやりたくなったり、相対的にう
まく行っていました。けど弥生みたいに女の子ははじめて
だからさ、ドンと任せてというには私も少々」
本田 「自信がないンですって」
祥恵 「カワユイ!」
金八 「えッ」
祥恵 「そういう先生って大好きィ」
金八 「オイオイ」
健一郎「僕もです、やっと先生のこと分って来たけれど、却ってい
ろいろ相談しやすい感じ。分ンないことは分らなくていい
ンですよネ」
金八 「そうだよ、そうなんだけれどサ」
祥恵 「大丈夫です、様子を見ていて各班の班長を"ヤヨを守る会"の
会員にします」
金八 「"ヤヨを守る会"?」
健一郎「ハイ」
金八 「ただ気を付けて欲しいのは、余り熱心になって距離を詰め
すぎると、パニックを起こすことがあるそうだ」
祥恵 「どういうこと?」
金八 「うん、お母さんが言われるには、それも随分改善されて来
ている。けれど環境が新しくなればヤヨなりに緊張してい
るだろうし、その緊張の糸を君たちの親切でプツンと切っ
たりしないことだ」
本田 「でも、私はあなたたち二人なら絶対に飯島さんを三Bの一
員にすることができると思うの」
健一郎と祥恵は顔を見合わせるが、しっかりうなづく。
金八 「ありがとう、よろしくおねがいします」
52 同・三B廊下
休み時間だ。
智美、比呂、有希は弥生をグループの仲間扱いで、一緒に手拍
子を打ちながら、真佐人、征幸、隼人、康二郎を踊らせている。
軽やかなタップ、真佐人がバック転を入れると、弥生の美しい
瞳が驚嘆に見開いている。
博明 「(中継アナ調に)ただいまバック転を成功させたアホは中村
真佐人、サンビーズのリーダー的存在でこのグループダン
スを売り込もうといろんなテレビ局をまわっていますが、
いまだ一つも売り込みに成功はいたしておりません」
サンビーズは揃って大きなお世話というアクション。
見物の生徒にはそれが受けるが、教室内で参考書を開き、浩美
と頭を寄せ合っていた崇史が、いかにもうるさい! と見る。
伸太郎、直明は弥生に興味津々で、
伸太郎「カワイイじゃん、ああいうのをホントのカワイイって言う
ンだぜ」
量太 「だろ? けど、オレの許可なしにチョッカイは出させねえ」
直明 「なんでだよ」
量太 「アホか、なんの為に俺がいつも学年一の女好きと言われて
も文句は言わなかったのか、それはだな」
直明 「分ったヨ、許可は求めるからデートを取りつけろよ」
量太 「このオ(首を絞めに行く)」
伸太郎「やれ、やれィ、骨は拾ってやるぜ」
突然の取っ組み合いに、麻子が「キャーッ」と悲鳴をあげる。
ピクンと反応する弥生。
奈穂佳が争う二人を引き離そうと、手近なものをバンバンと投
げつける。
教科書、鞄、筆箱。
信子 「やめてヨ! それ私のよ!」
飛鳥が手提げ袋の中をかきまわしている。
あすか「どったのォ?」
飛鳥 「お金がない」
あすか「(のぞき込んで)あるじゃん、財布」
飛鳥 「その中のお金がない」
あすか「やだ、またなの? 学級委員、学級委員はどこォ?!」
騒ぎからはずれているしゅう、机に突っ伏している。
寝たふりで窓外の青い空を見ている。
有希 「ヤヨ! ヤヨ! どうしたの!」
廊下で弥生、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまっている。
比呂 「気持ちわるい? 保健室へ行こか」
と智美と一緒に弥生を立たせようとするが、体を震わせて拒否
反応の弥生。
戻って来た祥恵が輪の中へとび込み、比呂たちを追い払い、両
手を拡げ全身で弥生をかばって叫ぶ。
祥恵 「この子にさわるなーッ」
祥恵の迫力に唖然の一同。
53 繁華街 (夜)
