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鍼の如く 全

   鍼の如く 其一

白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり 秋海棠の画に

 

曳き入れて栗毛繋げどわかぬまで(くぬぎ)林はいろづきにけり りんだうの画に

 

無花果(いちじゆく)に干したる足袋や忘れけむと心もとなき雨あわただし

 

唐黍(たうきび)の花の梢にひとつづつ蜻蛉(あきつ)をとめて夕さりにけり

 

うなかぶし(ひとり)し来ればまなかひに我が足袋白き冬の月かも

 

たもとほり(はり)が林に見し月をそびらに負ひてかへり()われは

 

しめやかに雨過ぎしかば(いち)の灯はみながら涼し枇杷うづたかし

 

球磨川(くまがは)の浅瀬をのぼる藁船は燭奴(つけぎ)の如き帆をみなあげて

 

山吹は折ればやさしき枝毎に裂きてもをかし草などの(ごと)

 

西瓜割れば赤きがうれしゆがまへず二つに割れば(ほこ)らくもうれし

 

菜豆(いんげん)はにほひかそけく膝にして白きが落つも(さや)をしむけば

 

そこらくに(あかざ)をつみて()でしかば咽喉こそばゆく春はいにけり

 

おしなべて白膠木(ぬるで)の木の実塩ふけば土は凍りて霜ふりにけり

 

けんぽなし(=玄甫梨の意)さびしき枝の葉は落ちて骨ばかりなる冬の霜かも

 

芝栗の青きはあましかにかくに一つ二つは口もてぞむく

 

松が()にるりが(ひそか)に来て鳴くと庭しめやかに春雨はふり

 

草臥(くたびれ)を母とかたれば肩に乗る子猫もおもき春の宵かも

 

移し植うと折れたる枝の銭菊(ぜにぎく)は挿すにこちたし棄てまくも惜し

 

藁の火に胡麻を()るに似て小雀(こがらめ)の騒ぐ声遠く霧晴れむとす

 

洗ひ米かわきて白きさ(むしろ)にひそかに棕櫚の花こぼれ居り

 

(なら)の木の枯木のなかに幹白き辛夷(こぶし)はなさき空蒼く(ひろ)

 

落栗は一つもうれし思はぬにあまたもあれば尚更にうれし

 

秋の日は枝々洩りて牛草のまばらまばらは土のへに射す

 

柿の樹に梯子掛けたれば藪越しに隣の庭の柚子(ゆず)(きば)み見ゆ

 

雀鳴くあしたの霜の白きうへに静かに落つる山茶花の花

 

藁掛けし梢に照れる柚子の実のかたへは青く冬さりにけり

 

倒れたる椎の木故に庭に射す冬の日広くなりにけるかも

 

あをぎりの幹の青きに涙なすしづくながれて春さめぞふる

 

冬の日はつれなく入りぬさかさまに空の底ひに落ちつつかあらむ

 

桑の木の低きがうれに尾をゆりて(もず)も鳴かねば冬さりにけり

 

 病院の生活も既に久しく成りける程に、(大正三年・1914年)四月廿七日、夜おそく手紙つきぬ、女の手なり

春雨にぬれてとどけば見すまじき手紙の糊もはげて居にけり

 

 五月六日、立ふぢ、きんせん、ひめじをん、などくさぐさの花もて来てくれぬ、手紙の主なり、寂しき枕頭にとりもあへず

薬壜さがしもてれば行く春のしどろに草の花活けにけり

 

 草の花はやがて衰へゆけども、せめてはすき透りたる壜の水のあたらしきを欲すと

いささかも濁れる水をかへさせて冷たからむと手も触れて見し

 

 いつの間にか、立ふぢは捨てられきんせんはぞろりとこぼれたるに、夏の草なればにや矢車のみひとりいつまでも心強げに見ゆれば

朝ごとに一つ二つと減り行くになにが残らむ矢ぐるまのはな

 

俛首(うなだ)れてわびしき花のをだまきは(しぼ)みてあせぬ矢車のはな

 

風邪引きて厭ひし窓もあけたればすなはちゆるる矢車の花

 

快き夏来にけりといふがごとまともに向ける矢車の花

 

 五月十日、復た草の花もて来てくれぬ、鉄砲百合とスウヰトピーなり、さきのは皆捨てさせて心もすがすがしきに、いつのまにか大きなる百合の蕾ひそかに綻びたるに

こころぐき鉄砲百合か我が語るかたへに深く耳開き居り

 

 十一日の夜に入り始めて百合の薫りの高きを聞く、此夜物思ふことありけるに明日の疲れ恐ろしければ好まざれども睡眠剤を服す、入院以来之にて二度目なり

うつつなき眠り薬の利きごころ百合の薫りにつつまれにけり

 

 病牀にひとりつれづれを慰めむと(まさ)といふ紙を求めて四方の壁を色どりしが

壁に貼りしいたづら書の赤き紙に(ほこり)も見えて春行かむとす

 

