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千年杉

 嵐が過ぎたあとの残り雨もやっとあがった。

  赤褐色の濁流の甲武川が、木橋である落合橋の底すれすれまで、水かさを増していた。橋の袂では、付近の農家の者たちが総出で、土手沿いに土嚢を積み上げている。靖弘はかれらに労をねぎらう挨拶をしてから、落合橋を渡り、そのさき観音堂、廃墟の鉱泉小屋、地蔵倉を過ぎた。そのあたりから、靖弘はケイタの名を呼びはじめた。繰り返し、その声が山間にこだまする。

 天然杉の樹冠をかぶる伊野山を見上げた。白い雲海が山の西斜面にひっかかり、もがきながら登っていく。

伊野山への登山道をかねた林道は、急勾配でぬかるみ、落葉が春過ぎてもなお地面に張りついて消えず、靖弘の足元を滑りやすくしていた。そのうえ、普段おとなしい沢までもが、数日間続いた豪雨の勢いを得て、道の一部をちぎっていた。靖弘は水没した林道の底を片足ずつ慎重にさぐり、斜面の雑木の枝をつかみ、膝頭まで濡らしながら進んだ。渡りきった両側からは、スダジイや赤樫が密集して頭上にかぶさる。朝日がすっかり昇った、この時間にしてはうす暗く、深い森林の風格を保っていた。森はいつまでも続かず、灌木の枝葉が切れて開墾畑が見えてきた。

 視界の広がった野菜畑のそばまでくると、伐採した木材を積んだ集材所の、粗末なトタン葺の掘っ立て小屋が見えてきた。そこから二本の索道のロープが急角度で、森林の彼方へと延びている。集中豪雨に遇い、地上まで降ろしてもらえなかった二本の丸太が、いまなお空中でさらしものになっていた。

 トラックの轍がついた集材所の出入り口は、水溜まりだった。靖弘はそれを飛び越えた。目の前には、杉の丸太が三角形で形よく高く積み上げられている。小屋番の六十過ぎの作次郎が、すでにワイヤー掛けの作業をはじめていた。日焼け顔の作次郎から、挨拶代わりに、凄まじかった豪雨の話題がむけられてきた。その上で、外に出られなかった子どもたちは、家の中で退屈しているんとちがうかな、と靖弘に訊いた。

「殴りあいや?みあいまでやるし、賑やかなものでしたよ。ところで、この辺で、ケイタを見ませんでした? 朝の点呼のときは、もういないんだから」

「こんな朝早くから逃げられたんか。あのケイタはすばしこいし。国のベトナムに帰ったんとちがうか」

「まさか」

靖弘は苦笑した。

 ケイタとはベトナム系日本人で、顔は浅黒く、俊敏な九歳の男子だった。ベトナム難民だった父親と日本人の女性との間にできた子どもである。ケイタが三歳のとき父親がいなくなり、四歳のとき母親が保育園に預けたまま消えていた。引き取った靖弘が、人を介して調べてみると、ケイタの戸籍はどこにもなかった。その程度のことしかわからず、それ以上調べても、孤児には変わりがなく、いかに面倒をみるか、靖弘はそのほうに気を配った。

「千年杉神社とちがうかな。いつも境内でよく遊んでおるけど」

 作次郎の視線がやや斜め上の神社に流れた。

「神社ならいいんだけど、増水した川や沢で、水遊びをされると危険だから、いま川筋をあたってきたんです。女房のほうは神社じゃないかと言って、直接そっちに向かっているんですが…?」

「あんたたちは若いのに、七人もの子をよう面倒みておるな。自分の子でも棄てるというこのご時勢に。それも国籍のない子ばかり」

「誰かが面倒みてやらないと、あの子たちは生きていけない。僕はそんなにも若くないですよ。三十七だから」

「いや、若い。この伊野村じゃ、もう年寄りしか残っておらんし、あんたの年齢が羨ましい。まだまだ可能性がいっぱいある」

 作次郎は玉掛け用のワイヤーを肩にのせ、煙草に火を点けたうえで、さらにこういった。

「家造りはだいぶ進みはじめたようだな。わしはあんた方に、えらく悪いことをしたと思っておる。空家を勧めておきながら、いま頃になって、村人から急に立ち退きを迫られておるなんて。申し訳なくて」

「いいんですよ。家の持ち主に正式な了解を得ないで、子どもたちを連れてきて住んでいたんですから。相手の言い分が正しい。でも、できるかぎり、新しい施設ができるまで、居座って粘ってみます」

「それが良い。家主はむかしよく知る(きこり)だったし、電話で了解を取ったんだが、何しろ口約束だったからな」

 目を細めた作次郎は、再度すまなそうな表情になった。

「感謝していますよ、作次郎さんには。施設を建てる土地を提供してもらえたんですから」

「そのくらいのことをせんと、バチがあたる。村の衆は全部が全部、あんたたちのやっていることに反対じゃないからな。それだけは解ってほしい」

「充分、わかっています。風倒木を提供してくれた、海老塚さんにも感謝しています」

「あの人は、口は悪いが、金持ちにしたらめずらしく面倒見が良い」

「そうですね。それじゃあ。もしケイタを見つけたら、つかまえておいてください」

 集材所を出た靖弘は、千年杉を祀る神社へと向かいはじめた。

『塩の道、ここから伊野山越え』

石碑の前では登山道と分かれた、林道に入った。一車線の道路幅を保ちながら、左に大きく山腹を回りこむ。林道の眼下には、靖弘たちが住む落合集落が見えてきた。

三十八戸の家々が、伊野山の西斜面に雛壇状にしがみつき、どの庭も広い菜園をもつ。中段のある家では赤、青の鯉のぼりが泳ぐ。雛壇の最も底には、甲武川が流れ、そこに落合橋が架かる。辺り一帯は水田が広がる。

落合橋のまわりで土嚢を積む、村人たちの動きが小粒ながら見下ろせた。

 靖弘の視線が落合橋から、雛壇の最上段までもどってきた。樹林帯との境目には竹藪が広がる。そこから直線でおよそ百メートル真上には、千年杉神社がある。集落から見ると、神社までは竹藪を通り抜け、急勾配の直登のきつい道がある。村人は迂回道よりも、直登のほうが便利だと言い、ふだんこちらを利用している。

 林道と参道との分岐点で、妻のまち子がひょっこり現れた。細面で目の大きなまち子は素顔で、黒髪を後で束ねている。七人の子を看るまち子は、化粧をする間もないことは確かだ。一方で、子どもが大きな病気でもすれば、突発に金がいるからと言い、貯蓄をできるかぎり取り崩さないで節約を貫いていた。

「千年杉神社に、ケイタはいなかったわ。どこにいったのかしら」

 まち子は小走りで探していたのか、双肩で息をしていた。

「神社にいない? 探し方が悪いのとちがうか」

「そんなことはないわ。本殿の中まで見たのよ」

「樹洞のなかも、確かめてみたか」

「勿論よ。どこにいったのかしら。いつも人騒がせな子なんだから。甲武川のほうはどうだった?」

「見当たらなかった。作次郎さんに会ったから訊いてみたが、集落で、ケイタは見なかったそうだ」

「まさかとは思うけど、川に落ちたんじゃないでしょうね」

 まち子が怯えた目になった。

「ケイタはもう三年生だ。濁流の川は危険だと、わかっているはずだ」

「あの子は、危ないことを好む子よ」

「ここは神社にいって確かめてみよう」

「私がいま見てきたから、いないわよ」

「念には念を押して、社殿の床下まで探そう」

 ふたりは肩を並べて参道にむかった。

「伊野村にきたのは三年前だから、あのころケイタは五歳か。あいかわらず、悪戯癖はなおっていないな」

そういいながら、靖弘は過去の自分をふりかえった。

かれは高校、大学とアメリカで過ごした。その間にボランティア活動が身についた。だが、そう簡単にその精神が学びとれたわけではなかった。

ルイジアナ州にある私立ハイスクールに通う靖弘は、情報通のクラスメートから、ハーバードカレッジなど有名大学の入試制度を訊いた。ペーパー試験がなく、唯一の試験が面接だと聞かされておどろいた。

ハイスクールの学業が優秀だけでは駄目である。面接試験の折り、かならず活躍したスポーツの種目や、取り組んできたボランティア活動などが問われるし、それが合否を大きく左右するとおそわった。

入学の手段として靖弘は、友人の後ろについてスラム街のイスパニア系難民の家に入り込み、文字を教える真似事をした。不潔、怖い町の意識は超越できなかった。

大学の面接試験で、靖弘は試験官から、君の語学力でどのくらい成果があったか、今後どのように取り組む姿勢なのか、その精神の源はなにか、と鋭い質問を受けた。曖昧に逃げると、根ほり葉ほり問われ、結果として満足に応えられなかった。

「このカレッッジに入りたければ、もう一年、ボランティア活動に取り組みたまえ、君の人生はまだまだ長いよ」

そう言われて不合格だった。

落ち込んだ靖弘は帰国も考えた。だが、思い直してイスパニア系難民の家に寄宿し、親からの送金の大半をそこにそそぎ込み、寝食をともにした。それら家族には就職などの差別問題があった。失業、貧困から子どもの教育すら満足にできない現実がある。さらには犯罪など魔の手が身近にある、という堕落への落とし穴があった。諸悪の原因とか根幹とかが、複雑な人種問題からきていると知った。

十代の靖弘が難民家族とともに悩み苦しみ、差別と闘うというか、貧困からの脱出の手段とかをさぐった。英語ができない母親と連れ添って、スーパーマーケットに仕事の申し込みに出むきマネージャーと賃金交渉をする。子どもの学校の手続きで、パブリックスクールに行った。衛生面から町に薬剤散布を要求して、役所の窓口に足を運んだ。他方で、街角で子どもらが大麻を吸えば取り上げて叱ったりもした。

 靖弘はやがて寄宿舎制度のカレッジに入学した。ルイジアナ州を離れたが、大学の勉強の合間をみた折々、車で近くのダウンタウンのスラム街に出むいた。街角で金を強奪されたこともあったが、それら出来事にもひるまず、靖弘はボランティア活動を続けていた。それが当然だと思っていた。

