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カレル・チャペックの寓話(抄)

前置き: カレル・チャペックは1930年代に入って、隣国ドイツのナチス化と、当時の政治のファシズム化に抵抗して「寓話」という皮肉をこめた短い文章を、自ら編集員であり活躍の本拠地だった「人民新聞」つまり「リドヴェー・ノヴィニ」に掲載した。背景にはスペイン市民戦争もあった。訳者

 

  寓話(一)  一九三二年

 

 かたつむり=蟻どもは烏合の衆だ。いいかね、やつらは世界を支配しているのが、かたつむりだということを知りもしないのだ。

 おんどり=まだ夜明けではない。私がまだ信号を出していない。

 すずめ=ひばりめ、取るにたりん! おれたち、すずめは大勢だ!

 むかで=これだけはどうしても知りたいの・・・・ほかの惑星にもむかでがいるのかしら。

 高貴な蝿=ご存じないんでございますの? 王さまの額にとまっていらっしゃる、あの蝿のお方!

 分業=私はあなた方がどんな具合に働いているか見ています。だから、今度は、私がどんな具合に食べるかを見てください。

 雇用主=八時間労働だと? 君は、私が毎日八時間だけ金を払っていると思っているのかね?

 蜂=わたしがなぜ針をもつかだと? 養蜂箱の名においてだ。

 蝿=そうですとも、悪い時代です。だけど戦争中はね、お嬢さんたち、そりゃあ、もう、素晴らしい死体があったもんですよ!

 もぐら塚=空にそびえる、あの青いとんがりは? 大したもんじゃない。モンブランと言われているがね。

 

  寓話(二)  一九三三年

 

 ネロ=キリスト教徒の迫害なんてのは嘘だ。余らはただ彼らの世界観を転換させただけに過ぎん。

 ボレスラフ残酷王=・・・・そのヴァーツラフについては、そうするのが政治的必然性であった。<訳注・チェコ建国の当初、ヴァーツラフ公は弟ボレスラフに殺され(935)、王位を奪われた。プラハの中心部にあるヴァーツラフ広場はこの人物の名に由来する>

 独裁者=私は統一見解に到達した。だから、諸君は全員、私に従わなければならない。

 コンキスタドル=恵み深い神よ、私に非人間性は無縁です。そもそも、アステカ人は人間ではないのです。

 指揮官=口を閉じたまえ、わが英雄たち。(倒れし敵兵を前にして)やつが最初に手を出した。やつは抵抗しなくてもよかったんだ。だって、どっちみち安らかになれるんだからな。

 布告=完全な秩序と規律のなかで住民は殺され、町は焼かれる。

 指揮官=われわれは高貴なる理念のために戦っている。われわれの勝利のために。

 

  寓話(三)  一九三三年

 

 すずめ=ひばりが正しいと? 論外だ。真実はただひとつ。それはすずめの真実だ。

 粘板岩=われわれ粘板岩はいかなる火打ち石も認めない。

 蟻塚のなかの一匹=そうか、わかったぞ。二十世紀の要求するものは集団主義なのだ。

 枯葉=時代の命令? わかっている。風のなかで、かさかさと鳴ることだ。

 腐敗=私も時代とともに行くよ。

 蟻=私は戦争をしていない。戦争をしているのは蟻塚だ。

 柵の杭=静かにしろ、棒っきれめ! おれが柵だ。

 一里塚=太陽だと? あの風来坊め! 

 南京虫=だれもが自分の人生観をもっている。例えば、私は断固として悪臭を放つ。

 すずめと世界情勢=馬の糞がどこにもない・・・・こんなことで世界はどうなるのだ!

 つながれた山羊=この世界はなんと小さいんだ!

 かげろう=歴史だと? そんなものに何の意味がある。

 指導者=全員、われに続け。そうしたら私が君たちを十一月から十二月へ導くだろう。 

 羊=あたしの首を賭けてもいい。あたしが連れていかれるなんてあるはずがない。

 狼=平和とは、だれもわたしを追い回さないときのことである。

 

  寓話(四) 未 来  一九三四年

 

 地下壕の時代=昔の人は遮蔽壕を地上に作っていたんだってさ! なんて原始的な時代だったんだろう。

 母=あなたのところのお子さんなんてことなさったの? あの子ったら、もうちょっとで地表に這い出すところでしたわ!

 ダイバー=おい、潜水服を取ってくれ。ちょっと地上にもぐりに行ってくる。

 思い出=じゃあ、なくなったお父さんを地表に葬ってから一年になるのか。

 建築委員会=おたくの洞窟は健康に害があります。空気が入ってくる。

 子供=お母さん、「あの青っぽい山」はなに?

 記念碑=「あの縦坑はなんのためかね?」

「われらの指導者の記念碑を埋めるためのものです」

 理想住宅=「ここにはネズミはいないのかな?」

「当り前です! ここじゃ、どんなネズミだって我慢できませんよ」

 少年=「お父さん、平和って、何のこと?」 

「知らん。そんなくだらんこと、父さんに聞くんじゃない!」

 2200年=近年、最大の発明! それはさびのこない火起し器である!

 2500年=(視察報告)「上の地球の表面では、全く気持ちよく息ができる」

「仮にできるとして、それがどうしたっていうんだい、君?」

 

  寓話(五)  一九三六年

 

 こん棒=私が正しい!

 うじ虫=戦争万歳!

 ファラオ=イスラエル農民の抹殺だと? 単なる司令部の所轄事項に過ぎん。

 がれきの上で=では、今度は平和を回復しよう。

 勝利者=次なる流血を防ぐために私は逃げました。

 指揮官=兵器は抵抗する者にたいしてのみ使用せよ。もちろん、抵抗しない者にたいしても使用してよろしい。

 植民地獲得戦争=まってろ、貴様たち汚らしい野蛮人め、今に、わしらの親密にして幸福なる家来にしてやるから!