 貧しき人々の住む家なれば 棟にあまた草生ひたれども(かつ)てとることもなきぞと見ゆるに

窓の()は甍ばかりのわびしきに苦菜(にがな)ほうけて春行かむとす

 

 窓の硝子は朝ごとに拭へども、そともは手もとどかねばいささかの曇りなれども晴るることもなし、春暮れむとして空さだまらず

硝子戸の春の埃をあらはむと雨は頻りに打ちそそぎけり

 

 窓を圧して梧桐の木わだかまれり、はじめのほどに

春雨になまめきわたる庭の内に愚かなりける梧桐(あをぎり)の木か

 

 とよみおきけるが今は梢のさやぎも著しく

窓掛はおほにな引きそ梧桐の嫩葉(わかば)の雨はしめやかに暮れぬ

 

 藁蒲団のかたへゆがみたるに身を横たふることも余りに日のかさなればその単調なるにたふべくもあらず、まして爽かなる夏の既に行きいたれれば

梧桐(あをぎり)の夏をすがしみをりをりは畳の上にねまく()りすも

 

 熱少したかけれどもたまたま出でありくこともあり

あかしやの花さく陰の草むしろねなむと思ふ疲れごころに

 

   鍼の如く 其二

 

 五月二十二日夜こころに苦悩やみがたきこと起りて

小夜ふけてあいろもわかず(もだ)ゆれば明日は疲れてまた眠るらむ

 

おそろしき鏡の中のわが目などおもひうかべぬ眠られぬ夜は

 

よしといへば水には足はひたせどもいたづらにして小夜ふけにけり

 

すべもなく髪をさすればさらさらと響きて耳は冴えにけるかも

 

やはらかきくくり枕の蕎麦殻(そばがら)も耳にはきしむ身じろぐたびに

 

ゆくりなく手もておもてを(おほ)へればあな煩はし我が手なれども

 

 手紙のはしには必ず癒えよと人のいひこすことのしみじみとうれしけれど

ひたすらに病癒えなとおもへども悲しきときは(いひ)減りにけり

 

 窓外を行く人を見るに、既に夏の衣にかへたるが多し

咳き入れば苦しかりけり暫くは(かさ)ねて居らむ単衣(ひとへ)欲しけど

 

 藁蒲団に身をいたはることも七十日にあまりたれど、自ら幾何も快きを覚えず

頬の(しし)落ちぬと人の驚くに落ちけるかもとさすりても見し

 

いぶせきに明日は剃らなと思ひつつ髭の剃杭(そりぐひ)のびにけるかも

 

 物質上の損失はおほくは同情者の手によりて容易に補給せらるべきも、精神上の欠陥は同情者の手によりて凡て直ちに解決せらるべきものなるべからず、如何に深厚の同情と雖も其効果は概ね甚だ僅少なるべきなり、然れども其効果の僅少なるが為めに遂に人間至高の価値を没却すべからず

いささかのことなりながら(かゆ)きとき身にしみて人の爪ぞうれしき

 

 健康者は常に健康者の心を以て心となす、もとより然るべきなり、只羸弱の病者になぐさむ(=草カンムリに、泣)時といへどもいくばくも異る処なきが如きものあるを(うら)みとすることなきにあらず

すこやかにありける人は心強し病みつつあれば我は泣きけり

 

 病院の一室にこもりける程は心に悩むことおほくいできてまなこの窪むばかりなればいまは只よそに紛らさむことを求むる外にせん(すべ)もなく、五月三十日といふに雨いたく降りてわびしかりけれどもおして帰郷す

垂乳根(たらちね)の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども

 

小さなる蚊帳(かや)こそよけれしめやかに雨を聴きつつやがて眠らむ

 

蚊帳の外に蚊の声きかずなりし時けうとく我は眠りたるらむ

 

 三十一日、こよひもはやくいねて

(くりや)なるながしのもとに二つ居て(かはづ)鳴く夜を蚊帳釣りにけり

 

鬼灯(ほほづき)を口にふくみて鳴らすごと蛙はなくも夏の浅夜を

 

なきかはす二つの蛙ひとつ止みひとつまた止みぬ()も眠くなりぬ

 

短夜(みぢかよ)の浅きがほどになく蛙ちからなくしてやみにけらしも

 

 夜半月冴えて杉の梢にあり

小夜(さよ)ふけて厨に立てばものうげに蛙は遠し水足りぬらむ

 

 六月一日、あたりのもの凡ていまさらに目にめづらしければ出でありく

麦刈ればうね間うね間に打ちならび(まめ)は生ひたり皆かがまりて

 

 幼きものの仕業なるべし

垣根なるうつ木の花は()()めてぞろりと土に棄てられにけり

 

 夕近くして雨意おほし

雨蛙しきりに鳴きて遠方(をちかた)の茂りほの白く(むせ)びたり見ゆ

 

