王様と恐竜
登場人物
「太陽の国」の王トットラー
トットラー王妃
トットラー王の娘(七人)
カネ
軍隊
武器
軍艦
飛行機
水爆
カラス
正義
大臣
大商人モクスケ
「地球の国」の王
「月の国」の王
「土星の国」の王
恐竜トットラーザウルス
ノーヘル賞委員会事務局長(声)
『世界新聞』記者(声)
地謡
恐竜の亡霊(一)
恐竜の亡霊(二)
恐竜の亡霊(三)
恐竜の亡霊(四)
恐竜の亡霊(五)
* *
(「太陽の国」の王・トットラー、橋懸かりから登場)
トットラー王 ここにあらわれ出でたる
太陽の国は、世界のカネの七割を保有している。その国の王じゃによって、某は世界でいちばんカネ持ちじゃあ。カネというものはいたって結構なものでござるぞ。カネ君を呼ぼう。
(トットラー王、カネを呼ぶ。カネ、登場)
トットラー王 カネ君か。わしはお前が大好きだ。妻より恋人よりお前が好きだ。
カネ 私も王様が大好きです。私は王様の永遠に忠実な部下です。現に私の仲間は七割も王様の国にいるではありませんか。
トットラー王 たしかに今、お前の仲間はたくさんわが国にいるが、いつお前たちがわしの国を去るか心配じゃ。
カネ ご心配には及びません。カネには、仲間が仲間を招くという習性があります。この習性によりまして、やがて世界のカネのほとんどすべてが王様の国に集まります。なんなら、ちょっと実験してみましょうか。
トットラー王 実験って、いったいどうするのかね。
カネ 簡単でございます。
(カネ、扇子を取り出して仲間を招く)
カネ おいで、おいで。仲間よ、おいで。グローバリズム、グローバリズム、グローバリズム……。
トットラー王 グローバリズムというのはいったい何かね。
カネ それは、仲間を呼び寄せるマジナイの言葉でございます。
(カネ、次々とやってくる)
トットラー王 ようこそカネ君、よく来てくれた、よく来てくれた。
(トットラー王、カネと一人一人握手する)
トットラー王 ハッ、ハッ、ハッ。こうしてわが太陽の国はますます豊かになる。ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。さりながら、カネだけでは世界を支配することはできぬ。これには、強い軍隊が必要でござる。軍隊があれば、武器もいる。飛行機も軍艦も水爆も必要じゃ。カネよ、それらを招いておくれ。
(カネ、軍隊を招く。軍隊が現れる)
トットラー王 わが軍隊は世界でいちばん勇敢で、いちばん強い軍隊である。しかし軍隊には武器も必要じゃ。
(カネ、扇子で招く。武器が飛んでくる)
トットラー王 すごい。わが国の武器は日に日に素晴らしくなる。これで敵をやっつけることは朝飯前だ。しかし海の向こうの国も攻めなければならぬから、軍艦も必要でござるぞ。軍艦を招け!
(カネ、軍艦を招く。軍艦、しずしずと登場)
トットラー王 素晴らしい、素晴らしい! さりながら近代戦は何といっても飛行機だ。飛行機を招け!
(カネ、飛行機を招く。飛行機、やってくる)
トットラー王 素晴らしい。最近の飛行機は素晴らしいぞ。音より速く飛ぶ。こんな飛行機を持っている国はわが太陽の国のほかにはない。こんな飛行機がわが国には千機もある。今必要なのは、一発で一つの国、いや世界の国のすべての人間を殺せる水爆じゃ。水爆を招け!
(カネ、水爆を招く。水爆、やってくる)
トットラー王 水爆よ! お前がいないと、わが太陽の国は世界一の国になれない。かわいい、かわいい水爆さんよ。お前はわが太陽の国の守り神じゃ。
(トットラー王、水爆に近づいて頭を撫でる)
水爆 王様、トットラー王様。私をこんなに愛してくれる王様。私も王様のご期待に報いる所存でこざいます。
トットラー王 水爆さんよ、ずっとずっとわしの傍にいておくれ。間違っても、ほかの国に行ってはならないぞ。
水爆 世界には二、三の国に私の子分がいますが、子分の力は私の十分の一にも及びません。私は王様の国で生まれました。そして今では、生まれたときの千倍も万倍もの力を持っています。王様、ご安心くだされ。私は王様の永遠の忠実な部下であります。王様の命令なら私はどこにでも赴きます。命令とあらば、いつでも、一つの都市、いや国、いや世界全体であろうとも廃墟にします。
トットラー王 世界を廃墟に……。それは困る。太陽の国だけは困る。ほかの国が滅びてもかまわないが、太陽の国だけは困る。そのことをよく心得ておいてくれないとなあ。
水爆 心得ております。心得ておりますとも。
トットラー王 それで安心したぞ。わしはお前を妻より、恋人よりも愛しているぞ。
(トットラー王、水爆を抱擁する)
カネ 王様、私にも同じことをおっしゃいましたなあ。
トットラー王 おお、忘れていた。お前を忘れていた。わしはカネ君も水爆さんも大好きじゃ。二人はわしの恋人だ。
カネ そんなことをおっしゃって大丈夫ですか。奥さんの耳に入ったら誤解されますよ。
トットラー王 お願いだ。妻にはいわないでおくれ。あいつは誤解の天才、ヤキモチの天才でなあ。
はてさて、わが太陽の国は世界の富のほとんどを手にしている。また世界の国のすべてを敵に回しても、その国を壊滅させる水爆を手にしている。これでわが国は永久に安泰である。さりながら何かが足りないぞ。何が足りないのか。そうでござる! 「正義」じゃ。「正義」でござる。いくらカネがあり、水爆があっても、「正義」がなければ太陽の国は世界の国々の尊敬を得ることはできぬ。いや、「正義」がなかったらカネも武力もかえって邪悪なものになる。はてさて、「正義」を得るには、どうすればよかろうか。
(トットラー王、腕を組んで考え込む)
トットラー王 困った、困った。
(カラス登場)
カラス 王様、王様。トツトラー王様。何を悩んでおられるのですか。世界一のカネがあり、世界一の武力をお持ちの王様に何の悩みがあるのでしょうか。
トットラー王 たしかにカネがあり、武力もある。しかし肝心の「正義」がない。
カラス 「正義」? なぁーに、そんなもの簡単でございます。
トットラー王 なに! 簡単じゃと……。申してみよ。
カラス 王様、昔から「勝てば官軍」と申します。カネを持ち武力を持って、戦いに勝てば、それが「正義」でございます。
トットラー王 へえー、そんなものか。
カラス そうですとも、そういうものです。昔からいろんな国が戦争によって栄えました。戦争は、「正義」をもったから勝ち、「正義」をもたないから敗れるというものではございません。莫大なカネを持ち、巨大な武力を持って戦争に勝ったほうに正義は自然についてくるのです。
トットラー王 本当にそうだろうか?