プリクラボックスにギュウ詰めの有希、智美、比呂の三人、嬌
声をあげながらポーズを決めている。
有希 「せっかく転校記念にヤヨも誘ってやろうとしてたのにィ」
比呂 「けど、何かヘンよあの子」
智美 「いいじゃん、この次に誘えば」
有希 「うんだ」
智美 「ホラ、もう一個いくよ」
比呂 「チョイ待ちィ!」
× × ×
プリクラのゲームセンターから出て来た有希たちの前にヌッと
立ち塞がるブルーキャップの夜回り隊(商店主や町内会)。
夜回り隊A「(いきなり)中学生だね」
比呂 「高校生」
A 「高校はどこ?」
比呂 「港東」
智美 「私は港南」
B 「高校生でもネ、十八歳未満の深夜外出は東京都の条例でダ
メということになってンだよ」
有希 「でも、まだ九時。それに今帰ろうとしていたところ」
B 「きっとだね」
有希 「うん」
A 「学生証、見せてくれないか?」
比呂 「(ムッとして)オジさん、ケイサツ?」
A 「警察じゃあないけど、あンた達が犯罪にまき込まれないよ
うにという夜回り隊」
比呂 「知ってる、この前新聞に出ていたし、けど何も悪いことし
てないのに、アレコレ言われたらムカつく」
A 「だからサ、それはあンた達が犯罪に」
智美 「大きなお世話!」
B 「何だって?」
智美はパッとケータイでAとBの写真をとり、
智美 「パパに言いつけてやる、この人達が私たちを不良扱いした
って訴えてもらう。私のパパは弁護士だからどういうこと
したらいけないか、ちゃんと教育してくれてるわヨ!」
有希 「そうよ、学生証見せる代わりにオジさんたちも名刺頂戴」
A 「バカな」
と鼻白んだ所へ別動夜回り隊の遠藤たちが走って戻ってくる。
遠藤 「すいません、逃げられました」
遠藤にアッと気付く有希、比呂の手を掴んでパッと逃げ出す。
智美も慌てて後を追う。
B 「コラーッ」
遠藤 「どうかしましたか」
A 「いやあ、そんなに崩れてはいないし、援交予備軍にならな
いうちにと声をかけたンですがね、大きなお世話と言われ
ちゃって」
C 「ヤツら、口は達者だから」
B 「それで、そっちは?」
遠藤 「やっぱり高校生ですネ、リンチなんだかじゃれてるンだか
分らないので割って入ったのに、逃げられました」
A 「全く、親はなにやってンだ、子どもが夜の町で何してるか
心配じゃないのかね!」
54 夜の街
ハンバーガーをかじりながら帰って行く有希たち。
有希 「やだねーッ今夜はメッチャ感じ悪りィ」
智美 「私、分ったよ、いくら子どもだっていきなり頭から疑って
かかられたら、誰だってムカつくし、それでぐれる子たち、
いっぱいいると思うンだ。それってあの人たちのせいだと
思わない?」
比呂 「思う、思うけど、智美のパパ、いつから弁護士さんになっ
たのヨ」
智美 「えーッ、だよねぇ」
有希 「なによ、
気持ちがほぐれて笑い合った所へ、向こうから走ってくる人影、
追われているらしい。
続く数名の若い男は追っているようだ。
とっさに道脇に身を避ける少女三人。
そのそばをかすめて逃げるしゅう。
まさか……と思いながら、逃げるしゅうと追う男たちを見送る
三人。
有希 「(ぶると身震いして)帰ろ」
比呂 「今日はなんかヤバイよ」
智美 「うん」
パトカーのサイレンが響いて来る。
電話のベルのズリ上がり———
55 坂本家
幸作 「(受話器をとって)はい、坂本です。はい居ります(奥へ)父
ちゃん! 電話ァ」
金八の声「おう!」
56 夜の道
○いそぎ足の金八。
○バイクでぶっとばす小田切、後ろにシルビア。
○走る乾の車に同乗の本田。
○走る金八、大森が自転車で追ってくる。
大森 「オーイ、金八くん、金八くん!」
