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嚶鳴社憲法草案<明治12年~13年(1879~80)に起草>

   第一篇 皇 帝

 

     第一款 帝位相続

 第一条  日本国ノ帝位ハ、神武天皇ノ正統タル今上皇帝陛下ノ皇裔ニ世伝ス。其相続スル順次ハ必ズ左ノ条款ニ従フ。

 第二条  今上皇帝ノ皇位ハ、嫡皇子及ビ其男統ニ世伝シ、其男統ナキ時ハ嫡衆子及ビ其男統ニ世伝シ、其男統ナキ時ハ庶皇子及ビ其男統ニ世伝ス。

 第三条  ()シ嫡皇子孫、庶皇子孫、及ビ其男統ナキ時ハ、皇帝ノ兄弟及ビ其男統ニ世伝ス。

 第四条  皇帝ノ嫡庶子孫、兄弟、及ビ其男統ナキ時ハ、皇帝ノ伯叔父(注:皇帝ニ皇位ヲ伝へタル父ノ兄弟ヲ云フ)及ビ其男統ニ世伝ス。

 第五条  皇帝ノ嫡庶子孫、兄弟、伯叔父、及ビ其男統ナキ時ハ、皇族中当世ノ皇帝ニ最近ノ血縁アル男及ビ其男統ヲシテ帝位ヲ襲受セシム。

 第六条  皇族中男無キ時ハ、皇族中当世ノ皇帝ニ最近ノ女ヲシテ帝位ヲ襲受セシム。

  但、女帝ノ配偶ハ、帝権ニ干与スルコトヲ得ズ。

 第七条  以上承継ノ順序ハ、総テ長ハ幼ニ先ダチ、嫡ハ庶ニ先ダチ、卑族ハ尊族ニ先ダツ。

 第八条  特殊ノ時機ニ逢ヒ帝位相続ノ順次ヲ超へテ次ノ相続者ヲ定ムルコトヲ必要トスルトキハ、皇帝其方案ヲ国会ニ出シ、議員三分二以上ノ可決アルヲ要ス。

 

     第二款 摂 政

 

 第九条  皇帝ハ満十五歳ヲ以テ成年トス。

 第十条  皇帝成年ニ至ラザル間ハ摂政官ヲ置クベシ。

 第十一条 成年ノ皇帝ト(いへ)ドモ政ヲ(みづか)ラスル能ハザル事故アリテ国会其事実ヲ認メタル時ハ、其事故ノ存スル間(また)摂政官ヲ置クべシ。

 第十二条 摂政官ハ、皇帝(もし)クハ太政大臣之ヲ皇族近親ノ中ヨリ指名シ、国会三分二以上ノ可決ヲ得ルコトヲ要ス。

 第十三条 成年ノ皇帝政ヲ(みづか)ラスル能ハザル場合ニ於テ、皇帝ノ相続者既ニ満十五歳ニ至ルトキハ摂政官ニ任ズ。此場合ニ於テハ、皇帝若クハ太政大臣ヨリ国会ニ通知スルニ止リテ、其議ニ附スルヲ要セズ。

 第十四条 摂政官ハ、其在官ノ間、名爵及ビ儀杖ニ関スルノ外、皇帝ノ権利ヲ受用ス。

 

     第三款 皇帝ノ権利

 

 第十五条  皇帝ハ、神聖ニシテ責任ナシ。

 第十六条  皇帝ハ、立法、行政、司法ノ三部ヲ総轄ス。

 原文第十七条・第十八条八行分空白]

 第十九条  皇帝ハ、何等以上ノ官及ビ裁判官ヲ任免ス。

  但、終身官ハ法律ニ定メタル場合ノ外ハ之ヲ免ズルコトヲ得ズ。

 第二十条  皇帝ハ、陸海軍ヲ総督ス。

 第二十一条 皇帝ハ、戦ヲ宣シ和ヲ講ズ。

  但、即時ニ之ヲ国会ニ通知スべシ。

 第二十二条 皇帝ハ、外国派遣ノ使節、諸公使、及ビ領事ヲ任免ス。

 第二十三条 皇帝ハ、外国ト諸般ノ条約ヲ為ス。

  但、国財ヲ費シ(もし)クハ国疆(こつきやう)ヲ変改スルノ条約ハ、国会ノ承諾ヲ得ルニ非ザレバ其効力ヲ有セズ。

 第二十四条 皇帝ハ、通貨ヲ製造シ改造ス。

 第二十五条 皇帝ハ、爵位勲章ヲ与へ恩賜金ヲ授与ス。

 第二十六条 皇帝ハ、義務ナキ外国ノ勲章ヲ受ルコトヲ得。

 第二十七条 皇帝ハ、特命ヲ以テ既定宣告ノ刑事裁判ヲ破毀シ、(いづ)レノ裁判庁ニモ之ヲ移シテ復審セシムルノ権アリ。

 第二十八条 皇帝ハ、刑罰ヲ減等及ビ赦免スルノ権アリ。

 第二十九条 公罪ヲ犯ス者ハ、皇帝ノ名称ヲ以テ之ヲ追捕シ求刑シ所断ス。

 