 貧しい難民のボランティア活動をする靖弘は、大学を卒業すると日本に帰国した。堪能な英語力を生かせる貿易会社に就職した。入社当初から休日すらもドイツ語、ロシア語の習得に忙殺された。仕事にも慣れてきて気持ちにも余裕ができた四、五年後、かれは勤務するかたわら休日ともなると、婚約者となったまち子を連れて施設を訪ねた。そして、身体の不自由な若者たちの世話をした。結婚後もふたりで、重度の身体障害者の車椅子を押して町に出かけた。かれらの糞尿の世話までもいとわなかった。

日本の会社には長期休暇がない。それだけに、靖弘は断片的なボランティア活動に物足りなさを感じていた。いつか妻とともに充実した毎日を過ごせる、一つの生き方を追求してみたいし、喧騒とした都会生活を離れたいという想いが深まっていた。

 その想いがまだ願望の領域だった四年前の、春先の結婚記念日に、まち子とともに雪解けの伊野山に登った。(ほこら)のある山頂でテントを張り、白い峰の南アルプスの眺望と、ご来光とを愉しんだ。

翌日、この村まで下山してきた。昼時だったので、ふたりは甲武川の側にザックをおろしてバーナーとコッフェルを取り出し、趣向を凝らした蕎麦を作っていた。山菜取りの老人が土手の上に現れた。石ころの多い河原におりてきて、

「伊野山に登ってこられたんかいな」

と声をかけてきた。

夫婦は感動した山岳の情景を語った。川辺で腰をおろした作次郎が、伊野山はもともと信仰の山で、自分たちも安全祈願のために、年に一度は登るのだと逸話や歴史を語ってくれた。

老人が蕎麦の匂いをかぎとり、これをつかいな、とカゴからワラビとゼンマイを取り出し、差しむけてきた。

「ここらは、むかし甲州への『塩の道』で栄えたところだよ。いまは年寄りだけの村で、ますます空家の数がふえおる」

こうして若い登山者に話しかけでもしなければ、心まで老いてくる、と老人はつけ加えた。

「農家の空家は頼めば、ただで貸してもらえますかね」

靖弘はそこに興味の目を向けた。

「あんたたち夫婦がこの村に移ってくるんなら、いつでも好きな空家を提供できるように取り計らえる」

「夫婦プラス子どもたちです」

廃墟の家を借りて、国籍のない子たちの世話をしてみたい、という閃きがあった。

「あんた夫婦が何人子どもを産んでも、それに見合う大きな空き家はある。ゼンゼン心配いらんよ」

この出会いから一年後、靖弘は思い切って貿易会社をやめた。

 不法滞在の外国人と日本人女性との間にできた、三人の孤児たちの世話を引き受け、靖弘夫婦はこの伊野村にやってきたのである。それに先立つ前、強い抵抗を受けた。

靖弘の親兄弟は高校、大学と米国に留学までさせてもらって、なおかつ有名な貿易会社に勤務しながら、いとも簡単に職を捨てた、と何度も嘆いていた。義父となるまち子の父親は、別の角度から批判してきた。脱サラリーマンで、都会から脱出といえば、響きがよくて恰好がよいと思っているのだろう。女子大出の都会育ちの娘が、辺鄙な山奥で、自給自足の生活などできるはずがない。国籍のない、血の繋がらない他人の子など育てられるはずがない。たとえ育てたにしろ、大きくなったら裏切られ、親代わりとはいったい何だったんだろうか、と後悔するのが落ちだ。義父はそんな忠告とも、脅しともつかないことを言って反対した。

義母のほうは面とむかって、五年経ってもまち子に子ができないからと言い、孤児の世話をさせるのは当て付けが過ぎるんじゃないですか、と突っ掛かってきた。

 まち子はそれら両親の反対に屈せず、というよりも、夫の生き方に引きずられた格好で、孤児とともに伊野村についてきたのである。

 移り住むと、村長や助役たちが訪ねてきた。過疎の村に子どもがきてくれたので、村が活性化したと謝意を表していた。当初三人だった子どもたちが、いまでは七人に増えている。このごろは村人の様子も変わってきた。これ以上この村に国籍のない孤児を集めてほしくない、という考えが広がってきたのだ。それというのも、伊野村はいま村役場や商工会が中心となり、村おこしに躍起になっているからだ。東京から中央高速道を利用すれば三時間余りで来られる、この地の利を生かして、『親子による森林の体験学習』をテーマとした観光開発に力を入れる方針が打ちだされたのである。

昨秋、村議会では賛成多数で観光開発が決まり、今年度の予算では調査費用がついた。来年度の予算にはテント場の給排水の施設、バンガローの一部着工、自然林の大樹推定年輪の案内板を取付ける、それら計画が推し進められていた。

 村議会の決定後、開発推進派がやってきた。靖弘たち家族がすむ家は無断使用で、法違反だと批判する。村を捨てたはずの家人と裏で連絡を取り、追い出しを図りはじめたのである。……不法滞在者の落し子である「孤児の村」という風評が流れると、村のイメージを損なってしまう。親子のふれあいを大切にする村おこしにとって、孤児のイメージはマイナスだ、障害だ、立ち退かせるべきだという考えが大勢を占めていた。靖弘のもとには立ち退きを迫る手紙だけではなく、委任状を携えた得体の知れない男までも現れた。

 一方で、空き家を紹介してくれた作次郎は、責任を感じ、靖弘がこの村で孤児たちの施設を本気でつくる気があるならば、開墾地の土地を無料で提供すると申し出た。さらに心強い協力者が現れた。村一番の素封家の海老塚で、近在にヒノキ林を三山もつ。子どもの施設を建てるなら、大嵐でやられた風倒木をただで譲るから、それを利用して家を建てればよい、と提案してくれたのである。靖弘はふたりの話に飛びついた。

 まち子や子どもたちと、一緒に手作りで風倒木の家を建てて、住むことに決めた。血の繋がらない親子ではあるが、家造りの過程で絆が深められるし、建物が完成すれば、ともに喜びを分かちあえる、と期待したのだ。

「なにか、思い当たった?」

 まち子が過去の想いから呼び戻した。

「思い当たった? ケイタか」

「本気で探す気があるの」

「あるさ。神社のどこかに隠れているさ。ここ三日間は集中豪雨で、学校にもいけず家に閉じこめられていたから、雨が上がり、気持ちが浮き浮きしているんだ」

「違うわ。朝の仕事がいやなのよ、あの子は。飽きっぽい性格だから」

 ケイタの作業は六時に起きて鶏に餌をやり、卵を回収し、山羊の乳搾りをして、朝食の席で皆して飲む。それが日課の一つであった。九歳から二歳までの七人の構成からしても、ケイタたち年長組には、どうしても仕事の負担がかかってしまう。

 ふたりは赤い鳥居を通り抜けた。石畳の敷かれた境内に入ると、まわりにはうっそうとした樹木が茂る。注連縄(しめなわ)を飾る巨樹の千年杉がひときわ目立つ。村民からは樹齢千年と語られている。巨大な幹の周りで、大人三人が両手を回しても届きそうにもない。

千年杉は村の守り神でもあり、毎年秋には収穫祭と千年杉の崇拝とをかねた、賑やかなお祭がある。伊野山の(ほこら)のご神体が年に一度、千年杉に会いにきて、来年の収穫高を決める相談をする、と語り継がれている。

 伊野山の南斜面には、七つの集落を統括する村役場や小学校のある釜和田とよばれる地区がある。そこの住民のみならず、遠くの市町村からも豊作を願ってやってくるし、神輿が出る、大きな祭である。

 見上げる巨大な天然杉の先端は、雨雲が消えた青空に突き刺す。太い枝から針葉樹の葉が目いっぱい広がる。千年杉には落雷の傷があった。胸高から、三階建ての高さくらいまで、開腹手術を受けたような暗褐色の空洞がある。それでも、枝葉を見るかぎり、生命力の強さが感じさせられる。

「おい、ケイタはいないか」

靖弘が呼びかけながら、樹洞の内部を覗いた。うす暗く、声がむなしく響くだけである。次は銅板葺きの本殿の裏手にまわり、井戸を覗いてみた。子どもが落ちた気配はない。

千年杉の方で、ケイタの声が聞こえた。

「へぼだな。まだ探していらあ。俺ここだよ」

 千年杉の樹洞の上部から、ケイタが顔を出したらしい。

「下りてきなさい。身体じゅう、お灸をすえてあげるから」

「あかんべーだ」

 まち子が木登りできないので、ケイタは悪態をついていた。

靖弘が本殿の陰から千年杉に近づいた。

「下りてこい」

と怒鳴ると、ケイタは驚いて樹洞の中に顔を引っ込めた。

「そうやって、いつまでも隠れているんだな。きょうは小学校にいく気もないんだ。それじゃあ、洞穴の出口を板で塞いでやる。朝食も、昼食も、夜食もなしだぞ。……母ちゃんはここで見張っていてくれ。作次郎さんの処から板と釘を貰ってくるから」

「いいわよ。早くいってきて」

「いやだよ。板で塞いだら、いやだよ。すぐ下りるよ」

ふたたび樹洞から首を出したケイタは、泣き顔だった。

「下りてこなくてもいいんだ。大雨があがると、手伝いもせず、逃げだす子はいらないな」

 というと、ケイタが慌てて樹洞を下り出てきた。こちらの目が見られず俯いていた。

「罰だ。きょうは小学校から帰ったら、豚小屋の掃除だ。もし逃げたら、大人になるまで毎日だぞ」

「豚小屋はいやだ。鶏小屋ならやる」

「だめだ。さあ、家に帰るぞ」

 靖弘とまち子は肩を並べ、両手で目をこするケイタを後に従えていた。

神社からの急坂な石段を下り、竹林を真っすぐ貫き、雛壇状の落合集落に入った。夫婦はふり返りもせず、ごめんね、と謝るケイタを故意に無視する態度を貫いていた。簡易舗装の道を下る途中で、平屋が建つ石垣の十段ばかりの石段をあがった。

もとは農家。いまは靖弘一家がすむ平屋の庭は菜園畑と、桃、梅、柿、無花果、栗など果実系が多かった。それらの庭木にホオジロや鶯がとまって啼く。 

縁側や居間の窓から子どもたちが、泣き顔のがき大将のケイタを迎えている。靖弘はいつもの癖で、子どもの人数をまず数えた。六人いた。玄関の格子戸をあけると、そこは土間で煤けた竈があったり、洗濯機があったり、板の間には囲炉裏があったり、古いものと新しいものとが混在していた。