○ 金八、振り向きもせず懸命に行く。
○
57 桜中学・全景 (夜)
暗い校庭に職員室の明かりだけが煌々と点いている。
58 同・職員室
呼び出されている教師たち。
校長 「夜分、お集まり頂いたのは他でもありません、実は先ほど
知り合いの者から、港東高校の体育系部室で生徒たちがド
ラッグをやっていたことが分り、関係者は学校側も含め事
情聴取に呼ばれていると知らせがありました」
乾 「ドラッグ!? ドラッグって麻薬ですか」
校長 「そうです」
乾 「しかし、何でまた港東高校の部室から?」
北 「呑ン気なことを仰言らないでください乾先生。いま、高校
生がドラッグで問題起こしつつあるのは昨日今日のことで
はないンですよ」
乾 「(ムッとなり)桜中学は、中学校です」
金八 「乾先生、その桜中学校である本校から、例年、港東高校に
合格者が出ているンです。校長先生はその関連で夜間招集
をかけられたのだと思いますが」
校長 「その通りです、その部員の中にうちから行った子がいたか
どうか、且つドラッグに手を出した子がいるかどうか、す
ぐに調べて頂きたいのです」
59 イメージ・警察署・表 (昼)
パトカーからつまみ出され、刑事に追い立てられるように玄関
に向かう高校生。制服やジャージ姿でふらふらしているものも
いる。
金八の声「しかしドラッグ汚染は港東だけではないと思いますよ」
国井の声「そうですよネ、この前は汐田高校の校名が新聞にのった
し、緑山高校にも合格しているのがいるし」
校長の声「だから、その全部を当たるンです。大学はいいから、う
ちから行った高校の様子をです」
60 元の職員室
小田切「当たってどうするンですか」
校長 「小田切先生、ドラッグはいずれにせよ暴力団の資金源です。
昔は不良外国人と暴走族が
に入ってふつうの高校生の売人が現れているのです」
乾 「ふつうの、ですか?」
金八 「相手は麻薬なんです、はじめは面白半分だったり好奇心で
も、手を出したら最後、強烈なその感覚がわすれられなく
て、もう一度だけ、もう一度だけという誘惑に負けて遂に
依存症になり、そうなればいかにクスリを買うお金を手に
入れるかです。そのために高校の友だちを売人にして行く。
これはもう悪循環という他はなくて、お金に詰まった高校
生が、今度はたやすく言うことを聞く後輩の中学生を誘い
込んでいるというのが実情なんです」
国井 「(身を震わせ)どうしましょう、まさかうちの生徒にもそん
な誘惑があるのでは———」
校長 「(イライラと)荒谷二中では、全校生徒に尿検査を命じるら
しいです」
金八 「全校生徒に尿検査?!」
北 「教育委員会はそれを認めたのですか」
金八 「そんな無茶な。それは人権問題です」
校長 「坂本先生、あなたは人権と中学生のクスリ漬けとどっちが
大事なんですか」
本田 「いいえ、全校の一斉尿検査など現実的問題としてとても無
理です。それに最近は尿検査でも痕跡が出ないという新し
いのも出まわっているようですし」
国井 「では一体どうしたらいいというンですか!」
遠藤 「(と入って来て)荒谷二中のワルがクスリは桜中の生徒にも
売り込めと言ったとか、耳にしたことがあります」
乾 「許せません、そんなことは絶対に!」
北 「そうやって乾先生が力んだところで狙われたが最後、この
近隣でうちの生徒ほどお人好しが揃っている所はないので
すから」
金八 「北先生、そのお人好しに賭けましょうよ。失礼ながら二年
ぶりの桜中学では、生徒たちが軽くなったり子どもっぽく
なってしまったように思えますが」
校長 「それ、どういう意味ですか」