いささかは花まだみゆる山吹の雨を含みて茂らひにけり

 

 二日、雨戸あくるおとに目さむ

おろそかに蚊帳を透してみえねどもしづく(ものう)く外は雨なりき

 

 やがてしげくふりいづ

つくづくと夏の緑はこころよき杉をみあげて雨の脚ながし

 

 泥のぬかり足駄の歯にわびしけれど心ゆくばかりのながめせんとてまたいでありく

鉈豆(なたまめ)のものものしくも(もた)げたるふた葉ひらきて雨はふりつぐ

 

車前草(おほばこ)は畑のこみちに槍立てて雨のふる日は行きがてぬかも

 

 庭の枇杷今年ばかりは珍らしく果多し

枇杷の木にみじかき梯子かかれどもとるとはかけじいまだ青きに

 

 雨をよろこぶこころを

蕗の葉の雨をよろしみ立ちぬれて聴かなともへど身をいたはりぬ

 

 我が草苺(くさいちご)を好むこと度を知らずともいひつべし、未だ甚だしく体力の衰へざりし程は一度に五合にのぼらざれば胸の爽かなるを覚えず、然かも日には幾たびとなくこれをくりかへして飽くこともなかりき、さるをことしは家を離れて久しくなりけるに市場に出でたるは嘗て手にだも触れむとせざれば、日頃はさびしくあかしけるが、いまはうれしきは門の畑なり

たらちねは(ざる)もていゆく草苺赤きをつむがおもしろきとて

 

いくたびか雨にもいでて(いちご)つむ母がおよびは爪紅(つまべに)をせり

 

草いちご洗ひもてれば紅解けて皿の底には水たまりけり

 

 三日微雨、人にあふこといできにたれば車に(ほろ)かけて出づ、鬼怒川(きぬがは)をわたる

みやこぐさ更紗を染めし草むしろかこかにぬれて霧雨ぞふる

 

口をもて霧吹くよりもこまかなる雨に(あざみ)の花はぬれけり

 

鬼怒川の土手の小草(をぐさ)に交りたる木賊(とくさ)の上に雨晴れむとす

 

 四日、晴れて俄に暑し 風邪引くことのおそろしくてためらひ居けるをいまはなかなかに心も落ちゐたれば単衣(ひとへ)になる

とりいでて肌に冷たきたまゆらはひとへの衣つくづくとうれし

 

くつろぐと足を()に向けころぶせば裾より涼し唯そよそよと

 

さやげども麦稈(むぎわら)帽子とばぬ程みんなみ吹きて()はすがすがし

 

 暑きころになればいつとても痩せゆくが常ながら、ことしはまして胸のあたり骨あらはなれど、単衣の袂かぜにふくらみてけふは身の衰へをおぼえず、かかることいくばくもえつづくべきにあらざれど猶独り心に快からずしもあらず

単衣(ひとへ)きてこころほがらかになりにけり夏は必ずわれ死なざらむ

 

   鍼の如く 其三

 

 六月九日夜、下関の港にて

うつらうつら髪を刈らせて眠り居る足をつれなく蚊の()しにけり

 

鋏刀(はさみ)もつ髪刈人(かみかりびと)は蚊の居れどおのれ蟄さえねば打たむともせず

 

 四日間の旅を経て十日といふに博多につく、十一日朝、千代の松原をありく

夏帽の堅きが(つば)に落ちふれて松葉は散りぬこのしづけきに

 

 十二日

(かや)の中に(まなぶた)とぢてこやれども蚊に蟄され居し足もすべなく

 

蚊の螫しし足を足もてさすりつつあらぬことなど思ひつづけし

 

 十四日

脱ぎすてて(しり)のあたりがふくだみしちぢみの単衣ひとり畳みぬ

 

 此の夜いまさらに旅の疲れいできにけるかと覚えられて

ちまたには蚤とり粉など売りありく浅夜をはやく蚊帳吊らせけり

 

低く吊る(かや)のつり手の二隅は我がつりかへぬよひよひ毎に

 

 十七日、日ごろ雨の中を病院へかよひゐけるが此の日は殊にはげしく降りつるに、四日間の汽車の窓より見て到るところおなじく軽快にして目をよろこばせしもの唯夥しき茅花のみなりけるをなつかしく思ひいづることありて

稚松(わかまつ)の群に交りてたはむれし茅花(つばな)も雨にしをれてあるらむ

 

はろばろに茅花おもほゆ水汲みて笊にまけたる此の雨の中に

 

泣くとては瞼に当つる手のごとく茅花や(たわ)むこのあめのふるに

 

 病室みな塞りたれば入院もなり難く、久保博士の心づくし暫くは空しくて雨にぬれて通ふ

すみやけく人も()えよと待つときに夾竹桃は(ほころ)びにけり

 