 小学校に通う三人が出かけた後、まち子はいつも通り四人の子に家事の分担を与えた。タイ系日本人の五歳の女子は食器洗い、バングラデシュ系日本人の四歳の男子には洗濯の手伝い。イラン系日本人の三歳の女子は家の中の掃除だった。中国系日本人の二歳の子は絵本を持ってぶらぶらしている。いつもながら賑やかである。

家の中があらかた片付くと、まち子は幼稚園の先生になって歌を教えたり、保育園の保母になって昼寝させたり、喧嘩がはじまると母親になって叱ったりする。

 靖弘のほうは菜園に肥料や水を与えたり、雑草を取ったりする。それらの道具を納屋に片付けると、風倒木の家造りの現場にむかった。

 作次郎が提供してくれた開墾地は、雛壇の最上段の竹藪から、真横に三百メートルほど、雨でぬかるんだ道をいく。耕耘機の轍が残り、道幅が狭い。開墾地は尾根筋の雑木を切り開いていた。建物を三棟ほど建て、菜園畑を造っても、自給自足の野菜が確保できる広さだった。完成後の不便といえば、ゴミ収集車がここまでやってこないことだろうと思う。

 開墾地に入ると、製材された乾燥中の材木が山積みにされていた。海老塚から風倒木の話がでた直後から、靖弘はひとり三キロの山越えをしてヒノキの山に入った。寒風が?をさす冬場に白い息を吐きながら、ノコを挽いた。三カ月間はたっぷりかかった。

この間、時おり海老塚が運転手付きの四輪駆動車でやってきた。山師の格好をした海老塚は整った口髭をはやし、高級なステッキを放さない。そのステッキの先端でヒノキの木口を突いていた。

「風倒木のなかには、特一級に値するヒノキがいっぱいあるはずだ。わざわざこんな等級の低い、よりによって最低の原木を選ぶようじゃあ、このさき思いやられる」

「木をみる目がないもので……」

「このヒノキが柱や梁になれば、毎日、顔を突き合わせて、一生ともに暮らすことになる。女房をもらうのとおなじで、よく見定めなければ駄目だよ」

 女の肌は年とれば皺も寄るが、ヒノキはいっそう艶が出る。女を選ぶ以上にしっかり見定める必要があるんだと真顔で言う。

嵐にやられた風倒木にせよ、年輪の一つひとつに木の魂が残っている。家を建てて磨けば、木肌が光り、木の霊が生き返ることになるという。

海老塚からは木材の知識というよりも、愛着の精神を学んだ。

 谷間に倒れた風倒木を伐り揃えると、海老塚が手配してくれたウインチで引き揚げ、ユニック・トラックで製材所に運んだ。先週には、製材した木材がこの建築現場に搬入されてきたのである。

建物の図面はすでにできあがっていた。まち子の身内に一級建築士がいたので、靖弘が間取りのスケッチをおくったところ、設計図に仕上げてくれて、さらには建築確認申請まで取ってくれたのだ。

 靖弘が、豪雨による水溜まりの残る敷地の整地からはじめた。まち子が幼い二人を連れてやってきた。

「巻き尺の片方をたのむ。そっちのほうだ」

「きょうも、また同じところを測るの?」

 と妻から言われるほど、靖弘には測量技術がなく、何度も測り直していた。測って基礎の位地を決め、四辺を石炭の粉で結んでみると、長方形というよりも菱形だった。基礎の高さは地表面から三十センチと決めていたが、肉眼で見ても四方の高さは一目瞭然で不統一だった。

まち子の手を借り、やっと四カ所に目印の水遣り方杭を打ち込んだ。

「プロはだてや酔狂で、金をとっていないな。水糸を張るぞ」

 杭と杭との間に、基礎の位地を決める水糸を張った。だが、つよく引きすぎて杭が傾いてしまった。結局はまた杭からやり直しとなった。

 これまで晴れた日は、小学校帰りの子どもたちが建設現場に集まった。それぞれにスコップをもたせ、基礎の穴掘りをさせた。最初はスコップを奪い合って喧嘩していたが、予想どおり、すぐに顎があがった。飽きがきた子どもたちは、背中や頭に泥をかぶせたり、追っかけあったりする。幼い子が倒れて大泣きをする。

靖弘は倒した相手を叱りながらも、ノコギリで型枠作りの板を挽く。気が散るうえ、大工の技量がともなわないので、きまって湾曲にまがってしまう。ヒノキの山林の、風倒木の伐採は少々まがっていても、切断すればそれでよかった。基礎の型枠となると、寸法や角度は大切であり、いい加減な切り方では駄目だとわかっている。それだけに、何度もやり直す。

突如として、戯れる女子が水糸に両足を引っかけて切ってしまった。

 界隈の農婦が時おり遠回りして覗きにきた。

「皆、よう頑張っておる」

そう励ましてくれるものや、冷ややかな視線を流す農夫など、見る目はさまざまである。靖弘はいまや村民の目付きで、観光推進派か、反対派か、それが判るようになった。

『親子による森林の体験学習』

当初計画では、村の中心地である釜和田につくられる予定であった。だが、知名度の高い伊野山の登山口がこの落合にあり、また中央高速道への最短時間にあるという理由で、落合に決まったのである。

もし村の観光開発が落合地域でなければ、空家利用の住居からの立ち退きはさほどつよく受けなかっただろう。村には開発反対派もいる。林業を守りたい考えの人に多く、体験学習はシーズンのものであり、投資した割には見合わないと予測する。

靖弘はこれら村人から意見を求められても、是非についてはいっさい口を挟まなかった。もめ事に巻き込まれると、それこそ村を早々と出なければならないからだ。

 靖弘はふだん日没を過ぎても、ライトの明かりで建築作業を続けてきた。現場から引き揚げて帰宅するのは夜九時ころだった。

風呂に入るまえに、靖弘はまず襖を開けて子どもたちの寝顔を見るのが常だった。十畳間には男子四人、八畳間には女子三人が寝る。寝相の悪い子の布団をなおす。ひと風呂浴びてから、夕食の席につくのだ。

「基礎の鉄筋加工は、業者に頼むべきかな。折り曲げる機械がないし」

 靖弘の頭の中は工事のことでいっぱいだった。

「食事のときくらいは、ほかに話題があるでしょ。夫婦の会話にも欠けているわよ」

「そうだな。会話だよな。基礎のコンクリートを打つ日は、学校が休みの土日のほうがいいかな。小学生組はすこし戦力になってきたから」

「もう、知らない」

囲炉裏のある板の間で、靖弘は折り畳み脚のテーブルを広げた。建築関係の本を広げる。そこから知識を吸収しながら、設計図から鉄筋の部材を拾っていく。ふいに側のまち子を見ると、子ども服のボタンがけをしながらウトウトしている。針が危ないので、靖弘はそれを奪い、妻の背中に毛布をかけてやった。

「針を返して、針を」

まち子は寝呆けた声で、手を宙に動かしてから、寝息をたてた。

 初夏の太陽は樹木の葉裏を通り抜け、柔らかい陽射しに変わる。建設現場の真上にはその木陰すらなかった。

 ジーンズ姿のまち子が空地から鉄筋を運んできた。Tシャツは汗と埃で汚れ、シースルーのようにブラジャーが浮かびあがる。コンクリートの熱射に悩まされる都会とはちがって、ここには山風の涼しさがある。それでも汗が吹き出す。

鉄筋を番線でしばる靖弘は、暑さに弱い。流れる汗としゃがんだ姿勢の腰の疲れから、能率が極端に落ちていた。まち子はむしろ寒さに弱く、雪の伊野山から吹き降ろす風を極度に嫌う。冬になると、奄美か、沖縄で、子どもの世話をやれると最高なのに、と愚痴っぽく語ることがある。そのぶん夏は強い。

「あなたって、不器用な感じね。家が完成するまで、私、生きているかしら」

 鉄筋を降ろすまち子がからかう。

靖弘はそれには応えず、息抜きのつもりで、型枠が決まりかけた部屋を一つひとつまち子に説明した。一階は十畳ほどの板の間が三部屋。そのうちの一部屋は知り合いから中古ピアノが貰えそうなので、それを置く。子どもたちの遊び場にする。あと二部屋はすべてベッド方式の寝室である。

風呂場とキッチンは割に広く取っている。子どもがこのさき増えて十人以上になると、スペースも必要だし、入浴や食事の時間は分ける必要があるだろう。二階は和室と洋間の二部屋をつくる。洗濯物を干すベランダは広く取ったので、ときには皆で四季の星座を観測したいものだ、と聞かせていた。

まち子が冷めた目を向ける。複雑な家がすんなり完成するとは考えていないようだ。途中で粗雑になるとみているようだ。

「働きぶりを見ていたら、設計通りの家は無理ね。自分の腕に対して過剰期待よ。言葉を返せば、うぬぼれね」

「手厳しいな。たしかに素人大工だが、大勢の子どもたちが快適に過ごせる施設を必ず造ってみせる」

靖弘は建築関係の本を読み試行錯誤しているが、大工仕事の技量が少しずつ高まっている手応えを感じていた。

 基礎の型枠作りは思いのほか手間取ったが、実に巧くできた。一晩おいて現場に入ってじっくり観察すると、落胆するのが常だった。

基礎の型枠となると、建物造りの要でいい加減な直線では駄目だ。そう理解しながらも、あいかわらず、ノコギリが真っすぐ挽けず、決まって湾曲にまがっている。型枠固定の杭を打ち込んで、釘で固定しても垂直にはならない。どの角度から見ても、やはり蛇行している。

「まち子がいうとおり、ぼくは手先が不器用なんだな」

靖弘は、自信喪失の寸前まで落ちこむこともあった。

配筋と型枠ができあがったのは、結局のところ一カ月後で、生コンを予約する段階までこぎつけた。素人がここまでよくこぎつけたと、ひとり感慨を覚えた。靖弘は生コン車が入る前日に、みずから欠陥を発見した。……配管の穴や床下の換気口などが考慮されておらず、コンクリートが固まったあとで、それを削ることになってしまう。かれは慌てて電話で業者に、搬入の日延べを頼んだ。その電話の折、業者は素人だと見たのか、ネコ車の用意はできているの、と尋ねてきた。

