最初へ

『夢かぞへ』姫嶋篇

 

夢かぞへ

かれこれ深く物する人々に別るとて、

   君がなさけかさね/″\の旅衣猶いくへにかならむとすらむ

   皆人の深きなさけをおも荷にてかへすよもなくいづる旅かな

暮れはてゝ、乗物などもてきたれば、ためらふべくもあらず、出でゆくことども、うるさければもらしつ。

   つひにゆくみちはさりとも老らくのいきの別れはなき世ともがな

月いとあかく、きら/\としてあはれにすご(マゝ)げなるを、乗物のすだれより見出だして、

   弓はりの月ならねども乗物にのる人からをいるばかりして     

(編者云、乗物の簾もりくる月影も身をいるばかりさゆるよはかな、ともあり。)

いきの(マゝ)をゆくあひだに、

   かひもなく世にながらへて流れゆくわが身につらきいきの松原   

(編者云、わがためにつらくこそあれながらへて浮世の旅にいきの松原、ともあり。)

なかとりの波のいとけざやかにうつおとにさめて、

   になはれてゆくも夢ぢのゐねぶりをおどろかしつるあら磯の波

長き道のことゞもは、さらに得かいとゞめず。きしの浦につきたれば、長が家にしばしいこひたるに、もり人も疲れてねたるあひだに、山本をしてあるじが歌をこひければ、

   こぎいづるきしのうら波立ちかへりまたこの家にやどるよもがな

井手ぬしに遣はすとて、

   よにいらぬ流れうき木のよるべまで君がなさけのかゝる嬉しさ

送りこし人々、みちにて別れしもあり、こゝに慕ひこしもあれば、今日一日はこゝにもと思へど、海のどかになぎたるも、心なしといはまほしげなり。さればいざとて磯べに出づるを送り來て、今をかぎりと別るゝに、はかなきずさどもさへしほたれて、ほろ/\とうきな(マゝ)たちわかるゝに、かへり見る目もはしたなく、わざとつれなうもてなしたれば、いかゞ思ひつらむ。さてこぎ出づるまゝうしろを見るに、舟子どもが櫓をとりて立ちかくしたるひまに、遠く出でたるが、磯べに立ちたる人々、腰などかゞめて見送るぞいみじかり(マゝ)

くがよりも出でこし船の人影をたれかかれかとたどるなるらむ

海のなかばに出づるほど、波あらゝかにうねりて、心地さへぞわづらはしく、見送りし人影も立ちへだたればうつぶしてぞゆく。やをら舟はてゝあがるを、あまをとめ、おとななど立ちつどひてぞ見る。かくてをさが家にゆくあひだに、

   荒海のうきせひとつは越えつれど猶うらめしきすまひこそせめ

こゝにしばしいこひて司のもとに行きたるに、手付やうのもの立ちつどひたり。さて白洲にうづくまれば、司出で來て仰ごとゞもよみ聞かするぞむげにあさましく、司にももと親しき人なれば、まばゆげにほゝゑみたるぞあはれにもまたをかしかりき。人やにとて手付どもぞいざなひゆく。山本が手を取りてぐしたるもあはれに悲しく、さてそこに行き見るに、家にて聞きしとは變り、疊もなく板じきにていといかめしき人やなりけり。こは江上ぬしが入りにし故郷と見るぞ、殊にいみじうあぢきな(マゝ)。いかなるえにしにてかくはと思ふさへぞはかなき。くものすかきて、いとうるさければ、山本に掃除どもせさせて入りたるに、持てこしものども司のあらたむる間久し。やをらころもびつやうの物、ふすまなどもてきたれば、戸をはたとしめて封などつけたるこそ心細うおぼゆれ。山本も今宵だにやどりてむといへど、海の荒れむもはかられねば、守人たち急ぐにすべなく、やがていぬとて手をつきてほろ/\とこぼるれば、堪へ/\し涙とゞめあへずもらしつるこそはしたなかりけれ。とゞむべきよしならねば、かへりゆくうしろかげもうらなつかしう、うれたし。うら人どもたれかれと來て、さるべき事どもあはれにいひつゝ歸る。そのひまに日も暮れはてゝ、いとゞものすごく悲し。

   (うひ)にぬる人やのうちにともしびもなみのといかで聞きあかさまし              

(編者云、二三句、人やのうちのくらやみに、ともあり。)

   夕さればふるさと人も今やかくわがわぶらむと思ひこすらむ

戸をたてこめたれば、あやめもわかざりつるに、板まより十五夜の月影さし入りたれば、

   ぬばたまの暗き牢屋(ひとや)に糸のごと心細くもさせるもち月

   岩波に聲うちそへてかまびすく聞ゆるさとの牛もうらめし      

(編者云、一二句、音たえぬ波のまぎれに、五句、牛の聲うし、ともあり。)

晝にかはりて海のおと髙し。

   うひにぬる人やの枕うちつけて荒れにも荒るゝ波のおとかな

   ふるさとの人に別るとにくかりし鳥の聲待つうひ旅寝かな

こゝの事どもとりまかなへる人、たばこの火を忍びておこせたればいと嬉しく、その光して心あてにものども書いつくるあひだに、はたこと人のいと/\忍びて、蠟燭をおこせたりしがいみじく嬉しく、をがみもしつべし。