金八 「ぬるま湯というのは入っている者には分らんということで
す。一度、外の風に当たれば気付くのですが」
校長 「では、いつでも外の風に当たりに行ってくれて結構です」
小田切「(ドンと机を叩き)小競り合いは後にしてください!」
校長 「(思わず)小田切先生!」
遠藤 「自分も本校のお人好しの子供に賭けます。夜回りしてホン
トに思うのは子どもより大人の無責任です。そこへ行くと
この地域には保護者に地域力というものがありますから」
金八 「そうなんだよ、遠藤先生」
遠藤 「それも、毎晩ぬるま湯から出て夜回りして、他所も見て分
ったことですがね」
校長 「具体的に言いなさい、具体的に」
本田 「私のお願いは、その先を見て頂きたいと言うことなんです。
恐いのはドラッグで、体も脳もメタメタになるだけでなく、
それでもクスリが欲しいためのお金が欲しい、すると女の
子の場合、簡単に援交に走るということなんです」
シルビア「そう、そして、その先は性感染症ネ」
今まで発言のなかったシルビアをみんなが一斉に見る。
シルビア「エイズはビンボーの人の病気。でも日本はお金持ち、女
の子は遊ぶお金とブランド欲しくて援交、そして病気貰う。
その病気うつしまくる。怖ろしいデスよ」
一同 「……(シンとなってしまう)」
シルビア「だからちゃんとセックスの教育しましょう、パーフェク
トに!」
校長 「(ハッと我に返って)とにかく、早急に生徒たちの様子を調
べてください。そして少しでもその気配があった時は、す
ぐに報告して頂く。但し、くれぐれも他所へ洩れないよう
に。よろしいですネッ」
乾 「なぜ、洩れてはいけないのですか」
校長 「決まってるでしょう、子どもみたいな質問はしないこと!」
金八 「いいえ、ドラッグにしても性感染症にしても、この学区と
地域だけ無傷無菌状態という訳にはいかないのですよ。何
よりも子どもたちのために情報は共有すべきです」
校長 「その時期と内容は、校長である私が決めることです」
校長、全員を睥睨する。
61 夜の道・A
スナックなど食べながら塾帰りの三B女子が帰ってくる。
あすかと飛鳥、舞子と麻子、男子は淳と量太で荷物を持ってや
っている。
角を曲った所で網を張っていた感じの高校生の佐藤や鳥居たち
四人がぬっと三Bの前に立つ。
ギョッとなるあすかたち。
あすか「な、なによ、あンたたち」
佐藤 「金、貸してもらおうと思ってサ」
舞子 「余計なお金なんか、持ってないもン」
佐藤 「だったら、その鞄よこせ」
量太 「これですか? はいはい」
麻子 「ダメーッ、それ私のよ」
と鞄をとり返そうとし、返すまいとする高校生の動きの中で、
震えていた淳が、すばやくその場を脱け出す。
舞子 「(おどろいて)淳!」
飛鳥 「淳!」
飛鳥は淳を追うと見せて、その場を逃げ出す。
あすか「飛鳥、ズルーイ!」
と残り三Bがバラバラ逃げようとすると、鳥居が道端の看板を
ガーンと蹴り倒す。
その音で固まる残りの三B。
鳥居 「ホラ、素直に金貸せよ」
舞子 「キャーッ」
上衣のポケットに手を突っ込まれたのだ。量太は思わず叫んで
いる。
量太 「やめろ! ケイサツに言うぞ」
佐藤が物も言わずにくり出した一発が見事、量太の顔面をとら
えて、あえなくその場に昏倒する量太。
麻子 「量太!」
仰天する女の子たち、口々に量太の名を呼んで、その体にすが
り、ゆさぶる。
あすか「量太、死んじゃダメ——ッ」
佐藤 「アホ、その位で人間死ぬか」
毒舌を叩きながら、手早く獲物をあさってあたふたとその場を
引き上げる佐藤たち。
舞子 「誰かァ、誰かァ、来てーッ」
麻子 「そうだ!(とケイタイをとり出す)一一0番! 一一0番!
