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向日葵

        夏よ、あなたを抱きしめるため、

        わたしはできるだけ大きくなろうとする

 きょうも大勢のひとびとが、この美術館にやってくる。

 ひまわりの絵を見るためだ。いちど見たら、どんな人でもけっして忘れられない鮮烈な印象をもった絵である。

 ひとびととはちがった理由で、わたしも一日にいちどはこの絵を見にくるのだ。わたしがこの美術館の館長をしているからではなく、ほんとは、この絵がわたしの娘によって描かれたものだからだ。もっと正確にいうと、からだの不自由な娘が、ある男の手をかりて描いたものということになろうか。

 十九年まえ、娘は、海に降る星のようにきらめきながら、わたしたち夫婦のところへやってきた。娘は、わたしたちの静かな生活に光となぐさめを、あるいは、人生の堰を越える勇気やはげましをあたえてくれた。

 娘は、素直で明るかった。しかし、心ははげしく、欲しいと思ったものは、必ず自分の力で実現するような女の子だった。およそ親が子どもに願う晴れがましさというものを、娘はすべての面で味わわせてくれた。

「おとうさま、こんどの学芸会で、わたし、主役になる」

 そう宣言したかとおもうと、いつの間にか、娘は主役をふりあてられ、そして、セリフの勉強と役づくりにはげみ、教師やわたしたちの期待をけっしてうらぎらなかった。

「こんどの運動会は、いちばんになる」

「こんどの試験はいちばんになってみせる」

 そして、一番になっていた。

 こうしたことが、一番になることや主役になることを望むばかりが、かならずしもいいことだとは、わたしは思っていなかった。しかし、そうなるまでに必ず勝ち取るための努力をしていることがうかがわれたので、娘が男だったらいい、となんどか思った。しかし、いまは女の時代ともいわれているので、百年まえに生まれるよりはましだろうともかんがえていた。

 しかし、あれがはじまったのだ。

 娘が十歳のときだ。偏平だった胸に銅貨のようなふくらみが出はじめ、いよいよ女らしく美しくなろうとするころ、しなやかで強靭だった娘のからだに魔物がとりついたのだ。魔物は、すこしずつという最もいやらしいやりかたで、娘の筋肉をおかし、からだの自由を奪っていった。

 つぎの十年の歳月のうちに、娘は、手もうごかせず、足もうごかせず、車椅子で移動せざるを得なくなり、家の中ばかりの生活になっていった。

 かがやかしい娘の半生にくらべて、なんとも残酷な運命だったが、娘は、もちまえの気性でよく耐えていた。

 そして、娘がかれに出会ったのは、あの世に逝くまえの、最後の夏だった。

 また、めぐってきた夏とひまわりを見ながら、わたしは、あの夏のふしぎなできごとを思いだすのだ……

 ひと月ものあいだ、雨が降って、降って、それから、青空がひろがった。

 あたりはみがきあげた鏡のように光りはじめ、陽光はどこまでも透きとおっていた。入道雲は、自分のかがやきをもちきれずに、そとへ、そとへとふくれあがり、樹木は、暑さにたえられるよう、いよいよその緑を濃くしようとしていた。身を灼く太陽の熱はほどよく乾いていて、肌にここちよい刺激をあたえ、大地は、あきるほど吸いこんだ雨にやすらいでいた。やすらぎを得たために黒くゆたかになった庭土から、いく本かのひまわりが太い茎を屹立させ、その(こうべ)は、夏に向けてさらにおおきくなろうとしていた。

 そんなみずみずしい夏を背景にして、かれは、娘のまえにあらわれたのだ。

 なめらかに陽灼けをしたかれのからだからは、海の、潮のかおりがにおいたち、笑うとのぞくしろい歯なみは入道雲のようにまぶしく、よい絵を見たときの眼のかがやきは、夜空にちらばる花火。冗談をいって高らかにわらう声は、はじける夏そのものだった。

 そもそもは、病いのためにすっかり消極的になっていた娘が、このところ毎日散歩にでるようになったことからである。それをわたしは妻からきいた。その行き先は、いつもきまって河原にできたテニスコートだった。テニスコートだろうが、なんだろうが、外出したり、太陽光線を浴びたりすることが、娘のからだとこころに悪いはずはなかろうとかんがえ、