カラス そうですとも。自信を持ってくだされ。王様は神であり、神のおっしゃることが「正義」なのです。さきほどカネが仲間のカネや水爆を招いたように、今度は王様が正義をお招きください。正義は誇り高いので、カネによっては容易に動きません。いや、動かないようなポーズをとるものです。しかし王様が自ら招かれれば、正義は必ずやってきますよ。
トットラー王 わかった、わかった。では、やってみよう。
(トットラー王、正義を扇子で招く)
トットラー王 正義よ、来い! 正義よ、来い!
(正義、おずおずと登場。トットラー王に近づく)
トットラー王 正義よ、おいで。この世界一強い、世界一カネ持ちの王のところにおいで。
(正義はそれを聞いて、後ずさりする)
カラス 正義はトットラー王の部下になるのはきまりが悪いのです。いつも馬鹿な人間どもの味方の顔をしている仲間の批判が怖いのです。王様、水爆に脅かさせておやりなさい。
(カラス、トットラー王と水爆に目くばせする。正義、逃げようとする)
水爆 正義さん、王様はあなたを必要としておられるのです。
(正義、逃げようとする)
水爆 (正義に向かって)王様はあなたをお召しです。あなたは王様に背こうとするのですか。背いたら私が一発食らわしますよ。いいですか。
正義 いやいや、私は王様に背く気はありません。
(正義、まだもじもじしている)
カラス 正義さんがまだもじもじしています。カネ君に説得してもらいましょう。
カネ 王様はあなたが大好きなのです。私や水爆さんより、もっともっとあなたがお好きです。あなたも私たちと同様、王様の忠実な部下になりましょう。あなたの仲間の評判など、私の力で何とかしましょう。私の力で何とかならないことは世の中に一つもありません。われら三人、手に手をとって王様にお仕えしましょう。
(カネ、水爆と正義の両手を取り、王様の前に連れていき、ひれ伏す)
カラス ほれ! 正義も王様の前にひれ伏した。正義さん、水爆さんとカネ君とともに王様の家来になりなされ。三人が仲良くすれば、太陽の国は安泰です。世界も安泰ですよ。
(三人が手を取り合う。カラスが囃〈はや〉して踊る)
トットラー王 素晴らしい、素晴らしい。きょうはまことに良き日となった。さぁさ、みんな、ゆっくり休んでくだされ。わしはちと疲れたぞ。
(正義、水爆、カネ、カラス、軍隊、武器、軍艦、飛行機退場。トットラー王、眠っている。そこへ大臣と大商人モクスケ、登場。トットラー王、目を覚ます)
トットラー王 やや、これは、これは。ご両人、お揃いでござるな。何か用でもござるのかな。
大臣 用があるから参ったのでございます。この大商人のモクスケ殿が王様にぜひお会いしたいと申しますのでお連れ申しました。
トットラー王 ぜひ、わしに?
大商人モクスケ はい、さようで……。ぜひ、王様のお耳に入れたき儀があって、参りました。
トットラー王 それはご苦労でござる。はてさて、何用でござるかな。
大商人モクスケ ありていに申せば、王様に戦争をしてほしいということです。太陽の国は強力な軍隊も武器も軍艦も飛行機も、水爆さえありますが、それを使うことがないのでございます。
トットラー王 先に戦争があったではござらんか。
大商人モクスケ いやいや、あれは、戦争というよりほんのママゴト。もっと大きな戦争が必要なのです。戦争をしないと、厳しい訓練をしていても、兵たちの腕が鈍ってしまう。彼らは強く強く戦争を望んでおるのでございます。
トットラー王 なるほど。
大商人モクスケ 戦争ほど国の経済を潤すものはありませぬ。蓄えられた武器を消費することによって産業は活性化し、経済も盛んになります。最近、太陽の国も、景気に陰りが見え出してござる。企業の倒産が相次いでいます。戦争をしなければ倒産は続き、不況はひどくなる。これを一挙に解決するには戦争しかござらん!
トットラー王 企業の倒産、わしもそれをいたく心配しておった。
大商人モクスケ 倒産はますます広がります。先日、倒産したガンガンという会社は王様と深い関係があるという噂です。それが本当なら、王様の身も安泰ではありますまい。また不況がますますひどくなったら、
トットラー王 戦争せよといっても、むやみにやるわけにはいかぬ。
大商人モクスケ いや、まず戦争をするという意思を固めることが大切なのです。世界のほとんどの国はこの太陽の国の威光に服しておりますが、この国に敵意をもっている国もあります。その国を相手に戦争を仕掛ければいいのでございます。
トットラー王 して、いったい、世界のどこにそんな国があるのか。
大商人モクスケ 昔、トットラー王の太陽の国と同じように「太陽の国」を名乗っていたあの国も今は「月の国」と名乗っている。わが国の母の国も今では「地球の国」と名乗っておる。「土星の国」を名乗っている国もある。「太陽の国」の名にならってどの国も天体を国名にしております。
さりながら、まだ世界にはそのような名まえを採用しない国があります。その国は自分の国を「オンリョウの国」と名乗っております。どうも太陽の国にたいする深い恨みがあるようでございます。オンリョウの国に戦争を仕掛け、その国をこの世界から抹殺してしまうのがよろしい。「ヨウカイの国」とか「オニの国」などと名乗っている国もありますが、そういう国を次々に滅ぼしていけばよろしい。
トットラー王 国の名ぐらいで、戦争を仕掛けるのは、ちと無理ではないかな。
大商人モクスケ なんの、なんの。無理ではありません。世界の秩序を司るトットラー王に逆らう国は滅びなければなりませぬ。それが正義です。トットラー王はその正義を持っておられるのです。
トットラー王 わしが正義を持っている?……。それはカラスから教えてもらったことでござるが……
大商人モクスケ カラスですか? それがどうしたと……。
トツトラー王 いや……なに、それはこっちの話じゃ。
大商人モクスケ オンリョウの国は太陽の国への恨みから、太陽の国の人々をあちこちで殺している。みんなオンリョウの国の王の差し金であります。太陽の国の安全を守るためにもオンリョウの国に戦争を仕掛けなければなりませぬ。
大臣 モクスケ殿のいう通りでございます。王様、今こそご決断を!
