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考えるジャガイモ

目次

  部 屋

この部屋のしずかなることよ

きこえるのは となりの部屋の音か

街の通りを走る車のたえまないうなりだけだ

ドアをあけて

なかをのぞきこむものはいても

入ってこようとするものはいない

ドアはしめられ きこえるのは 通りすぎていく足音だけである

みんな 部屋の前を通りすぎていくだけで

だれも入ってこない

 

ときどき 半びらきにあける人はいても

あわててしめられる

部屋の空気はこおってしまい

稀薄となってしまい

しまいには

胸に送る空気さえもなくなってしまうだろう

部屋には ほこりとひきちぎられた紙きれしかない

きこえるものはまわりの部屋の声と

通りすぎていく人の

わらい声だけである

  は え

何だあの音は

たいして大きくもなく高くもないが

消えていかぬあの音は

耳鳴り

うなり さざめき 悲鳴をあげながら

近づいてくる

はえの大群

逃げればうなりをあげて追いかけてくる

はえは何をもとめてわたしを追うのか

死臭? 血のにおい

血をなめる舌

どこに傷があるのか

わたしのあとを追うはえの大群

うなり さざめき のろい

せまってくるはえの大群

血のにおいをかいで

わたしのあとを追う

はえから逃げる方法はないのか

網戸でさえぎることはできないのか

いやこのはえには形はない ただ音だけ

さえぎるものはない

眼には見えぬはえを

  鎖の幸福

ライオンのような顔をした犬は

眼を細めてねそべっている

満ち足りた幸福

首を締めつけている鎖は

上にのびて輪に結びつけられている

張られたロープをつたって輪が動く範囲だけ

犬はあるくことができるだろうが

それを越えて

草が青くなりかけた岡をかけあがり

仲間を追いかけることはできない

幸福そうで満ち足りた顔は

どこから来るのであろうか

ライオンのようにどうもうな顔かたちなのに

平和な静かな表情で

通る人びとを眺めている

眼を細めて

  あいくち

私はあいくちを持っている

背広の袖にそっとしのばせておく

暴力団のように

人に気付かれないように

ときどきなでてみる

鋼鉄のかたさを指先で感じてほっとする

 

私の筋肉はなえているから

強い敵に立ち向うことはできないのだ

武器はひとつ

袖のしたのあいくち

恋愛小説や

英語の本を読んでいるときも

こっそりそれをかくしておく

にっこり笑って挨拶するときも

そっとさわって存在をたしかめるのだ

 

暴力ととがめるなかれ

それによってしか

脆弱な精神と肉体を支えるすべがないとしたら

生命をまもることができないとしたら

この最後のささやかな武器を

天は許してくれるだろう

  木

ロープをつけられて

倒されようとする木は

手綱で引っぱられている馬の姿だ

地上にある前脚でもって

倒されまいと抵抗する

張りつめた筋肉が

幹の表面にあらわれる

水気が光る

 

上方にふりあげた頭

ねじれる胸

弓なりにしなう背骨

もう従順な植物ではない

人間の倒す権利を否定する姿で

前脚をふんばる

 

大地は崩れるのを懸命にこらえる

ロープはピンと張る

木は黙ったままだ

ロープだけが悲鳴をあげる

 

一本また一本切り落とされて

最後に残った脚で

傾きながら

人間の意志に反抗する

天に向く姿勢にもどろうとして 

  木のぼり

短いスカートの女の子が

ひくい木にのぼっている。

木馬のようにまたがっている。

黒い木は痛がらない。

やわらかな、幼い手や足の感触を楽しんでいる。

目をつぶっている。

しかし、ときには、ほんとうに痛いのだ。

かわいい重みで小枝をなぶるからだ。

 

女の子は、あちらこちらのぼってみて

何か反応するか試している。

寝ている祖父の体の上に乗って

悲鳴をきくのを楽しむようだ。

 

隣の木にも女の子が乗っている。

真似でもするように、同じ動作をしている。

そばを通る大人を見て恥ずかしそうな顔をする。

いたずらでも見つけられたように。

 

痛い所をちゃんと知っていて

そこを小さな足で踏みつけたり

細い手で引っぱったり押したりする。

 

