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詩集『深海探索艇』(抄)

事務屋の魂

大型高性能複写機の中では

多量の紙が風のように処理されていく

目に止まらぬ速さで

一枚ずつ一枚ずつ一枚ずつ一枚ずつ

吸い上げられて

機械の隘路を吹き抜け

クルリと裏返され

吹き付けられたインクで

書き写し書き写し書き写し書き写し書き写し

照射されて乾かされて

一ミリの狂いもなく積み重ねられ

ホチキス止めまでされて

分厚い書類となって出てくる出てくる

配布するためだけに印刷され

何も伝達しないままに裁断される紙片たち

 

 

あいにく俺は紙ではなく

粋な色を纏った木の鉛筆だ

肩の彫り物は金の蜻蛉だ

角張ってるから転がらねえ

 

買ってきたままでは役に立たない

働かせるにはひと手間かかる

子どもが手を出すと怪我をする

肥後の守とは鎬を削るライバルだ

 

身を惜しまずに働くが

良い調子はいつまでも続かない

たまには機嫌をとらないと

へソを曲げたら一歩も動かない

 

だが いざと言うときには

武器にも変わる硬い芯の鋭さで

まだ誰も言わなかった言葉を

紙片の上に刻み込む

 

俺は一本の鉛筆だ

 

 

トーキョー・ミッドナイト

二度と帰るものかと強がりながら

帰ってくることを恐れていたはずの

三年ぶりの東京は

もうすっかり別の装いとなっていた

 

丸ノ内のきれいなビルディングに

勤め先が仮住まいをしていてね

東京駅から地下道を伝って

毎朝スターバックス・ラテを片手に出勤なんて

あまりにお酒落すぎるじゃないか

 

古くて汚い建物の廊下を

駆け回って這いずり回って

ホコリの中で夜を明かして

これを全世界だと思いこんだまま

恋人も友もないままに死んでしまった同僚に

申し訳ないような気持になる

 

ナチスの強制収容所の便器は

尻の形の穴が並んだだけのものだった

映画「フルメタルジャケット」で

気のふれた新兵が銃弾を飲み込んだトイレには

扉も壁もなかった

 

今のオフィスの手洗い場には

間接照明が柔らかく

軽やかなBGMまで流れている

個室の扉はいつも大半が閉ざされていて

きっとその中では若い戦士達が

人間の形を取り戻そうとしているのだろう

 

そんなことで人は救われるんだと

環境も状況も早晩変わるものなんだと

気が付いてさえいれば

君も死なずにいたかもしれないと

今さら繰り言にしか過ぎないが

本当は次が俺でもおかしくなかった

 

だからせめて給料をもらった週末には

終電も忘れて飲んで騒いで

酔眼に美しい不夜城の道から道へ

小さな駕龍で駆け巡ろう

都会の夜はそのように造られているのだ

 

 

深海探索艇

果てしなく続くように感じられた仕事が

朝の五時にようやく終了して

次の始業までの四時間あまりをどうすごすか

それぞれに思案しながら

僕たちはゆっくりと事務室を出た

暗い廊下に非常灯が冷たく点り

どす黒い疲れが腰のあたりにひっかかっている

 

朝までにどうしても必要な作業を

逃げ出すこともかなわず

とにかく終わらせたのだが

達成感に酔うことも

誇らしげな気持ちにもなれず

かと言って誰かを責めることもなく

やるせない肉体を

ただ横たえる場所を求めて

手探りで歩く速度で動き始めた

 

幾人かはタクシーで自宅へ帰り

ほんの少しだけ眠って 着替えて

また出勤してくると言うが

そうするには我が家は遠すぎる

 

別の者たちは

このまま事務所のソファーで寝るという

なるほど一番長く眠れる方法なのだが

このほこりっぽい部屋で一日を開始することは

人間として許し難いことのような気がする

 

僕はヒトミを誘って外へ出た

まだ暗いまんまのビル街を

肩寄せあって歩く

「寒くはないかい?」

年齢のひとまわり離れた二人連れは

少しはわけありに見えただろうか

 

夜を寄せつけまいと

やたらに蛍光灯で照らした

終夜レストランにたどり着く

クラムチャウダーとカフェオーレ

徹夜明けにはうってつけの

飲み物を啜りながら

僕たちは少しだけ話をした

 

さっきまで事務所では

意味もなく興奮し

理由もなくいらいらして

手を止められぬままに

泣いたり怒鳴ったりしていたことが

嘘のように

ひたすら静かな 静かな心だ

秘密を聞き出してしまえそうな

夜明けのコーヒーなのに

眠らぬうちに空は勝手に白みはじめ

ヒトミは一番素直な顔をして

僕に未来の話をした

 

事務所に戻るヒトミと別れ

僕は地下鉄の始発で上野へ向かう

銀座線の車内はみんな眠たいが

昨日から夜をひきずっているのは

僕一人だけだったかもしれない

夜明けの上野駅には

酔っ払いも浮浪者たちももういなくて

段ボールを山のように積んだヤドカリが往来し

数多く並んだタクシーは少しも動かない

大きな貝殻を抱えた無言の旅行者たちが

なにやらいわくありげに見えて

 

ここが東京海溝

 

サウナのロッカールームでは

出張旅費を呑んでしまったウツボたちが

すでにゴソゴソとおきだしていた

僕はとにかく体を暖めて

トドたちのいびきの響く仮眠室で

場所を見つけて横になった

少しだけ幸福を感じて

軽く眠った

 