トットラー王 で、戦争はどれほどで終わるかな。
大商人モクスケ 一週間で終わります。終わらなかったら水爆を使えばいい。そうすれば世界はトットラー王の力に驚いて、ひれ伏すにちがいありません。
(トットラー王、考えこむ。カネ、水爆、正義、カラス登場)
カネ 王様、戦争しましょう。戦争すれば仲間が、どっさりふえます。
水爆 私がついているかぎり戦争は必ず勝ちます。
正義 王様がどんな戦争をなさろうと、私がついていれば、すべての戦争は「正義」の戦争になります。心配することは何もございません。
カラス・カネ・水爆・正義 何も心配することはありません。
トットラー王 わかった、わかった。わしは戦争することにするぞ。
大臣 ありがとうござります、ありがとうござります。王様は決断すれば、それで十分でございます。あとのことは私とモクスケ殿にお任せくだされ。
トットラー王 よろしく頼むぞ。
(大臣・大商人モクスケ退場。代わって「地球の国」の王、「月の国」の王、「土星の国」の王が登場)
トットラー王 これは、これは、同盟国の王様方、遠いところからお揃いでお出でくださり、かたじけない。
地球の国の王 このたびオンリョウの国に戦争を仕掛けるというトットラー王のご決断を伺い、われわれ同盟国の王たちは取り急ぎうち揃って参上いたしました。
土星の国の王 戦争にはわれわれ同盟国の団結が欠くべからざるゆえ、とっくりとトットラー王のご決断を伺おうと思って参上したわけでございます。
月の国の王 その通り。何とぞここで四国の意見の一致がはかれるようお願い申し上げる次第でございます。
トットラー王 わしの腹はもう決まっておる。戦争でござる。わが太陽の国の民もみな、わしの意見に賛成しておる。たとえ三国の王が反対であっても、わが国一国でも戦争を始める。わが太陽の国の力から見れば、一国でもオンリョウの国を叩き潰すのは朝飯前ですぞ。お力を借りなくても十分に戦争を始め、短期間に終わらせることは可能じゃ。
地球の国の王 まぁま、トットラー王、そう性急なことをおっしゃいますな。私はトットラー王のご意見に全面的に賛成です。トットラー王の太陽の国はもともと私の地球の国から生まれた国でござります。しかるに今は、その国は太陽の如く巨大な光り輝く国となり、わが国は太陽の国の周りを廻る衛星の一つにすぎません。それゆえわが国はいつも太陽の国と同一歩調をとりまする。私はトットラー王の意見にまったく賛成でござります。さりながら、土星の国の王は多少意見が異なるようで……。のう、土星の国の王。
土星の国の王 太陽の国の王が申されることはよくわかります。ただ、戦争を仕掛けるには、大義名分が必要ではござりませぬか。オンリョウの国は嫌な国にはちがいありませぬ。さりとて嫌な国だからといって、それだけで戦争を仕掛けるのはいかがなものでしょうか。
トットラー王 だいたいオンリョウの国は無礼じゃ。わしが「オリオンの国」というよい名まえを付けてやったのに、それを蹴って「オンリョウの国」と自ら名乗りおった。それだけでも戦争に値する。そればかりか太陽の国の民が近ごろあちこちで殺されている。それもあのオンリョウの国の仕業じゃ。
土星の国の王 たしかにあの国は無礼なことが多いようです。しかし太陽の国の民が殺された事件のすべてがオンリョウの国の仕業であるとはまだ明らかになっておりません。
トットラー王 それはすべてわが国の調べで明らかになっておる。土星の国の王はわしに異を唱えるつもりなのか。
土星の国の王 滅相もございません。この世界の秩序を守っておられる太陽の国の王のご意向に背こうとは思いませぬ。さりながら、大義名分がなければ世界の国の人々を味方につけることはできません。それがないと、やがて中立の国々から太陽の国は
トットラー王 そんなカネも力もない弱い国の誹りなぞ聞いても仕方がないわ。「力は正義なり」といったのは、たしかそなたの国のパットラー王ではなかったかな。
土星の国の王 さようでございます。パットラー王はさような思想によって国を滅ぼし、代わって私が王になったわけです。私はトットラー王がパットラー王の二の舞にならぬようにと申し上げているのでございます。
トットラー王 わしはパットラー王とは違うぞ。
地球の国の王 トットラー王、怒らないでくだされ。土星の国の王もトットラー王のことを思って申しているのです。のう、のう、土星の国の王よ、そなたの国もわが国と同じように太陽の国と同盟を結んでいるではないか。太陽の国の王に従ったほうがよいのではないか。
土星の国の王 しかしやはり戦争には反対でございます。
地球の国の王 ところで、月の国の王よ。さきほどからひとことも発言がないが、ご意見はどうでござるか。トットラー王の意見に賛成か反対か。どっちでござるか。
月の国の王 はてさて、どっちと申されても困ります。トットラー王にも一理あり、土星の国の王にも一理あります。
地球の国の王 で、いったいどっちなんですか。
月の国の王 私はしがない月の国の王です。かつて太陽の国と戦って、われわれが名乗っていた「太陽の国」という名を太陽の国に差し上げた敗戦の国の王です。しかも太陽の国のおかげで戦後目ざましい経済発展をとげております。そんな大恩ある太陽の国の王に何かを申し上げるのは
トットラー王 正直に申されよ。
月の国の王 トットラー王のご意見が正しいようであり、正しくないようであり、土星の国の王のが正しいようであり、正しくないようであり。どっちといわれても困ります。意見をいわないことが月の国に伝えられるうるわしい精神の伝統と存じます。しかし戦争が起これば、できるだけのことをさせていただきます。
トットラー王 できるだけのことをする……結構、結構。ありがたい、ありがたい。月の国の王よ、そなたはもう黙っていてくだされ。そなたが何かいうと、わけがわからなくなる。土星の国の王よ、そなたの国には、戦後、月の国以上に、わが太陽の国は恩恵を与えたはずである。王はその恩をお忘れかな。
土星の国の王 忘れてはおりませぬ。さりながら……。
トットラー王 今でも太陽の国は土星の国には気を遣っておるぞ。共同プロジェクトも多い。そなたが反対なら共同プロジェクトは引き上げざるを得なくなる。それとも太陽の国ともう一度戦争をしたいとでもいうのかな。
土星の国の王 滅相もない! 太陽の国と戦うなど、露ほども思うてはおりませぬ。わが国の民はもう戦争はコリゴリなんです。それでわが国の民は、太陽の国が仕掛ける戦争にも反対しているのです。
トットラー王 国内に多少反対意見があっても、それを治めるのがそなたの役割ではないのか。その点、月の国の王はみごとじゃぞ。戦争を嫌がる民の意見が強いが、そんなことを少しも気にしていない。褒めてとらす。
月の国の王 ありがたいことでございます、ありがたいことでございます。
トットラー王 のう、土星の国の王よ、まだ意見は変わらぬか。
土星の国の王 変わりませぬ。この頑固さが土星の国の伝統でござる。頑固さは永久に変わりませぬゆえ、太陽の国が戦争しても土星の国から軍隊を出すわけには参りませぬ。出せば、私の地位が危うくなりまする。
トットラー王 わかった、よくわかった。こうしようではないか。太陽の国がオンリョウの国を攻めたとき、土星の国は、軍隊は出さなくてもいいが、非難しないことが最低の義務と心得よ。そして戦争の後片付けは土星の国の力でやる。これでよいか。
土星の国の王 よろしゅうございます、よろしゅうございます。
地球の国の王 めでたい、めでたい。土星の国が譲りよった。土星の国にそこまで譲ってもらったことで、太陽の国と同盟国三国の意見がまとまった。わが地球の国は積極的賛成だが、月の国は消極的賛成。月の国の態度はよくわからないが、できるだけのことをするという。めでたいぞ、めでたいぞ。
さあ、四国そろって乾杯いたそう。酒じゃ、酒じゃ!
