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詩集『おいしい水』抄

赤い花

 

人たちの寝静まった後

月の光を浴びながら

ゆっくりと球根を太らせていく植物群があり

赤い花 黄色い花 紫紺の花 花の盛りを

見ないまま逝く人がいる

 

赤い花が綺麗なのは

花の下に葬ったものがあるからだと姪が耳もとで囁き

わたしはどきっとして幼い少女の顔を見る

 

姪をつれて赤い実を摘みにいく

赤い実を摘んで笊にいれる

ふたりの爪が真っ赤に染まり

ふたりの唇も真っ赤に染まる

 

姪の指さすさきに

真っ赤な花が燃えているのがみえる

あそこで

と少女は言った

 

 

おいしい水

 

おいしい水をあげる

と言うと少年はついてきた

水筒は とたずねると

ここ と胸のあたりを指す

たしかにすこし膨らんでいる

すこし歩くけれどいい と言うと

こっくりうなずきついてくる

少年は白いセーターを着ている

少年には白いセーターとはだれが決めたのだろう

 

中学時代 白いセーターの似合う少年がいた

(かれは不良で美しかった)

少年がそばをとおるときわたしは

指を机からかすかにはみださせ

少年の指がわたしの指に偶然触れてとおりすぎるのをまった

指は触れることもなくすぎたが

あの少年はどこへいったのだろう

進学した高校に少年の姿はなかった

あのころはそんな美しい不良少年や不良少女が

クラスに一人か二人はいて

美しくもなく不良にもなれない中途半端な優等生は

かれらにひそかに羨望をいだきながら

勉学に励むしかなかった

 

少年は無垢な目をしてわたしのあとについてくる

おいしい水だけをもとめてあるいている

わたしも私自身のために

おいしい水をのみたいとおもう

不良にもなれず優等生にもなれなかったかわりに

 

 

香草

 

私は香草を摘む

胸のなかに

(少年が)棲んでいる

とおもうことだけで繋がっている男と

 

薬草園のなかは

老人たちで賑わっている

杖を手に足を運ぶ人

地味なリュックを背負い虫眼鏡片手に

ゆっくりみてあるく人たち

 

ああいい匂い と男が言う

男の嗅いでいる草に顔を近づけると

ハッカの匂いがする

 

男から少年が消えたのはいつだったか

顔の輪郭も 造作も若いころのままなのに

どこか卑しいものを感じるようになってしまったのは

 

私は男の胸をたたいたことがある

たたけば少年にあえるような気がしたが

少年はことりとも音をたてなかった

 

 

 

春 一緒にわたった川が雪解けの水をはこぶ

鶯がなき

花が咲いた

 

老いるということをあなたはかんがえさせてくれた

染みの浮いた手でわたしのからだにふれる

その行為をわたしは嫌だとおもう

あなたがみようとはしない老醜を

わたしは正面からみる

あなたがそむける背に

老いがにじんでいるのをみつめてしまう

 

なぜ老いたのか

 

もう眼をつむってもあなたの寂しい口元しかみえない

なぜ老いたのか

私をのこして

 

 

散歩者

 

植物園には不思議な噂があった

月の夜に青い薔薇が咲くのだという

夜 噂をたしかめたくて植物園にたつ私のまえに

一人の少年がたっていた

少年はこれから薔薇の手入れに行くのだと言い

植物園の門を軽くとび越え園内にはいる

 

少年のあとをついていくと薔薇園があった

少年は月の光をたよりに

葉の一枚一枚の裏がわまで

虫がついていないか

病気がついていないか

丹念に丹念にしらべる

 

少年は如雨露で水をやる

ほら花がこんなに喜んでいる

そういって少年は

震えるはなびらの一枚を指のさきで愛撫する

花にふれていると

花の心がわかる

ほら ふれてごらん

花が小刻みに揺れているのがわかるだろう

これは花がありがとうって言っているのだよ

 

いつまでも薔薇と一緒にいたいという少年を残し

私は植物園を後にする

植物園の森は薔薇と戯れる少年を包み込んだまま

月の光のなかにくろぐろと

精気を吸い込むようにそびえている

 

翌朝 薔薇の根元で死んでいる老人が見つかった

老人は眠るようなおだやかな顔で横たわっていたという

私はあれから夜の植物園には行ってはいない

もう少年には会えないような

そんな気がして

 

 

乾燥花

 

男はドライフラワーをつくることを好んだ

花屋で好みの花を買い花瓶にいける

しばらく楽しみ 花が咲きほこる瞬間

形のくずれないうちに風通しのよい軒先に吊す

 

花は乾いてどれも美しかった

そのなかで一茎 褪せることなく咲いている花がある

これはドライフラワーになるまえに自ら命を断った花だと男は言った

この花だけはいつまでたっても枯れてはいかない

僕の記憶のなかで生きつづけているかぎりは

 

いつまでも褪せない花は触れるだけで

生きていた花を思いおこさせた

生きていた時代を思いおこさせた

 

再生しつづける記憶のなかで美しいまま滅びつづける男の花たち

その隣室で私の花々がゆっくりと褪せていく

薔薇もスターチスも細かな屑となって

 

 

梔子(くちなし)伝説

 

梔子の村とよばれる村があった

梔子の村では なぜか男たちは五十年以上生きるこ

とができず 十三の誕生を迎えると近在の村から健

康な年上の娘を嫁にもらう習わしがあった 産まれ

た子は男児であれば育て 女児は村の外へ里子にだ

され 一年以内に子のできない女は里に戻されたが

子を産んだ女は村からでることを禁じられていた

 