「ネコ車……?」

 靖弘は、生コン車から型枠の溝まで、ホースで注入するものだとばかり思っていた。業者は電話の中で、一輪の手押しのネコ車で生コンを受け取ってから、型枠の中に流し込まなければ、ホースの圧力で型枠が吹き飛んでしまう、と親切におしえてくれた。それを作次郎に話すと、隣町の土建屋から一輪車を借りてきてくれた。

 生コン車がやがて竹藪の細い農道を登ってきた。地下足袋をはいたまち子が、ネコ車を押して、コンクリートを運ぶ。角材の上では、七人の子どもたちが一列に並んで、目を光らせて見つめていた。

注文した三・五立方米は思いのほか量が多く、夫婦して顎があがってきた。型枠の中にコンクリートが入ると、本で得た知識どおり、靖弘は棒で突きながら、気泡を追いだす。初老の運転手がみかねて、棒の持ち方や、突き方までおしえてくれた。そのうえ、木ゴテで墨だし線にそって丁寧にコンクリートをならす。

 昼すぎには生コンの打ちこみが終わった。急速に乾くのを防ぐために、養生用の青いビニールシートをかぶせる。小学生組がやってきたので、そのシート掛けを手伝わせた。養生期間は一週間とした。『立入禁止』の札を作った靖弘は建設現場を離れ、たまっていた畑の仕事に集中した。大根、胡瓜、茄子、トマト畑に手を入れていた。

 待ち遠しかった一週間がきて、養生用のビニールシートを剥がした。

「なんだ、これは」

靖弘は悲鳴にも似た声をあげた。型枠はあっちこっち無残にも倒れ、中のコンクリートが変形してはみ出す。靴を突っ込んだ足跡までがしっかり固まっていた。悪質な妨害工作だった。

「くそっ」と靖弘は足で型枠を蹴飛ばした。

崩れた基礎にはしっかり鉄筋が入っている。このさき一から出直しどころか、マイナスからのスタートである。やってきた、まち子が驚きの目で見つめていた。

「警察に訴える? ここに残った足跡から、犯人が割れるんじゃない。大人の足跡よ」

「それはだめだ。推進派の仕業だと判るが、東京とちがって、村人は警察ざたを極端にきらう。かえって伊野村にいられなくなる」

「泣き寝入りなの。……わたし、うちの子じゃなくて、ほっとしたわ」

「変なところで、ほっとするな」

「こんなことをされたら、先々が不安ね。家造りはもうやめて、どこか他の村に引っ越さない? 過疎の村は多いし、ただで貸してくれる空家はすぐに見つかるわよ。もし越すなら、南国がいいわ」

「このていどの妨害で、施設造りはやめられないさ。ここで尻尾をまいて伊野村から逃げだせば、犯人や推進派の思うツボだ。でも、きょうは何もやる気がしないな」

 と言って雑草の上に仰向けに寝そべった。大きなため息をつく靖弘は、顔を横に向けて、壊れた基礎の上で遊びまわる子どもたちを眺めていた。耕耘機のエンジン音が近づいてきた。まち子に呼び寄せられた。

「なんて、ひどい事をするんだ」

作次郎までが怒る。犯人をあれこれ推量するが、警察に訴えたほうがよいとは言わなかった。

 二日後、事情を話して土建屋から掘削機を借りてきた。耳をつんざく音が山間にひびく。観光推進派の酪農者から、牛の乳の出が悪くなると苦情がきた。靖弘は睨みつけて、薬品でコンクリートが溶けるならそうしたいけど、これしか方法がないんです、と突き放した。いくら山村でも夜間は轟音もたてられず、傷められた鉄筋やコンクリートを取りのぞくまで、一週間もかかってしまった。

 炎天下で、またしてもおなじ型枠作りがはじまった。回り道のようだが、靖弘の目から見て、以前よりはできあがりが良かった。まち子もおなじ意見だった。

 二度目の生コン車がきた夜から、靖弘はテントを張って独り現場に泊りこんだ。昼夜ともに見張りをする一方で、寸法を決めた角材の一本一本にノコギリを入れて切り揃える作業に入った。養生期間が終わると、本を片手にして基礎の天端にモルタルを塗って仕上げた。その上に木製の土台を取りつけていく。

 木工事に入ると、靖弘はいっそう真剣な眼差しになった。柱や梁の長さや角度を決めてから、墨壺と墨さしを使って切り込む線を引く。やってきた五人の子どもたちは何かと手伝いたがる。

この墨掛けの仕事ができれば、大工は一人前といわれるように結構むずかしい。弾いた墨糸がゆるく、楽譜の五線のように数本の線が引けてしまう。その墨線に音符や休止符を書いて、子どもたちが戯れていた。

「だれだ、この悪戯は。ケイタか」

「ぼくじゃないよ。こいつだ」

 先月末ここにやってきた、パキスタン系日本人の六歳のシュウジを指す。

「嘘をつくと、このノコギリでべろを切ってやるぞ」

「嘘じゃないよ」

ケイタはすばやく逃げだした。

カンナで表面を削り、悪戯の音符を消した。靖弘は材木に片足をかけて鼻丸ノコギリで黒い線に沿って挽きはじめた。だが、まがってしまう。材木に腰を下ろして、左手にノミ、右手に金槌を握り、柱と梁とのつなぎ部分にあたる、ほぞ穴開けにとりかかる。ここで失敗すると、つなぎの部分が弛み地震の際には建物が倒壊してしまう。

ノミの刃先が木材に食い込むが、靖弘の目から見ても、どこかまがっている。弁当を運んできた、まち子がじっと眺めていた。

「姿勢が悪いからでしょ。何回やっても、まがってしまうのは。きっとそのせいよ。姿勢を直さないと、ノコギリにしても、ノミにしても、真っすぐいかないと思うわ。姿勢の悪い人は、何をやっても上達が遅いというわよ」

「姿勢か。この角度で、どうだ? ぼくの身体は曲がっているかい」

「右肩がずいぶん落ちているわよ。もっと上げて。まだ駄目よ。まだ落ちているわ」

「ずいぶん上げているつもりだがな」

「それで真っすぐよ。金槌を叩いてみて」

「なにか変だな。かえって、ノミがまがって入っていくみたいだ」

「そのうちに慣れてくるわよ。ほら、また右が落ちてきた。もっと上げて」

 平衡感覚が治せるまで、木工事は遅々として進まないだろう。だが、この際は辛抱強く癖を治したほうが、急がば回れでよいかもしれない。角材につなぎ目のほぞ穴が開くと、ふたりして覗きこむ。子どもたちも争って覗きたがるし、順番争いで、また泣く子が出る。

 以前に比べると、かなり垂直に見える。曲尺の短いほうをほぞ穴に入れてみると、長いほうは角材の面から浮く。真の垂直とはいえない。柱と梁の継手は安易に妥協もできないので、その日からまた姿勢を意識してノミの頭をたたいていた。その音がカーンカーンと山間にひびく。心地よいリズミカルな木霊(こだま)が戻ってくると、ノミの使い方が上手になってきた気分になるから不思議である。

「垂直がでないな。また失敗だ。くり返しすぎて、寸法以上の穴が開いてしまった」

 この頃は、推進派が四、五人で建設現場までやってきて、家主から頼まれたと言い、住居の明け渡しを迫る。他人の家屋を奪って、小作料も払わずにあっちこっちの空家の庭畑を使用している、それは犯罪だ。年内に立ち退け、と迫ってくる。靖弘は作次郎を介して了解を取っていると、それ一本で押していた。いずれ強行手段を取るぞ、無断使用も今年いっぱいだぞ、と捨て台詞を吐いて帰っていく。

 観光事業がはじまれば、落合地区にはそれなりの金が落ちるし、村民の大半がいまや推進派に回っていた。村長や推進派の幹部の顔色をうかがいながらも、野菜だの、庭で穫れた果物だの、と子どもたちに何かと差し入れをする村人もいる。落合の人は内心だれもが子ども大好きで可愛がりたいのだ、と靖弘は信じていた。

 靖弘は雨対策として廃材のトタンを貰ってきて作業場の屋根とした。まち子が、電動式のノコギリやカンナを買って、作業のスピードアップを図ったほうがよいと提案した。

「宮大工じゃないんだからね。全部手でやっていたら、完成までに二十年はかかるわよ。それに、観光事業の工事が入る、来春にはきっと追い出されるわよ」

「それまであと十カ月か。大工道具の使い方の基本が判ってきたから、たしかにこれからはスピードアップだな」

 靖弘は戯れの口調で、奥様、お金をください、と手を差し出した。

 バッテリーを使った電動式の大工道具の効果は、目に見えて出てきた。

 梅雨前には丸太の足場が組まれ、基礎からの通し柱が十二本立ちあがった。柱と梁とのつなぎはまだ充分でなく、山からの風でも簡単になびいて揺れる。建設現場の近くの草むらには、紫のあやめの花が二輪咲いた。梁の上で一息入れる靖弘は、そのあやめを眺めて疲れを取っていた。

「次の梁を上げるわよ」

 まち子が手製の櫓に組まれたウインチで、角材を吊し上げる。地下足袋姿の靖弘が骨組みの上で、それを受け取る。

「あっ、また、梁の長さが違った」

靖弘が大きな声をあげた。梁の寸法違いはこれで三度目である。

「また下ろすの」

まち子がうんざり顔をしていた。

不良品の角材も出るが、その一方で順調な日は、横梁の組み立てが一日に四、五本もできた。

「ねぇ、何人くらい招待する?」

「何度も言っただろう、必要ないって」

「縁起物だから、上棟式は簡単でもやるべきよ。神主さんを呼んで祝詞をあげてもらいましょうよ。……。あとから何かあっても風倒木の家だし、お祓いもしていなかったから、祟りがあったと後悔するのも嫌だから」

「この柱をよく見てみろよ。まだブラブラ揺れているだろう。この建物が竣工までこぎつけられるかどうか、いまのところ未知数だ。派手なことをしていたら、最後で恥をかくのがオチだ」