   国 会

 

 国会ハ、一切ノ法律ヲ議定スル所トス。

 国会ハ、天皇及ビ上下両院ノ三部ヲ以テ成ルモノトス。

 国会ハ、毎年開集スルモノトス。

 国会ノ一部ニ於テ否拒シタル法案ハ、同時ノ集会ニ於テ再ビ提出スルヲ得ズ。

 国会ハ、公衆ノ傍聴ヲ許ス。

  但シ特別ノ場合ニ於テハ、議員十人以上ノ求ニ因リテ各院ノ議長傍聴ヲ禁止スルヲ()

 両院議スル所ノ法案ハ、其討議ノ際ニ於テ天皇(これ)ヲ中止シ(もし)クハ禁止スルヲ得ズ。

 上下両院トモ規則ヲ設ケ院事ヲ処置スルノ権ヲ有ス。

 

   下 院

 

 下院ハ、法律ニ定メタル選挙区ニ於テ選挙シタル代議員ヨリ成ル。

 下院ノ議員ハ、各選挙区ヨリ一名以上ヲ出サシム。

 議員ノ任期ハ、満三ケ年トス。

  但シ幾任期モ重選セラルヽヲ得。

 日本人民ニシテ政権民権ヲ享有スル二十五歳以上ノ男子ニシテ定格ノ財産ヲ所有スルモノハ、選挙法ニ(したが)ヒテ議員ニ選挙セラルヽヲ()

 議員ハ、全国民ノ代議員トス。故ニ選挙人ノ教令ヲ受クルヲ要セズ。

 下院ハ、日本帝国ノ財政ニ関スル方案ヲ起草スルノ特権ヲ有ス。

 下院ハ、政事上ノ非違アリト認メタル官吏ヲ上院ニ弾劾スルノ権アリ。

 下院ハ、緊要ナル調査ニ関シ官吏(ならび)ニ人民ヲ召喚スルノ権アリ。

 下院ハ、議員ノ身上ニ関シ左ノ事項ヲ処断スルノ権ヲ有ス。

  議員下院ノ命令規則若クハ特権ニ違背スルモノ。

  議員選挙ニ関スル訴訟。

 下院ハ、其正副議長ヲ議員中ヨリ選挙シテ皇帝ノ制可ヲ請フべシ。

 下院ノ議員ハ、院中ニ於テ為シタル討論演説ノ為ニ裁判ニ訴告ヲ受クルコトナシ。

 議員ハ、会期中及ビ会期ノ前後二十日間、民事訴訟ヲ受クルコトアルモ答弁スルヲ要セズ。

  但シ下院ノ承認ヲ得ルトキハ此限(このかぎり)ニアラズ。

 下院ノ議員ハ、現行犯ニ ()ラザレバ下院ノ承認ヲ得ズシテ会期中及会期ノ前後二十日間拘致セラルヽコトナシ。

  但シ現行犯罪ノ場合ニ於テモ即時ニ裁判所ヨリ議員ヲ拿捕(だほ)セシコトヲ通知スベシ。

 下院ハ、請求シテ会期中及ビ会期ノ前後二十日閣議員ノ治罪拘引(ちざいこういん)ヲ停止セシムルノ権アリ。

 議長ハ、院中ノ官員ヲ任免スルノ権アリ。

 

   上 院

 

 第一条 上院ハ、皇帝陛下ノ特命ニ因ツテ任ゼラレタル議員ヨリ成ル。

 第二条 上院ノ議員ハ、定員五十人トス。

 第三条 上院議員ノ任期ハ十年トシ、五年(ごと)ニ其議員ノ(なかば)ヲ改任ス。

  但、満期ノ後モ重任セラルヽヲ()

 第四条 上院ノ議員ハ、日本人民ノ年齢三十五歳以上ニシテ左ノ性格ヲ具フルモノニ限ル。

  第一 皇族華族

  第二 国家ニ大功労アリシ者

  第三 三等官以上ニ任ゼラレシ者

  第四 地方長官

  第五 三度以上下院ノ議員ニ撰バレシ者

  右上院議員ニ任ゼラルヽ性格ハ、法律ニ因リ修正スルヲ得。

 第五条 上院ノ正副議長ハ、皇帝陛下ノ特命ニ因リ議員中ヨリ任ズ。

 第六条 上院ハ、下院ノ弾劾シタル官吏ヲ審糺シ、其有罪ト決シタル者ヲ皇帝陛下ニ奏上シテ之ヲ免ズルノ権ヲ有ス。

 第七条 上院議員ハ、現行犯ニ非ザレバ上院ノ承認ヲ得ズシテ之ヲ拘致スルヲ得ズ。

  但、現行犯罪ノ場合ニ於テモ即時ニ裁判所ヨリ議員ヲ拿捕(だほ)セシコトヲ通知スべシ。

 