 外交=私らはもちろん暴力を否定するものだ。しかし、武器は喜んで提供しよう。

 中立=中立だと? それは他国の行う戦争によって稼ぐことを意味する。

 帝国主義者=力の均衡。それはわが国が優位に立ったときにのみ可能である。

 戦争記念碑=ここに、知られざる駄馬ぞ眠る。

 

  寓話(六) 市民戦争  一九三六年

 

 市民戦争=フラー! 民族の名においてわれら自身を抹殺しよう!

 凱歌=敵対するもの30万人を倒すだと? 君、こいつはまた素晴らしい民族的成功だ!

 民族の栄光=わが勇敢なる外人部隊は、臆病なるわが敵同胞軍部隊を殲滅せり。

 歴史の一ページ=……外国の金と外国の軍隊により民族の名誉が保たれた。

 自給自足=外国人と戦争して血を流すな。戦争は自分の国のなかでやれ。

 新地図=地図全体に書きたまえ、ここにわが民族の下劣なる裏切り者たちがいると。

 民族=民族とは、われらが指揮のもとに戦うもののみを言う。

 認識=兵士諸君、君たちはわが民族の偉大さを示すべく最善を尽くした。今やわが民族は半数となった。

 決戦を前に=兵士たちよ、われらが同胞を撃て。祖国が君たちを見ているぞ。

 権力奪取者=私のものになるのなら、瓦礫の山になったって構わない。

 戦況報告=われらが勝利はまだ完璧ではない。わが国民の半数がまだ残っている。

 前線からの報告=わが砲兵軍部隊は、われらが首都を灰燼に帰することに成功した。

 権利の問題=合法的政府とは砲撃力の優位に立つものだ。

 命中=……病院を一箇所焼き払うことに成功した。

 軍令=切り取ってしまえ! 自分の肉に命中するなんて毎度のことだ。

 戦陣訓=敵を倒すということは、死体になるよう敵に強制することである。

 包囲された敵への勧告=君たちの戦いは空しい。むしろ、われわれから処刑されるよう勧告する。

 勝利の戦い=わが小隊は銃殺者300人をこえる大勝利をおさめた。

 将軍=この(戦争の)場合、少なくとも国際的権利を侵害する恐れはないな。

 指令官=人権だと? そんなもの、われわれの内政問題にたいする干渉だ。

 悪魔=わしはそういうものを称して、戦争と言うとるんじゃ! 

 死神(スムルト)=私はきわめて満足です。この戦争には少なくとも捕虜がいない。

 死神(ラ・ムエルテ)=わたしだって、お国のために働いてます。

 最後の一撃=よく狙いをつけた一撃で、敵同胞の頭上に全宇宙がおおいかぶさった。

 

  寓話(七) 現代  一九三七年

 

 平和=われわれは戦争を好まぬ。弱虫どもには懲罰的遠征で十分だ。

 戦争ではない=われわれが、真実、戦争を好まないという証拠として、われわれは宣戦布告なしに戦っている。

 国際条約=そうとも、確かに。だが、どこの国と戦争するかは、わが国の内政問題だ。

 ニュース=わが軍は戦車と航空機を伴う新たなる二個師団よりなる攻撃を敢行した。敵は多大の損害をこうむって敗退した。平和は続く。

 外交書簡=われわれの平和愛好の証拠として、敵が無条件降伏するよう勧告するにやぶさかでない。

 抗議=われわれは世界中の文明国家に訴える。われらが野蛮なる敵は、わがほうの提示せる条件を受入れるかわりに、自分の妻や子供たちを、わが空軍機によって殺させ続けている。

 ニュース=わが空軍機は敵勢力に爆撃を加え多大の戦果をおさめたり。死者、兵士一、女性七〇、児童一〇〇。

 証拠=隣国との協調の努力の証拠として、隣国の解放都市の爆撃を開始した。

 ニュース=敵軍は、悠然として敵国都市上空より爆弾を投下中のわが空軍機にたいし、こっそり隠れて銃撃を試みた。

 善意=われわれは喜んで、われわれの紛争を国際連盟に付託するだろう。もちろん、われわれを正当なりと認めるという条件でだ。

 文明の進歩=なかなか効果的な射撃だ。しかし、今やこんなものは戦争とは言わない。 

 二匹の虎とジャングル=平和に関してわれわれは集まった。われわれは協力して獲物を捕ることに同意した。

 法則=分別が退いたぶんだけ、利口がでしゃばる。

 狼と山羊=われわれは経済的基本について同意する。われわれは君たちの草を食わない。その代わり、君たちの最良の肉を供給してくれたまえ。

 きつね=めんどりの叫び声なんて信じちゃ駄目だよ。ぼくが腹一杯食ってさえいたら、とり小屋はいつも平和なんだから。

 ギャング=旦那、あんたが抵抗するんなら、敵対行為と見なさざるをえなくなりますよ。

 =私は腹一杯食った。今度もまた、より高い倫理が勝利した。

 すり=私はただあいつの財布に関する、私の利害関係を守ろうとしただけなのに、あいつが攻撃を仕掛けてきたのだ。

 裁判所=逮捕者300人だと? で、やつらは何を白状しようってんだね?

 45人の処刑者=太陽の軌道を破壊しようとしたとの本人の自白による。

 死神=ほら、ごらん。この手の平和も悪くはないでしょう。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2004/05/14

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田才 益夫

タサイ マスオ
たさい ますお 翻訳家(チェコ文学) 1933年 福岡県に生まれる。ホームページ→http://members3.jcom.home.ne.jp/cobycat345/

掲載の翻訳は、「電子文藝館」初出。