 廿日、漸くいぶせき旅宿をいでて病院の一室に入る、二日三日の程にくさぐさ聞き知りて馴れ行く、病院の規模大なれば白衣の看護婦おびただしく行きかふ、皆かひがひしく立ちはたらくところ服装のためなればか年齢の相違のごときも俄にはわかち難く、すべて男性的に化せられたるが如く見ゆれども

たまたまは(かすり)のひとへ帯締めてをとめなりけるつつましさあはれ

 

 廿四日夜、また不眠に陥る

いづべゆか雨洩りたゆく聞え来てふけしく夜は沈みけるかも

 

 小松植ゑたる狭き庭をへだてて外科の病棟あり、痛し痛しと呻く声きこゆ

夜もすがら(うた)へ泣く声遠ぞきて明けづきぬらし雨衰へぬ

 

 廿五日、ベコニヤの花一枝を挿し換ふ、博士の手折られけるなり、白き一輪挿は同夫人のこれもベコニヤの赤きを活けもておくられけるなり、廿六日の朝看護婦の(かや)を外していにけるあとにおもはぬ花一つ散り居たり

(ことごと)(すが)りて垂れしべコニヤは散りての花もうつぶしにけり

 

ちるべくも見えなき花のベコニヤは(かや)の裾などふりにけらしも

 

べコニヤの白きが一つ落ちにけり土に流れて涼しき朝を

 

 寝台の下のくらきを払ふこともなく看護婦のよひごとに吊りければ蚊帳の中に蚊おほくなりて、此の夜もうつらうつらとしてありけるほどふけゆくままに一しきり襲ひきたれるに驚く

ひそやかに螫さむと止る蚊を打てば手の痺れ居る暫くは安し

 

声掛けて耳のあたりにとまる蚊を血を吸ふ故に打ち殺しけり

 

 七月一日、朝まだきにはじめて草履はきておりたつ、構内に梢ひろき松林あり、近く海をのぞむ

月見草(しぼ)まぬほどと(かはづ)鳴くこゑをたづねて松の()の間を

 

 柵の外には畑ありて南瓜つくることおほし、我(はなは)だこの花を愛す

ただひとり南瓜畑の花みつつこころなく我は鼻ほりて居つ

 

 前後に人もなければ心も(ひろ)き松の林に白き浴衣(ゆかた)きたりけることの(ゆゑ)はなくして唯矜(ほこ)りかにうれしく

朝まだきまだ水つかぬ浴衣だに涼しきおもひ松の間を行く

 

ただ一つ松の木の間に白きものわれを涼しく膝(いだ)き居り

 

ころぶしてみれば梢は遙かなり松かさが動くその雀等は

 

松かげの蚊帳釣草にころぶしていささか痒き足のばしけり

 

かくのごと頬すりつけてうなづけば蚊帳釣草も懐しきかも

 

 窓外

ぽぷらあと夾竹桃とならびけり甍を越えてぽぷらあは高く

 

 四日深更、月すさまじく冴えたり

硝子戸を透して(かや)に月さしぬあはれといひて起きて見にけり

 

小夜ふけて(ひそか)に蚊帳にさす月をねむれる人は皆知らざらむ

 

さやさやに(かや)のそよげばゆるやかに月の光はゆれて涼しも

 

 目さめてさまざまのことを思ふ

かかるとき扁蒲畑(ゆふがほばた)に立ちなばとおもひてもみつ今は()に出でず

 

 七日

よひよひに必ずゆがむ白蚊帳に心落ちゐて眠るこのごろ

 

白蚊帳に夾竹桃をおもひ寄せ只こころよくその夜ねむりき

 

 厭はしきは(かや)の中の蚊なり

はかなくもよひよひ(ごと)に蚊の居らぬかやなれかしとおもひ乞ひのむ

 

   鍼の如く 其四

 

 七月十七日、構内の松林をしようよう(逍遙の意の二字)す、煤煙のためなればか、梢のいたく枯燥せるが如きをみる

油蝉乏しく松に鳴く声も暑きが故に()れにけらしも

 

 いづれの病棟にもみな看護婦どもの其の詰所といふものの窓の北陰にささやかなる箱庭の如きをつくりてくさぐさの草の花など植ゑおけるが、夕毎に三四人づつおりたちて砂なれば爪こまかなる熊手もて掃き清めなどす、十九日のことなり

水打てば青鬼灯(あをほほづき)の袋にもしたたりぬらむたそがれにけり

 

 かかる時女どもなればみなみなさざめきあへるが、ひとり我がために撫子の手折りたるをくれたれば

牛の乳をのみてほしたる壜ならで挿すものもなき撫子(なでしこ)の花

 

 此のをみなすべてのものの中に野にあるなでしこを第一に好めるよしいひければ

なでしこの交れる草は悉くやさしからむと我がおもひみし

 

 壜に活けたるままにして

なでしこの花はみながらさきかへて幾日へぬらむ水減りにけり

 

撫子はいまに果敢(はか)なき花なれど捨つと(こと)にいへばいたましきかも

 