トットラー王 意見がまとまったところで、ご馳走をいただこう。さあさ、みなさん、宴会場へどうぞ。
(三国の王、トットラー王の案内で宴会場へ。三国の王の表情は複雑である。それから一カ月後)
トットラー王 いよいよ明日は戦争開始の日じゃ。わが国の爆撃機が一斉にオンリョウの国を空爆する。たぶん一週間もすれば、オンリョウの国は消滅する。消滅しなければ、水爆を投下すればいい。最初から水爆を使ってオンリョウの国をこの世界から消滅させてもよいのだが……。
ハッ、ハッ、ハッ。わが太陽の国の勝利は間違いない。それは太陽が東から昇るのと同じでござる。自明の理というものだ。太陽が西から昇るなんてことはあり得ないことじゃ。オンリョウの国が滅びれば、わが太陽の国の支配圏は広がり、わが国に敵意を抱いている国は震えあがる。いかなる国もわが太陽の国のいうことを聞かざるを得まい。
戦争をしようぞ。戦争をするにはボタンを押せばいい。ここに二種類のボタンがある。Aの選択ボタンは、(1)が世界の国々に向かう。(2)がオンリョウの国のみに向かう。間違ったら大変じゃ。水爆はオンリョウの国に落とし、情報は世界の国々に流さねばならないからな。これはBの選択ボタンだ。(1)が水爆のボタン、(2)が情報のボタンだ。水爆のボタンを押して一挙にオンリョウの国を消滅させる。そうすると、即座にこの戦いがいかに「正義」の戦いであるかを世界の国々に知らしめなくてはならない。そのために、ノーヘル賞をとったわが太陽の国の哲学者や文学者、科学者を集めてすばらしい文章を作った。それを読めば、この戦争が「正義」の戦争であることが誰にもわかる。ハッ、ハッ、ハッ。正義は必ず勝者のほうにあるぞ。
もう一つ、(3)のボタンがある。これはわしの発案でつけたボタンである。これを押すと、人間の大便、小便といった糞尿が一斉に降る。なぜ糞尿ボタンをつけたのか。一つはユーモアじゃ。王はユーモアを理解せねばならないからな。また、水爆を投下した後にこのボタンを押す。さすれば、とても臭くて近づけない。糞尿によって水爆の残虐さを少し緩和させる。こういう思いで糞尿ボタンを作ったのじゃ。
ああ、わしは人類の生殺与奪の力を持っている。そんな力を持っている人間は人類の歴史のなかで誰もいなかった。これからもいないだろう。すると、私は全能の神か、それとも全能の悪魔かも知れぬ。ハッ、ハッ、ハッ。
明日の戦争が楽しみでござる。
(トットラー王妃、七人の王女を連れて登場)
トットラー王妃 王様、何をそんなに喜んでおられるのですか。
トットラー王 べつにわしは喜んではおらんぞ。
トットラー王妃 世間では、太陽の国がオンリョウの国と戦争を始めるという噂がもっぱらでございます。オンリョウの国が太陽の国を攻めてくることがないにもかかわらず、「戦争をしようとする太陽の国はケシカラン国だ」と『世界新聞』に論評が出ていました。その戦争の先頭にあなたがいるということですが、あなたはそんなに戦争がお好きなのですか。
トットラー王 好きというわけじゃないが……。オンリョウの国によってこの国の安全が脅かされているのじゃ。
トットラー王妃 どうして、そんなことがいえるのですか。
トットラー王 世界のあちこちで、太陽の国の人間が殺されていることは知っておろう。それもこれもみんなオンリョウの国のおぞましい仕業なのじゃ。
トットラー王妃 そんなのデマじゃないのですか。故意に作られたデマよ。戦争で利益を得る誰かがあなたを戦争に引き込んだという噂ですよ。
トットラー王 なぁ、王妃。世間の噂を信用してはいけないよ。
トットラー王妃 いいえ、あなたのいい加減さをいちばんよく知っているのは私ですからねえ。あなたは戦争が好きなのです。オンリョウの国を攻めたくて攻めたくて仕方がないのでしょう。何とか理由をもうけて戦争をしようとしているにすぎないのです。
私は戦争が嫌いです。先の戦争では私の兄弟が死にました。それは名誉の戦死ということでしたが、死後の名誉なんかいらない。戦争の大嫌いな私がなぜよりによって戦争の大好きな王様と夫婦となったのか、私は自分の運命を呪います。
男というのは、戦争が好きです。それは男がまだ、十分に成熟した人間になりきっていないからです。男は戦争が好きで、セックスが好きです。あなたはその男のなかの男、もっとも戦争とセックスが好きな人間です。何でもあなたは先刻「わしは妻より愛している恋人を二人も持っている」といわれたそうですね。それはどこの女ですか。
トットラー王 それは、女ではない。カネと水爆だ。
トットラー王妃 カネ子とスイ子ですって。まあ、憎らしい。その女たちを殺してやりたい。
トットラー王 違う、違う。それは人間ではない。
トットラー王妃 何とかいってごまかそうとしている。この浮気者、この不倫男。ちょっと懲らしめてやりましょう。
(娘に向かって)あんたたち、手伝ってくださいよ。
(王女たち、紙の棒で王を叩く)
トットラー王 勘弁してくれ! 誤解だ、誤解だ。
トットラー王妃 (娘たちに)今回は許してやりましょう。今度浮気したらただではすまないわよ。とにかく男は戦争のこととセックスのことしか頭にない。女の方がはるかに立派な人間です。ですから、あなたとの間に子どもを女ばかり七人ももうけたのですよ。七人の娘は私の平和への願いの結晶なのです。
さぁ、みんなで戦争をやめさせましょう。
王女たち 戦争をやめよ、戦争をやめよ。
トットラー王 わかった、わかったぞ。わしも戦争は好きではない。しかし一国の王となれば、戦争反対とばかりいってはおれぬ。お前たちの気持ちはよくわかった。今夜はもう遅い。黙っておやすみ。わしにもぐっすり眠らせておくれ。
トットラー王妃 わかったといっても、なに一つわかっちゃいませんよ。馬鹿は死ななけりゃ直らないといいますもの。あなたの戦争好きは死ぬまで直りますまい。あなたが戦争を始めたら、すぐに離婚ですよ。
今夜はこれでやすみましょう、ねえ、みんな。
王女たち 戦争反対! 戦争反対!