   暗きよの人やに得たるともしびはまこと佛の光なりけり

()にもれぬやうに、かなたこなたにきぬどもかけたれど、あらはれむ事のそら恐しければ、けちがちにぞしたる、嵐いと吹きすさぶこそうたてかりけれ。

   波の聲松にあはせてそら吹けば心の海の底ぞ騒げる

   有明の月影窓にしらくるは今はあくるにたがはざるらむ

   月と日の影にもうとき人やには雪も螢もあつめがてなる

   ほの/″\と見ゆる唐津の吉井嶽よしとこそ見れあくるまつ身は

とこそ、曉がたは思ひたりしか。

   濱荻のほずゑに見ゆるよしゐ嶽海を隔つる向ひどちかな

鏡山まほに向ひたれば、

   つく/″\と向ふもやさし鏡山あらぬ姿にやつれはてきて

   姫嶋に向ひあひたる鏡山ふさはしげなる名にこそありけれ

吉井嶽といふは、浮岳なりと人のいひたれば、

   姫嶋に身もうき岳と向ひあひてよしゐもあしのうらとこそ見れ

このごろの事ども、すべて日もおぼえずいとみだりがはしきを、やるかたなさのすさびごとどもになむ。

十八日、晝まに、しのびたる文ども書くに、人のみ訪ひきて、やをら夕さりがたに書いはてつ。今日は人丸明神に歌奉る日なれば、よもすがら暗闇に書いつけゝるに、あけて見れば、あやなく何事にかと思ふこそ、うき中にもをかしくほゝゑみつ。

   家にねて遠く聞くだにうかりにし冬の荒なみ枕にぞうつ

   さま/″\に見つゝ過ぎこし夢のよのすゑしら波のうきねこそなけ

さゆるよは猶や思はむ語るらむふるさと人のわれやいかにと

島山の松の葉おつるおとだにも心にかゝる波のよる/\

暗闇に騒ぐ鼠と波のおとをいくよかかくて聞きあかすらむ

島ごとにさも見えぬるをおのれのみなのりて海に浮岳の山

姫嶋の岸うつ波のおときけばこゝもなるとの海にはありけり

いとひにしすきまの風もいくすぢか身をいるばかりいる人やかな

十九日、空晴れて小春だちたるに、

   惜しからぬ老が命をのべよとか春めかしくも照らす冬の日

など思ひのどめたるに、晝まばかりよりかきくらして、波のかしら見えくるにおとはさらなり。

   今宵はた夢うちやぶる波のおとにうつゝの夢もさましてしがな

今日は、こゝに流されて、小家に住める人どちいくたりもきたりて、おのれ/\が身をわびたるこそいみじかりつれ。

   人やだにのがれいでなばをかしとも見つゝ過ぐさむ島の月影

夕さりよりあまた釣舟をこぎいづる、そのあやふさかぎりなし。

   流されし身こそやすけれ冬のよの嵐に出づるあまの釣舟

喜平次といふものが、新に舟をつくりたる歌をとてこひければ、

   わたつみの波も静に舟うけていく千萬のうをかうるらむ

夜ふけて荒れまさる波風に、目もあはずわびしきに、霰さへあら/\しうなむ降りきたる。

   すさまじき波風さへもあらがきにうちつけてふるさよ霰かな

夕暮にこぎ出でし舟をさへ思ひやられて、

   このゆふべ出でにしあまの釣舟はいかにかすらむ波の嵐に

宵にもいひしことながらはた、

   嵐吹くよはの釣舟思ひやれば人やにこもるわれはものかは

忍びたる使を故郷に遣はすとて、その人に遣はしける。

   ふるさとのたよりもなみのおとづれを海より深きなさけにぞ聞く

廿日はいよ/\風あらゝかに吹けば、窓さへさしこもりたるに、ひまもる風得たへがたくて、衣などしてふたぎたれば、

   窓のとのすきまにかけしふるごろもまほに吹きいる沖の潮風

ひねもすかき曇りてあらしたるに、夕暮がた、近き家の女どもがとひ來て、とにゐたるが、鯨のしほをふきてゆくを、あまた船のおひくとしらせたるに、やをら窓をあけて見れども、そこに立ちふさがりたる心なさよ。そなたになどいふ間に、しまかげになり(マゝ)ぞくち惜しき。小川といふ處の鯨(マゝ)なるよし。