もうまもなくの出勤には

ネクタイだけは絶対に取り替えよう

そうしよう

さてどこで買おうか

ヒトミはそれに気づくだろうか

 

 

寝静まった夜の中を走る最終列車に乗り込む

白々と照らされた灯りの下

座席に深く沈み込み

席のない者は吊革にぶらさがり

あるいは手すりに寄りかかって

重い体を持て余しながら

誰もが一様に目を閉じている

 

ふたり連れはにこやかに話をしているが

片割れが手を振って下車した後には

笑顔の余韻もすぐに消え

数秒のうちに眠りにつく

うなだれて眠ると肩がこるのだが

顔を上げ 頭を窓ガラスに押しあてると

後頭部がひんやり心地よい

軽く目を閉じ 顎を差し出した姿は

接吻をせがむ仕草に似ている

 

ひとつの部屋の中

肌を触れあわせながら

言葉を交わすことはなく

心が通うこともなく

同じ方向へ向かって

同じ速度で進んでいく

この不可思議な集団は

いかなる縁で集まった家族なのか

よそ行きの姿のまま

ネクタイもはずさず

口紅も落とさずに

靴を履いたまま

鞄を抱えたまま

心も半分目覚めたままで

眠っている

 

新聞は折り畳んだきり開かれず

週刊誌は網棚の上で積み重なり

ウォークマンから漏れる音が

車内の空気を乾燥させている

ときおり携帯電話が鳴ると

押し殺した声の会話が

寝言のように耳に響く

コーヒーの空き缶が音を立てて

革靴の間を漂っていく

 

各駅で扉が開く度

光がぼんやりと外へ漏れ

冷たい空気が流れ込む

ひとりが静かに目を覚まし

挨拶もないまま背を向けて立ち去って行く

さっきまで重ね合わせていた

膝も 腰も 肘も 夜風に放たれ

ただひとり闇の中へ消えていく

 

海辺の終着駅

線路を伝わってきた灯りが

冷たくよどんでいる夜の底で

かりそめの家族は離散する

ゆらゆらと車外へ歩み出て振り返ると

まだ年若い車掌が

眠りこけたままの乗客を

母の優しさで揺り起こしている

その光景に安心して私も駅を後にする

 

遠浅の海岸を埋め立てた

少し古びた人工の町

夜更けには微かに潮の香りを思い出す

この駅の灯りが消えている姿を

私はまだ見たことがない

 

 

歩荷

覚悟はいいか?

踏張って立った背中に

背負篭がしっかり括りつけられ

荷物が次々に積み上げられていく

もっといけるか?

まだ耐えられるか?

背骨が音をたてて縮むたびに

俺は虫になっていく心地がしていた

 

倒れてはいけない

そのことだけに集中して

微かに前に傾くと

ほんのわずかだけ足が出る

左足が出ると

荷物はゆっくり左に傾く

倒れてはいけない

右に重みが移っていくと

今度は右足が出る

ゆらリ ゆらリ

まるで眠ってしまいそうなリズムだ

 

この姿を見たのは

カメラなど首にさげて

楽しげな旅行者たち

彼らの思い出の中

獣の赤い目を尖らせた俺が

浮き世離れした絶景を揺らしながら

止まるように進んでいく

 

倒れてはいけない

 

永遠とも思えた歩行の後

どうやら目的の小屋に着いたらしい

若い衆たちが俺の体をささえ

背中の荷物は一瞬にして

運び去られていった

 

何を運ばされていたかなど知らない

俺は無言で金を受け取り

ただただ体を横たえた

目が覚めると焼酎をあおり

そしてまた 眠った

 

明け方に雨が降った

俺に名前はあったか

恋人はあったか

母親があったか

 

よこしまな風が吹きすぎると

俺はまた背中を重力にあずけて

虫にもどっていく

 

 

新月

十九歳

地面の臭いを嗅ぎながら

フォグランプの中

歩きまわった

 

雨の明け方

雪の朝

風の午後

すべてが止まる夕刻

 

重くのしかかる

黒い肩ごしに

微かな夢を見て

 

はねのけられそうもない夜に

剃刀の刃を立てた

大きく弧を描いて

 

 

息をひそめて

道端で

小さな蕗の葉の下に隠れて

ふたりで息をひそめていた

 

道の上では恐ろしい怪物たちが

走りまわっている気配がわかるが

雨のおかげで幾らか静かだ

 

今はふたり

弱さをさらけだしたまま

ただ震えながら抱きあっていよう

 

あした 目が覚めれば

再び巨人のふりをして

旅を続けなければならないのだから

 

 

アットホームなバッドニュース

シックハウスにホームシック

カットモデルがリストカット

レフトハンドのルフトハンザ

ヨットクルーはボートピープル

デッドエンドでハットトリック

スカーレットのブルーレット

ランドマークにエンドマーク

アダルトビデオのアダムとイブ

クリントンのスケルトン

シースルーでローラースルー GO! GO!

ロックバンドをロックアウト

ドライブスルーでブレイクダンス

トップレスのミストレス

ホッピングでトッピング

マッカーサーのロッカーキー

コックピットにピッキング

ブックエンドをオーバーブッキング

ワンダーランドでワンダーフォーゲル

たいしたもんだスティービー・ワンダー

オンデマンドで呑んでまんで

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2018/11/16

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田中 健太郎

タナカ ケンタロウ
たなか けんたろう 詩人。1963年生まれ。詩集に『灰色の父』(1991年、銀河書房刊)ほかがある。

掲載作は詩集『深海探索艇』(2007年3月、木偶詩社刊)よりの抄録である。

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