(王妃、王女たち、退場)
トットラー王 ひゃあー、驚いた、驚いた。太陽の国の民も同盟国も、みな戦争に賛成してくれていると思っていたが、こんなに身近なところに反対者がいるとは思いもよらなかったな。
(トットラー王、椅子に座ってやすんでいる。橋懸かりから恐竜トットラーザウルス登場。トットラー王、気がつかない。恐竜トットラーザウルス、王に近づき、その顔を舐める)
トットラー王 誰じゃ、わしの顔を舐めるヤツは。ヤヤッ、お前は一体?……。
トットラーザウルス
トットラー王 トットラーザウルス? トットラーザウルスといったな。トットラーはわしの名だぞ。
トットラーザウルス あなたの血のなかに私のDNAが伝わっているので、そのDNAによってあなたはトットラーと名付けられたのでしょうよ。ひょっとしたら私はあなたの先祖かも知れませぬぞ。
トットラー王 わしの先祖じゃと……。そんな先祖なんかわしにはおらんぞ。それにしても、おぬしは恐竜といっても、小さいな。わしと同じくらいではないか。
トットラーザウルス 人間の何十倍もある巨大な恐竜が突然現れたら王様がびっくりすると思い、身を縮めて現れたのです。
トットラー王 へえー、驚いたなぁ。恐竜がそんな心遣いをするとは。こうして見ると、おぬしは人間に似ているな。わしの弟によく似ているようじゃ。
トットラーザウルス そういう王様は私の兄様によく似ている。いやいや、われら肉食恐竜は人間に似ていますね。われら恐竜は人間と同じように二本足で歩く。二本足で歩くのは、爬虫類ではわれら肉食恐竜だけですよ。二本足で歩いたために、前足が手になったのです。ちょっと手をお見せいたそう。
(トットラーザウルス、トットラー王の前に手を差し出す)
トットラーザウルス 恐竜の手は人間とそっくりではないかな。
トットラー王 そうではない。これは爪か。凄い爪だ。人間の手はこんなに恐ろしい爪を持っていない。
トットラーザウルス この手は武器なのです。この手で、何十倍も大きな身体をもつ草食恐竜の喉を突き刺し、殺して肉を食らうのです。
トットラー王 恐ろしや、恐ろしや。人間の手はそんなに恐ろしいものではないぞ。
トットラーザウルス 恐ろしいものでないとな、人間の手は。恐竜よりももっともっと恐ろしい。その手で弓を作り、鉄砲を作り、多くの動物を殺してきたのではないか。それだけではない。同じ仲間の人間を殺した。人間の手は恐竜の手よりも恐ろしい。今でもその手にはべったりと血がついておる。
トットラー王 そんなことはない、そんなことはないぞ。血なんかついていないぞ。
トットラーザウルス なあに、隠しているだけではないのか。人間は、平気で二枚舌を使う。都合の悪いことは隠して、美しい世界を作り、それを人間は文化と呼んでいる。しかし文化などというものは人間の残虐さを隠すためのものでしかない。人間の手は弓となり、鉄砲となり、大砲となり、ミサイルとなり、そのミサイルに水爆をつけて投下する。それで同類を大量に殺す。そんな凶暴なことをする動物はほかにはない。人間は恐竜よりはるかに凶暴ではないか。
トットラー王 いやいや、そんなことはない、そんなことはない。
トットラーザウルス そんなことはあるぞ。肉食恐竜と人間は二本足で歩き、鋭い爪と凶暴性をもっている。すぐれた頭脳をもっているところも同じじゃ。その手は血塗られておる。
トットラー王 お前はわしを脅迫するために来たのか。科学者は、お前たちはもう六千五百万年前に絶滅したといっているぞ。お前はどこで何をしていたのじゃ。
トツトラーザウルス たしかに恐竜は巨大な隕石が地球に衝突して全滅したといわれている。それはそうだが、それ以前に恐竜はお互いの殺し合いによって残り少なくなっていた。それが隕石の衝突によって全滅した。わが先祖を除いては……。
トットラー王 さすれば、お前の先祖はどうして生き延びたのじゃ。
トットラーザウルス その理由が聞きたいか。どうしても聞きとうござるか。
では、申そう。私の先祖は殺し合いが嫌いでござった。そこで王の城の裏山に身を隠した。そこには巨大な洞穴があって、入口は狭いが、奥は広々としていて、豊かな植物で満たされている。先祖はそこで夫婦仲良く暮らしていた。隕石が落ちてきて、ほかの恐竜は絶滅したが、わが先祖は生き延びることができたのだ。
トットラー王 へえ、知らなかったぞ。知らなかったぞ。この城の裏山にそんな大きな洞窟があるとは。しかし、おぬしはなぜ今ごろになってノコノコと現れてきたのか。それを聞きたい。
トットラーザウルス 恐竜がどうして絶滅したか、人間に語りたいがためじゃ。人間をして恐竜の如き滅びの道を歩かせないために、私はここに現れたのだ。
約六億年前、海にクラゲのような生物が生まれた。そして五億年前ごろに脊椎動物が生まれた。それが魚類である。魚類から両棲類が生まれ、両棲類から爬虫類が生まれた。その爬虫類の中でいちばん栄えたのがわれら恐竜一族である。もともと恐竜は四本足で地上を歩いていたのだが、やがてわれらの肉食恐竜は二本足で歩くようになった。その肉食恐竜のなかでも、知能が高く、もっとも強かったのがわれらトットラーザウルスだ。
トットラー王 なるほど。その恐竜がなぜ絶滅したのか。
トットラーザウルス 特に草食の恐竜は身体が大きく、大変なエネルギーを消費する。人間よりも図体は百倍も千倍もある。その巨大な恐竜が食らう量は大変なものでござった。当時はシダ類を中心に植物が地上に繁茂していたが、恐竜がそれを食い尽くした。恐竜の費やすエネルギーは人間の何百倍にも匹敵する。それで森はたちまちなくなった。
トットラー王 なるほど。それにしても恐竜は、なぜそんなに巨大な身体になったのか、やはり哺乳類の方が賢いぞ。哺乳類にはそんなに大きなものはいない。それゆえ、そんなに破壊しない。
トットラーザウルス いやいや、今の先進国の人間が費やすエネルギーは、人間の身体の百倍千倍もある恐竜の費やすエネルギーに匹敵する。五十億の人間が皆そんなにエネルギーを費やす怪物になったら地球はたまらない。
