英国議会見学記
BBCなどを視聴していると、Brexitを半年後に控えたメイ首相が、イギリス議会で演説をしている映像が放映されている。何となくロンドン滞在中に見学したキャメロン首相時代の議院のことを思いだしたりする。
二〇一五年二月十三日(金)、日本の国会を見学したこともない私が、休会中の英国議会を見学することになった。九十分のガイド・ツアーである。ビッグベン・タワーとヴィクトリア・タワーの二つの塔の間、二八七メートルの正面をテムズ川沿いに展開するウェストミンスター宮殿は、ロンドン一の、いや英国一の景観といっても過言ではない。
これこそ六〇〇年の歴史をもち、「英国は議会の生みの母」という英国人の誇りを象徴する建造物なのだ。
内部は, ヴィクトリア・タワーよりのThe House of Lords(上院), 中央のセントラル・ロビー, ビッグ ベン・タワーよりのThe House of Commons(下院)に大別される。
ツアーはまず、The House of Lordsからはじまった。議員席は真紅のベンチ、赤は忠誠を表わす色だからという。それにたいしてThe House of Commonsの方は緑のベンチであるが、なぜ緑なのかその理由は分からないという。それぞれのベンチは、最前列が一番低く、二列目から次第に階段状に高くなってゆき、数列つづく。机はない。
下院の緑のベンチには「坐らないでください」という札があったが、上院の方にはそういう札はなかった。しかしどちらのベンチも、議員のほかは坐らせないようであった。
双方の部屋には警備の人たちが数名いたが、女性の警備員の比率もかなり高い。
緑のベンチをさしながら、ツアー・コンダクターは「この辺が与党議員の席、このあたりが第一野党の席」などと説明をすると、見学者のなかから「それはどのようにして決まっているの?」という質問があった。それにたいして「伝統的にそう決まっている」というのが答えであった。
与野党向き合ったベンチの間に木のがっしりした机があり、その上に書類箱がおかれている。現存のこれは、第二次大戦で空爆の被害を受けたのち、ニュージーランドから贈られた材木で作られたという。
部屋のあちこちにケーブルで吊った小さなマイクがあり、どこに坐っていても各々の発言が明確に伝わるようになっていると思われた。
日本でもBBCをみていたので「ああ ここが、キャメロン首相が少年のように頬を紅潮させて、演説をし、緑の色が隠れるまでベンチにびっしり坐った議員たちが、時折いっせいに声をあげていた場所に、今私はきているのだ」と思えた。彼等は、肩と肩が触れ合うほど近々と坐り、机に紙をおいて議事を進行するのでなく、スピーカーからの声に集中しながら、時には賛意をしめし、時には異議をとなえているのだった。
両院の議員の長椅子もさることながら、女王の座の天蓋、その下の二脚の椅子は、英国産の樫の木に、二十金の箔がほどこされているというが、その一角は目にもまばゆい。
壁の絵画、ところどころ置かれている彫像、あるものは一八〇五年の「トラファルガーの戦い」や、一八一五年の「ウォータールーの戦い」の絵であったりする。描かれている人物も馬などの動物も、戦争の過酷さをまざまざと示す様子に描かれていた。またあるものはチャーチルやサッチャーの彫像であり、それぞれが歴史的意味をもつものである。
とても九十分のツアーなどで、見切れるものでないことがよく分かった。
戦争に敗れたこともなく、また革命を経験してない英国では、貴族や金持ちの既得権力は、かなり温存されている。民主主義発祥の地でありながら、先進国一の階級社会ともいえるのではないだろうか。
赤のベンチ、緑のベンチ、王室の金の椅子――それらを漠然と思い浮かべながら帰途についた。
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2018/11/03
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