「いいことじゃないか」とわたしは妻にいった。

 妻は目に笑いをにじませる。「どうやらお目当てがいるのよ」

 娘が恋をしているというのか。

 わたしは、茶をのむ手をとめ、無言のまま妻に問うた。

 妻も無言のままうなずく、なぜだか顔をすこしあからめて。

 テニスコートにやってくるひとりの青年を、娘がずっと見つめているのだ。向こうは、もちろん娘のことは気にかけず、毎日きまった時間にやってきて、汗をながし、そして帰っていくという。娘は、車椅子にひっそりとすわり、遠くから、ほんとに遠くから、ただ眺めているだけなのだ。

 そんな話を聞いて十日ほどしてからだった。

 わたしは、まえにも述べたように、ある美術館の館長をしている。そこの絵画や美術品が傷んできて、専門機関に保存と修復の相談をすることになり、修復学院で助手をしている青年が、おもにそれを担当してくれていた。

 すこやかな体格となめらかな肌をしたその助手は、その性質も見かけとおなじようにバランスのとれた好青年であった。かれのことをすっかり気にいってしまったので、わが家のささやかなコレクションもかれに診断してもらうことにした。

 そして初めて家へやってきたとき、娘と妻のよろこびようはなかった。その青年が、テニスコートのかれだったのだ。

 わずかだが、四、五点の作品に修復の必要のあることがわかり、夏のあいだ、学院のほうが休みになるので、わたしの家に通ってもらうことになった。

 わたしは、勤めに出てしまっていたが、妻の話によると、娘は車椅子に乗ったまま、かれの作業をあきもせず一日じゅう見つめているということだった。かれが仕事場につくまえから、そこへ行き、かれを待ち、かれの背中や手のうごきをじっと見ているのだ。かれもまた、そんな娘をうっとうしく思うでもなく、ときどき娘に話しかけたりしながら、ふたりとも退屈するようすはなかった。休憩するときには、娘の車椅子をおして、近くの川べりに連れていってくれたりするようだった。

 後ろでそんなにじっと見つめられていては、仕事がやりにくいだろうから、さぞご迷惑でしょうに、と妻が娘を戒めるためにいったらしい。しかし、かれは、それを否定して、いや、お嬢さんに見つめられていると、ぼくの腕に力が宿るんです、天才になった気分になるんです、と言って、ほがらかに笑ったということだった。

 あおじろかった娘の頬にうっすらと色がさし、ときに落ち着きのない笑い声をあげ、その目尻になみだをにじませたりする娘の変化は、妻の話をきくまでもなく、わたしにもよくわかった。すでに(あお)くなりかかっている娘の血が、そのこわばった筋肉のしたで、いつになくあわだち、興奮しているのが。

 妻は、娘とかれの話をしたあとで、かならず吐息をついた。  

 娘が健康だったら……そう吐息をつくことさえ、わたしたち夫婦の禁忌であり、いつも心から追いだすように努めていたが、しばらくぶりにまたあらわれてきたのだ。

「おまえがなにをかんがえているか、わたしにはわかるよ」  

「ごめんなさい」

「いいじゃないか、かれは、わたしたち親娘に夢をあたえてくれているんだ。この際、おもいきって見ておくことにしようじゃないか」

 娘が病気でなかったら、かれのような男と結婚し、かれのようになめらかな肌をもち陽気な笑い声をあげる女の子と、娘のようにしなやかなからだつきで、はげしく人生をわたっていく男の子が、わたしたちの孫になる──それが、わたしたちのあてのない夢、あてがないからこそ果てしなく見る夢だった。

 わたしたち夫婦はそれでよかったかもしれないが、娘の苦痛を知っているつもりで、心底わかっていたわけではないことを、今になって思うのだ。はげしい心の持ち主は、よろこびも、ひと以上に感ずることができるが、苦しみだって、ひと以上に強いのだということをわたしは察するべきだったのだ。しかし、察し得たとしても、わたしになにができただろう。

 かれの作業が終わりに近づくころ──盛りはすぎたが、まだ夏らしさを感じようとすれば、いくらでも感じられる、そんなころだった。

 陽ざかりの暑い空のしたへ散歩に出たふたりが、汗みずくになり、わらいながら帰ってきて、そんなときは、全快さえ信じられるほど陽気なわらい声だったが、車椅子の音をあらあらしく廊下にひびかせると、娘の部屋へはいったまま、ふたりはなかなか出てこなかった。