「だって。ヒノキを提供してくださった海老塚さんや、工事で迷惑をかけている村の人たちをよばないと、あとで陰口を言われるわよ」

 まち子は村長や、助役や、主だった村人の名前をつぎつぎにあげる。

「どうせ陰口を言われているんだ」

「上棟式も挙げない、変わった家の子だ、と八人の子が変な目で見られるわ」

「どうせ、国際孤児院だと言われているんだ。まだまだいろいろなことを言われるさ」

「材料は風倒木だけど、総ヒノキの家だから、なにも卑下することはないわ」

「別に、卑下などしていないさ」

「ねえ、上棟式はやろう」

「いつも強引なんだから。言いだしたら後に引かない悪い癖がある」

 上棟式の出席者は海老塚と作次郎と土建屋の社長、あとは村民が三人ていどだった。

 誰もが半袖姿で、残暑の太陽をまともに浴びて額から汗を流し、神主のお祓いを受けている。地鎮祭がなかった分だけ、神主は余計に祝詞をあげているらしい。正装した神主の側でケイタたちが走り回っているので、まち子は声を殺して叱る。すべての神事が終わると、神主は供え物の野菜や果物などを風呂敷に包んで帰っていった。

 男どうしが床梁に腰を下ろし、酒やビールを注ぎあう。祝宴がはじまると、まち子が酒、子どものほうは料理を運ぶ役を買って出ていた。床梁の上には、見るからに作りすぎた料理の重箱が並ぶ。

「素人が手作りで、建前までよくやってこられた。土建屋、おまえの商売はあがったりだな」

 海老塚が話を盛り上げる。

「上等の家だ。これだけヒノキをたっぷり使った、孤児の施設はここだけだ」

 角張った顔の土建屋が持ち上げた。

「世界中を見回しても、総ヒノキの施設はここだけだぞ。そのうち国連の視察団が来るかもな」

「伊野村にも、世界一の物ができるのか。わしの住む隣町には、まだ世界一だと誇れるものがないというのに」

 ここまで話がオーバーになると、靖弘はくすぐったい気分よりも、むしろ逃げだしたい気持ちだった。酒がさらに進んでくると、

「あの村長はなんだ。観光よりも地場産業の育成が大切なのに、推進派の尻馬に乗って、次の選挙の票集めをしておる」

 と泥臭い話となった。村の行政への批判が渦巻く。靖弘は心を引き締め、意見のない顔をして聞いていた。

「こちらの若夫婦が伊野村に来たとき、村長はなにを言ったと思う? 肌の色がちがう子どもたちだが、過疎の村にとって、大勢の子どもは最高の贈り物だと喜んでいたはずだ。それなのに何だ。いまは観光、観光、そればかりだ」

 演説をぶつ口調で、海老塚は村民が観光に群がれば、林業も農家の野菜作りもみな片手間になり、山はますます人手不足で荒れ放題になる、と嘆いている。作次郎が村長や推進派の顔をうかがって上棟式に来なかった、落合の村人を一人ひとり吊りあげて批判していた。

 参列の少なかった上棟式がとにもかくにも無事に終わったことから、靖弘は久しぶりにぐっすり寝た。翌朝、現場に入った靖弘は自分の目を疑った。十二本の通し柱がノコギリで切られていた。

「ちくしょう。なんてことをするんだ。大切な柱を切るなんて」

 五、六センチの深さまでノコギリが入った柱や、なかにはすっぱり切断された柱もあった。基礎からの通し柱は屋根を含めて、建物全体を支えるものだ。切傷を入れられては使いものにならない。これでは人間の手足の骨がすべて折られ、暴風雨のなかでも立っておれ、というのとおなじである。

「これは犯罪だ。訴えてやる」

 我慢ならない靖弘は、隣町の警察署に出むいて事情を話した。柱の指紋を採取にきた警察官から、犯人の心当りなどを尋ねられた。言葉につまった靖弘は、具体的に思い当る人はいないと答えておいた。迂闊に人の名まえを出すと、この村にいられなくなってしまう。被害届を出してほしい、と警察からいわれたので、それを提出した。

 犯人探しを警察に任せた靖弘が、家の中で寝転んでいると、二歳の末っ子が、はやく、お家造ろうよと手を引いた。

(こんな幼い子までもが、新しい家を期待しているのだ。艱難辛苦を乗り越える……か)

 そう呟いた靖弘は末っ子の手を引いて現場に出た。傷められた骨組みを凝視しながら、かれは解体の手順を考えた。通し柱以外はみな再度使える部材であり、荒っぽい解体もできない。

 靖弘は丁寧な解体作業をはじめた。だが、時には解体する骨組みの柱を「くそっ」と叩いていた。解体が落合集落で噂になったらしい。わざわざ遠回りしてきたのに、農夫があえて通りすがりの顔をして足を止める。上棟式が終わった途端に、家造りを止めて解体だと、くすくす笑う。都会者はこれだからの、根気がまるきりないの、と嘲笑う。気がムシャクシャする靖弘は、ここで犯人は村民なんだと怒鳴りたいが、それすらも抑えて無視していた。

 一週間後、警察官が訪ねてきた。採取した指紋から前科者の指紋との照合で一致するものはなかったという。

 警察はそれでも聞き込み捜査を行っていたので、風倒木の家が警察ざたになったと、噂が広がった。あんなひどい事をされたら、訴えても当然だと、靖弘には批判が向けられなかった。警察ざたへの批判はまぬがれたが、このまま施設造りを推し進めても、また妨害に遇って労多くして、結果は挫折ではないのか、と靖弘はそれを怖れた。気持ちが(すさ)ぶせいか、負けてなるものか、と自分自身を鼓舞しなければ、風倒木の建設現場に入れなかった。

 伊野山に初冠雪を見た。秋葉、黄葉の紅葉が残る山稜が、一晩にして、山頂付近が真っ白に染まっていた。三角帽の格好をした樹木の一本一本が丁寧に浮かび上がる。この初冠雪は数日にして解けるが、根雪となるのは年明けに降る雪である。根雪になる前に骨組みを作り、屋根を()きたいが無理である。

寒がり屋のまち子は雪をみた途端に、現場にきても手をこすってばかり。気分が荒びスピードは落ちていたが、新たな通し柱の十二本がやっとできあがった。悪質な行為に同情した村人や、海老塚の配下の(きこり)たちも手伝いにやって来た。三日間で上棟式の状態まで、一気に骨組みが出来上がった。それからはまた靖弘たち家族だけの現場となった。

 年を越すと、住居の明け渡し要求はいっそう強烈になってきた。大きな名刺に金色の紋を入れた、一見してやくざ風の男までが現れた。家の持ち主は俺たちに変わったんだ、と登記薄謄本をちらちら見せ、さんざん脅して帰っていった。

この様子を知った作次郎が、風倒木の施設ができるまでは、わが家であんたたち十人家族を引き受ける、と申し出てくれた。かつて三世代で十三人が住んでいた家だし、襖を取り外せば、婚礼ができるほどの広さになるという。

四月の新年度から『親子による森林の体験学習』の工事が入るので、手荒な立退き要求も予想される。で、靖弘はまち子と相談のうえ、子どもの安全をも考え、作次郎の好意を受け入れることに決めた。

 子どもたちは仮住居の作次郎の家にすぐに慣れてきて、壁や襖にいたずら書きをはじめる。まち子の叱り声が一段と大きくなった。

 小学生組の終業式が近づいてきたある日、朝から荒れ模様で、靖弘は現場に入らず、土間に椅子を置いて腰を下ろし、ノコギリにヤスリの目たてをしたり、砥石でカンナの刃を磨いたり、電動具の油さしなど以前からたまっていた、大工道具の修理に精を出した。覗きにきたケイタとシュウジに、今度の成績はどうだ? と質問したところ、ふたりは側からすぐ逃げていった。けっこう時間が掛かり、夕方になった。

この時間帯から戸外の風雨の音が気になりだした。子どもたちが観るテレビの天気予報に耳を傾けると、低気圧が台風なみに発達してきて、大雨強風注意報がでていると報じられていた。

「建設現場を見てくる」

「大丈夫なの?」

「これだけ荒れてきたら、放っておけない」

 カッパを着た靖弘は、ライトを手にして家を出た。道を照らす光芒のなかに、大粒の斜雨が浮かびあがる。建設現場に入ると、骨組みの柱や梁が不気味にミシミシと鳴っていた。工事中の建物がこれ以上風でゆれると、ほぞ穴が傷むし、つなぎ目が駄目になる。二、三カ所は骨組みを縛っておかないと、全体が倒壊する恐れがある。

そう判断した靖弘は、麻のロープの先端を持つと、濡れた丸太の足場に両手足をかけ、よじ登りはじめた。ライトとロープを手にしているし、思うにまかせない。それでも靖弘は二階建の屋根にあたる、棟木に手足をかけて登りきった。眼下をみると、ライトの明かりがふいに現れた。

「危ないから、止めなさい」

 傘をさしたまち子がそう叫んでいる。森林を揺する風の音で、妻の声は聞き取りにくい。骨組み全体が一段とミシミシ鳴る。柱の先端にロープをかけてから、

「足元にあるロープの端を、そこの楠木に結んでくれ」

 と叫びながら、靖弘は作業場に近い、楠の大木にライトの光を当て、指図した。作次郎もやってきた。靖弘の声は聞き取りにくいらしいが、ふたりは理解し、ロープの端を持って楠に近づいた。そして、幹に一巻き二巻きする。

骨組みが深刻な(きし)む音に変わってきた。復元力を失った柱の傾きが一段と大きくなった。身に危険を感じた靖弘は急ぎ下りはじめた。すでにタイミングを失っていた。

「あっ、倒れる」

 ぞっとした恐怖が背筋を走った。死ぬ。身体が闇の地獄に落ちていくような落下を覚えた。落雷に似た大きな音が闇の中にひびきわたった。角材や足場の丸太が積み木崩しのように散乱した。それらの下敷きになった靖弘は一瞬気を失った。すぐに意識を取り戻した。ライトが眼に入ったとき、生きているんだ、とうれしかった。それも束の間で、骨が粉砕されたような激痛が全身を走った。

 靖弘は大勢の消防団員に救出された。隣町の総合病院に運ばれると、即刻、手術室に入れられた。翌朝の精密検査では、頭蓋骨の損傷や脳への影響はなかったが、ただ左足は複雑骨折しており、治癒まで三カ月はかかると言われた。手術では合計十八針ほど縫い、毎日、点滴を受けた。

 入院生活が続くと、東京から両親や兄弟や親戚が見舞いにきた。孤児の面倒などいい加減にやめて、東京に戻ってこいと言われた。孤児を救けるボランティアなら、都会でもできるはずだと実兄が言う。答えないでいると、おまえは変わり者だと、あきれ顔で帰っていった。