   おはれゆく鯨もからき鹽ふきて人におはるゝ世にこそありけれ

   小川にも鯨すむこそ樂しけれ人もいづくにたれか住むらむ

雨の降り出づるまゝに風なぎたれば、

   波風の荒きにかはりふればこそさびしき雨も嬉しかるらめ

廿一日、今日もあらしくらしたるに、よるはなぎまにてのどけきに、いさゝかともしびを得て、經ども繰返し、うまいしたる、すこし生きたる心地ぞする。

廿二日、海づらのどかに、を舟どものゆきかふぞあはれにをかしき。     

   なぎぬとて沖こぐあまの釣舟もわれも命の小春なりけり

家にやりつる人、今日もかへらねばいと待ちわびて、

   ふるさとにゆきし使のかへらねばおぼつかなみの今日もさわげる

このごろは、しのびしともしびもことさらつゝましくなりたれば、露の光よりもはかなく、箱のうちにものして、衣にてつゝみなどしたれば、あるかなきかにてかひなげながら、なきにはまさるねやのともし火なりけり。夜いたくふけておどろ/\しき大聲にておとづるゝありけり。更にかきけちてしづまりたれば、醉ひたるけはひにて、いかにしてか、いかばかりわびしくやなどぞいふ。さればたそといへば村長なり。今日までとひ得ざりつるかしこまりどもいふけはひなれど、舌もまはらずて聞きもわかたず、猶繰返し/\いふを、とかくいらへしつゝありつるほど、提灯(ちやうちん)消えたり。たれかれよと、あたりの人の名どもいひて、呼べど答ふる者もなかりつるに、隣の、みきといふ女ぞやをら來りて、ともし火など見せつゝつれゆくほど、小島ぬしが息子なむ來るけはひす。これも醉ひたりと見えて、かゝるなぎさに世をわたるあまの身なれば、やどもさだめずと繰返し歌ひつゝ、をさと(マゝ)ともなひてぞゆく。あたらとぶらひにいよよ寢られず。

   いと深くつゝめどもるゝともしびの光やもりて人のきつらむ

など、そら恐しうこそ。

今宵は昨日(きそ)にかはり、嵐も波もしづまりぬれば、すべてはのどかげなりけり。

   波風もやゝしづまりて海さへも枕べさけてぬる心地かな

にはかに風おこりて、海のおとおどろ/\しうなりぬれば、あくるをのみぞ待たるゝ。

   板まのみしらけながらに有明の朧月夜の長くもあるかな

二十三日、いと嵐まさりて、しま/″\の岸にうつ波、ゆきのくづれかゝれるやうなり。風に吹きやらるゝ雲は、皆ひれふる山にぞあつまる。

   雲は皆ひれふる山にふりさけて唐津につもる波のしら雪

とらといふ女が、早梅の枝をもてきたるこそをかしけれ。されば遣はすとて、

   たをやめが心の香さへをりそへて人やに匂ふ冬の梅が香

つれ/″\なるうちに、

   浮岳や吉井の浦を夢にだにかくて見むとは思ひかけきや

こし月の今日こそは、かぎりなくいま/\しき悲しびの出できたりつるなり(マゝ)。忘らるゝまもなきものから、猶そのをりの心地して、ことさらかくなりはてたる人やの内にてひとり思ひやるに、堪へ/\し涙のかぎりなく落ちくれば、心をとりかへつべうもなく/\、かの早梅をたむけつゝとぶらふほど、喜平次てふ者が來りしかば、今日は、江上ぬしをはじめあまたの人の初命日なればとて、茶などにものをとゝのふる代などして遣はしたれば、かの者も、江上ぬしがこの人やずみの時も同じうまかなひしたりにしゆかりあれば、いみじう悲しげにして代はかへしたれど、しひて遣はしゝかば、江上ぬしに親しかりし人々を呼びて、茶など物せむとておしいたゞきてぞいぬる。さて人々の(れい)にうちむかひて、

   咲かぬまに梅はくだけてかひなくも流れうき木は島によりきぬ

江上ぬしが此人やのまへに種をまきたりけむ。桃の木の軒よりも髙くのびたちてあるさへいみじくて、

   春を待つけしき悲しな桃の木の種をまきにし人もなき世に

よも寢られず、ちゞに思ひあつめられて、うまご省も波おとこそ聞きくらすらめ。いかゞしぬらむなどつねに思へど、またいまさらめきてなつかしく戀しくて、

   姫嶋の波のおとづれきくまゝに月のうらわの人やをぞ思ふ

二十四日、今日もいと曇りて波風あらし。をり/\霙降りきて、わびしさもまさりがほなりけり。よるも同じうしぐれてものさびしきを、とひくる人もなければ、くらがりにつく/″\としたるをりしも、故郷の使かへりたりとておとづるゝ、いと嬉しうも悲しく、とるてもおそしと取りたれど、ともしびなくてかひなし。くさ/″\のものどもおこしたるを、取りいるゝさへたづ/\しく、ほのかにかしこの事どもいふに、すこし心なぐさめられて、しばしかの者と何くれの物語り(マゝ)ぞいにたりし。のちにほそきともしして、しのびやかに返り事を見るとて、

   藻鹽草かきやるつてもかきてこしふみにもかゝるなみのしら玉

をりしも霰のあら/\しう降りきたれば、

   さよ霰ふるさと人もよもすがらこなたや思ふ思ひこそやれ

命ありてかゝる書きかはしごとも、昔がたりにうちむかひてなど思ふに、戀しさ懐しさも、ことさらにやるかたなければ、つとおきて坐をくみたれど、

   もとよりも色も香もなき身ながらもさすが石にも木にもなられず

ともし火もけちたれば、書いつくるも心あてなりけり。

   くら闇に取る筆墨はあやなきを心のともしかゝげてぞかく

二十五日も同じうあらして、霰霙などうち降り、人目も絶え/″\にさびしけれど、例の神まつる日とて、經どもいさゝか書いつくるあひだに、うづみ火のさらに消えたれば、人を呼べどほど遠く、嵐にまぎれてかひなき聲は聞えもゆかず、いとわびしがりつるに、ゆくりなくみき女が來りたるこそ、いみじう嬉しく、やがて火をとりきたる、猶嬉しけれ。身もこほるばかりなりしに、まづ袖を暖めて、何くれとかの女と語りあふさへはかなし。