 妻の用意した西瓜を食べにくるよう、わたしは、ふたりを呼びにいった。

 廊下のつきあたりの右手に娘の部屋はあった。つきあたった廊下のさきは、ちいさな窓になっていて、それが閉められたままだったので、この暑いのに、とつぶやきながら、その窓を開けるために、娘の部屋を通りこした。

 娘の部屋から、ふたりの話す声がきこえてくる。気がつくと、部屋のドアが半開きになっていた。

 はじめは、かるい気持ちだった。娘も、妻やわたしに、かれとの会話をいつも話していてくれたし、聞き耳をたてても、べつにわるいことなどあろうはずがなかった。ドアの隙間から、そよ風がふくようにもれてくる若いふたりの会話を、つきあたりの窓から見える庭をながめながら、聞くともなく聞いていた。

 どうやら散歩に出たときのつづきのようでもあった。     

 かれはどうして絵描きにならなかったのか、という質問を娘がしたようだった。

「ぼくぐらい描けるやつは、いっぱいいるってことがわかったからだ」

 娘の声はかぼそく、あまり聴きとれなかった。

「そうだね、はたちぐらいのころかな」

 つづいて、かれの低いけれども、若さをのこす声がこたえた。 

 はたちであきらめるのは早すぎる、とでも娘がいったのだろうか。

「生意気いって。でも、ほんとに、ぼくには、なんにもないんだ」

 才能……という娘の声だけが、聴きとれた。

「かもしれない。きみにあって、ぼくにないもの、たとえば、熱情、狂気、メランコリー、陶酔……きみにはある」

「……」

「感応の力、はげしさ、それを実現する意思……」   

 娘がそれに答えて、ぼそぼそいう声がした。わたしが代わって答えてあげよう。もうそれを実現する手段がないのだ、それに時間さえも。

「だから、ぼくは、それを永久にとどめる手段のほうにまわったんだ。狂気や陶酔や熱情をすこしでもながく、すこしでも先の世紀の人たちにも見てもらえるよう、修復し、保存すること。芸術家ではなく、職人になろうとおもったんだ」

 窓の外は、夏がそのまま終わらないのではないかとおもえるような、暑い午さがりだった。娘の部屋から見て、いい眺めになるよう、妻とわたしが何年もかかって手入れしてきた庭があった。廊下のつきあたりの窓から見える景色は、娘の部屋から見える景色とおなじものだ。

 こころやすらぐように向こう側に植えた丈の高い樹々の緑は、照りつける太陽にはげしく燃えたち、その蔭は、葉のひとつひとつの輪郭をなぞりながら、ますますくっきりと暗い。じっとりと汗ばむ大気が、厚い膜のように地表をおおい、すべての動きをとめてしまったようだ。

 閑かだった。

 さっきまでうるさいほどだった蝉の声もとまり、梢をわたる風の、かすかな葉ずれの音さえなかった。

 遠くのほうで鳩の鳴く声がかすかにした。

 ひまわりだけが、おもたげな(こうべ)を暑い空に向け、すこしでも伸びようとして揺れていた。できるだけおおきくなって、夏を抱こうとするかのように。

「生まれかわりを信じる?」

 車椅子のきしむ音がして、位置が変わったのか、娘のほそい声がはっきり聞こえるようになった。

「信じたいな。こんどこそ、ぼくは熱情や、狂気や、破壊力を……」

「未来のことだけじゃなくて、生まれるまえは、なんだったのだろうと思うわ」

「なんだったと思うんだ」

「いちばん初めまで思いだすことはできないけれど、かなりまえまで思いだすことができるわ」

「どのくらい」

「ジュラ紀か白亜紀ぐらい」

「すごいな。その時代なら、きみは恐竜?」

 かれの声には、笑いがにじんでいる。

「そ、大昔は恐竜だった。ゆったりと草を()んで、食べすぎると、睡蓮の咲くみずべで一日じゅう、うつらうつらしていたの」

 娘の声は、笑っていなかった。

「そのあとは?」

 かれの声も、もう笑っていなかった。

「そのあとは、砂漠よ。月が照っていて、駱駝の足でけちらかされる砂。王子さまとお姫さまの乗った駱駝がいったあとは、またしずかになって、月の光りをあびながら、つぎの駱駝がとおるまで、じっとしている砂漠よ」