ね、ケータイは一一0番でも0三を入るの!」
舞子 「そんなこと知らない!」
あすか「くそォ、淳と飛鳥は覚えてろヨ」
と妙に安らかな顔の量太を抱き起す。
その向こう、自転車の影が行ったり来たりしている。しゅうだ。
様子を確かめていたようだが、大したことがないと見てとり、
スッと闇の中へ消えて行く。
62 夜の道・ B
いつもの巡回でやって来る大森。
自転車のしゅうに気がつくと、
大森 「コラコラ! チミ、チミ!」
しゅう「あっち」
大森 「あっち?」
としゅうが指さした方に向かうが、ハッと振り返り、
大森 「コラーッ、なしてついて来んのだァーッ」
だが、さっさと消えているしゅう。
63 桜中学・職員室(翌日)
目のまわりに見事な青アザをつくっている量太。
金八 「どうしたンだァ、そのアザは?」
量太 「(カンカンで)だから何回同じことを言わせたら気が済むン
だよ」
あすか「だよ、先ず交番に連れて行かれて、大森巡査に職務なんと
か」
遠藤 「職務質問」
舞子 「けど、私たち何も悪いことしてないのにくだくだといっぱ
い聞いて」
麻子 「あげくに警察に連れて行かれて、また同じことをはじめっ
から刑事さんに聞かれてさ。先ず、量太を病院に連れて行
くのが先じゃん!」
量太 「その通り!」
あすか「けど、飛鳥があんなに冷たいダチだと知らなかった」
飛鳥 「ちがうってば、私は淳をつかまえに」
淳 「オレは力もないし、恐かったから助けを呼びに」
あすか「そんなもの来なかった! 逃げたくせに」
淳 「(目を伏せてしまう)」
金八 「とにかく刃物で刺されなくてよかったよ」
遠藤 「御町内の夜回り隊も賑やかな所以外も廻ろうと行っている
けれど、先ず君たちも自分で自分の安全に気をつける。塾
が終ったら物食べながらダラダラ帰るのが、悪い奴らにと
っては一番だらしなくて脅しやすいンだからネ」
遠藤が話している間、淳が他の人に気付かれないように、しき
りと金八の上衣の袖を引っ張っている。
そのサインに気付く、金八。
64 同・三B教室
量太たちが入ってくると、そのアイマークにほぼ全員の歓声と
拍手。
弥生だけは目をまるくしている。
量太 「(それに気付いて)ヤヨ! 男富山量太、どんな時でも守って
やっから、心配すンな(ニッと笑う)」
祥恵 「笑うな、気持ちわるいから!」
65 同・水呑み場の前
金八と淳。
金八 「姉ちゃんが?」
淳 「あいつバスケ部のマネージャーやってるから、ヤバインだ
って」
金八 「ヤバイ? ということは港東のバスケ部がドラッグをやっ
てるってことか」
淳 「俺、知らない。けど、早く姉ちゃんに会ってやってヨ。殺
されたらどうするヨ」
金八 「(ドキンと)淳!」
淳 「あいつ、変に気が強い所があるからサ」
金八 「分ってるよ、けど、なんでそんなヤバイことにハマっちま
ったのか……(暗然)」
66 坂本家・居間 (夜)
みゆきと淳が来ている。大森も。
みゆき「大丈夫よ、殺してやる! という程、肝っ玉が据わってい
るのはうちのバスケにはいない。でも、反対に気の小さい
奴が却ってヤバインだよね、自分のことしか考えてないか
ら。すぐにカーッとパニクると、前後のことも考えないで
やっちゃいそうだから」
金八 「それはあり得るな」
みゆき「だからサ、そんな奴にグサリとやられるなんてたまんない
じゃン」
金八 「ああ、たまったもンじゃない」
大森 「ンだ」
みゆき「だから、コレ、先生と大森さんとで何とかして」
金八 「何とかしてって、お前」
上衣の裾から手を入れてもごもごやっていたみゆき、ブラジャ
ーのあたりからポリ袋入りの何ものかを出して、テーブルに置
く。
金八 「コレ?」
みゆき「大麻」
金八 「ゲエッ」
幸作 「ホンマもん?」
と幸作も台所から顔を突き出す。
大森 「触わるなや、触わったらば現物所持で逮捕する」
幸作 「大森さん……」
大森は薄気味悪い笑いで一同を見まわし、