   家にてはありともなげのうづみ火の老の命とあたりつるかな

唐津のかたを見て、

   山かくす雲より雪の降るばかりいはねにかゝるをちのしら波

   をりかへしまた立ちのぼるうら波は嵐に海のむせぶなりけり

   山に立ちさとにすみつゝうき雲の波のうきめにかゝるころかな

   同じくは心のあかを波に洗ひまことおのれを知るよしもがな

梅を手向けたれば、

   かしこくも離れこ島の梅見れば神もわたりていますかと思ふ

   波のはなみるばかりなる人やかと思ひのほかに梅もこそ咲け

夕さりがたより海もやはらびたれば、

   海原もあらしつかれてわれさへも寢ぬよのつもりねまくほしきを

おこなひの終夜とておきゐたれば、梅わらはが提燈をともし來て、(マゝ)ひやのために、そともよりあかりを見するこそらうたく嬉しけれ。(マゝ)くやあらむ、はやいねといへど、蠟のかぎりをともしつゝ歸りたれば、いとさう/″\しく、このほど寢ざりつる疲れにや、ふら/\とすれば、まだ時はやげながら臥したりしこそ、おのがじし神もいかゞおぼすらむ。

二十六日、静に明けわたりたれば、窓を少しあけたるかたより、日かげのさしわたしたるかた見えて、海山のけしきもさすがにをかし。畫ま過ぐる頃より雲浮きて、ひれふる山のたかねにつもりたる雪に、くらげなる雲のきはやかに、あなたの空かきくらしたるもまた珍し。風冷たければ、おろしこめて日ごろの日記(にき)ども取り出でて見るに、いま/\しき事のみぞ多かる。あまをとめどもがあまたつどひくるけはひすれば、猶こもりておともせずありつるを、いかゞや、てうづにやなど、ひそ/\いふもをかしげにほゝゑみながら、猶あけざればこと方にいぬる、つらげながら、ものいひつたなければ、あまりによせぬがよしと、まかなふところより、し(マゝ)いかくぞもてなしつる。法師の流されたるが忍びやかに來て、何くれと身の上につけてわが事どもあはれびていふにも、われにもあらぬ心地ぞする。髙屋市次が子五助と云ふ者が來て、いかにわぶらむなどこまやかにいふ。こは小島ぬしが家に仕へし者なるよし。こは此所のした役人の子にて親市次、同じやくには柴すみ、中原など三たりのよしなれば、いさゝかのものをとらするに、さることよろしからじなどいひていなみたれど、知る人やはある、こゝろざしばかりとて遣はしつ。今朝起き出でたりし時、ひれふる山のたかねいたう白かりけるを、

   松浦潟ひれふる山のたかねよりまづ白妙の雪も降りけり

夕づく日の海にかゞやきて、波の荒るゝけしき見ゆばかり、歌にもよまゝほしきを、ところを得がたくていひつらねず。氷のくだけて流るゝばかりに光りたるさま、書きとゞめがたき波のあはれになむ。さと風のおと髙うなるかと思ひもあへずかきくらして、波がしら髙うなりぬ。かくて暮れたるぞものうき。

   寄る波の岩にくだくるおと聞けばむせばぬものもなき世なりけり

   世の爲と思ひしこともわれからの心づくしを波にくたして

例の鼠にさへ騒がれていとうたてかりければ、たうべものなど夜な/\わかちあたふるに、はた今宵も枕にくれば、人に物いふばかりいひたれば、こざりつるぞをかしき。

   ことわけていへば鼠も知り顔にしづまる見れば心ありけり

しばしうまいしたりしひまに、うづみ火ひやゝかに消えはてしこそ、いみじうわびしかりしか。つと起き見れば、ほがらに明けくるけはひして、風も波ものどまれるに、心さへなぎて、過ぎしころよりの日記どもとりいでて見れば、人わらへならむことのみ書いつけたり。猶かくかゝむも恥のかいのこしなれど、とりつくろひていつはり加ふべくもあらず。唯ありのまゝに物すれば、淺ましさもいやましにて、ことさら亂れたる世のいま/\しさのみつもりぬるこそわりなけれ。静に日暮れて、このほどの疲にや、疾くまどろびたりつるに、故郷の文を得たる夢におどろきたるこそいみじう悲しかりしか。

   ふるさとのたより嬉しきふみのすゑ見はてぬうちにさめし夢かな

うまご和がおこしたるにて、君の御たにざく/\といひてこふ人少なからねば、いくらも書いてよとて、たにざくさへそへておこせたる、猶すゑ長きを、かしこにも思ひおこすらんと思ふに、すがたまのあたりに見ゆるまぼろしのうつゝの夢、いつかさめはてむ。かの弟省も人やよりこゝや思はむ、親はらから戀ひしかるべしなど取りあつめて、

   いへ人を思はざりせばあめがしたいづくにゐても何かなげかむ

嵐はいやましに夜はあけがてなるに、

   しら玉は波とくだけてあやもなく明けぬこのよの闇ぞわびしき

   流れきて見る月かげはあかけれど曇りはてたるよこそつらけれ

何の時ともわかず、とりもまだしくや。

   時わかず岩うつ波のつゞみして宵あかつきのかぎりだになし

二十八日、今日は貞貫君の御忌日なるを、あらぬ方にてとぶらひまつるこそほいなけれ。いかにおぼすらむ、ふかうの罪淺からずや。こゝにものしつるより、はや十三日の日かずを過ぐしつることよと、

