詩集『海からの詩』(抄)
海の町
ここは
どの道も海に向かっている
だからどんな時にも
大らかな海を見るうちに
足どりも軽やかになる
ここでは
時間がゆるりと流れている
自然の呼吸と共に
当たり前の生活をすることが
美しいと思える
この町は
寒い時でもなぜか温かい
海も空も風も町も青
つかれた心を包んでくれる色だ
ここにいると
自分がありのままでいいと思えるのは
この 海の町の
やさしさのおかげ
なのかもしれない
スイング
夏を待ちこがれて
もう今から
あらゆるものが
いたる所で
スイングしている
耳元をかすめる蜂の羽音
鳥たちは発声練習している
機械も負けじと
声を上げる
室外機は低温でうなり
校舎を駆けのぼるチャイム
郵便やさんの期待に満ちたバイク音
日に日に
日射しが濃くなり
潮の香りが強くなり
私たち人間も
体中でスイングしながら
夏の訪れを心待ちにしている
祈 る
根こそぎさらっていった
三月の海
大波に心を削りとられたまま
たたずむ人々を
忘れてはならない
季節をいくつ重ねても
心の奥深くには
一枚のモノクロの風景が
現像液につかったまま
静止している
同じ日本の海辺で生き
満ち干する海の呼吸を
感じて生きる私達だから……
枯木には やわらかな花が咲いただろうか
渚には やさしい唄が響いているだろうか
海に 祈る
今日もたたずむ人を忘れないため
海に 祈る
風に託して
網にかかった魚の考えたこと
不覚にも網にかかってしまった魚は
もがきながらも
自分でも意外に冷静に
他の魚たちの叫び声を聞いていた
いまさら 助けられるわけでもなく
網から華麗に脱出できるわけでもなく
ただ 一生
引き離されることの恐ろしさを思った
一方、今迄 平々凡々と生きてきた
自分の人生で最初で最後の冒険に
しびれるような憧れも生まれている
この世に「あばよ」と言う時に
人生で一番クールな顔をしていようとも
考えている
自分なりに
花が咲いている
赤い花 白い花 黄色い花
とても綺麗です
しかし
赤い花は 本当は
白く生まれたかったのかもしれない
白い花は 本当は
黄色く生まれたかったのかもしれない
黄色い花は 本当は
赤く生まれたかったのかもしれない
でも 選べなかった
私達も 生きていく中で
思いのままにいくことばかりではない
思いのままにいくことのほうが少ない
だけど その中で
自分なりにどうやっていくか
それは 選べるのです
ガラス工房
1300℃の窯から取り出した
まっ赤なガラス種
水飴のようにドロリと溶けたガラスに
あなたは
慎重に、しかし力強く息を吹き込む
あなたの息が 形になっていく
くるりと回転するたびに
吹きガラスは曲線を描いていく
透明で実体のなかったものに
あなたは命を与える
あなたが息を吹き込んだ
心を注いだ
のびやかで美しいガラスに
私は 少しだけ
ジェラシーを感じた
夢
あっちへ 転がり
こちらへ 転がり
表情豊かに夢をみている
何度も
布団からはみ出して
この子は
いったい
いくつの大陸を
横断しているのだろう
いくつの海を
渡っているのだろう
あの人
いつも
楽しそうに
歌っている人だった
家事をしながらも
入浴中も
散歩しながらも
鼻歌だったり
大声だったり
いつも
くちずさんでいた
だから
家の中は
明るいハミングに包まれていた
励まされていた
いつだったか
いつも楽しそうに歌っているね
と 言ってみた
すると あの人は言った
歌ってでもいないと
やっていられないからと
いちばん励まして欲しかったのは
あの人
だったのだ
秋の海
今年の仕事を終えた
海に
太陽が泳いでいる
日射しは 波と共に揺れて
海に
夏の記憶を呼び起こす
この夏も
よく働き
よく満たされた
この腕の中で
たくさんの
人々を遊ばせて
夏の記憶に
海は
ふっと目を細める
そして
海は
ふっと来年を思ってもみる
海に
秋の太陽が泳いでいる
相 棒
あの日
ミルクの匂いをまとい
うちにやって来た
ちいさなちいさなネコは
すがるように
私の胸におさまった
それから
ちいさなネコに成長し
私のその日その日の
心のでこぼこに合わせるように
そばに来たり
離れたりして
私の胸をおさめた
そして
おとなになったネコは
時折、恋に破れて
ふらり戻ってくる
そんな時 私は
相棒の好きなジャズをかけ
温かいミルクなど出す
今日も私は
この相棒といる
春が終り 夏になり
秋が終り 冬になり
そこにはいつもいて
今日も ただ並んで
来る季節を
一緒に見つめている
この 相棒と
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2017/07/24
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