 二十日の夜ひとつには暑さたへがたくして夜もすがら眠らず、明方にいたりて蛙の声を聞く

快くめざめて聴けと鳴く(かはづ)ねられぬ夜のあけにのみきく

 

さわやかに鳴くなる蛙たとふれば豆を戸板に転ばすがごと

 

 朝のうち必ず一しきりはげしく咳出づることありて苦しむ

曉の水にひたりて鳴く蛙すずしからむとおもひ汗拭く

 

 蚊帳釣草を折りて

暑き日はこちたき草をいとはしみ蚊帳釣草を活けてみにけり

 

こころよく汗の(はだへ)にすず吹けば蚊帳釣草の髭そよぎけり

 

 夜になれば我がためにのみは必ず看護婦の来て(かや)をつりてくるるが例なり

かや釣るとかやつり草を()に置くが務めなりける我は痩せにき

 

 やくが如き日でりつづけばすべての病室のつきそひの女ども唯洗濯にいそがはし

粥汁(かゆしる)を袋に入れて(のり)とると絞るがごとく汗はにじめり

 

 おもひ待てども蝉の声をきかず

板のごと糊つけ衣夕まけて松に乾けど蝉も鳴かぬかも

 

 庭の松の蔭に午後に成れば朝顔の鉢をおくものあり、他の病室の患者の慰めなりといへどもひとの枕のほとり心づかざれば未だみしこともなく

朝まだき涼しき程の朝顔は藍など濃くてあれなとぞおもふ

 

 僅に凌ぎよきは朝まだきのみなり

蚤くひの(あと)などみつつ水をもて肌拭くほどは涼しかりけり

 

 夕に汗を流さんと一杯の水を被りて

糊づけし浴衣はうれし蚤くひのこちたき趾も洗はれにけり

 

 涼味漸く加はる

松の木の(まば)らこぼるる暑き日に草みな硬く秋づきにけり

 

 二十三日久保博士の令妹より一茎の桔梗をおくらる、枕のほとり俄に蘇生せるがごとし

ささやけきかぞの白紙(しらかみ)爪折(つまを)りて桔梗の花は包まれにけり

 

桔梗(きちかう)の花ゆゑ紙はぬれにけり冷たき水のしたたれるごと

 

桶などに活けてありける桔梗(きちかう)をもたせりしかば紙はぬれけむ

 

 目をつぶりてみれば秋既に近し

白埴(しらはに)(かめ)に桔梗を活けしかば冴えたる秋は既にふふめり

 

しらはにの瓶にさやけき水吸ひて桔梗の花は引き締りみゆ

 

桔梗(きちかう)を活けたる水を換へまくは肌は涼しき(あけ)にしあるべし

 

 我は氷を噛むことを好まざれど

暑き日は氷を口にふくみつつ桔梗(ききやう)は活けてみるべかるらし

 

氷入れしつめたき水に汗拭きて桔梗の花を涼しとぞみし

 

すべもなく汗は衣を(とほ)せどもききやうの花はみるにすがしき

 

 廿四日の夕、偶々柵をいでて濱辺に行く、群れ居る人々と草履ぬぎて浅き波に浸る、空の()には暗紫色の霧の如きが棚引きたるに大なる日落ち懸れり、凝視すれども(まぶし)からず、近くは雨をみざる(きざし)なり

抱かばやと没日(いりひ)のあけのゆゆしきに手円(たなまど)ささげ立ちにけるかも

 

 渚を遠く北にあたりて葦茂りて草もおひたれば行きて探りみんと思へどこのあたり嘗て撫子をみずといひにければ

おしなべて撫子(なでしこ)欲しとみえもせぬ顔は憂へず皆たそがれぬ

 

 構内にレールを敷きたるは濱へゆくみちなり、雑草あまた茂りて月見草ところどころにむらがれり、一夜螽斯(きりぎりす)をきく

石炭の屑捨つるみちの草むらに秋はまだきのきりぎりすなく

 

きりぎりすきかまく暫し(しり)据ゑて暮れきとばかり草もぬくめり

 

きりぎりすきこゆる夜の月見草おぼつかなくも只ほのかなり

 

白銀(しろがね)(はり)打つごとききりぎりす幾夜はへなば涼しかるらむ

 

月見草けぶるが如くにほへれば松の木の間に月()けて低し

 

 八月一日、病棟の陰なる朝顔三日ばかりこのかた漸くに一つ二つとさきいづ

(うが)ひしてすなはちみれば朝顔の藍また殖えて涼しかりけり

 

 三日夕、整形外科の教室の陰に手をたてておびただしく絡ませたるをはじめて知る、余りに日に疎ければ

朝顔の赤は(しぼ)まずむき捨てし瓜の皮など乾く夕日に

 

 四日

あさがほの藍のうすきが唯一つ(すが)りてさびし小雨さへふり

 

 彼の垣根のもとに草履はきておりたつ

朝顔のかきねに立てばひそやかに(まつげ)にほそき雨かかりけり

 