   うきながらいつか十日も過ぎつらむ今は惜しまじいそげとし月

夜もながしなどわぶれど、月日には何のさすらへもなし。しばしだにをしかりつる老のよの日かずも、今はたゞ過ぎゆくをのみこそは待たるれ。かきこもりたるに、勘が父なむ杖つきたづ/\しげに來て、この嵐のさぶさいかばかりか過ぐしうからんなど、涙も落ちぬべきけしきしたるこそ、いみじう悲しかりしか。髙屋市次てふ人もとひ來て、ともしび、火ばちなど參らせまほしきを、今ひとりのかしら人かへらずてはなど、たのもしげにいふぞ嬉しき。かへりたるのちに、

   宵々のわがともしびの光にもあふことかたき家にすむかな

   月日だに曇りがちなる世の中はよはのともしも見せぬなるらむ

海もいと静になぎたれば、いさゝかも物のあや見ゆるかぎりは、まどもふ(マゝ)で眺めくらしつ。今宵、勘が來むよしいひしを、よべねざりしつかれにや、まどろびたりつるに、もしやおとづれつらむ、いかゞ思ひけむかし。夜ふくるまゝに波のよせかへるおとも、つれ/″\と騒がしきよりも猶さう/″\しくあはれもよほされて、

   あらぎもの心ふとげに思ひなす心ぞ細き心なりける

いくたびとなく火をふきたてなどすれど、はつかなればたゞさぶくて、

   うづみ火をかきおこしても濡衣の袖暖まるほどだにもなし

   なきなのみかづきかづきて姫嶋のうきめみるめのあまとなりにき

   磯に出でてかづきせねどもからき世のしほたれごろもほすひまもなし

曉近きころさめたるに、きよう、火の消えたれば、火うち取り出でてうつに、火うつらねば、

   しのばしき人やのうち火うちおきてぬるこそ心やすけかるらめ

とてうちねたれど、猶さう/″\しくて、はた取り出でてやをらうち得たるこそ、嬉しかりつれ。とかくして、炭にうつして、ともしびも人のありくころならねば、すこしほのめかしたるぞ心地よき。枕にともしを近う馴れつるくせのやまぬこそうたてけれ。ほふしなどのすべきことかは。すべて人は髙くもひきくも、たらひたることなくて、若きよりならはしおくこそよけれ。老たりとてあまり事とゝのひがちなるは、なか/\にうきはじめなりとはかねても知るを、時々におのれのみに過しつるをや、天のいさめ給ふらむかし。

二十九日、のどかに明けわたる海のけしきなど、かゝるをりからならずは、いかにめで(マゝ)らむ。山々霞こめて、磯べのかぎりもわかぬは、まこと小春なりけりと見れば、さすがにをかし。

   唐津なるたかつの山の炭がまのけぶりにけぶる波のうき霧

かのけぶりの白うよこたはりたるこそ、珍しかりしか。釣舟などのこぎありくを、

   海原をながめながめていつまでかあまのたくなは繰返すみむ

   かぎりなくうちはへてこぐたく繩ももと末つひにあはざらめやは

よるさへのどけく、さぶさもゆるびたれば、うまいもしつるを驚かしつる鼠こそにくけれ。

三十日、今朝も暖かげによし。塵拂ひ、ゆなどつかひたるに心地も清けく、窓の日影にうちむかひたるに、喜平次が來て、かれも日に背をあてゝさま/″\と物語る。よべ福岡より、御目付渡り給ひぬ。何事のおはすにかなどぞいふ。こほりの御目付にやあらむ。さらば心やすかるべしなどいふうち、空かきくらし來て南より風いとさぶくぞ吹く。

   松浦潟ひれふる山に雪降りて南の風もさえまさりきぬ

はつ雪降りしより、きゆる時もなし。

   松浦なるひれふり山に降る雪は岩とこほれやきゆる日もなし

   われはたゞかへるをのみぞまつら潟ふるさと人のひれもこそふれ

よるはまた、嵐いたくぞなる。

   あはれ/\嵐にむせぶ姫嶋の波に袖ほす時もあらなくに

故郷のことゞもたび/\夢に見えければ、

   思ふことなか/\夢に見えずとは思ひにあさき時にこそいへ

   いへ人はいつも戀ひしきものながらかくまでにとは思はざりにし

さと人かはわたりとて、曉がたよりもちいひなどつくおと、かなたこなたに聞えきたるに、少しおもひはるけてぞおきいづる。さてこの記を書くに、紙さへかぎりとなりぬ。この紙は、ある人のかたみとなりつるを、今かゝるうきことのみ書いつけしは、いかなるえにしにかありけむ。かの人は都べにて、うしなはれにしよしなりかし。

  こはいとみだりがはしく書いちらしたれば、人にな見せ給ひそ。家にも傳はらぬやうにしなし給へかし。       

(編者云、この二行朱書)

御つれ/″\の時いかでよみ給ひてよ(マゝ)。人の見てよきやうにはこゝに書いぬきたれば、おひ/\ものして參らすべし。をかしげもなきものから、ありつるまゝをこれにはものしつ。

 

 

附 載

    
(編者云、十一月廿六日より三十日までの草案)