トットラー王 そんな心配はいらない。今のところは大丈夫だ。
トットラーザウルス いやいや、恐竜もそう思っていたのだ。自然がなくなるのは
(橋懸かりからシテ方の扮する五匹の肉食恐竜が登場。
地謡は「序」の調子で始まる)
因果の車はくるくる廻る
善なる因は善なる果を 悪なる因は悪なる果を
必ず結ぶものなるぞ
われらはその昔二億年ものあいだ地球上をわがもの顔に闊歩していた恐竜なり。
その恐竜のなかでもとりわけ知能の高い、とりわけ強い肉食恐竜なり。
肉食恐竜のうちでもわれら五匹は地球の上に敵なきもっとも強い恐竜でござった。
それゆえわれらは、地球の上をわがもの顔に闊歩した。われらに敵するものはなく、すべてがわれらのお気に召すままじゃった。われらはおいしいものを腹一杯食べて、愉快な愉快な人生を送った。ハッハッハッ、ハッハッハッ……。
(ここから「破」の調子)
ところが、われらの仲間で図体だけでかい草食恐竜が木の葉っぱを食べ過ぎて、食べ物がなくなって死んでいった。われらのいちばんおいしい食べ物である草食恐竜が少なくなって困り果てたわれらは、その草食恐竜をこれが最後と見つけ次第殺して食った。そして草食恐竜は絶滅した。
とすれば、われら肉食恐竜は食い合うより仕方がない。それで肉食恐竜同士の猛烈な殺し合いが始まった。
(恐竜たち、殺し合いの仕草をする)
恐竜(一) それは凄まじい殺し合いだった。われら五種の、とりわけ強い肉食恐竜同士が凄まじい戦いを繰り返したのだ。
恐竜(二) わが種族が残るか、他の種族が残るか、命がけであったぞ。
恐竜(三) おびただしい恐竜の血が地球に流れた。地球は肉食恐竜の血で真っ赤になった。
恐竜(四) 今でも地球にはその血の匂いが染みついている。
恐竜(五) 他種族同士の殺し合いが終わると、今度は同種族の恐竜の殺し合いになった。
恐竜(一) 父の恐竜が子の恐竜を殺し、子の恐竜が父の恐竜を殺した。
恐竜(二) 夫と妻、兄と弟の恐竜同士が殺し合ったのだ。
恐竜(三) それは世にも恐ろしい修羅の世界であった。
恐竜(四) その恐竜の殺し合いによって、恐竜はほんの少しになった。
恐竜(五) そのときに、もっとも恐ろしいことが起こった。
(ここから「急」の調子)
直径二キロメートルもある巨大隕石が地球に衝突したのだ。その衝突によって空は暗くなり、太陽は一年のあいだ姿を見せなかった。食べ物はなくなり、生残っていた恐竜もほとんど死んだ。
いたるところに火災が起こり、多くの樹木は焼け、多くの動物が死んだ。それはまさに世の終わりの風景じゃった。また途方もない津波が起こり、その津波は高い山の上まで上がり、そこにいる動物たちすべてを海に連れていった。
これでとうとうわれら恐竜は絶滅したのだ。
因果の車はくるくる廻る
因果の車は必ず廻る
善なる因は善なる果を結び
悪なる因は悪なる果を結ぶ
人間は似ているぞ。われら肉食恐竜に似ているぞ。
人間は
因果の車はくるくる廻る
因果の車は必ず廻る
人間よ 心せよ 心せよ 人間よ
(恐竜、退場。トットラー王、呆然と立ち尽くしている)
トットラーザウルス 王様、いかがあそばされました。
(トットラー王、依然として呆然と立ち尽くしている)
トットラーザウルス (王に近づいて)王様、王様……。どうされたのですか。
(トットラーザウルス、王の肩を叩き、頬をつねるが、王は気がつかない)
トットラーザウルス これはどうしたわけだ。恐竜の最期のありさまがあまりに衝撃的だったのか、王様の魂が王様の身体を離れてどこかへ行ってしまった。私もそうだが、王様にもときどき魂が身体を離れてあちこち浮遊する性質があるらしい。
王様、しっかりしてくださいよ。
(トットラーザウルス、またトットラー王の頬をつねる。王、気がつかない。思い切って二、三発、横面を張るが、まだ気がつかない)
トットラーザウルス 困った、困った。王様の魂はなかなか身体に返ってこないぞ。困った、困った。
(トットラーザウルス、考え込む。しばらくして)
トットラーザウルス いいことを思いついたぞ。王様の魂が身体を離れたのを利用したらどうだろう。この魂の離れた身体を、私の命令で、いや私に乗り移った神の声で動かす。そうだ、それがよい。それが戦争を避けるためにいちばんよい。これは名案だ。それにはしばらくトットラー王の魂が身体に返ってこないようにしなければならぬ。私もトットラーザウルスだ。そのくらいの呪術はできるぞ。それじゃ、呪術をかけよう。
(トットラーザウルス、目を瞑って祈る)
トットラーザウルス (大きな声で)天にまします神々、地にまします神々、王様の魂がしばらく虚空にとどまり、その身体にとどまらないように、おはかりくださいますようお願い申す(エイッと大声を張り上げる)。
それでは、私の声、いや神の声で王様の身体を動かすぞ。
(トットラー王、動き出す。手足をバタバタさせる。そのバタバタがやむと、神の声〈実はトットラーザウルスの声〉が聞こえてくる)
神の声 トットラー王よ、わしは天地を創造した神じゃ。お前は太陽の国の王じゃが、わしの命令には従わねばならぬ。
トットラー王 ハハーッ。神様のご命令とあらば、私は従いまする、私は従いまする。
神の声 従え! 従わないと、お前の命をたちまちに奪うぞ。神の前では、たとえ大国の王であろうと、虫けらに等しいぞ。
トットラー王 ハハーッ。わかりました。従いまする、従いまする。
神の声 それでは私のいう通りに行うのじゃ。
トットラー王 何でも神様のいう通りにいたします。
神の声 姿勢を正し、しっかり前を見て、三歩歩いて、あのボタンの前に行け。
(トットラー王、ヨロヨロとボタンの前へ進む)
神の声 歩き方が悪いぞ。しっかりと歩け。
トットラー王 なにぶん年寄りのこと、申し訳ございません。
神の声 年寄りでも、しっかり腰を伸ばして、ボタンの前に立て!