ふたりの女の子は

競い合うように木を痛めつける。

ぶらさがる。

こわい母親とは違った反応を楽しんでいる。

ざらざらしているが、暖かく

祖父のように痛がってくれる木に

まつわりついている。

  青 春

白球は空中にとどまる。

やがて、春風にゆられてゆっくりと落ちてくる。

紺のスカートがゆらめき、両腕をそろえて

思い切りたたく。

眠たそうな声をあげて、低い空にあがり、

停止する。

落ちてくるのを

やわらかな指さきが軽くはじく。

輪は見詰める。

 

恐れながら、備えながら

行方を目で追う。

地上に戻ろうとすると、

また空に追い返され、

キャンパスの空をさまよう。

空中に浮くボールをみつめる

セーター

カーデガン

ブラウス

ポロシャツ

腕まくりしたワイシャツ。

 

ジーパンは腰を落とし

腕を揃えて、前に突き出し

悲鳴に似た掛け声とともに

地面すれすれでつき上げる。

 

「青春」が地上に落ちて

消えてしまうのを恐れるかのように

地上に戻ろうとするボールを

空中に追い返す。

  ほこり

歓声をあげて

飛び立つ、

朝の斜めの光のなかに。

ちいさな天使たち。

白いつばさをまぶしく光らせながら。

 

部屋の死んだ空気のなかで

生命をもったただひとつのもの。

 

何と敏捷なのだろう、

つかもうとする指のあいだをすりぬけていく。

身軽に空中をとびまわる、

滑走していく、

追われるのを楽しむように。

幼児の悲鳴をあげて。

 

つばさで光をはねとばし、

ひとしきり光とたわむれ、

空中を気ままにあそんだあとで

またもとの場所にもどってくる。

深い眠りの手にひかれて。

  考えるジャガイモ

暗いカゴのなかにひっくりかえされていても

不平ひとつ外には聞こえてこない

季節がくるといつのまにか くぼんだところから紫色の芽をだす

 

でも芽を出したといっては怒られる

そのあたりには毒があるからと主婦たちにはよろこばれない

深く切りとられて捨てられる

切り口からにじみ出る液が赤いことにだれも気づかない

 

最近は芽生えをおくらすためにガス室に送られる

きみは雄弁なのだが

だれもきみの言うことに耳をかさない

きみのなかに無限の思想があることに気がつかない

でこぼこしているのは思想があふれるせいであるのに

だれもきみは食べられるためにだけ存在していると思っている

 

ときおり海のかなたの

故郷を考える 空気のうすい高地と乾いた石まじりの地面を

寒さにたえ暑さにたえた長い旅路を

 

幸いにも何人かは

土のなかに埋められ

 

春の日の光に照らされて

赤子の手のひらのような若葉をだす

うす紫色の花をつける

だれにも気付かれないで

  道 は

道はさびしがりやだ

小学生が帰り

勤め帰りの人もすくなくなり

人通りがたえて

暗くなると不安になる

誰かが来るのを待っている

 

若いふたりがやってくるとほっとする

まばたきをおくる

少年が少女に近づき話しかけるのを待っている

ふたりの距離はちぢまらない

少年をはげましたくても

枯れ草をゆする以外には声が出せない

 

道はさむがりだ

川を越えて

冷たい風が枯れ草の上を忍び足でくると

ふるえあがる

みぞれに濡れるとき

心のしんまで冷える

だれかが

暖かい手を差し伸べてくれるのを

待っている

 

道は記憶力がよい

一度やってきた人を忘れることはない

だれも覚えていない昔から立ち尽しているが

やって来た人の顔を忘れない

ひさしぶりで戻ってきた人に

草が手をふる

大勢の先頭に立って微笑で駅に向って行った人の顔を

おぼえている

重い足取りの感触も

その顔が二度と戻ってこないことも

 

道には力がない

心臓の発作で白髪の女性がうずくまっていても

何もしてやれない

ただ見ているだけだ

じっとその小さい丸まった背中を

見ているだけ

だれかやってきてくれないかと

待つだけ

立ち上がり

とぼとぼあるき出すのを待つだけ

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2008/08/20

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倉持 三郎

クラモチ サブロウ
くらもち さぶろう 詩人。1932年愛知県生れ。

掲載作は、詩集『離陸』(1977年、国文社刊)、『木』(1997年、国文社刊)、『考えるジャガイモ』(2003年、日本未来派刊)より、自選、抜粋した。

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