慶應乙丑十一月廿六日の晝まばかりよりかい始む。

白う降りたる雪に、暗げなる雲のさはやかに見えたるぞ猶をかしかりける。波の音聴きよげなるばかり、さら/\にをかし。窓の戸開け放ちて、日影入りたるに曇りくるまゝ、いとつめたき風身にしみ/″\と覺ゆれば、おど(マゝ)してこの日記どもかくに、里のをとめらが群れ來て、物言はまほしげなる氣配聞ゆれど、猶つれなく身じろぎもせず居たれば、いかにや、手洗にやなど、ひそ/\といふ聲、忍びやかに聞ゆるもをかし。一向宗の法師の流されてきたれるが、過ぎし日より(マゝ)びくるが、今日も來てとかくもの言ふ。手付髙や市次が子五助てふものが來て、何くれと物語る。こは小島ぬしが家に、仕へたりつるものなりけり。かれに我が心地の例ならぬが、おこたりだにせでかうなりたれば、その事どもつばらに語り置きつ。手付名元○髙家市次○柴住千助○中原宇八この三人にとて、黄金(こがね)二朱をやりたるに、いといなみて返すを、とかくしてやりつ。

さて、ひれふる山を今朝見たりし時に、 

   松浦潟ひれふる山の髙嶺より先づ白妙の雪も降りけり

   今朝よりは晴れつるものを鏡山またかき曇る夕暮の空

   朝夕に向ふ吾さへ鏡山晴れ曇りぬる心地こそすれ

   雲まよりさせる夕日に唐津崎光りて寄する磯の白波

   昨日みし海とも見えずなぎにけりかくていく日もすぐしてしがな

かくいふうち、さと風のおとの聞えくるに、消え果てし白波、ちら/\と見ゆるにや、はた今宵もいたくあらすらんと、いとうたて/\し。

   寄る波の岩に碎くる音聞けばむせばぬものもなき世なりけり

   世の爲と思ひし事も吾からの心づくしの波に碎けて

夜毎に鼠の騒がしかりしかば、わがたうべける物を分ちて夜々に遣しゝに、猶枕べなどにくれば、今宵は遣す時に、くれ/″\言ひきかすばかりに獨りごちしたりつるに、騒がずなりたれば、

   事分きて言へば鼠も知り顔に騒がずなるは人にまされり

されば熟寢(うまい)したりつる間に、程無きうづみ火消え果てたれば、いとあぢきなく、つと起き見るに、板まほがらに明けくるけはひなるぞ嬉しき。

今日は波風きよう静まりて、心地も少し凪ぎたるやうなれば、此處にくる前つかたの日記ども、やをら取り出でて、かい改めんとするに、いみじきいま/\しさに、中々なる心遣りなりけり。晝まばかりより風邪心地のやうにおぼえて、いと寒ければ、藥など物するに、あたゝかなる湯もまゝならず、わりなし。

今宵ものどやかに波のかけ引く音をきゝて、とく寢たりつるにうまいだにせず。幾度も覺めつるうち、和が文をおこしたる夢を見て、

   故郷の便り嬉しき文の末見はてぬうちにさめし夢かな

此文に書ける事は、君の御たにざく/\/\と人が數多いへば、いくつも/\書き給はれと讀むうちさめたりし。たにざくどもあまたおこせたりと見えし。なつかしさゝへいや増しに思ひ亂れて、胸いたく彼處よりも思ひおこすにやと思へば、姿そこに見ゆる心地して、何時逢ふ事にや。はた省にもかくこひお(マゝ)らん。母なる人々、妻などの心地も思ひ集めて、やるかたなく心苦しければ、經どもうち讀みて紛らはしても、忘らるべきことかは。

   いへ人を思はざりせば天が下いづくに居ても何か嘆かむ

嵐さへ吹きおこりて、波荒らゝかになりぬ。

白玉は波に碎けてあやもなく明けぬ此の夜の闇ぞわびしき

流れ來て月見る心あかけれど曇りはてたる夜こそつらけれ

今や明くるかと、幾度も戸の隙々(ひま/\)を見れどさらやみなりけり。鳥の聲さへまだしく、時も分ねば、

   時わかず岩打つ波の鼓して宵曉の鐘も聞えず

   夜嵐の吹けば磯打つ音よりも心の波ぞ立ちまさりける

やゝ朗らに明くるにつけても、今日は貞貫君の御忌日ぞかし。あらぬかたにてとぶらひまつる、ふかうこそかしこけれ。こゝにきたりしより、早十三日をなん經たりとて、

   流れ來ていつか十日は過ぎつらむさてこそ急げかへる時こむ

憂き月日も、過ぐるには安げなるこそ樂しけれ。たゞ暫しも惜しかりしあたら月日を、かく思ひたるこそ、はかなかりしか。

いやましに海の荒るれば、かき籠りたるに、勘藏が父いと老たる人とひ來て、まことありげに物いふぞ嬉しき。長閑なる日はいくらともなくくるも、かゝる日は得のぞかず。はた手付髙家市次てふ人とひ來て、使などものせまほしと古川ぬしに言ひたれど、小島ぬしがかへらでは、一人のまゝにも得しがたし。夜のともしびもなど、こまやかにいふ。いと頼もしく嬉しく、さもならば夜も明し安かるべし。忍びやかにつゝみこめたりしも人わろくやとて、このごろはさる事もやめたれば、いかで小島ぬし早くかへられ(マゝ)しとこそ念ずれ。