(トットラー王、ボタンの前に立つ)
神の声 AとBの選択ボタンがある。Aのボタンが世界に向かうか、オンリョウの国に向かうかの選択だ。知っているか。
トットラー王 そのように承っております。
神の声 それでは世界のボタンを押すのじゃ。
トットラー王 押しまする、押しまする。
(トットラー王、世界のボタンを押す)
神の声 こんどはBの選択ボタンの前に立て! ボタンが三つあるだろう。
トットラー王 存じております。水爆と情報と糞尿のボタンであります。
神の声 お前は、どのボタンを押したいか。
トットラー王 もちろん水爆のボタンでございます。
神の声 しかし水爆が世界に落ちたら大変じゃ。
トットラー王 それじゃあ、情報のボタンを押しますか。
神の声 情報のボタンは水爆を落とした後に、水爆の正当性を知らすためのボタンじゃ。情報のボタンを押すことはならん。
トットラー王 それでは糞尿のボタン? これは私のユーモアを解する心で作ったボタンです。
神の声 そのボタンを押すのじゃ。
トットラー王 それはご勘弁ください。大変なことになりまする。
神の声 大変なことではない。水爆のボタンを押すほうが大変じゃ。そのボタンを押すのじや。
トットラー王 ご勘弁ください、ご勘弁ください。それだけはご勘弁ください。私は世界の笑いものになります。
神の声 わしの
トットラー王 知っております、知っております。私は死なねばなりません。死ぬのは嫌です。
神の声 水爆のボタンを押して、何万人ものオンリョウの国の人を平気で殺そうとするお前でも、命が惜しいのか。
トットラー王 私は他人を殺すのは平気ですが、自分が殺されるのはかないません。
神の声 死にたくないのなら糞尿のボタンを押せ! すぐに押さないと、お前を殺すぞ。しっかりと押せ!
トットラー王 ハハーッ。押します、押します。
(トットラー王、糞尿のボタンを押す)
トットラーザウルス やや、うまくいった、うまくいったぞ。それじぁ、虚空に浮遊しているトットラー王の魂を返すことにしよう。
虚空に浮遊するトットラー王の魂よ、トットラー王の身体に返れ。エイーッ。
(トットラー王、われに返って、キョトキョトと辺りを見回す)
トットラーザウルス うまくいった、うまくいったぞ。もうすぐ糞尿がどっさり降ってくるぞ。糞尿が降ってくる前に私は一目散に退散することにしようぞ。あとはどうなるかわからない。あとは黄金の山だ。ハッ、ハッ、ハッ。こんな愉快なことはない。ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。
(トットラーザウルス、腹を抱えて退散。空からドッと黄金の糞尿が落ちてくる。あたり一面、黄金の世界になる。
トットラー王、何事が起こったかわからず、立ち尽くす。
橋懸かりから、カラスを先頭に、カネ、水爆、正義が「カアカア」「カアカア」「アホウ、アホウ」といいながら登場)
カラス 王様は大変なことをされましたねえ。カア、カア、カア。アホウ、アホウ、アホウ。
水爆 王様は、私を使ってくれませんでしたねえ。どうしてですか。
トットラー王 何が何だかわからないのじゃ。わしは間違って糞尿のボタンを押したとみえる。
水爆 私をお使いになればよかったのに。残念です。返すがえすも残念です。
正義 水爆さんを使っていただかないと私の出番はないのです。私はどんな残虐な核戦争でも、それを「正義」の戦争にすることができましたのに。残念だ、残念だ。
カネ 私も仲間を増やす機会を失って、残念至極。これは王様の大変な失態ですぞ。
(大臣と大商人モクスケ、慌てて登場)
大臣 王様、大変なことをしてくれましたな。世界の主だった都市は糞尿の海だ。この太陽の国の首都、美しい美しい都も、汚い汚い、臭い臭いところになってしまった。
王様の罪は甚大ですぞ。後々まで王様の愚行は歴史に残る。王様は世界一の愚かな王様です。世界一間抜けな王様です。
大商人モクスケ おかげで私の計画はメチャクチヤだ。水爆を落としてオンリョウの国を消滅させれば、その後の緻密な金儲けの計画ができていましたのに、王様の愚行によってすべてがおジャンだ。王様には直ちに王位を降りてもらいますぞ。われら大商人が結託したら、王様は一日も王位にいられない。
大臣 私は長い間、王様にお仕えしたが、私も大商人モクスケの意志に従って王様降ろしの先頭に立ちます。王様、今日から私はあなたの敵です。
(カラス、大きな声で「アホウ、アホウ、アホウ」と啼き、それに応じて全員が「アホウ、アホウ、アホウ」と叫んで退場。
トットラー王、一人が残る)
トットラー王 大失敗じゃ。大失敗をしてしまった。王の地位を降りねばならぬ。しかし、わしは、どうして糞尿のボタンを押したのかわからぬ。たしか恐竜がやってきた。あれは夢であろうか、うつつであろうか。
わしが王位を追われるのは間違いない。ひょっとしたら殺されるかも知れない。何ということをわしはしたのだ。
(電話のベルが鳴る)
『世界新聞』記者の声 トットラー王、私は『世界新聞』の記者であります。いま世界の、あらゆる都市が糞尿の町と化しています。こんなに酷い糞尿の都市をもとに戻すには何年もかかると思われます。これがいいか、悪いかわかりませぬが、これで、どの国も当分は戦争ができなくなってしまいました。それにしても糞尿の臭さは耐えがたい。
(また電話のベルが鳴る)
トットラー王 モシモシ、モシモシ。
土星の国の王の声 トットラー王ですか。土星の国の王です。トットラー王は大変なお方です。世界の国という国に糞尿をまき散らし、当分どこの国も戦争ができなくされました。わが国の民も「臭い臭い」と口ではいっていますが、あまりのバカバカしさに大笑いをしていますよ。世界中がバカバカしくて大笑いするしか仕方がありません。こういう方法で、世界平和が保たれるというのは、素晴らしいことです。