「嫁のあんたがしっかりしていないから、靖弘をこんな目に遭わすのよ」

 靖弘の伯母のことばで、まち子は動揺し、落ち込んでいた。靖弘の容体がいくぶん回復してきたある日、まち子が四人の子を連れて病棟にやって来た。

「もう、やめようね。手造りの家など」

「今度、病院に来るとき、家から建築関係の本をもってきてくれ。頭のほうは暇だから」

「風倒木の家は縁起が良くないし、こんど事故があると死ぬわ。恐くてだめ」

 と身体を震わせていた。

「僕はどうしても完成させたいんだ」

「わたしたちを母子家庭にさせる気? そんなの嫌よ」

「そんなふうに事を恐れたり、物事を大袈裟に考えたりしたら、前に進めない」

「大袈裟じゃないわ。現に死んだと思ったのよ。すごい出血だったし」

「何事も失敗はつきものだ。そこで挫折したら、その人間はそれで終わりだ」

「塩の道沿いの集落では、あちらこちら空家があると聞くわ。なにもこの伊野村にこだわる必要はないし、別の村にいきましょう」

「いいかい。僕は、両親のいない子を引き取り、空家で育てる、という目的をもう越えたんだ。わが子同然の子どもたちのために、この手で、みずから家を建てて、そこに住まわせてやりたいんだ」

 靖弘が語調を強め、拳をつくってみせた。

「大声を出したら、ほかの患者さんに迷惑よ。退院してから、よく相談しましょう」

 話を遮ったまち子だけに、その後は病院に建築関係の本をいっさい運んでこなかった。施設造りへの執念を燃やす靖弘は、留学時代の友人に倒壊事故による怪我をおしえたうえで、見舞いにこなくてもよいから、そのぶん建築関係の本を送ってくれと頼んだ。友人は五冊ほどもって見舞いにきた。それから約一カ月後の退院の日まで、まち子に隠れて、それら書物を読み続けた。

 退院の日、村人から小豆をもらったからと言い、まち子が赤飯を炊いて迎えてくれた。子どもが寝静まったあと、夫婦だけの久しぶりの会話となった。

「僕たちはどこまでいっても、血の繋がらない親子だ。だが、子どもたちと一緒になって、風倒木の施設を作ることによって、実の親子のような、あるいはそれ以上の強い絆ができるんだ。それが大切なんだ。大工技術の腕も上がってきたし、いまでは目を閉じていても二メートルくらいならノコギリで直線を引ける。施設を完成させる自信があるんだ。それにヒノキの角材にノコギリを入れ、ノミを打ちこんでいく、あの集中力と緊張感がいまの僕には必要なんだ。生き甲斐のひとつになっているんだ」

靖弘は病院の話の続きを持ち出した。

「また、あんな目に遭ったら、死ぬわ。あんな血だらけの現場はもういやよ」

「もう一度チャレンジしたいんだ。施設をぜひ作りたい。完成したいんだ」

「私のことをいつも強引だというけれど、あなたのほうが強引よ。結局、私の意見など聞いてくれないんだから。解ったわ。でも、どんなことがあっても忘れないで。あなたには大勢の扶養家族がいることを」

「もちろんだ。ありがとう」

 それを知って喜んだのは、むしろ子どもたちだった。

 伊野山の山霧が流れる。建築現場では子どもたちが三人一組となり、散乱した木材を運び出していた。倒れた柱は多いのに、わざわざ一本を奪いあって喧嘩している。松葉杖の靖弘が喧嘩を仲裁し、運ぶ手順を決めていた。血のついた柱も数本あったが、それらが目立たないように、まち子が巧く処理していた。

 五月の連休中に、倒壊した建築材はあらかた雑草の空地に運び出された。現場で目立つのは、基礎のアンカーボルトだった。ひ弱な苗木のように奇妙な形でまがりくねっている。市場に出荷できないキュウリみたいね、とまち子が笑っていた。

 土建屋から機械が届いた。まち子が汗を流して掘削機で、ダンダン、ダンダンと基礎コンクリートを壊しはじめた。破片が四方に飛び散る。伊野村に来てから、まち子は、自給自足の野良仕事に精を出し、一段と逞しくなっていた。こんな掘削の荒っぽい作業が妙に似合っているのだ。

 靖弘が松葉杖を材木に立て掛けてから、木工事をはじめた。啄木鳥(きつつき)が飛来してきたように、ノミの音が五月晴れの空にこだます。まち子は山間に活気が感じられるわと言った。

 三度目の正直ではないが、新たな柱や梁材が組立てを待つばかりとなった。ある日、白髪の村長が、なにを思ったのか、建設現場までやってきた。小柄でやや背筋が曲がっている。ちらっと見た靖弘がそのままノコギリを挽いていると、村長のほうから簡単な挨拶をしてきた。

「素人が家を建てるとなると、大変じゃな」

 と意味ありげな目線で、現場を眺めまわす。

 無視する態度の靖弘は、曲尺で材木の寸法をあたった。

「ところで、隣村の村長から空家を三軒ほど提供したい、という話がきているけど、どうかね。十年間は家賃はなしだそうだ」

「村長は、僕たちがこの伊野村にいるのが、なぜ嫌なんですか。あの子たちの肌の色がわれわれとちがうからですか」

靖弘はカンナクズで遊ぶ四人の子を指す。

「子どもはどこの国の子でも可愛い。本心そう思っておる。言いにくい話だが、このごろ林業は不調だし、村は財政難だから」

 靖弘は、この村長は本心を隠しているとみた。二年後の村長選挙には観光開発に反対する海老塚が、対抗馬として立候補する、と噂が流れている。それに絡んだ下工作ではないか、と靖弘は考えたのである。

 海老塚はいまのところ立候補を否定している。それでも、無選挙で当選してきた村長にとっては、海老塚の動向が気になるらしい。もし海老塚が立候補すれば、施設作りに風倒木を提供した経緯を持ち出し、老人票の多い村の選挙で、人間愛の政治を打ちだすだろう。他方で、観光開発の拠点を落合集落に持っていかれた、と反発するほかの地域を上手に取り込めば、海老塚のほうに勝算が生まれる。

この村長は苦戦を予測し、孤児の施設を取りつぶせば、海老塚の実績の一つが消せる、と考えているのかもしれない。

「子どもが村にいくら増えても、選挙の票にならない。だから、私たちを追い出したいんですか?」

「村民のなかには、孤児の国際村にされる、という意見がある。それはそれ。ここに施設ができれば簡易舗装の道路もいるし、簡易水道もいるし、ゴミ収集車もこなければならない。子どもの数が増えれば、小中学校の備品も増やす必要がある、村の財政がどうしても窮屈になる。それが本音だよ。あんたたちを引き受ける村もあることだし、この際は考えてみたらどうかね」

「村長が住居の認可権を持っているわけじゃないし、僕はここに子どもたちの施設を作ります」

「苦労して、なにも新規の家を建てることはないよ。一年半経っても、まだ柱の一本も立ってないし……」

村長が現場を冷ややかに見回していた。

「大丈夫ですよ。嵐で倒壊しても、使える柱や梁は多いですから。組立てをはじめれば、早いものです」

「あんたはわりに強情な人だな。まあ、竣工式にはお招きにあずかろうかな」

 村長は皮肉っぽいことばを残して帰っていった。

 基礎の型枠作りは三度目だった。過去の経験から、思いのほか手際よく進み、角材が基礎の土台の上に立つ。倒壊の失敗を生かし、柱と柱の間には最優先で斜めの筋かいを入れ、強度を高めておいた。

まち子がロープと滑車を使い、重い梁を引き揚げる。

「もう一度、上棟式をやる?」

妻は軽口をたたく。

「冗談言うな。恥をかくだけだ」

 地下足袋をはいた靖弘は、身体にザイルを巻きつけて柱に縛り、空中でゆれる梁を受け取っていた。

 秋口に入ると、倒壊した時の段階よりも、さらに進み、屋根の骨組みがほぼ決まりかけてきた。海老塚から唐突に超特級のヒノキの原木が三本ほど贈られてきた。電話でお礼を言うと、その原木は半割にして天井根太(三角形の底辺にあたる部分)に使ったらよい、とおしえられた。

屋根全体が二等辺三角形の骨で、形よくできあがった。靖弘の意気込みはますます高まり、朝夕の涼しさを利用して四時に起きると、屋根にのぼり平板打ちをはじめた。

 屋根の下地となる碁盤目の垂木から、これまで秋空が見えていた。次の工程で、鰯雲が浮かぶ空が一枚一枚ていねいに塞がれていく。鉄槌の音がカカンとひびき、釘が棟木に順調に入っていく。夕方になると、釘打ちの音とお祭の練習太鼓の音が重なりあっていた。

 千年杉神社の秋祭りは、まち子の意見を取り入れ、靖弘は子どもの相手をするために一日現場を休んだ。家族十人で賑やかに千年杉神社に詣でた。子どもたちは境内にならぶタコ焼き、綿菓子、ベッコウ飴、金魚すくいなど嬉々として覗いていた。靖弘は肩をたたかれてふり向くと、土建屋の社長だった。門構えの大きな旧家が鉄筋の家に建て替えられるから、取り壊したなかで、なにか欲しいものがあれば、好きなだけ持っていくと良い、と勧めてくれた。

「いただきたいわ」

 まち子が先に興味を示した。

祭りの翌日から、彼女は作次郎の小型トラックを借り、取り壊す旧家から瓦、床柱、畳、ガラス、カーテン、手摺り、物干しなど、荷台に目いっぱい積んでもらってきた。さらに、往復する。

「わたし貧欲なのかしら。でも、いまは八人の母親だから、当然よね」

 まち子は十二回も運んだと自慢していた。

「瓦が貰えたから助かったな。ずいぶん焼きの良いものだ。来週から、いよいよ葺くぞ」

 木枯らしが吹くが、靖弘は怖じけず屋根に上がった。縄で束ねた黒い瓦が、簡易クレーンで吊り上げられてくる。伊野山から吹きおろす風は、頬を切るような寒さだった。靖弘のかじかんだ手もとがいきなり狂い、束ねた瓦が落下していく。下にはまち子がいる。と思うと、背筋がぞっとした。衝撃音がひびいた。屋根の上からこわごわ覗くと、

