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詩集『石の歌』より

目次

  う た

あなたが上にいるから

私は横にのび出る

あなたが枝をうつから

私は芽をそろえる

 

 あなた一人のものから

光をとりもどすため……

 

あなたが芽を摘みとるなら

私は枝をひろげる

あなたが幹を断ちきるなら

私は根をひろげる

 

 あなた一人のものから

空をとりかえすため……

 

あなたは私を圧えようとする

私はあなたを逃げようとする

あなたは私を絶やそうとする

私はあなたを囲もうとする

 

 あなた一人のものから

世界を呼びもどすため……

 

あなたが私のまわりに塀をたてれば

私は塀のまわりから無数の芽をふく

あなたが私の頭におおいをかければ

私はおおいのその上から葉をしげらせる

 

 あなた一人のものではない

光と空とを楽しむために

  皮

これは何? 大きな臼に

すりつぶされて べたり

コンクリートを抱く

灰色の皮——血のいってきも

肉のひとかけらも奪われた

 

これは誰? たえまなく

押しよせてはすぎるトラックの

タイヤの下で しずかに

乾いていく生命(いのち)――

そばを行く一人も

ふりかえらない

 

それはおれ! あすの午後五時

つまずき 倒れたまま

記憶も愛も 脊髄とともに

車道を磨くだけ……

コートも靴も 詩も

ほこりとなるまで

 

それはおれ!

うったえようにも目はなく

言い残そうにも口なく

拾いあげる手はおろか

聞いてくれる耳などなく

おしつぶされた骨からむしりとられて

しみのように あちこち

散らばり すりへっていく

  食 う

こつこつこつ

食う

とりたちが

ひたすらに食う

ほこりでにぶい

電燈に照らされ

 

四階建ての

マンションのドアから

頭をつき出し

みぞの底から

餌をついばむ

 

こつこつこつ

ごつごつごつごつ

 

屋根を打ちはじめた

しぐれの

たけだけしさをはね返して

五百羽の

とらわれ鳥たちが

食う 食いあさる

 くらやみの中の

鬼火のもとで……

  一足 ふんばる

 1

一足 ふんばる

一足 進む

厚い唇締め

丸い目ひらき

 

五メートル十秒

腹をつき出し

肉のおとろえと

格闘しつつ……

 

M. きょうも歩く

手すりにつかまり

教師の腕に倚り

あるいは ひとりで

 

決して負けぬとM.

肩をいからせ……

 2

すりへった草履

ななめにつっかけ

車椅子拒否する

M. 13才

 

病名 進行性

筋萎縮症――

廿才(はたち)までに ほぼ

生涯を閉ず

 

一足 ふんばる

一足 進む

生命(いのち)をこの歩みで

確かめるため

 

弱音吐かぬとM.

笑みまで浮かべ……

 3

西風が吹けば

膝が震える

と うったえるM.

一月八日

 

車椅子で来た

ただ黙々と

春が来るまでだと

言い聞かせてか――

 

乗れば もう再び

歩けはしないと

いつか言ったことばを

思い出してか――

 

ひたすら椅子こぐM.

寒風の中……

 4

帰省を終える朝

痰をつまらせ

死んだ仲間がいる

14才で

 

暮れにもなくなった

15、中三……

誰も語ろうとせぬ

ただ黙々と

 

あるいは笑み浮かべて

車椅子こぐ

せばまる明日向けて

ひたすら生きる

 

ここ 鈴鹿 筋ジス

四十数名

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2008/07/28

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津坂 治男

ツサカ ハルオ
つさか はるお 詩人。1931年 三重県生れ。1977年詩集『石の歌』により第10回小熊秀雄賞受賞。主な詩集『大きくなったら』、『天命』など。

掲載作は、『石の歌』(1976年8月三重詩話会刊)より、抜粋。

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