   国会ノ権利

 

 第一条 国会ハ、租税ヲ賦課スルノ権利ヲ有ス。

 第二条 国会ハ、内外ノ公債ヲ起スノ権利ヲ有ス。

 第三条 国会ハ、国土ノ疆域ヲ変更シ、県ヲ廃立分合シ、其他ノ行政区画ヲ定ムルノ権利ヲ有ス。

 第四条 国会ハ、国憲許ス所ノ権利ヲ施行スル為メニ諸規則ヲ立ルノ権利ヲ有ス。

 第五条 国会ハ、既往ニ(さかのぼ)ルノ法律ヲ立ツルヲ得ズ。

  但シ旧法ヲ寛ニシ及ビ契約ノ効ヲ動カサヾルモノハ此限(このかぎり)ニアラズ。

 

   国会ノ開閉

        

 第一条 皇帝崩殂(ほうそ)シテ国会ノ召集期ニ至ルモ之ヲ召集スル者無キトキハ、国会(みづか)ラ参集シテ開会スルコトヲ得。

 第二条 国会ハ、皇帝ノ崩殂ニ遭フモ、嗣皇解散スルノ(めい)アル迄ハ解散セズ定期ノ会議ヲ続クルコトヲ得。

 第三条 国会ノ閉期ニ当リテ、次期ノ国会未ダ開カザル間皇帝崩スルコトアルトキハ、議員自ラ参集シテ国会ヲ開クコトヲ得。若シ嗣皇之ヲ解散スルノ命アルニアラザレバ、定期ノ会議ヲ続クルコトヲ得。

 第四条 議員ノ撰挙既ニ(をは)リ未ダ国会ヲ開カザル間皇帝ノ崩ソニ(あひ)テ国会ヲ開ク者ナキトキハ、其議員自ラ参集シテ国会ヲ開クコトヲ得。()シ嗣皇之ヲ解散スルコト(なけ)レバ、定期ノ会議ヲ続クルコトヲ得。

 第五条 国会ノ議員其年期既ニ尽キテ次期ノ議員未ダ撰挙セラレザル間ニ皇帝崩スルトキハ、前期ノ議員集会シテ一期ノ会ヲ開クコトヲ得。

 第六条 各院ノ集会ハ同時ニシテ、其一院集会シテ他院集会セザルトキハ国会ノ権利ヲ有セズ。

 第七条 各院議員ノ出席過半数ニ至ラザレバ会議ヲ開クコトヲ得ズ。

 

   国憲ノ改正

 第一条 憲法ヲ改正スルハ、特別会議ニ於テスベシ。

 第二条 両院ノ議員三分二ノ議決ヲ経テ皇帝之ヲ允可(いんか)スルニアラザレバ、特別会ヲ召集スルコトヲ得ズ。特別会議員ノ召集及ビ撰挙ノ方法ハ(すべ)テ国会ニ同ジ。

 第三条 特別会ヲ召集スルトキハ、下院ハ散会スルモノトス。

 第四条 特別会ハ、上院ノ議員及ビ国憲改正ノ為メニ特ニ撰挙セラレタル人民ノ代議員ヨリ成ル。

 第五条 特別ニ撰挙セラレタル代議員三分二以上及ビ上院議員三分二以上ノ議決ヲ経テ皇帝之ヲ允可スルニアラザレバ、憲法ヲ改正スルコトヲ得ズ。

 第六条 其特ニ召集ヲ要シタル事務(をは)ルトキハ、特別会(おのづか)ラ解散スルモノトス。

 第七条 特別会解散スルトキハ、前ニ召集セラレタル国会ハ其定期ノ職務ニ復スべシ。

 第八条 憲法ニアラザル総テノ法律ハ、両院出席ノ議員過半数ヲ以テ之ヲ決定ス。

 

   国民ノ権利

 

 第一条 凡ソ日本人民タルモノハ、法律上ニ於テ平等ノモノトス。

 第二条 日本ノ政権ヲ享有スルニハ、日本国民タルヲ要ス。

 第三条 日本人民ハ、文武ノ官吏タルヲ()