「人殺し。だれを狙ったのよ」

まち子が怒っていた。二メートルほど離れた場所に瓦が散る。

「だから、ヘルメットをかぶれ、と言っただろう」

 林業会社の社名入りのヘルメットはケイタがかぶり、木刀を振り回していた。

 十二月半ばの大雪で、瓦が浮き上がり、雪とともに大半が滑り落ちてしまった。再度、瓦の葺き直しだった。旧家から貰った瓦が存分にあったので、数には支障は起きなかった。

 内装工事に入ると、作業の後戻りが多かった。苦労して床を張ったが、給排水の配管を通すのを忘れていたので、合板を剥がす。天井がすんなり仕上がったと思っていたら、電気の配線を忘れていた。旧家の台所のサッシを十畳間の窓に取り付けたが、枠組みの手順が狂い、収まりきれず、悪戦苦闘となった。サッシのガラスには『注意』というはり紙をしていたが、靖弘がみずからうっかり一枚割ってしまった。

 間仕切りの寸法がちがって、上下の梁の位置がかみあわず、適当にごまかした。畳や、襖の取り付けにかかったが、これも押入れの襖がぴたりと閉まらず、またしてもごまかす。柱全体がどうみても狂っているようだ。畳を入れる段になると、ある部屋は畳の縁がはみ出す。別の部屋は、縁周りが隙間だらけで小指が入る。寸法取りの甘さが随所に現れていた。

 観光事業は夏場を前にして、村役場が中心となりパンフレットやポスターを作成し、各地に配布されるなど、本格的な受付け開始となった。村人の期待はさらに高まっていた。

 風倒木の家は竣工のめどが立ってきた。村民の悪質な妨害はいっとき影を潜めていたが、風倒木の家の壁に『国際孤児の村にするな』とペンキで嫌がらせが書きなぐられた。この頃から、小学校帰りの子どもたちが村の中学生につかまって、肌の違いをなじられたり、セーターの背中から蛙を入れられたり、生意気だと言い、竹の根で叩かれたり、ランドセルに蛇を入れられたりして泣いて帰ってきた。子どもたちが登校拒否をはじめた。

 ある推進派の農婦が、ナスの苗が全部抜かれた、あんたの家の子だと怒鳴り込んできた。靖弘は証拠がないと追い返した。

「大人まで寄ってたかって、子どもをいじめるなんて卑劣だ」

 活発なケイタすら、野山や川辺に出ず、庭のなかでしか遊ばなくなっていた。一方で、ケイタは地面を突く鶏や、イチジクの木に縛られた山羊などを悪戯して、まち子に怒られている。

「ほかの村に移る? このままでは、この子たちの精神が傷つけられてしまうわ」

 靖弘はすぐに答えられなかった。そこには風倒木の家にたいする強い未練があった。

「いじめで自殺されたとなると、私たちにも責任があるわ。いじめを知りながら、伊野村に居たんだ、とね」

「よし、この村を出よう、決めた。この際は、十日でも、一カ月でも、十人家族みんなで風倒木の施設に移り住んでから、村を去ろう。まだ水回りや台所のガス設備もできていないが……。頼めばプロパンはすぐ入るだろうし、水道がなければバケツで水を汲んでくれば、風呂も入れる。皆で風倒木の家に引っ越しだ」

「それは好い考えね」

 二人の話がまとまったあと、五日間ほど雨が降り続いた。晴れ間をみて、作次郎のトラックを借りて引っ越しがはじまった。喜ぶ子どもたちは急坂の道を行き来しながら小物を手で運ぶ。

転居した半日後から、また天候が下り坂になった。厚く重たい雲が沈んできて、伊野山の山稜がすっかり消えてしまった。施設を取りかこむ樹木が雨に打たれはじめた。屋根が鳴るほど、大粒の雨となった。

しかし、なにかの拍子に雲が薄れ、太陽の円い輪郭が一瞬ぼんやり見えたりする。晴れ間を期待していると、また雨となった。突風がすさまじい。樹木は地面に踏み耐えていたが、揺れる梢から青葉がちぎれて舞い上がり、尾根のかなたに吹き飛ぶ。風雨はさらに強くなり、雨樋の一つが外れ、破れた消防ホースのようにしぶきが吹き出す。

「この家は大丈夫かしら」

「僕の腕を信じていないな。子どもを見てみろよ。あんなにはしゃぎ回っているじゃないか。大丈夫だ」

 一人が泣きだすと、まち子がふり向き、誰がいじめたのと叱る。夫婦の会話はなにかと中断されてしまう。

「ケイタまで登校拒否した以上、やはりこの村を捨てざるをえないか。残念だ。悔しいな。苦労に苦労を重ねて、風倒木の施設ができあがったというのに。達成感を素直に喜べないなんて」

 二階の和室の寝床に入った靖弘は、寝つけなかった。それは嵐のせいだけではなかった。風倒木の家は完成したものの、あらゆるところに不備が出て、できることなら大幅に手直しをしたい、やり直せるものなら基礎から作り替えたい、という気持ちにすら襲われていたのだ。

 この風倒木の家は伊野山の中腹に残して去っていく。こんな粗雑な作りでは後々まで村人に笑われてしまうだろう。

「このていどの家で、ヒノキ造りの家だ、というのはおこがましい」

 風倒木を伐りだす日、海老塚が嵐で倒れたヒノキにも魂が残っている、無念ながら風で倒れたヒノキが、この世で蘇生できるようなりっぱな施設を作ってくれと言った。永年育ててきた山林の持ち主として、心からそれを願う態度だった。

 完成を急ぐばかりに、ごまかした内部の仕上げは数々ある。倒壊をおそれて柱や梁に釘や蝶番(ちょうつがい)が多く使われ過ぎている。室内の壁は工事を早めるために、貰い物の古い板でごまかした。

壁は本来ならば、青竹を組んで、壁土でていねいに塗るべきであった。窓はアルミサッシをはめこんだが、窓枠もヒノキでこしらえて敷居もノミでみずから寸分狂わないものを造るべきであった。

(なさけない話だ)

 手抜きを考えれば考えるほど、靖弘は胸の痛みを知った。……もう一度チャンスが与えられれば、数段良いもの、素人大工でこれだけの建物をこしらえることができたのかと感心されるもの、風倒木の家だが、見事な作品だ、と永く語り継がれていくものを造りたい。

しかし、これですべてが終わりなのだ。子どもが孤児ゆえに村を追われる。口惜しい。

 頭は冴えているが、これまでの疲労が睡魔を受け入れて、瞼が落ちはじめた。

「なにか変よ、起きて。パチパチ音がするわ。ねぇ、起きて」

まち子に身体を揺すられて瞼をあけた。

「まさか」

 寝床から飛び起きた靖弘は、ロウソクの火を点けた。激しい雨の音ばかりである。

「おどかすなよ。火事かと思ったぞ」

「さっきまで、外で変な音がしていたのよ」

「空耳だよ。はやく寝な」

 靖弘は布団を頭から被った。

 長かった豪雨があがった。戸外に出た靖弘は久しぶりに思い切り背伸びした。正面に向かいあう山は円い輪郭の鍋割山である。

雨に洗われた鍋割山の植樹林が鮮やかな緑で幾何学的に並ぶ。白い雲はその鍋割山の山頂をすでに離れはじめる。雲の動きからすると、これ以上の雨はないだろう。眼下の三十八戸の屋根瓦が、射してきた陽光にきらめきはじめた。

靖弘は風倒木の家の点検をはじめた。裏手の山の斜面から、白糸の滝のように湧き水が激しく流れ落ちる。それらが庭に集まり、小さい沢のように床下を潜り抜けていく。

「また、ケイタがいないわ」

「あいつは大雨が明けると、家を飛び出す癖があるな。また千年杉だろう」

「探してきてくれる?」

「神社なら大丈夫だと思うが、川のほうに行かれたら危ないから、連れ戻してくる」

 孟宗竹の林を抜けた靖弘は、用水路をひと飛びした。着地したところのコンクリートがひび割れ、流れる水が脇から溢れていた。

鹿とか、猪とか、狸とか、ふだん見慣れない動物が用水路を慌ただしく飛びこえていく。自分の気配だけで、こんなにも動物が逃げ出すのか、と信じられなかった。

「まてよ」

孟宗林の根が張る側で、用水路の鉄筋コンクリートが割れている。じっと目を凝らした。今更ながらあの凄まじい豪雨のなかでも、耐えぬいた風倒木の家の逞しさに、靖弘は感慨をおぼえた。

 保安林の標識がある急坂の道を上り、神社のすぐ近くまで来た。

「おや、あの音はなんだろう」

靖弘は耳を傾けた。得体の知れない不気味な音が、プチッ、プチッ、と森のなかからひびく。硬い骨を折るような音にも聞こえるし、地面が舌打ちするような音にも思える。神社の境内に入ると、いっそうプチッ、プチッと音がひびいた。いっとき止まってはまた鳴りだす。

「野鳥のさえずりがばかに少ないな」

 靖弘は境内を取り囲む、木立を見た。鳥たちはプチッ、プチッという音におびえてにげたのか。音の源を探りたいと、靖弘は斜面の深い茂みに入ってみた。露出した太い根。張りついた苔に、かれは足を取られて滑った。樹木の蔓が絡み、行く手を塞ぐ。それでも、靖弘は得体の知れない音を確かめたくて、それらをかい潜って登った。

熊笹や羊歯などが腰高まで伸びている。不気味な音は地の底から出ていた。

「あっ、地割れだ」

濡れた周囲の草をさらに分けてみた。地面が幅五センチていど細く長く割れていた。その底から不気味な音がひびくのだ。これは地滑りの樹木の根が切断される音だろう。……樹木の根は岩盤の地滑りにたいしてもはや支え切れなくなっているのだ。

いっとき静まるが、またしてもプチッ、プチッ、根が切れる音が足下から突きあげてくる。

「山の斜面が崩れていく音だ」

 山津波は集中豪雨のあと、短時間で発生するらしい。破壊的な速度で、それも秒速数十メートルで急斜面を崩れ落ちていく。崩壊がはじまると、直下にいれば、逃げ切れるものではない。そんな知識が靖弘の脳裏をかけ抜けた。

 ここで山津波が起こると、まず千年杉神社を巻き込み、そして伊野山の西斜面へと向かうだろう。そうなると、ひな壇状にならぶ、三十八棟の落合集落がすべて襲われてしまう。

「ケイタだ。まず、ケイタだ」

 神社の境内で、靖弘は樹洞のなかに顔を入れ、大声で呼んでみた。反応がなかった。本殿の床下も探した。裏手に回ってみた。井戸を覗くと、大雨の直後にもかかわらず水が涸れていた。