 六日

かつかつも土を()ひたる朝顔のさきぬといへば只白ばかり

 

   鍼の如く 其五

 

 八月十四日、退院

あさがほは(つる)もて()へれおもはぬに榊の枝に赤き花一つ

 

 十六日朝、博多を立つ、日まだ高きに人吉に下車し林の温泉といふにやどる、暑さのはげしくなりてより身はいたく疲れにたりけるを俄かに長途にのぼりたることなれば只管(ひたすら)に熱の出でんことをのみ恐れて

手を当てて心もとなき腋草(わきくさ)に冷たき汗はにじみ居にけり

 

 十八日、日向の小林より乗合馬車に身をすぼめてまだ夜のほどに宮崎へ志す

草深き垣根にけぶる烏瓜(たまづさ)にいささか眠き夜は明けにけり

 

霧島は馬の(ひづめ)にたててゆく埃のなかに遠ぞきにけり

 

 十九日、宮崎より南の方折生迫(おりゅうざこ)といふにいたる、青島目睫の間に横はりてうるはしけれど、此の日より驟雨いたりてやがて連日の時化に変りたれば、心落ち居る暇もなきに漁村のならはし食料の蓄もなければ

かくしつつ我は痩せむと茶を掛けて(こは)(いひ)はむ(あに)うまからず

 

酢をかけて咽喉こそばゆき芋殻の乏しき皿に箸つけにけり

 

 二十五日に入りて、雨は更に戸を打つこと劇しくして止むべきけしきもなし

痺れたる手枕(たまくら)解きて()をみれば雨打ち乱し潮の霧飛ぶ

 

噛みさ噛み疾風(はやち)は潮をいぶく()(きぬ)も畳もぬれにけるかも

 

 二十六日、漸くにして晴る、宿は松林のほとりに独離れて建てられたるが、道も庭も松葉散り敷きてあたりは狼藉たり

木に絡む絲瓜(へちま)の花も此の朝は(しな)えてさきぬ痛みたるらむ

 

 おなじく松林のほとり、少し隔てて壁くづれ落ちてかつかつも住みなしたるあり、けさは殊に凄じきさまに

しめりたる松葉を(くど)に焚くけぶり絲瓜の花にまつはりてけぬ

 

 二十七日、宮崎にのがる、明くれば大淀川のほとりをさまよふ

朝まだきすずしくわたる橋の上に霧島ひくく沈みたり見ゆ

 

 三十一日、内海の港より船に乗りて吹毛井といふところにつく、次の日は朝の程に鵜戸の(いはや)にまうでて其の日ひと日は楼上にいねてやすらふ

手枕(たまくら)に畳のあとのこちたきに幾ときわれは眠りたるらむ

 

 懶き身をおこしてやがて呆然として遠く目を放つ

うるはしき鵜戸の入江の懐にかへる舟かも沖に帆は満つ

 

 渚にちかく(のき)を掩ひて一樹の松そばだちたるが、枕のほとりいつしか落葉のこぼれたるをみる

松の葉を吹き込むかぜの涼しきに(むせ)びてわれはさめにけらしも

 

 二日、油津の港へつきて更に飫肥(おび)にいたる、枕流亭にやどる、欄のもと僅に芋をつくりたるあり心を惹く

ころぶせば枕にひびく浅川に芋洗ふ子もが月白くうけり

 

 四日、油津の港より乗りて外の浦といふところへわたる、漸くにして探しあてたるはわびしき宿なれども静かなる入江もみえたれば、もとより戸は立てしめず、閾の際に枕したれば月はまどかにして蚊帳のうちをうかがふ

(かや)越しに雨のしぶきの冷たきに(ふた)たびめざめ明けにけるかも

 

 六日、波荒き海上を折生迫(おりゅうざこ)の漁村にもどる、此の夜おもひつづくることありてふくるまで眠らず

草に棄てし西瓜の種が(こも)りなく松蟲きこゆ海の鳴る夜に

 

 八日、陰晴定めなき季節のならはし、雨をりをりはげしく障子を打つ

横しぶく雨のしげきに戸を立てて今宵は蟲はきこえざるらむ

 

 九日、再び時化になりたればまた宮崎にのがる、人のもとにて梨瓜といふを皿に盛りてすすめらる、此の地方西瓜を産することおびただし

瓜むくと幼き時ゆせしがごと(たた)さに()かば(なほ)うまからむ

 

 十三日、漸く折生迫(おりゅうざこ)にもどれば同人の手紙などとどきて居たるを一つ一つと(ひら)きみてはくりかへしつつ

とこしへに慰もる人もあらなくに枕に潮のおらぶ夜は憂し

 

むらぎもの心はもとな遮莫(さもあらばあれ)をとめのことは暫し語らず

 

 夜は苦しき眠りに落つるまで蟲の声々あはれに懐しく

こほろぎのしめらに鳴けば鬼灯(ほほづき)の庭のくまみをおもひつつ聴く

 