 第四条 日本人民ハ、法律ニ定メタル場合ニ於テ法律ニ定メタル程式(ていしき)ニ拠ルニ(あらざ)レバ拘引招喚セラルヽコトナシ。

 第五条 日本人民ハ、至当ノ賠償ヲ得ルニアラザレバ、公益ノ為ナリトモ其財産ヲ買上(かひあげ)ラルヽコトナシ。

 第六条 日本人民ハ、結社、集会、演説、出版ノ自由ヲ享有ス。

  但シ法律ニ対シテ其責ニ任ズベシ。

 第七条 日本人民ハ、皇帝及ビ(いづ)レノ衙門(がもん)(むかひ)テモ直接ニ乞願(こつぐわん)シ建言スルヲ得。

 第八条 日本人民ハ、何ノ宗教タルヲ論ゼズ信仰ノ自由ヲ得。

 第九条 日本人民ハ、犯罪ノ場合ニ於テ法律ニ定ムル所ノ保釈ヲ受クルノ権アリ。

 第十条 日本人民ハ、法律ニ定メタル場合ノ外、夜中住家ヲ侵サレザルノ権ヲ有ス。

 

   行政官

 

 第一条  皇帝ハ、行政官ヲ総督ス。

 第二条  行政官ハ、太政大臣(および)各省長官ヲ以テ成ル。

 第三条  行政官ハ、合シテ内閣ヲ成シ以テ政務ヲ議シ、分レテ諸省長官ト()リ以テ当該ノ事務ヲ理ス。

 第四条  太政大臣ハ、大蔵卿ヲ兼ネ諸省長官ノ首座ヲ占ムル者トス。

 第五条  太政大臣ハ、皇帝ニ奏シテ内務以下諸省ノ長官ヲ任免スルノ権アリ。

 第六条  諸省長官ノ序次ハ左ノ如シ。

  大蔵卿

  内務卿

  外務卿

  司法卿

  陸軍卿

  海軍卿

  工部卿

  宮内卿

  開拓卿

 第七条  行政官ハ、皇帝ノ欽命ヲ奉ジテ政務ヲ執行スル者トス。

 第八条  行政官ハ、執行スル所ノ政務ニ関シ、議院ニ対シテ其責ニ任ズル者トス。()シ其政務ニ就キ議院ノ信ヲ失スル時ハ、其職ヲ辞スべシ。

 第九条  行政官ハ、諸般ノ法案ヲ(さう)シ、議院ニ提出スルヲ得。

 第十条  行政官ハ、毎歳国費ニ関スル議案ヲ草シ、之ヲ議院ノ議ニ付スベシ。

 第十一条 行政官ハ、毎歳国費決算書ヲ製シ、之ヲ議院ニ報告スべシ。

 第十二条 行政官ハ、上下両院ノ議員二兼任スルヲ得。

 第十三条 諸般ノ布告ハ、太政大臣ノ名ヲ署シ、当該ノ諸省長官之ニ副署ス。

 

   司法権

 

 第一条 司法権ハ、帝皇之ヲ総括シ、諸裁判所ニ於テ之ヲ執行ス。

 第二条 凡ソ裁判ハ、皇帝ノ命ヲ奉ジ、諸裁判所長ノ名ヲ以テ之ヲ決行ス。

 第三条 諸裁判所ノ種類、構成、権限、及裁判官ノ識制[職制]ハ、法律(これ)ヲ定ム。

 第四条 凡ソ裁判ハ、(かならず)之ヲ公行ス。

 第五条 判事ハ、終身其職ニ任ズ。

 第六条 判事ハ、法律ニ掲ゲタル場合ノ外ハ之ヲ免黜(めんちゆつ)スルコトヲ得ズ。

 第七条 軍事ノ裁判ハ、法律之ヲ定ム。

 第八条 凡ソ法律ヲ以テ定メタル重罪及国事犯ハ、陪審官其罪ヲ決ス。

 

〔東京経済大学図書館蔵「深沢家文書」〕

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/07/26

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嚶鳴社憲法草案

オウメイシャ ケンポウ ソウアン


1879(明治12)年末か1880(明治13)年に起草された憲法草案。江井秀雄氏らにより東京都西多摩郡五日市町の深沢家土蔵から見出された。原本に表題を欠くが、傍証を按検して「嚶鳴社憲法草案」と確定されている。嚶鳴社は自由民権運動最初期の最も活溌且つ力ある団体であった。明治12、3年頃、金子堅太郎・島田三郎・小野梓・馬場辰猪らによる結社共存同衆は、「私擬憲法意見」を起草していたが、掲載史料は、これの修正案と推定される。二院制、議院内閣制、制限選挙、制限つき人権保障等の内容を持つ憲法を構想しており、初期自由民権期にあらわれたブルジョア民主主義憲法案として最も注目される一つを成している。

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