大森 「今年の夏頃まではな、ドラッグの種類によってはな、警察
と麻薬Gメンとの縄張りサあってな、モノによっては本官
だども持っただけで御用! だや」
金八 「ちょっと、あンまり不気味なことは言わないでよ」
大森 「大麻か……うん、大麻だな、吸ったか」
みゆき「けむりをね」
金八 「(まさに悲鳴で)みゆきィ!!」
大森 「なんちゅうアホか、吸わネと言えば本官だって見逃すもン
を」
幸作 「ちょっと! 吸ったかと聞いといて何だよそれ、誘導尋問
だぞ! 大森さん」
金八 「(動転はしたが)そうだ! 誘導尋問だ! いわば自首して
来たみゆきを、貴様ァ何んということを(つかみかかる)」
大森 「したども、この子は」
みゆき「煙は吸ったけど、大麻はやってないもンね」
大森 「だども、お前は吸ったと……」
みゆき「うちの部は意外とケチなのよ、マネージャーまでまわすほ
どないっていうから、私、パクパクとあいつらが吸ったケ
ムリを吸っただけ。部屋ン中モヤモヤしてるヤツ」
金八 「……(クタクタと力が抜ける)」
大森 「分った、オシッコ調べれば分ることだからな」
みゆき「平気だもン。ただ、私がどうやって、このブツを先生たち
に取り上げられたか、そのお話は作ってよ。じゃないとや
っぱヤバイでしょ。」
金八 「けど、なんでみゆきがこれを持っているンだ」
みゆき「持たされたの、何かあった時はお前が処理しろって」
幸作 「ひでえ、話」
みゆき「まあネ」
金八 「で、部長は一体どこからこんなものを」
みゆき「先輩の大学生、ちょいちょい練習を見に来てくれていたン
だけど、売りつけられたんだ。いつもとなると小遣いじゃ
あ足りないし、部費に手エつけて、私、それがイヤだった
ンだ」
金八 「よし、それでこそみゆきだ」
みゆき「あなたの為なら死んでもいいもン」
金八 「えッ」
大森 「したが先生、本官たちがどうやってブツをみゆきからとり
上げたことにする?」
幸作 「本気で考えてよ父ちゃん、みゆきがヤバイよ」
大森 「大丈夫、本官は命かけてもチミを守る」
金八 「問題はどうやってか、だ」
67 港東高校
パトカーと覆面パトカーが停っている。
部室を捜査しているGメンたち。
固唾を飲んでズラリと壁ぎわに並ばされている部員たち。
部長が一緒に並ばされているみゆきの顔を盗み見る。
シラっとした顔のみゆき。
オロオロ立ち合っている教師たち。
新聞記事『薬物汚染、高校生に蔓延』
『部室でも吸引、売買』
68 交番
大森 「いやあ、うまく行ったよ金八君、ゆんべ、ひったくりだー
ッという声で本官が賊を追跡したらヤツはたまらず持ち物
放り出したもンで、拾ってみたら中味が例のブツだったと
いうことで」
69 桜中学・廊下
ケータイで声をひそめて受けている金八。
金八 「待ちなさいよ、ひったくられた被害者のことはどうなるの」
(電話カットバックで)
大森 「それで足がついたらヤバイと思ってこっちの方もトンズラ
したもンで、残ったのは本官が押さえた現物だけちゅうこ
とで」
金八 「話は済んだわけ?」
大森 「だども金八くん、これは生涯における二人の秘密だやね、
ええな」
金八 「いいとも、それでチミが疑われなかったのは、普段、冴え
た仕事をしてなかったお蔭だよネ」
大森 「待った、それ、どういう意味だ」
金八 「まずはよかったということ!」
大森 「だども、これからも情報はよこすべし。青少年を毒するも
のは、この大森が断固許さん!」
70 夜の繁華街
高校生らしいグループが、雑踏をかきわけ、死にもの狂いで逃
げる。
それを追う少年課刑事と警官。
道ばたにダラーッと座り込んでいた別のティーンエイジャーが、
目の前の走り抜ける出来事をトロンと見送る。
逃げる高校生の一人が掴まる。
そのポケットからすべり落ちる数個の高級時計など。
新聞記事『麻薬汚染の高校生、金庫破りなどで大麻乱用』
『三十二件、盗みで資金』