「そのあとは?」

「雨あがりのしずく」

「しずく?」

「そう、雨がふって、それから、太陽がかがやきはじめて、葉っぱのうえにのったしずくが、空にむかって光りをかえすの、きらきらと。だれか人間があるいてきて、葉がゆさぶられて、そのとき、もういちどだけきらっとして、それから地面に落ち、黒いつちにすいこまれて、それで終わり」

「それから?」

「それから、このわたしが生まれた」

「……」

「それから、こんどは」娘が自分をはげますようにしていった。「感応の力も、意志の力もいらない。このひからびた筋肉のかわりに、動かすことのできる手足でもって……」

「わかってるよ」かれは娘のことばをさえぎろうとした。

「いいえ、いわせて。あなたを愛したいの。あなたがほしいの。あなたはわたしのものよ。わたしの過去も未来もすべてのわたしがあなたを愛しているの。恐竜のときのわたしも、砂漠のときのわたしも、雨のしずくのときのわたしも……」

 娘の口がふさがれたようだった。また、すべての音がとだえ、そのかわりに息づまるような、愛し合っている者たちのあいだにだけかもしだされる、あの濃密なふんいきがあった。

「あなたの生まれるまえはなんだったの」

 やがて娘のかすれた声がささやいた。

「ぼく? ぼくは、おぼえてないな」

 わたしは舌打ちをしていた。娘のために、それらしいことをいってくれればよいと思うのは、親ばかでしかなかったが。

「でも、いまはわかる。夏だ」

「まあ、駄洒落は最低のユーモアだそうよ」

 娘のわらい声とともに、かれのすがたが廊下にあらわれ、わたしには気づかず、仕事場のほうへ行った。

 わたしが部屋をのぞくと、娘は窓のそとを見つめていた。

 妻が結いあげた娘のやわらかい髪は、汗とともに耳もとにほつれかかり、その頬からおとがいにかけての線は、その内部に娘のいうひからびた筋肉があるなどとは信じられないほど、ほのかに息づいていた。

 わたしのはいっていく気配に、娘は気づいたらしく、後ろ向きのままいった。

「パパ、わたしは、ひまわりになりたい」

 わたしはなにも言葉をかえすことができなかった。かれに抱かれても、娘はただ棒きれのようにしているだけで、生きた腕で抱きかえすことができなかったのだ。

 窓のそとのひまわりは、娘のことばを受けるように、すこし落ちてきた風に、重い頭ををゆらしつつ、さらにおおきくなろうとしていた。

 その太い茎のなかには、土から水分を吸い上げる管や、太陽から受けとった栄養分をすみずみまでゆきわたらせる管が通っており、人の一生にくらべれば、はるかに短い時間とはいえ、ひまわりはひまわりの寿命をまっとうできるだけの、たくましい生命力がみなぎっていた。

 すべての作業が終わった日、かれをまじえて、わたしたちは、庭で夕食をとることにした。かれは、やさしい手つきで娘の口に料理を運んでくれた。 

「もう、暗くなってきましたね」かれがいった。

 日中はまだ暑く、真夏の様相をしていても、暮れる時刻の早さで夏が終わりかかっていることに、われわれはとつぜん気づかされていた。

「そういえば、初めていらしたころは、この時間はまだ明るかったわね」妻があいづちをうった。

 向かいの家の白壁に映えていた夕焼けが、いつの間にか薄墨いろになり、すずしい風がレースのカーテンをかすかにゆすっている。大気はやすらぎに満ちていた。

 空の藍いろはしだいに深まり、向かいの白壁も、庭の樹木も、妻と娘の顔も、かれも、青い湖の底にだんだんしずんでいく。どうかしたひょうしに、椅子をたおすとか、大声をあげるとか、そんなことだけで、すべての形が藍いろのなかに溶けだしてしまいそうだった。

「いいものがあるんですよ」

 かれは、紙袋をごそごそすると、花火をとりだした。

「きょうは打ち上げですからね、花火をあげましょう」

「それは、いい」

 バッ!

