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鶴 彬 川柳選

  昭和三年

 

飢えにける舌――火を吐かんとして抜かれ

 

人見ずや奴隷のミイラ舌なきを

 

ロボットを殖やし全部を馘首する

 

  昭和四年

 

つけ込んで小作の娘買ひに来る

 

銃口に立つ大衆の中の父

 

自動車で錦紗で貧民街視察

 

神殿の地代をとりに来る地主

 

出征のあとに食へない老夫婦

 

  昭和五年

 

勲章やレールでふくれたドテッ腹

 

ゼネストだ花が咲かうが咲くまいがよ

 

主人なき譽の家にくもが巣を

 

  昭和九年

 

瓦斯タンク! 不平あつめてもりあがり

 

跳ねさせておいて鱗を削ぐ手際

 

  昭和十年

 

凶作を救へぬ仏を売り残してゐる

 

暁の曲譜を組んで闇にゐる

 

ふるさとの飢饉年期がまたかさみ

 

生き仏凡夫とおなじ臍をもち

 

飯櫃(めしびつ)の底にばったり突きあたる

 

地下へもぐって春へ春への導火線

 

銃剣で奪った美田の移民村

 

ふるさとは病ひと一しょに帰るとこ

 

武装のアゴヒモは葬列のやうに歌がない

 

赫灼の火となるときを待つ鉄よ

 

牧場へもえ出て喰はれる春の草

 

冬眠の蛙へせまる春の鍬

 

良心を楽屋においたステージの声

 

縛られた呂律のまゝに燃える歌

 

これからも不平言ふなと表彰状

 

血を吸ふたまゝのベルトで安全デー

 

玉の井に模範女工のなれの果て

 

売り値のよい娘のきれいさを羨まれてる

 

フジヤマとサクラの国の失業者

 

みな肺で死ぬる女工の募集札

 

  昭和十一年

 

けふのよき日の旗が立ってあぶれてしまふ

 

ざん壕で読む妹を売る手紙

 

修身にない孝行で淫売婦

 

貞操と今とり換へた紙幣の色

 

仲間を殺す弾丸をこさへる徹夜、徹夜

 

暁をいだいて闇にゐる蕾

 

枯れ芝よ! 団結して春を待つ

 

転向を拒んで妻に裏切られ

 

売られずにゐるは地主の阿魔ばかり

 

神代から連綿として飢ゑてゐる

 

日給で半分食へる献立表

 

王様のやうに働かぬ孔雀で美しい

 

  昭和十二年

 

鉄粉にこびりつかれて錆びる肺

 

息づまる煙の下の結核デー

 

タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやろう

 

葬列めいた花嫁花婿の列へ手をあげるヒットラー

 

ユダヤの血を絶てば狂犬の血が残るばかり

 

凶作つづきの田は鉱毒の泥の海

 

十年はつくれぬ田にされ飢えはじめ

 

殴られる鞭を軍馬は背負はされ

 

バイブルの背皮にされる羊の皮

 

正直に働く蟻を食ふけもの

 

蟻食ひの舌がとどかぬ地下の蟻

 

蟻食ひを噛み殺したまゝ死んだ蟻

 

パンを追ふ群衆となって金魚血走ってる

 

稼ぎ手を殺してならぬ千人針

 

枕木は土工の墓標となって延るレール

 

高梁(コーリャン)の実りへ戦車と靴の鋲

 

屍のゐないニュース映画で勇ましい

 

出征の門標があってがらんどうの小店

 

万歳とあげて行った手を大陸において来た

 

手と足をもいだ丸太にしてかへし

 

胎内の動きを知るころ骨がつき

 

  注 作品により仮名遣い、送り仮名の乱れがあります。作者の意を生かし、原文表記のままにいたしました。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2006/07/25

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鶴 彬

ツル アキラ
つる あきら 川柳作家 1909・1・1~1938・9・14 石川県生まれ。高等小学校卒業後勤めた機屋の倒産により大阪に出る。プロレタリア川柳論争に出会い、共鳴。故里に帰り全日本無産者芸術連盟(ナップ)支部を結成するが、間もなくプロレタリア川柳会員として検挙される。昭和5年、金沢第7連隊に入営するも赤化事件で軍法会議にかけられ収監、拷問を受ける。刑期1年8ヶ月、二等兵のまま除隊するが常に警察の圧迫を受ける。掲載最終5句は、「川柳人」(昭和12年11月 281号)に掲載された最後の作品だが、掲載と同時に密告告発により治安維持法違反に問われ留置。不潔不衛生で有名な留置場で、そこで赤痢にかかり移送先の病院で死亡(官憲の手により赤痢菌を盛られたという説もある)。29歳。ベッドに手錠で括りつけられていたという。「川柳人」を主宰し鶴彬の理解者だった井上信子は同時に検挙されたが高齢のため不拘束となった。

掲載作は、「鶴彬川柳選」と付し、『鶴彬全集』(たいまつ社 昭和52年9月)より抄録。

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