   老らくのねざめ/\のともしにも別れて磯のうきめ見るかな

   大方の日影曇れる世の中はよはのともしも見せぬなるらむ

夕べより風止みて、海ものどかに凪ぎたれば、心も静かに暮れはつるまで窓を開けたれば、寒さは殊にいたけれども、いさゝかもものゝあやめ(マゝ)るかぎり、かくて例の坐禪などしつゝ、いつしかまどろまほしうなりたるまゝ伏したりしに、よべの嵐の疲にや、熟睡(うまい)してさめたれば、まだ里人の臼の音して更けたりともなし。今宵勘といふものこん由いひしかば、もしきたりつるをおぼえずやありつらん、さもあらんにはいかゞ思ひたりけんかし。更にゆく波の寄せ返る音に添ひて、いさゝか夜嵐の戸をおとづるゝも心細くて、

    あらぎもの心太げに思ひなす心ぞ細き心なりける

寢ざむる度毎に、うづみ火を起しつうづめつするぞいとわりなき。たゞいさゝかのものにおこしたるのみかは、炭さへ力なき消炭なれば、しばしだに堪へず消えぬるぞすべなき。

   うづみ火をかきおこしてもぬれ衣の袖暖むるほどだにもなし

ついでに詠める、

   なき名のみかづき/\て姫嶋のうきめみるめのあまとなりにき

   磯に出でてあさりはせねどからき世のしほたれごろも着ぬるあまかな

など、暗がりに、心あてにこそかいつくれ。更けゆくまゝにも、いと家人の事ども思ひやるに、きその夜の夢さへ戀しくなりて、

   天が下いづくも同じすみかぞと思へど戀しあたら故郷

しばし寢て起きたるに、殘り無くうづみ火の消えたれば、いとわびしく、燧取り出でて打つに、さらに火の移らざれば、打置きてねたれど、猶淋しきまゝ、はた取出でてやをら打出でつるを、とかくして炭にうつし取りたるぞ嬉しき。

しのばしき人やの打火うち置きてぬるこそ安き心なるらめ

法師などは、奥山の暗がりにも三(とせ)籠りしなどさへあるを、年經るまで枕にともしびしたるくせのやみがてなるおのれを、取りひしがでは、佛の敎にもたがふべかめり。

廿九日、いと長閑に明け渡る海(づら)は、又めづらしく、山々のふもとなどは、きりごもりて、海のかぎりもわかず見ゆるうちより、炭のけぶりの尾上づたひにいと白うたな引きたるこそいみじうをかしけれ。

   唐津なるたかつの山の炭竈のけぶりにけぶる波の浮霧

日影もうら/\と春の様に霞みわたりて、南の空薄曇りたるに、海さへたぐふばかり、つゆ動く氣色だになし。かくて幾日も經なば、心の憂き波も鎮めてんかし。釣船など見ゆる所に漕ぎ廻るさへ、のどけくをかし。そこにはへ始むと見えしを、いつしかをちになり、又廻りくるたく繩の長さいくばくにや。

   海原を眺め/\ていつまでかあまのたく繩ながく見るべき

   限りなくはへつゝ(めぐ)るたく繩ももと末つひにあへる樂しさ

夜さへのどけく、さぶさもゆるびたれば、をり/\うまいもしつるを、鼠の度々寢たる上にくるに、おどろきしこそ憎かりけれ。

三十日、今朝も長閑けくさぶからねば、此處彼處塵拂ひのごひなどして、湯など使ひたるぞ心地よき。

賄のおほぢが、昨日も今日も來りて、様々と物語りつゝ長く居たれば、晝ま近うな 

(編者いふ。以下なし)〈注1〉

 

長門より

  一一一 思ひもかけず人やを  慶應二年九月か十月、母子に 〈注2〉

 

思ひもかけず、人やをのがれ出で侍りぬ。いかに方々の御耳を驚かしつらむと、それのみ/\思ひやり聞えてなむ。舟ものどかに渡り果てて、誠に/\谷梅ぬし〈注3〉をはじめ、あまたの厚意に預り、我身一人かくては本意(ほい)ならず、今は省〈注4〉をはじめ、人やの苦をのがれ出づる様にのみ、誰々にも頼み、其事のみ心を碎き侍るなり。御國の御正義を翻し、有志者を助くる迄のおのれが盡力なれば、今は身もいとはずなむ。扨こたび盡力ありし人々は、先づ藤と藤林、大藤は薩摩の留守なれば來らず、其の外は對藩多田何がし、吉野何がし、長藩よりは泉三津藏、博多町人麥屋幸助といふ者なり。右の六人にて早船に取乗り、四五日以前より唐津に入り、それより濱崎にかゝり、五日ばかり波風静なる日を待ち得て押寄せ、人やを打ち破り、取出でられて、否ともいひあへず、手を取りて船に乗せられ、まことに/\夢の夢見る心地に渡り侍りぬ。それにつけて、大島よりも三人たすけたるは、聞き給ひつらむ。此の人々、もとより無力にて着のまゝなるを、さま/″\此の御藩の御世話になり居り侍る儘、いかでそれ/″\の宿元より、別紙の通りにおくりこしになり候やう、御はからひ、くれ/″\頼入侍るなり。是も御國のみ耻をかくす一つなり。おくりにならでも、如何やうにも此處にて御渡しはあれども、これにてあまり/\なるべしと、同志申し合せてなん、よくよく御周旋あれかし。扨、おのれが荷物は、いづれもとりて船にものしたれど、知り給ふ如く、よろしき品は皆御元へやりしかば、此處にても衣服入用も侍れば、これも別紙の如く御送り御頼み申入侍るぞかし。              