 藍いろに溶けかかっていた形をもとにもどすような堅実な音をだして、花火を夜空にあがった。

 妻と娘が歓声をあげる。

「よし、わたしもやろう」

 わたしは、かれの持ってきた花火を数本とりあげた。

 花火は、かすかな悲鳴をあげつつ、空にあがり、そして花ひらくと、音もなく散っていった。なんども、なんども。

 それに興じているあいだ、かれは、娘の車椅子のしたにネズミ花火をしかけた。

 シュルシュルという音に、娘が気づくまもなく、それは、車椅子のしたではじけかえり、娘は、おおぎょうな驚きの声をあげた。妻がわらい、わたしがわらい、娘はおこってみせ、かれは、あの素直な高らかな笑いごえを夜空にひびかせた。

 線香花火は、おもに妻がうけもった。

 ちいさなかがやきは、はかない音をたてて、いつまでもつづき、妻は、つぎからつぎへと果てしなく、いく本もの線香花火に火をつけた。

 妻は、終わらせたくなかったのだ。

 この夜が、かれの来る最後の夜であることをだれもが知っていたが、だれもそのことを口に出さなかった。わたしたちは、いたいほど感じていた、妻や娘のねがいを。

 ふたたびこうした夜のあることを、かれには、また、ときどき遊びに来てもらいたいことを。

 それでも、すべてが終わり、わたしは、かれを駅まで送っていくことにした。

 別れぎわに、わたしはいった。

「仕事は終わりましたが、また、ときどき遊びに来てください」

「いえ」

 その返事のかたくななひびきに、わたしはおどろいた。いつもの調子で気さくに、いいですよ、と言ってくれるものだとばかり思っていたのだ。

「もう、おじゃましないつもりです」

 かれは、こわばった調子をかくそうともせず、切り口上でいった。

「そうですか。わたしはまた、きみがわたしたち家族のことを好いてくれてるとおもってたんだが……娘のことだって」

「だからです」

「そりゃ、娘は、あんなからだだ。だからこそ、いい想い出をつくってやりたいとおもってね。きみに、きょうのように気軽にときどき遊んでやってもらいたいと。しかし、きみとしては迷惑なことだろう」

「そういう意味じゃないんです」

 かれは、立ちどまった。

「ぼくは、お嬢さんと、これ以上いっしょに過ごすことはできないんです」

 わたしも、立ちどまった。

「婚約者でもいるというのか」

「え? ああ、おとうさんが、そうお思いになるんでしたら、それでもかまいません」

 いつもの率直さがきえ、皮肉な、奥歯にもののはさまったようないいようである。わたしの脳裡に、あの暑い盛りの、ひまわりの揺れているさまがよこぎった。そのときの娘の部屋の息づまるようなふんいきは、あれが愛でなくて、なんだったというのだろう。わたしのなかに怒りがこみあげてきた。

「きみは、それなのに、娘を苦しめていたのか」

「苦しんだのは、お嬢さんだけじゃありません」

 わたしは、悟った。おとなになるべきは、このわたしだ。かれに特定の女性がいることなど自明の理だったのだ。わたしたち家族のために、かれの幸福を犠牲にするべきではない。

「いまお別れするのがいちばんいいんです。ぼくは、絵描きになるのをやめて、修復学院へはいったようなただの平凡な……」

「きみのいっていることが、よくわからないのだが」

 かれは、また口をひらきかけたが、しばらく黙っていた。いうべきことばを慎重にえらんでいるようでもあった。

「このことはお嬢さんとも話し合ったことがあります。ぼくは、すべて自然のまま、それはなるべくこわすべきではないと主張しました。お嬢さんは、わかってくださったはずなんです」

 その話がでたのは、あのひまわりが揺れていた午さがりより後のことなのは確かだったが、わたしにはまだわからなかった。しかし、納得できなくても現実はみとめなければならない。

「申しわけなかった。わたしのわがままだった」

「わがままなのは、ぼくのほうです。けっきょくお嬢さんの心には、いまのままのぼくの姿を残しておきたいと思ったんです」

 どういうことだ。かれが年老いるまでには何年もある。このすこやかで立派な体格をした若者がおとろえるよりさきに、娘の命はおわるだろう。

「でも、信じてください。この気持ちは、いつまでも変わりません……」

「ありがとう。娘にかわって、礼をいいます。だが、もうひとつだけわがままをいわせてくれないか。せめて娘の最期(さいご)のときだけは会ってやってくれないだろうか」

 かれはしばらくかんがえこむようにしていたが、やがていった。

「ええ、いいでしょう。つぎの夏がくるまでなら……」そう答えた。

 娘の命がつぎの夏までもたないと宣言されている気がして、意外に酷薄な面があるのではと、一瞬かれの人格をうたがったくらいだった。しかし、かれは、それまでに結婚しているかもしれないのだ。それに、娘は、つぎの夏どころか、この冬さえこせるかどうかわからない。