「井戸の底が割れたんだ」

 地下水が異常な動きをしているのだ。まち子にも、子どもたちにも、村人にも、この危険な状態を知らせ、即刻、避難させなければ、集落の全員が死ぬ。

「ケイタ、どこにいるんだ。早く出てこい。山が崩れるんだ」

靖弘は焦った。時間が無い。靖弘の叫ぶ声が山間に木霊(こだま)する。あとは静寂がやってくる。また、ケイタを呼ぶ。くり返す。

「念のためだ。樹洞の上まで確かめておこう」

 靖弘は幹の洞窟に入り込むと、両手や両脚を使って上った。うす暗かった洞のなかにも、上部から明るさが出てきた。樹洞から顔を出すと、太い枝に寄り掛かり、ケイタがうつらうつら寝ている。

「こんなところで寝ていたのか」

 ケイタがびっくり顔で目覚め、反射的に逃げだそうとする。靖弘がとっさに腕を掴まなければ、ケイタは樹の上から落ちるところだった。

 六、七分後、靖弘はケイタを連れて、風倒木の施設にもどってきた。

「裏手の山が崩れるぞ。子どもたちを連れて逃げろ。向かいの鍋割山に避難しろ。村人に知らせてくる」

 施設を飛び出した靖弘は、舗装の道を駆け下り、各家ごとに伊野山の斜面が危険な状態だとおしえた。作次郎の細君には、村役場の防災無線で、村じゅうに危険を知らせる、その連絡を付けてほしいと頼んだ。

落合の村人は落合橋の補強に出ているという。靖弘は全力でそちらに向かって駆けた。

 橋の袂の両岸では、二十四、五人の男女が林業用のウインチや滑車を使って両方からロープを引く。濁流が橋脚に激しくぶつかり、波を立てている。靖弘は陣頭指揮をする村長のそばに駆け寄った。

「伊野山が崩れます。全員避難させてください。あの千年杉神社の周りが地割れをおこしている」

 靖弘が森を指すと、村長が怪訝な顔をした。

「なに寝ごとをいうんだ? あんたは喧嘩を売りに来たんか。この橋が危険な状態だというのに。いいかね、この斜面は一千年も崩れたことがないから、千年杉が残っているんだ」

「森林だって、永年経てば、根も弱まり、腐ることがある」

「あんたから、山の講釈を聞かされるとは思わなんだ。風倒木の家のつくり方を見たら、実力はよう判っておる」

 村長が嘲笑うと、まわりの者もくすくす笑う。

「千年杉と伊野山の祠が、むかしから伊野村を守ってくれておるんだ。あんたが心配せんでもええ。それとも、伊野山の地割れが山津波につながる、という科学的な根拠があるんかね」

 と言われると、靖弘は言葉に詰まり、伊野山に視線をむけた。危険な状態のなかで観測する暇などないが、靖弘はなにか裏付けがほしくて、山肌を凝視した。よく見ると、西斜面には、千年杉の他には、天然の巨木が一本もない。これは何を意味するのか。

これは以前から不思議に思っていたが、馬蹄(ばてい)形に森林の雑木の分布がちがう。樹木の背が周りよりも低い。過去に、大きな山津波が起きた場所で、馬蹄形はその爪痕ではないだろうか。

もう一つ、他とは違うものがあった。切り立った露岩が森の切れ目から顔を出している。これは山津波に襲われた跡だろう。

 天然の千年杉は、土石流の落石や土砂で、幹の腹部を割きながらも、懸命に踏みとどまったのだ、と推量できた。樹洞は落雷の傷でなく、山津波で受けた損傷の割れ目と考えるべきだろう。

千年杉がもう少し下方にあれば、山津波の途轍もない巨大なエネルギーで、完全に破壊されていたはずだ。奇跡的に生き残れた杉の巨樹だから、むかしの村人は神社を建立し、祀っているのかもしれない。

「五センチも、六センチも山が滑りはじめているんです。はやく避難命令を」

「村の古文書には、山津波の被害を受けた、という記録など残っておらん。甲武川の氾濫の被害ばかりじゃ」

「村長は、落合の村人を全員殺すつもりか」

 靖弘が顔を赤くして怒鳴った。このとき、どーんと大砲が打ち込まれたかのような音がこだました。切り立った岩盤の岩塊が一つ崩壊し、真下の雑木を薙ぎ倒す。

村民の誰もがその音におびえた。村長は消防団長に対して、団員を出して地割れを調べろと指示した。

「調べている間はない。避難だ。見たでしょう、山が崩れる前兆だ」

「……わかった。全員避難させる。しかしだ、山崩れが起きんで、落合橋が流れたら、あんたにはこの村から即刻出ていってもらうからな。村に迷惑をかけたんだから」

「そのときは明日にでも出ていく」

 靖弘にすれば、わが子へのいじめ問題から、既にこの村を離れる決心がついている。退去には、もはやさほど抵抗がなかった。

 村長の避難命令のあと、ひな壇状の民家の住人たちは鍋割山の方角に避難をはじめた。仏壇や位牌を持ち出す者、トラックに牛乳や豚などの家畜を乗せる者、千年杉を信じて素手で避難する者、消防団員のタンカに乗せられていく寝たきり老人など、全員が家を離れていく。

靖弘は風倒木の施設にむかった。途中で、避難するまち子や子どもと出会った。子どもたちは可愛がる山羊や豚や家畜をそれぞれ連れていた。

「だれも、施設に残っていないな」

子どもの人数を調べてから、靖弘はみずから先頭に立ち鍋割山の中腹へと登った。見通しのきく高台に着いた。村民たちと肩を並べて、伊野山の西斜面を凝視していた。

靖弘の耳にはさっき聞いたプチッ、プチッという得体の知れない音が蘇ってくる。しかし、山はいっこうに崩れる気配を見せない。あの程度の地割れでは、森は簡単に崩れないのか。地割れはあれ以上広がらないのか。千年杉神話は生きているのだろうか。

 突如として、落合橋が甲武川の濁流に崩れ落ちはじめた。橋脚を失った橋の欄干が川面で飛沫を上げてから、いとも簡単に粉々になった。さらに、分解しガレキとなった落合橋が川に押し流されていく。

伊野山の西斜面は崩れない方が良いのだが、靖弘はどこか山津波を期待する自分を知った。そんな気持ちを紛らわすように、

「大雨の後、ケイタはどうしてあの千年杉の樹洞にいきたがるんだ」

と訊いてみた。

「千年杉のほら穴で、おれを呼ぶ声が聞こえるんだよ。大雨のあと」

 靖弘は今しがたケイタを探して樹洞に登ってきたばかりだ。あまりにも夢中で、樹洞の声など気づかなかった。

「どんな声だ?」

「神様になった、父ちゃんの声だよ。ほら穴のなかで、本ものの父ちゃんと楽しく話すんだ」

「そうか。本ものの父ちゃんか」

 ベトナム人の父親はケイタが三歳のとき、こつ然と消えている。しかし、ケイタの心にはいつまでも実父が生き続けているのだ。

靖弘はこれまで、自分が父親代わりの役を果たせていると信じてきた。いまケイタから心の距離を突きつけられ、血の繋がらない親子の限界を感じさせられた。ある種の衝撃を覚えた。

「迷信じゃないよ。本当だよ」

 五年生になったケイタは、驚くほどしっかりした喋り方だった。

人間には、ときとして理解できない現象が起きるという。本ものの父親と話すケイタの場合はそれなのか。樹木に実父の魂がやどっていて、大雨が上がると、わが子のケイタを呼び寄せて語り合っているのか。

 考えてみれば、樹洞の内部は巻き込んだ風が共鳴しているはずだ。本などを丸めて耳にあてれば、不思議な音が聞こえる、あの現象が樹洞の内部に起きているのだろう。そこに雨垂れの音が加わり、特殊なひびき声に変わる。……それは理屈かもしれない。海老塚は風倒木にも魂があるといった。千年杉の樹霊の声はケイタの実父だと信じてやりたい。

 突然、山間に轟音がひびいた。伊野山の山腹がまるで砲弾が炸裂したかのように割れた。千年杉神社の森が崩れていく。神殿が空中に吹き飛ぶ。岩がガラガラ鳴る。

「恐いよ。父ちゃん、恐いよ」

ケイタが靖弘の身体にしがみついてきた。

 土砂流の先端がまるで獣の舌のように、ひな壇の上から順番に民家や畑を呑み込む。二、三軒ごとに消えていく。庭木の大樹が空中に飛んだ。さらに駆け下ってきた山津波が、落合橋があった川をつぶす。こんどは甲武川が憤り、洪水を起こして川沿いの道や水田を沈めた。氾濫した川筋が違ってきた。

「見てみろよ」

 千年杉は消えたが、ひな壇より外れていた風倒木の施設がわずか一軒だけ建っていた。風倒木の施設は大雨にも耐え、山津波にもやられず、この子どもたちを待っているのだ。

 靖弘たち家族は二晩、落合の住民らと小学校の体育館で避難生活をした。村民の多くが家を失い、千年に一度の大災害だと語る。そのうえで、命の恩人だと言い、靖弘とまち子に感謝のことばを向けてきた。……千年杉の樹霊がもしケイタを呼び寄せていなければ、少なくとも、あの地割れは発見できていない、と経緯をおしえた。

「ケイタは神の子だ。村人の恩人だ」

 そう持ち上げられた、当のケイタは体育館で走りまわり、あいかわらず妹や弟を泣かせていた。

 この間、靖弘は三人の男に体育館の裏手に呼び出された。土下座した男たちが建設中の基礎を壊したうえ、柱をノコギリで挽いたと言い、詫びてくれた。

「聞かなかったことにします」

 十人家族が風倒木の施設に戻ってくると、その玄関先には村長から日本酒が二本届いていた。熨斗(のし)には新築祝いとかかれていた。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2012/08/23

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穂高 健一

ホダカ ケンイチ
ほだか けんいち 小説家。1943(昭和18)年、広島県生まれ。「千年杉」で第42回地上文学賞受賞。

掲載作は月刊誌『地上』(社団法人「家の光協会」刊)1995(平成7)年1月号初出。

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