こほろぎはひたすら物に怖づれどもおのれ健かに草に居て鳴く

 

 十四日

(むし)ばみてほほづき赤き草むらに朝は(うが)ひの水すてにけり

 

 午に近くたまたま海岸をさまよふ

草村にさける南瓜の花共に疲れてたゆきこほろぎの声

 

 海もくまなく晴れたれば、あたりは只一時に目をひらきたるがごとし

鯛とると舟が帆掛けて乱れれば沖は俄かに(ひろ)くなりにけり

 

 豊後國へわたる船を待たむと此の日内海にいたりてやどる

此の宵はこほろぎ近し(くりや)なる(ざる)の菜などに居てか鳴くらむ

 

 十八日、昨日別府の港につきてけふは大分の郊外に石佛を探り汗流して帰れるに、夕近くなりて慌しく肌衣(はだぎ)とりいだす

こころよき刺身の皿の紫蘇の実に秋は俄かに冷えいでにけり

 

 二十二日、博多なる千代の松原にもどりて、また日ごとに病院にかよふ

此のごろは浅蜊浅蜊と呼ぶ声もすずしく朝の(うが)ひせりけり

 

 三十日、雨つめたし、(平福)百穂(ひやくすい)氏の秋海棠を描きたる葉書とりいだしてみる、庭にはじめてさけりとあり

うなだれし秋海棠にふる雨はいたくはふらず只白くあれな

 

いささかは肌はひゆとも単衣きて秋海棠はみるべかるらし

 

 ゆくりなくも宿のせまき庭なる朝顔の垣を、のぞきみて

秋雨のひねもすふりて夕されば朝顔の花しぼまざりけり

 

 十月一日、庭のあさがほけさは一つも花をつけず

朝顔の垣はむなしき秋雨をわびつつけふもまたいねてあらむ

 

 病院の門を入りて懐しきは、只鶏頭の花のみなり

鶏頭は冷たき秋の日にはえていよいよ赤く冴えにけるかも

 

 十日、再び秋草のたよりいたる、萎えたるこころしばらくは慰む

刈萱(かるかや)と秋海棠とまじりぬと未だはみねどかなひたるべし

 

わびしくも痩せたる草の刈萱は秋海棠の雨ながらみむ

 

 日ごろは熱たかければ、日ねもす蒲団引き被りてのみ苦しみける程に、もとより入浴することもなかりけるが、たまたま十八日の朝まだき、まださくやらむと朝顔のあはれに小さくふふみたる裏戸をあけていでゆく

(ゆあ)みして手拭(てぬぐひ)ひゆる朝寒みまだつぼみなりそのあさがほは

 

 小さき蚊帳のうちに独りさびしく身を横たふるは常のならはしにして、また我が好むところなるに、ましてここは薮蚊のおほきところなれば只いつまでも吊らせてありけるが

幾夜さを蚊帳に別れてながき夜のほのかに(かな)し雨のふる夜は

 

古蚊帳のひさしく吊りし(ほころ)びもなかなかいまは懐しみこそ

 

 吸入室の窓のもとに、一坪ばかり庭の砂掻きよせて苗を挿してありけるが、夏の日にも枯れず、秋もたけて漸く一尺余りになりたればいまは日ごとに目につくやうになりけるを、十一月十一日、折から時雨の空掻きくもりて騒がしきに

はらはらと松葉吹きこぼす狭庭(さには)には皆白菊の花さきにけり

 

 次の日、庭は熊手もてくまもなく掻きはらはれたれど

白菊のまばらまばらはおもしろくこぼれ松葉を砂のへに敷く

 

 十四日、夜にいりて雨やまざれど俄に思ひ立つことありて久保博士をおとなふ

しめやかに雨の浅夜を籠ながら山茶花のはなこぼれ居にけり

 

 俄に九度近くのぼりたる熱さむることもなく、三十日ばかりの間は只引きこもりてありければ、常に季節に疎しともおもはざりける身の山茶花の花をみることはじめてなればいま更のごとく驚かれぬるに

吸物にいささか()けし柚子(ゆず)の皮の黄に染みたるも久しかりけり

 

 幾時なるらむ、めざめて雨のはげしきおとをきく

松の葉は()たこぼるらし小夜ふけて(ひさし)に雨の当るをきけば

 

 十五日、ふと(かの)十坪に足らぬ裏の庭を見下すに、そこにも若き木の一本はありて

ひそやかに下枝(しづえ)ばかりにひらきたる山茶花白くこぼれたり見ゆ

 

山茶花はさけばすなはちこぼれつつ幾ばく久にあらむとすらむ

 

 十六日、このごろ熱低くなりたれば、始めて人をたづねていづ、空晴れて快し

不知火(しらぬひ)の国のさかひにうるはしき背振(せぶり)の山は暖かに見ゆ

 

