〇 人、髯あるが故に貴とからず、才智あるを以て貴しとせん。茲に其名も高知立志社へ土曜日毎に有志輩の開会せる演説は、多く民権自由のことを説かれ、傍聴人は大概男子なりしが、亦茲に才智衆に勝れて、殊に腕力強勢なる婦人にて、長の月日も惰らず、如何なる暑寒も厭ひなく、衆を励まして吾先にと、恰も弁財天が男神の中に一人在すが如く毎席来聴ある高知唐人町住士族楠瀬きた氏は、今戸主なりしが、兼て頗る男女同権論を唱張せしに、昨年区会議員を撰挙するの時に当り、氏も之を撰挙せんとせしところ、区戸長より、婦女は戸主と雖も撰挙するの権なし、加ふるに証書の保証人に立つ事相成らずとの趣を指令せしを不服にて、然らば同権なきに男子並に戸税を奉納するの義務は尽し難しとて、竟に高知県庁へ男女の権利差異有無の儀■かに相分り侯様御指令ありたしと奉願し、此頃指令ありたれば、今其願書、御指令書共左に写して投寄すと、同国の森田時之助氏より。
税納ノ儀ニ付御指令願ノ事
曩日以来税納ノ義ニ付区務所ヨリ迅キ促シアリシカドモ不服ノ事訳ケ有之ニ付、其示シ聞ケニ応ズルコト最モ難ク候ニ付、其筋左ニ申上侯。
私儀婦女ノ身分ニ候得共、一戸ノ主ジニ候上ハ諸般ノ務メ且ツ政府ヨリノ御取扱ヲモ男女同キ権アルコトハ喋々敷言フヲマタザル義卜推シ定メ罷アリシ処、渾テ其儀ニ非ズ、区会議員ヲ撰ムノ権利モナク、加フルニ実印ヲ持ツモ証書保証人ニ立事モ不相成趣、之レ最モ尋常ノ戸主ト権利ノ差イアルノ多キ処ニ御座候。然ルニ権利ト義務ハ両立スベキ道理ナレバ、議員ヲ撰ムノ権利アレバ税ヲ納ムルノ義務アルハ之レ公ケ均シキ筋合ノ然ラシムル処ニ之レアルナリ。然ル処、私儀ハ議員ヲ撰ムノ権利モ無ク、将タ証書保証人ニ立ツノ権利モナクシテ、男子ノ戸主ト比べ視レバ権利ヲ蔑サレタルコト最モ甚シ。然ルヲ税ヲ収ムルノ義務ノミ男子戸主並ノ促シアルハ公ケ均シキ御取扱ト覚ヘズ。是則チ税ヲ収ムルノ理ナキト慮フ不服ノ要ニコレアルナリ。故ニ区務所ニ出テ右ノ訳合陳ベ述レ共、男子ハ兵役ノ義務ヲ負担スレドモ婦女ハ其義務ヲ負担セザルニ付、爰ニ於テ男女ノ権利異ルナリト区戸長中ヨリ示シ聞ケラレタレドモ、之レ又タ服スルニ難キナリ。何トナレバ、男子ト雖ドモ戸主ハ徴兵ノ義務ヲ免カルレバナリ。故ニ不服一層勝リ不得止御指令願出候ニ付、速ク御詮議相蒙リ申度、私ニ於テハ前々陳ブル如ク、婦女ハ権利ノ無キモノナレバ税ヲ収ムノ義務モ又男子ノ並ニハ尽シガタク、将タ男女同権ニ候得バ収ムル税モ男子ノ並ニ相尽シ其義務相立可申ニ付キ、男女之権利差異ノ有ル無シ晰カニ相分リ候様公ケ平ラカナル御指令相蒙リ申度、此段奉願候也。
土佐国第八大区二小区唐人町二番地居住
士族 楠瀬 喜多
明治十一年九月十六日
朱書指令
(明治十一年九月廿一日)
書面ノ趣納税ノ義ハ国法ノ定則有之一般人民ノ義務ニシテ、権利ノ軽重ニ依テ増減スベキ成規無之ニ付、是迄未納ノ地租並ニ民費賦金共速ニ相納可申事。但、相対契約ノ証書ヘ保証人ニ相立事能ハザル儀ハ無之侯事。
○ 右の五指令「=御指令」猶ほ分明ならずとて、楠瀬氏は復た此度内務省へ右の趣き奉願したる由に聞く。中々一物ある婦人とは思はれずや。
〔『大坂日報』明治十二年一月二十六日〕