土星の国は、永遠に太陽の国と仲良くするつもりであります。
(電話、切れる)
トットラー王 へーえ、驚いた、驚いた。わしのしたことは悪いことではなかったのか。
(また電話が鳴る)
月の国の王の声 トツトラー王、素晴らしいことです。私の国の神話に糞尿で人々を笑わせて、平和を勝ち取る話があります。それをトットラー王は実際に行われました。王は神話の智恵に従われたのです。トットラー王の英断に改めて感服いたします。
(電話が切れる)
トットラー王 月の国の神話にそんな話があるとは知らなかったなあ。
(また電話のベルが鳴る)
地球の国の王の声 トットラー王でござるか。わが国には風刺文学の伝統があります。スイトンの『ゴリバー旅行記』はよく知られています。王がその風刺文学の心を理解され、戦争を笑いものにして避けられたことは、稀代の快事と賀し申し上げます。
トットラー王 ありがとう。
(電話、切れる)
トットラー王 わしがオンリョウの国に戦争を仕掛けるといったときには、口では賛成しながら腹でせせら笑っていた皮肉な地球の王に褒められるとは。わしは本当に嬉しいぞ。本当はわしのやったことではないが、わしの功績にしておこう。それが王の特権だからなぁ。
(また電話のベルが鳴る)
ノーヘル賞委員会事務局長の声 私は、ノーヘル賞委員会の事務局長です。早速ですが、世界戦争を回避した功績により、トットラー王をことしのノーヘル平和賞受賞者に決定いたしました。快くお受けくださることを望みます。
トットラー王 なに! わしにノーヘル平和賞ですと。お受けします、喜んでお受けします。ありがとうございます、ありがとうございます。
(電話、切れる)
トットラー王 わしにノーヘル平和賞……。意外だが、嬉しいぞ。糞尿のお陰だ。
(大臣と大商人モクスケ、鼻をつまんで登場)
大臣 臭い、臭い。ああ、臭くてたまらん。それにしても、ノーヘル平和賞、おめでとうございます。トットラー王が糞尿でノーヘル平和賞をいただかれ、各国の王から口を極めて称賛されるとは、思いもよりませんでした。トットラー王の高いご見識には感服の到りと申すほかありません。先ほどは失礼なことを申し上げ、心からお詫びいたします。今後は以前の如く、いや以前の数倍、王様に忠誠を尽くしますので、お許しください。
大商人モクスケ
トットラー王は名君です。まさに名君中の名君でございます。お
(大臣、大商人モクスケ、退場。
代わってトットラー王妃、七人の王女とともに登場)
王妃 王様、素晴らしいことをなさいましたね。
王女(一) 素晴らしいことですって。臭い、臭い、こんなことが素晴らしいことでしょうか。
王妃 この臭さは貴い匂いですよ。この臭い黄金のおかげで戦争が回避されたんですもの。王様は平和を世界にもたらしたのです。
王女(二) それにしても臭い平和ですこと。
王女(三) 臭くなかったら、よけいよかったのに。
王女(四) 臭くても平和のほうが戦争よりいいわ。
王女(五) 臭いのは我慢しましょう、平和のために……。
王妃 臭い臭いって、そんなことをいうものじゃありません。王様は尊いことをされたのです。
(王妃、糞尿だらけの王に抱きつく)
王妃 昨夜はひどいことをいってごめんなさい。あなたがこんな素晴らしいことを考えておられたとは夢にも思いませんでした。
トットラー王 いやー、わしの考えじゃない。実は、恐竜がやってきて……。
王妃 何をいっているんです。現代に恐竜なんていませんよ。ずっと昔に絶滅しましたよ。糞尿によって世界の平和をはかるとは、誰も考えつかなかった。あなたは深い深い智恵を持った立派なお方、見直しました。
トットラー王 それほどでもないよ。
王妃 あなたが戦争を始めたら離婚すると申しましたが、それは取り消します。たとえ臭くても、平和な「太陽の国」で誇りを持って一緒に暮らしますわ。
王女(六) おやおや、どうしたことでしょう。珍しいこともあるもんです。母上が父上を褒めていますよ。
王女(七) 日ごろ喧嘩ばかりしている二人が、どうしたことなんでしょうね。
王妃 王様、服が糞尿で汚れています。お着替えになりませんこと。
トットラー王 きょうの妃はいつになくやさしいぞ。新婚のとき以来だ。やはりわしは偉いんだな。わしは糞尿で世界を平和にした世界一の賢い王だぞ。
王女(一) 急にえらく威張りだしましたよ。
王女(二) 外では威張っているけど、家庭では母上に頭が上がらないくせに……。
王女(三) 母上も急に父上にやさしくなりました。あんな母上、見たことがありませんわ。
王女(四) 糞尿のおかげで臭い仲となって、よい夫婦に生まれ変わったのよ。
王女(五) まったく夫婦の仲ってわからないものね。
王妃 さぁーさ、あなた、服を着替えましょう。ああ、駄目よ、そんなに乱暴に着ちゃあ。ほら、王様らしくネクタイをきっちり結んでピンとしなきゃ。
王女(六) また、いつもの母上に戻って、以前のように口うるさくなっていますよ。
王女(七) 母上はそのほうがお似合いよ。
王妃 きょうは、臭いけれどもいい日でした。王様の偉業を讃えて、王様を胴上げしましよう。
王女たち それがいい、それがいい。やりましょう。
王妃 私が号令をかけますよ。いいですか。
世界平和の王、トットラー王。ノーヘル平和賞受賞の王、トットラー王。バンザーイ、バンザーイ。それッ!
(王女たち、一斉にトットラー王を胴上げする)
王女たち 偉大なるトットラー王、バンザーイ! 平和の王、バンザーイ、糞尿、バンザーイ! 糞尿、バンザーイ! 糞尿の王、バンザーイ! バンザーイ。
(王妃を先頭に王女たちはトットラー王を胴上げしたまま、退場)
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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