 ひとの垣に添うてゆく

山茶花はあまたも散れば土にして白きをみむに垣内(かきつ)には立つ

 

 雀の好む木なればか必ずさへづりかはすをみる

山茶花に雀はすだくときにだに姿うつくしくあれなとぞおもふ

 

 わかき女のさげもてゆくものを

手に持てる茶の木の枝に(くく)られて黄に(こご)りたる草の花何

 

 十九日、()たいでありく、朱欒(ざぼん)の青きがそこここの店に置かれてまだ一つ二つは残りたらむとおもふに、梢に垂れたるは皆既にいろづきたるにおどろく

竿に釣りて朱欒(ざぼん)のうへの白足袋は乾きたるらし動きつつみゆ

 

 二十二日、観世音寺にまうでんと宰府より間道をつたふ

()くとすてたる藁に霜ふりて梢の柿は赤くなりにけり

 

 彼の蒼然たる古鐘をあふぐ、ことしはまだはじめてなり

手を当てて鐘はたふとき冷たさに爪叩(つまたた)き聴く其のかそけきを

 

 住持は知れる人なり、かりのすまひにひとしき庫裏(くり)なれども猶ほ且つかの縁のひろきを(うら)

朱欒(ざぼん)植ゑて庭暖き冬の日の障子に足らずいまは傾きぬ

 

 二十五日、氣候激変してけさもはげしき北吹きてやまず、ささやかなる店に蔬菜のうれのこりたるも哀れなり

うるほへば只うつくしき人参(にんじん)の肌さへ寒くかわきけるかも

 

 二十六日、百穂(ひやくすい)氏の来状に接す、寒雲低く垂れて庭に落葉を焚くなどあり

幾ばくの落葉にかあらむ掃きよせて(くど)には焚かず庭にして焚く

 

落葉焚きて寒き一夜の曉は灰に霜置かむ庭の土白く

 

 二十九日、筑後国なる松崎といふところに人をたづぬることありてつとめて立つ、おもはぬ霜ふかくおりたるに(かく)の如きは冬にいりではじめてなりといふ

(すすき)の穂ほけたれば白しおしなべて霜は小笹にいたくふりにけり

 

 此の日或る禅寺の庭に立ちて

枳椇(けんぽなし)ともしく庭に落ちたるをひらひてあれど咎めても聞かず

 

たまたまは(ほた)(くさび)をうちこみて(もみ)の板()く人もかへりみず

 

 十二月七日、程ちかく(せき)をおほく植ゑたるあり、けふは塀の外に散り敷ける落葉を掃きて、松葉のまじりたるままに火をつけて焼く

そこらくにこぼれ松葉のかかりゐる枯枝(かれえ)も寒し落葉焚く日は

 

いささかの落葉が焼くるいぶり火に(けぶり)は白くひろごりにけり

 

 夜にいりて空俄に凄じくなりたれば、戸ははやく立てさせて

時雨れ来るけはひ遥かなり焚き棄てし落葉の灰はかたまりぬべし

 

 八日

松の葉を縄に(くく)りて売りありく声さへ寒く雨はふりいでぬ

 

朝まだき車ながらにぬれて行く菜は皆白き茎さむく見ゆ

 

 

 大正三年六月八日、山崎をすぎて雨おほいに到る

天霧(あまぎ)らふ吹田(すゐた)茨木雨しぶき津の国遠く暮れにけるかも

 

 九日、三たび播州を過ぐ

播磨野(はりまの)(あした)すがしき浅霧の松のうへなる白鷺の城

 

 同二年四月十五日夕、空には朝来の雨なごりもなく、汽車はこころよく伯耆の海岸に添うて走る

そがひには伯耆嶺(はうきね)白く晴れたればはららに()ける隠岐(おき)の国見ゆ

 

 十七日、出雲の杵築(きづき)にいたり大社に賽す、其の本殿の構造、簡易にして素朴なれどもしかもこれを仰ぐに彼の大国主の天の瓊矛(たまほこ)(つゑつ)いて草昧の民の上に君臨せる(おもかげ)を只今目前にみるのおもひあり

久方の(あめ)が下には(こと)絶えて嘆きたふとび誰かあふがざらむ

 

 十九日、よべはおそく香住(かすみ)といふところにやどりて、応挙の大作をみむとつとめて大乗寺を訪ふ

菜の花をそびらに立てる低山(ひくやま)(くぬぎ)がしたに雪はだらなり

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/09/09

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長塚 節

ナガツカ タカシ
ながつか たかし 歌人・小説家 1879・4・3~1915・2・8 茨城県国生村に生まれる。伊藤左千夫と共に正岡子規門下の双璧で、小説「土」などを遺し、ことに気品平静の写生歌に努めた。

掲載の、歌人闘病の絶境「鍼の如く」は、1914(大正3)年5月より翌1915(大正4)年1月まで「アララギ」に断続連載の全部を収録。旅の好きな歌人はこの直後に没した、享年37歳。

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