叩きつけられるように新聞見出しが躍って———
71 桜中学・職員室
それらの新聞を、それぞれが注目しながら。
国井 「いやですね、このところ連日、高校生の麻薬問題ばかりじ
ゃないですか」
北 「合同キャンペーンを張っているのかも分りませんが、メデ
ィアも低年齢化防止の狙いのアドバルーンをあげているの
かも知れませんね」
小田切「次は中学生だから気をつけろというヤツも入ってるでしょ」
乾 「しかし、こういうキャンペーンは気に入りませんね。大学
も高校もみんな汚染されているみたいで、進路指導など成
り立ちません」
校長 「その通りです。青少年が簡単に毒されるというのは誠に辛
いですが、そもそも、こんなものがなければ買う者も試す
者もいない訳だから、国は厚生省や警察をフルに使って汚
染物質の上陸を命がけで阻止すべきです。それが日本を守
るということなのです」
シルビア「エクスキューズミー」
校長 「なんですか(話の腰を折られて不愉快)」
シルビア「マリワナは海外から来るばかりではないヨ。家庭菜園や
ってた人、いた」
72 ビル・屋上
たて続けにフラッシュの閃光を浴びながら、大麻の鉢植えを抱
いて、うなだれている管理人。
73 元の職員室
校長 「そんなもの、量的に見ても趣味の段階です」
金八 「趣味でも犯罪は犯罪です」
本田 「けれど、いつの間にか、そんな恐ろしいものが子どもたち
のまわりをとり囲んでしまってるなんて」
金八 「ところが、子どもも親もその恐ろしさをピンと認識してい
ないのが問題だと思うのですよ」
遠藤 「動機を聞くとですネ、大麻をやったらスーッと体が軽くな
って、嫌なことが忘れられたし、別に悪いことでもないと
思って、と言いますしネ」
国井 「悪くないどころか、スーッと体が軽くなるのを続けたくて、
泥棒やゆすりをやってるじゃありませんか。それでも親は
ピンと来ないのですか!」
校長 「早急に保護者会を開きましょう。生徒に汚れた手がのびる
のを学校のせいにされたらたまりません」
金八 「やるなら早い方がいいですね」
北 「よかった」
校長 「なにがですか?」
北 「いえ、珍しくお二人の意見が一致して」
校長・金八「生徒のためですから」
とハモってしまい二人は顔を見合わせる。
74 町
掲示板に『麻薬撲滅』キャンペーンのポスターが貼られている。
残念なことに、そのいくつかにはふざけた落書きもある。
75 桜中学・廊下
同じく、麻薬撲滅キャンペーンのポスター。
だが生徒たちは気もかけず、その前で踊っている。
はなれて、シンとした目でポスターを見つめているのはしゅう
だ。
その肩をポンと叩かれ、ギクッと見ると、金八である。
76 同・三年B組教室
金八 「(教壇から一同へ)元気なのはOK、楽しく踊るのも上等、
けど今日の廊下に新しいポスターが貼られていたのを、あ
まり気付いてくれなくてがっくりしましたよ」
祥恵 「あれェ、何だったけ?」
金八 「麻薬撲滅キャンペーンポスターです。学校では先生方が本
気で心配しているのに、ちゃんと見てくれていたのは、し
ゅうぐらいのものでした」
玲子 「へーえ、たまにはしゅうも何かに興味を持つンだ?」
しゅう「……(無視)」
金八 「だから私はしゅうだけではなく三Bのみんなも興味を持っ
て、みんなで自分のことをしっかり守って欲しいンだな」
玲子 「大丈夫、私たち麻薬なんてそんな恐いもン興味ないもン」
金八 「そうかい? それなら安心だけど、私は興味ありました」
智美 「えーッやだ、先生、麻薬中毒だったの」
金八 「あのネ、だったらみんなの担任として此処に立っていられ
る訳がないでしょ」
征幸 「あー驚いた、あーよかった」
金八 「いまホントに良かったと私も思っている。あれは一九七0
年代、そう二五年ぐらい前のことかなァ」
直明 「そんな昔の話、しようがないよ、僕たちまだ生まれてない
もン」
祥恵 「コラ! 黙って聞け!」