 かれは、潮のにおいのする肩先をすこし落として、改札口へはいっていった。

 かれが来なくなって、とうぜんのことだったが、病気は悪化の一途をたどっていった。娘にとりついた魔物は、陰険な着実さでそのからだをむしばんでいいき、雪の降りしきるころには、板きれのように寝たきりとなり、痛みに苦しむ娘のために、その進みぐあいをもっと早めてほしいと、わたしたちは祈るほどになっていた。

 そのころ、わたしの勤務している美術館で、高名な画家の描いたひまわりの絵がたいへんな値段で購入され、世間の話題になった。

 その話をすると、娘は、しきりに見たがった。

「見たいわ、だれよりも早く」

 だれよりも早く、と願うところが、いかにも娘らしいところだったし、娘の心には、いまもひまわりがはげしく燃えていることを知っていたから、わたしは、絵が到着するまえから、こころひそかに実現してやろうと決めていた。

 絵が美術館にはこびこまれ、まだ一般公開されるまえ、館長の権限で、わたしは娘をつれていった。

 娘は、もう車椅子に乗るのさえ息たえだえであり、苦痛にゆがむその顔を見ないようにしながら、わたしたちが手をそえ、娘の腰や膝を力学的に折ってやらなければならなかった。

 木枯らしの吹く寒い夜で、車椅子のうえから毛布で娘をぐるぐるまきにした。

 夜間、ガードマンだけをのこし、館員たちがぜんぶいなくなったあと、わたしと娘は、ひそかに展示室にはいった。

 それは咲いていた。

 花瓶に活けられはしていたが、わたしたちの家の庭でゆれていたとおりに、ひまわりは咲いていた。

 ひまわりは、キャンバスのうえの単なる絵具の重なりではなかった。

 太陽に似た黄色い花びらはあのときの暑さをあらわし、種子をいっぱいつけるための真ん中の輪は、あまりの豊饒さにすこし重たげだ。強烈な陽ざしをよけるかのように、首をちょっとたれ、それでも、自分の熱情をもちあぐねて、全身は狂いださんばかりに燃えている。

 わたしたちは身じろぎもしなかった。

 娘は、車椅子のなかでくったりとし、ただ眼ばかりになって、ひまわりを見つめていた。というより、娘の心に咲いているひまわりがそこにあり、娘は、自分の心のなかのひまわりを見つめていた、といっていいかもしれない。

 とおくのほうで電話が鳴っている。

 ガードマンがいるはずだったが、館内の見まわりにでも出かけているのだろうか、電話は鳴りやまない。

 わたしは、娘をそこに置いて、事務所のほうへむかった。

「わたしは、ひまわり……」

 立ち去るまえに、娘のつぶやく声が背中できこえた。

 電話は、受話器をとろうとするまえに、ぷつりと鳴りやんだ。

 美術館のなかは、またしずまりかえり、展示室へもどるわたしの靴音だけがひびいた。建物の外では、木枯らしの吹きすさぶ音が遠くきこえていた。展示室にはいるまえ、背筋がぞくりとする感覚におそわれた。寒さのせいではない。娘のために暖房はきっちりいれてある。あたりが異様なふんいきにみたされてきたような気がしたのだ。娘に異変がおきたのだと、父親の勘がはたらいて、わたしはいそぎ足になった。

 室内に入ったわたしが、まず見たのは、娘のほうだった。

 娘は、死んでいた。

 そして、娘の胸には、何本かのひまわりの花がのっていた。

 今こそ完全なる棒きれと化した娘のからだのうえで、ずっしりと量感のあるひまわりが生きていた。

 だれがこんなことを、こんな季節にどうしてひまわりが、と思いつつ、わたしは、ふと壁の絵に眼をやった。

 ひまわりはなかった。

 絵のなかの背景には、ただ花瓶が置かれてあるだけである。

 娘のうえのひまわりに眼をうつすと、枯れかかり色が変わって首をたれた(こうべ)や、すこし狂ったようにねじまがった花びらや、つぎの世代の命を用意するために、いまにもとびだしそうな種子をつけたひまわりの花は、みんな絵のなかにあったひまわりだった。