   さま/″\に移り變りてかへがたき老の心ぞはかなかりける

福岡人の取沙汰、さぞ/\とこそ思ひ遣り侍れ。唯かしこき御上に背き奉りたるのみ。されど御爲は、猶々いやましにこそ盡さめ。おのれ今の宿は、名髙き白石正一郎方なり。家内皆々大正義にて、いと暮しよし。やがて、谷梅ぬしが宅を、山かげにしつらひかゝれるが、やがて出來侍るを、其處におのれを置くとの亊なり。誠に先年向が陵にしばしものしたるが、今の我が身の爲となり侍るぞかし。我のみならず、國の御爲また諸有志の爲ともなるベし。

省も大島にあるよしに聞きて、藤はわれと省を助くる爲なりしよし、思の外なる三人救ひ出したるも、いかなる天のめぐりにやあらむ。今は省をいかでとのみ、いづれもいひ合へり。こはおのづから、上より御宥あるやうにこそ周旋致し侍らむ。必ず/\待ち給へかし。されどおのれは、はやこたび御かた/″\に逢ふ事もかなはじ、是のみかへす/″\も悲しく、本意なく思ひ沈み侍るなり。國家のみ爲とは申しながら、堪へ難うこそ。聞えたきことは、なか/\山々ながら、まだをりあひ侍らで、しばしも静にする隙なく、あら/\御心やすめ候へむと、用事のため聞え侍るなり。かい散らし御讀めかねあるべし。たひらかに入り給へかし。かしこ。

御母子ぬし 

(編者云ふ、谷梅ぬしは髙杉晋作。藤は藤四郎茂親、多田何がしは多田莊藏弘恭、吉野何がしは應四郎、泉三津藏は馬關の人中村圓太が從僕なりき。麥屋幸助は博多の俠客權藤喜八が弟、權藤幸助にして、當時髙杉の從僕たり。三人は喜多村重四郎、桑野半兵衞、澄川洗藏。)

 

〈注1〉いかにも唐突な終り方だが、「夢かぞへ」と別立てにした「ひめしまにき」が、この直後、起筆されており、とびとびながら慶應2(1866)年3月までの日記が残されている。それ以降の日記は書かれなかったのか、失われてしまったのか不明。

 

〈注2〉『野村望東尼全集』にある「望東尼年譜」の慶應2(1866)年の項に、「九月十六日、髙杉晋作の部下により救ひ出ださる」と、あるが、この姫嶋の監獄からの脱出のもようは、日記には見えない。以下は『全集』所載の書簡集に見える望東尼が出した手紙(「長門より」)に、姫嶋脱出のことが記されているので、その部分を掲げる。なお、手紙の宛先も日附も、はっきりとはしない。

 

〈注3〉「谷梅ぬし」とは、髙杉晋作の別名とも愛称とも。髙杉はこの時、病(結核)のため、計画は立てたが、陣頭指揮を執ること叶わなかった。

 

〈注4〉「省(はぶく)」は、望東尼の孫の名前。24歳にて獄死。祖母の死に先だつこと2ヶ月半。

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2018/10/01

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

野村 望東尼

ノムラ ボウトウニ
のむら ぼうとうに 「ボウトウニ」、「モトニ」とも。歌人・文筆家。文化3(1806)年~慶應3(1867)年。博多の人。文政12(1829)年、野村貞貫と結婚。翌年、夫とともに大隈言道の門に入り、和歌を学ぶ。安政6(1859)年、夫と死別、ただちに剃髪、法名「招月望東禪尼」。文久元(1861)年末に博多を発ち、約半年京滞在、宿願の都見聞を果たす。この滞京時に、大田垣蓮月尼、近衛家老女村岡局(むらおかのつぼね、津崎矩子)ほか、倒幕派の人々に逢う。慶應元(1865)年、倒幕派の髙杉晋作らの逃亡を助けたことが藩是に叛くとされ、自宅軟禁、ついで生家に戻され、座敷牢入牢、さらに玄界灘の孤島姫嶋に流され、烈風吹き抜ける二坪前後の獄舎に閉じ込められる。時に60歳。慶應2(1866)年9月、髙杉晋作配下の数人によって、獄から救い出されるが、周防・長門を転々とし、ついに郷里に帰るなく、慶應3(1867)年11月、三田尻(現在の防府市)にて歿、62歳。明治改元目前の死だった。私家集『向陵集』のほか、『上京日記』『夢かぞへ』『防州日記』などが残されている。

掲載作は、望東尼がみずからの拘禁生活を日々書き綴った『夢かぞへ』のうち、後半の姫嶋監獄期を抽き、「『夢かぞへ』姫嶋篇」とした。灯も火も厳禁(こっそり火を呉れる村人もいたが)、食事も賄いの者に過分の心付けをやらねば身が保(も)たぬ等々。鼠やむかでの跳梁跋扈も並みではない。そうした苛酷な状況下、老尼は髙い志、家族への情(じょう)を書き続けた。  後の世の歌人川田順(1882~1966)は、その著『歴代秀歌百首』(昭和50年刊)の掉尾に望東尼を挙げ、「政治や世相を歌で批判する技倆に於いては、古今望東尼の右に出づる者多くない」と述べている。語られることの少ない望東尼のために伝えておきたい。  底本 佐佐木信綱編集『野村望東尼全集』(野村望東尼全集刊行會、昭和三十三年四月十五日發行)によった。

著者のその他の作品