金八 「サンキュー。けど祥恵さん、もう少し女の子っぽい言葉を
使ってよ」
祥恵 「だって」
あすか「いいから先生、二五年前にどうしたの」
金八 「うん、今はイラクで戦争しているけれど、その頃はベトナ
ム戦争でネ、どの戦争でも人をころさなければ自分がころ
されるという極限状況がやってくる。夜でも、いつ敵が攻
撃してくるか分らないからオチオチ眠れなくてだんだんと
神経がやられてくるンだよネ。時には間違っておばあさん
や子どもを殺してしまうこともある」
奈穂佳「(呟く)ひどい」
金八 「そう、それが戦争であって、罪悪感から逃げ出したくて麻
薬による現状逃避がはびこってしまった。当時を描いた凄
い映画がいくつもあるから、いつかお父さんとビデオを借
りて見たらいい。テレビでも放送欄を気をつけてたら見ら
れます。ま、そんな事でその戦争も終るんだけれど、ベト
ナム帰還兵は無事に帰っても麻薬から縁が切れず町にどど
っと流れ出したことがあります。私が知ったのはその少し
あとで、そうしたクスリの中には、例えばもの凄く音感が
よくなるなんていう噂が広まって、ミュージシャンの中で
は手を出した人たちがいたんだね。だから、どんなふうに
音感が凄くなるか私だって興味を持つでしょう。ところが
当時は注射器を使用して、しかも仲間だから使いまわしを
したんだね。そんなことでアメリカでエイズ騒ぎがおきた。
今ではエイズも発症しなければ普通に暮らせるし、安い薬
も開発された。けど、当時はガリガリに痩せて必ず死ぬ病
気だと思われていたんだよ。そんな時、私が憧れていたミ
ュージシャンも発病した……。そして亡くなった」
一同 「……(聞いている)」
金八 「すばらしいアーティストだった。無念だよネ。今みたいに
エイズとは何かが分っていれば、まだまだ、すばらしい音
楽を私たちに贈ってくれたのに、と思うとたまらない。ド
ラッグ、イコール、エイズというと血清で感染された人に
申訳ないけれど、麻薬とは、痛み止めなど医療で使用する
他はすべて犯罪です。だから廊下のポスターは、可愛い君
たちが犯罪の餌食にならないようにと貼られているのです」
孝太郎「(ガバッと立ちあがる)」
金八 「孝太郎」
孝太郎「見てくる」
健一郎「座れよ、あとでみんなで見ようよ」
金八 「そうだよな、今はみんなと一緒に話を聞いて貰いたいな」
和晃 「……(座れと服の裾を引く)」
孝太郎「(ストンと座る)」
金八 「友だちに誘われたからとか、遊び心で手を出したとか、薬
物中毒の子に共通している動機だけれど、一度使うと必ず
また使いたくなる。これを依存症といって、薬物を使った
ことで脳に変化が起きているため、しようがないことなん
だ。だから、絶対に近寄ってはいけません」
しゅう「……(金八を喰い入るように見ながら、視線がまわってくる
と目を伏せる)」
金八 「やめたいと思っても自分の意志で止められないのが最大の
厄介で、その薬をやめさせる薬はないということです。い
いネ、これは胆に銘じて覚えていてください」
机の一点をみつめているしゅうが、パッと両手で耳を覆う。金
八の声が遠のいて、その耳を突きぬけるような凄まじいダンプ
の衝撃音と鋭いパトカー、救急車のサイレン。ガバッと机に伏
せてしまう。
金八 「しゅう!」
しゅう「(動かない)」
金八 「どうしたンだ、しゅう?」
と肩に手をかける。しゅうはその手を払おうとするのだが躰が
動かない……
金八 「しゅう……」
目の前に座って顔をのぞき込んでやる。
しゅうの白っぽい顔。
金八 「……」
つづく
参考資料『見つめられる顔
ユニーク・フェイスの体験』(高文研)
石井政之・藤井輝明・松本学
『生きていてよかった』(ダイヤモンド社)
相田みつを
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/05/16
背景色の色
フォントの変更
- 目に優しいモード
- 標準モード