村は(おさ)と呼ばれる男が治めていた 十代で子の親と

なり 三十代で孫ができ 四十歳を過ぎると老爺と

呼ばれる男たちのなかで 長の深い皺を刻んだ顔は

老爺にふさわしいものであったが 長の妻は年上に

もかかわらずいつまでも若々しかった

 

梔子の香がひときわつよく匂った年 一人の青年が

村を訪ねてきた 青年のようにみえる男は三十三歳

だと言い 老いた村の男しか見たことのない女たち

を驚かせた 男は梔子の村の歴史や伝説を調べにき

たと言い 長の家の離れを借りると 村人たちから

話を聞き 寺や神社を調べ 調査が終わると帰って

いった

 

村は静けさをとりもどしたかのようにみえたが し

ばらくして 長の家の女が姿を消した 離れにいた

男を追って逃げたという噂も流れたが 女たちはそ

れからも 一人 また一人というふうに消え 老齢

の婆の姿まで消えた

 

女たちは梔子の精気に()れたに違いない と男たち

は言い 梔子の木を一本残らず切り倒したが 女た

ちは誰一人戻ってはこなかった 残された男たちは

新しい嫁をもらうでもなく老い 長い年月を経て村

はゆっくりと寂れていった 梔子の精気に狂れたの

は女だったのか それとも梔子の村にうまれ梔子の

村で滅びていった男たちだったのか 事実を解明す

る資料はどこにも残されてはいない

 

 

閻魔堂

 

村のはずれに閻魔堂がある

傍らの木は百年に一度花をつけるのだという

花の咲く年にはお堂が開き

村も栄えるのだと言い伝えられていたが

花をみた者はなく

お堂の内部をのぞいたものもいなかった

 

閻魔堂のある村では

山を開いて作った畑は

すこし手入れをおこたると草叢にもどり

泥が腰までつかる深田はよい米がとれなかったから

村はいつまでも貧しかった

 

その年の夏 雨が降りつづいた

村人たちは秋の取り入れの日をまったが

稲穂はいつまでたっても実りそうになく

米が期待できないとわかると

村人たちは 誰誘うともなく

閻魔堂へとあつまった

 

村人たちは木に蕾がつくのをまった

蕾がつき 花がひらけば村に新しい香が満ちる

香が満ちれば人たちが集まり村を捨てたものたちも

帰ってくるかもしれない

 

そんな日の朝 花がさいたぞう とふれる声がした

先をきそって閻魔堂へといそぐ村人たちの眼に

遠目にも しろい花が満開に咲いているのが見え

その下に瓢箪のようなものがぶらさがっている

 

枝と葉を真綿でくるんでつくったしろい花

その咲き乱れる下で その男は縊れていた

誰ももう声をあげるものさえいない

村一番働きものといわれた男の 死体を

眼にしたまま

 

 

 

村のはずれに水車小屋の跡がある

水の流れに身を浸し 今はこどもたちが

魚捕りをしているその川の畔に

 

水車小屋には一人の婆が住んでいた

婆は村の女ではなかったから (水車小屋へは)

遊びにいってはいけないと言われていた 私は

婆のそばで水車の音をきくのが好きだった

 

ある日水車小屋へいくと

見たことのない少年がたっていて

婆の孫だと言った

同じ年の生れだという少年とはすぐに仲良くなった

 

少年は水車小屋で死んだ男のこどもではないかと

村人たちは噂した

死んだ男は村人ではなく 町の女が産むことのでき

ない人の子を宿し 水車小屋で産んだのを 村の長

が買い取り 水車小屋の米搗き人に育てたのだとい

う 子は成長したくましい青年になった 長の娘と

好きあうようになり 娘が身籠った 水車小屋で死

んでいる男がみつかったのはそれから間もなくだっ

た 遺体を引き取るものも 弔うものもないまま

男は無縁墓地に葬られた 娘はその日のうちに町へ

出され そこでひとりの子を産んだ それが水車小

屋の少年なのだと

 

秋になり長雨がつづいた

稲の取り入れも終らない日 東の山が崩れ 隣町へ

の道が遮断された 一日たち 二日たち 一週間た

っても土砂を取りのぞくことができない 今では米

を搗くにも町をたよっている暮らし 道を閉ざされ

てしまえば村は飢えるしかない 焦り苛立つ村人た

ちをまえに

長老は言った

水車小屋の婆に米を搗いてもらうしかない と

 

水車小屋では米は搗けなかった

翌朝 村人達が見たものは焼け落ちた小屋跡

私は誰にも言わなかった 少年に

長老の話を伝えに走ったのは私だということを

炎のなかで崩壊していく水車小屋が美しかったこと

 

 

挽歌

 

夜になって

雪が降りはじめる

姉さんあれは桜だと弟の声がする

私はかなたからとどく声に耳かたむける

しんしんとふり積もるかすかな存在を聴こうとする

たとえ雪だとして 桜だとして

舞っているのは光のかけら

月からこぼれた雫

 

舞えよ舞え私は光のなかに溶ける

月にさらされた大地が私をつつみ

さむざむとしたひかりが私の身体を透視する夜に

いつまでたっていたのだろう

きがつけば私をみつめていた人たちは何処へともなく去り

風が背をわたっていった

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2015/12/07

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山口 賀代子

ヤマグチ カヨコ
やまぐち かよこ 詩人。京都府に生まれる。詩集に『海市』(2008年砂子屋書房刊)など。

掲載した作品は詩集『おいしい水』(1996年、思潮社刊)より著者自選による抄録である。

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