 ちいさな細長い種子が、娘のひざをすべり落ちていき、車椅子のしたで、かすかな音をたてた。

 わたしは、しばらく茫然となっていたが、いちばん最初にしなければならないことはなんだろうと、ぼんやり考えてもいた。

 かれに娘の死んだことを知らせることだ。どんなふうに逝ったのか、かれには知ってもらいたい。

 電話をかけると、つよい木枯らしのせいか、かれの声はかぼそく、よくききとれなかった。

 かれを待つあいだ、わたしは娘より、そのうえのひまわりを見つめてすごした。枯れはじめのひまわりだったが、死んでしまった娘にくらべて、妙になまなましく、いまにも頭をもたげ、その花びらは、うねうねとうごきはじめそうであった。

 かれが美術館の入口にきていることをガードマンが伝えてきた。わたしは立ちあがり、部屋にはいってくるのを待った。

 入口にひとりの男が立った。病気でもあるのか、胸がえぐれるほど背中がまがり、ひょろりと突ったった痩せさらばえた男は、かれとは似ても似つかなかった。展示室のやわらかい明かりのもとで見るその顔は、頬がげっそりとこけ、目のまわりは(くろ)ずみ、まるで幽鬼のようであった。

「しばらくでした」

 ちいさな声だったが、その誠実なひびきは、まぎれもないかれのものだった。

 わたしはさけんだ。「どうしたんだ、大病でもしたのかね」

「いえ、病気ではありません」

「しかし……」

 おどろき、とまどうわたしをよそに、かれは娘のほうへ近よっていった。娘のうえのひまわりを見ると同時に、絵のなかにひまわりがないことにもすぐに気づいた。かれはおどろかなかった。むしろそんなことが起きるのは、とうぜんとでもいいたげな様子で、しずかに娘とひまわりを眺めた。

「とうとうやってしまったんだね」娘にやさしく語りかけた。「自然の摂理をまげてはいけないって、あれほどいったのに」

 それから、娘の胸を押しつぶしている大きなひまわりを取りあげた。

「花瓶はありませんか」

「ああ、それは、あるが」

 館長室に来客用の大きな花瓶のあることを思いだし、わたしはあわてふためいていった。娘が絵からひまわりを盗んだことより、かれのようすのほうに怖れをなしていた。

「じゃ、そちらへ行きましょう」

 かれは歩くのもやっとというありさまだったので、重い花束をわたしが運ぼうと申しでたが、それを拒絶した。館長室の大花瓶にひまわりをさすと、こんどは、

「イーゼルと絵の具はありませんか」といった。

 いそいで絵の道具をもってくると、かれは展示室からひまわりのない絵をもってきて、それを立てかけた。そして絵筆をもった。

 館長室を臨時のアトリエにして、かれは仕事にかかった。ひまわりは、かれが絵を描いているあいだじゅう、なんの変化もなく、生き生きとしつづけていた。

 明けがたになって、かれは憔悴しきって部屋から出てきた。

 絵は、まったくもとのままになっていた。

 家まで送るというのに、かれはそれもことわった。

「失礼します」

 よろよろと壁を伝いながらも、そのまま帰ろうとするので、わたしは呼びとめた。

「だいじょうぶかね、病気なら治さなきゃ」

「いえ、これが、ぼくの寿命なんです」

 なにもいえずにだまって見送るわたしを、かれは苦労してふりかえった。

「今年の夏は、早くくるかもしれません……」

 以前のような陽気な笑顔がいっしゅんよぎった。

 絵から抜けでたひまわりは、役目を終えると同時に、何本かの枯れた棒くいとなっていた。わたしは、娘といっしょにそれを家へもってかえった。

 そして棺の中にいれてやると、白黒の縞模様のはいったおびただしい種子が、娘のからだのうえに散らばった。

 その後、ひまわりの絵は公開され、いまも大勢のひとびとが見にやってくる。

 この絵が多くのひとびとの目にさらされることに、わたしは怖れの心をもったことはない。絵はまったくもとどおりだからだ。むしろすこしでもいいから、もとの絵とちがったところはないか、それを見つけるために、毎日この絵を見にくるのだ。ほんのひと筆でもいいから、もとの絵とちがったところがあれば、娘のしたことが信じられるではないか。

また、暑くなってきた。夏の化身のかれは、つぎの“夏”と交代したのだろうか。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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牧南 恭子

マキナミ ヤスコ
まきなみ やすこ 小説家 1941年 中国瀋陽市に生まれる。

掲載作は、2000(平成12)年刊ホラーアンソロジー『変化』(PHP文庫)初出。

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